其の十六 ハカセ登場
「一人で来たって……!? どういうことや!? それじゃあ、ジュウの所のねーちゃんは一体誰やねん!」
「中城寺は確かに二人の女子高生と言ったぞ……?」
デカチョーとナニワは驚愕する。
「し、知らないよ。でも、それが本当なら、ヒナの後にもう一人追加したのかも……」
楓野陽菜は、動揺しながらもそう推測した。
今思い返せば、中城寺は『女子高生達』と言っただけで、その二人を同じ仲間と呼称してはいなかった。先に陽菜を送り出して、念のためもう一人、候補として女子高生を選んで送り出したのかもしれない。これならば、お互い存在を知らない理由がつく。
ナニワはそう考えたところで、
「………ま。そないな事気にしてもしゃあないな。今は、俺たちのできることをやらなあかん」
思い直して、そう言った。
「そうだな。本人に会えばわかることだ。今はこの里に想具があるかどうか、探さなきゃ………陽菜さん。そこのところ、どうなんですか?」
デカチョーは陽菜にそう切り返すものの
「ん~……わかんない」
首を傾げるだけだった。
「………一か月も居て、何もしていなかったんですね」
「アハハ☆」
笑ってごまかす女子高生に、あきれるデカチョー。
「とにかく、町中回ってみよか。ねーちゃんもそれ、着替えといてんか」
ナニワが陽菜の着ているドレスを指して言う。行動を起こすにはやや動きづらい服装である。
陽菜は「は~い」と子供のような返事をしてその部屋を出た。
これではどちらか子供か分からない。二人はそう思った。
※
やがて、陽菜が身支度を整えてから、彼らは長の家を出て、里の中を歩き回る。
陽菜はこの領域エリアに来たままの服。高校の制服を着ていた。
それは、紫色を基調とした、ワンピース型のセーラー服だった。
「驚いた……陽菜さん。紫華高校の生徒だったんですね」
「へっへ~ん。すごいっしょ!」
デカチョーは少し意外そうな顔をして、陽菜は鼻高々に胸を張る。
紫華高校。それは、御供市では有名な女子高だった。
品性・知性あふれる、まさにお嬢様が通うような私立高校。学校の名前にちなんだ色の制服がまた目立ち、御供市では評判のものである。県外からも生徒が入学し、学生寮に住む者も多く、陽菜もそのうちの一人であった。
「でもさ~。入ってからは窮屈でしかたなくてさ。やれ稽古だの、やれ挨拶だの。寮は朝早くてつらいし。全く、たまんないのよ~。外出時は制服着用だって規則もあって、だからここに来たのもこういう格好なワケよ」
陽菜は口を尖らせながら、そうぼやく。
お嬢様学校である故に、才色兼備な生徒育成はあたりまえのようにあった。彼女の性格上、それは合わないらしく、教師や親にうるさく言われるというのも、普段の行いがその高校にそぐわないものであったことが起因であった。
故に、一か月もこの世界に逃避していたのである。
「じゃあ。なんで入学したんですか? そういう学校だってこと、分かってて入学したんじゃないんですか?」
「んん~とね。ヒナのソンケーしてるおなちゅーの先輩が、紫華学園にいるの。高校生になったら、絶対先輩と同じ学校に行こうって思ってたの!」
と、陽菜は目を輝かせて言うが、
「でも、うちの学校、上下関係が厳しくてさ~。三年生とは完全別校舎で、寮内でさえなかなか会えないんだ~」
少し困ったような顔をする。
しかし、彼女には希望があった。
いつか、自分の成長した姿で先輩に再会する日がくることを信じていた。故に、厳しい制度や教育にも、耐えられたのだ。
彼女の目には、確かな希望の色があった。
そこで
「……ちゅうか。なんや、ますます怖がられてる思うのは、俺だけか?」
と、ナニワは言い出した。
辺りを見回すと、周囲のエルフ達は明らかに拒否反応を示しているのが分かった。ナニワ達を見ると体を震えさせ、家の中に逃げ込む者や、またはあまりの恐怖に立ちすくむ者さえいた。
そこで気づいた。
彼らの視線が、陽菜に集中していることに。
「ほら、陽菜さん。あなたがワガママ言うから、皆すっかり怖がってるじゃないですか」
「ええ~? そんな~!」
陽菜は頭を抱えてショックを受けるそぶり。
ナニワは近くのエルフに話しかけるものの、誰もが悲鳴を上げて逃げてしまうのだった。
「でも、ヒナが来る前から、こんな感じだったよ? きっと臆病な人達なんだよ」
「臆病にも程があるやろ……」
と、臆病者のナニワが言う。
「とにかく、このままじゃ拉致があかんな。しっかり人の話を聞くのは、ロープレの鉄則やで。とりあえず、ちゃんと聞いてくれる人んところ行かんと………」
「……おまえ。なんでもゲームに例えて考える癖、やめろよな……」
デカチョーは呆れながらそう呟く。
陽菜はそれに対し少し考えると、「そーだ!」と閃いた。
「話を聞いてくれるかどうかわかんないけど……この里で一番物知りな人は知ってるよ! 皆から『ハカセ』って呼ばれてるの!」
「なんや。立派なキーパーソンやないか。はよう言ってくれや。よし、そのハカセん家、行ってみよか!」
そういう提案で、彼らは『ハカセ』の家へと向かう運びになった。
※
ハカセの家は、里の外れの方にひっそりと建っていた。
円筒形に三角屋根といったシンプルな外見である。屋根の先には風見鶏があり、風に煽られくるくると回っている。
「おーい。ハカセ! ヒナだよ! ここ開けて!」
陽菜はドアをノックしながら扉越しに叫ぶ。エルフ族の家は普通、鍵付きである。
そして、数秒の間の後。
「………開いてるよ」
という、くぐもった声が聞こえた。
「じゃ! こんちは~!!」
陽菜は間髪入れず、扉を開いて中へ。他二人も続いた。
瞬間。彼らの目に飛び込んできたのは驚くべきものだった。
黒く巨大な金属の筒。
大砲が、こちらに向けられていたのである。
「「「………!!」」」
三人は絶句。その大砲の横で、今にも導火線に火をつけようとする人物がいる。
その人物こそが『ハカセ』だった。
「う、うわああああ!!」
中年男性のそのエルフは、他のエルフ同様、怯えたような表情ながら、勇気を振り絞るように叫びながら、導火線に火をつける。
「!! や、やめ―――」
デカチョーが制止するも遅く、すでに火は縄を走りはじめた。大砲の中にあるだろう鉄の球が発射されるまでに、逃げる時間も到底無い。
三人は目をつぶり、反射的に身をかがめる。
しかし。
ボスン
何とも情けないような音がした。
「? あ、あれ?」
ハカセは訝しげに大砲へと近づき、砲身を叩いてみる。
その時だった。
ドボボボボン!!
暴発した。
大砲の継ぎ目から黒煙が噴き出たのと同時、中規模の光と炎が噴き出して、ハカセを襲ったのである。
「…………ボハッ」
ハカセはアニメシーンよろしく、真っ黒焦げの体で、口から黒煙を吹き出すとその場に仰向けに倒れた。
「ハ、ハカセ!!」
陽菜は急いで駆け寄る。デカチョーもそれに続いて近づくが、ナニワはどうしようもない不安感に駆られて仕方がなかった。
(……大丈夫かいな。このおっさん)