其の十五 謎の女子高生
「もしもし。ジュウか?」
エルフの里。ナニワは普通の電話のように、縄跳びの取手の中に向けて言う。
《おお! ナニワ! ちょうどよかった。オレもおまえに連絡しようと思ってたんだ!》
【超縄線】が発動したのは、ジュウが例の女子高生。高宮つくしを救出した直後だった。
《女子高生のねえちゃん。見つけたぞ! なんか捕まってたけど、今助けたところだ》
「お! そうか! 俺たちもさっき見つけたんや。ちゅうか、あっちから現れたんやけどな」
《ふ~ん。じゃあ、これで、女子高生の方はいいんだな?》
「ああ! あとは想具だけや!」
予想以上の展開の速さに、ナニワは嬉しそうに言う。この分ならば、すぐに想具を見つけられそうな気がした。
「ところで、そっちの様子はどうや? 想具の目星とかついたんか?」
《いや~全然。つーか、ビンチが捕まっちまったんだよな》
「!? 飛羽場が!?」
デカチョーが驚く。【超縄線】の声はスピーカーのように、周囲の人間まで届くようになっている。
「なんやあいつ。偉そうなこと言って、結局大したことないやんか。ええ気味や」
元々、飛羽場を快く思っていないナニワは、そう吐き捨てた。
「しかし、ひどく物騒な所らしいな。ドワーフの国という所。いくら見慣れない『人間』だからって、いきなり捕まえることはないだろうに……」
デカチョーは憤慨するように言う。
《そーだなぁ……なんか、すげー警戒してるっつーか。怖がってたような気がしたなぁ》
「そっちもそないな感じなんか。実はやな、エレフ達も、俺たちのこと怖がってんねや。特に何もしてへんのにな」
《ふ~ん……そっか》
「とにかく、ほっとく訳にもいかへんやろし、飛羽場助けてやってくれ。しんどそうなら、力貸すで? デカチョーが」
「人任せか!!」
盛大にツッコむデカチョー。
《いや、オレ一人で大丈夫だ。ビンチは必ず助けるから、そっちはそっちで、想具探しがんばってくれ》
ドワーフとジュウでは身体能力に大きな差がある。救出も難なく行えるだろうという確信がジュウにはあった。
「分かった。ほな、想具見つけたら連絡するさかい、そっちもあんま無茶せんといてな」
《おお!………!! うわっ! 見つかった! ナハハ! じゃあなナニワ! オレもなんかあったら連絡する!》
と、ジュウは急いで、しかしどこか楽しげな声を残して、【超縄線】の通話を切った。
「……相変わらず、どんな時でも楽しそうやなぁ、アイツは。ホンマ、得な性格しとるで」
やれやれと、ナニワは肩をすくめるしかなかった。
そこで
「……えーと……何、今の? 電話? 何の話?」
暢気者の女子高生。楓野陽菜が、頭の上にクエスチョンマークを浮べて問う。
「あ。うっかりしとった。あっちでも見つけたゆうんなら、通話、代わってあげてもよかったなあ」
少し申し訳なさそうに、ナニワが答えた。
「あなたのお仲間さん、つかまってたみたいでしたけど、もう助け出したらしいので、安心してください」
「それにしてもそのねーちゃん、いくら想具探しのためとはいえ、国の中に一人で乗り込んでくなんて、ええ度胸やなぁ」
なごやかにデカチョーとナニワが笑う。
彼女らも自分達と同じく、ドワーフとエルフの二手に分かれて、想具探しをしていたと予測したのである。
しかし
「? は? ………?」
彼女の反応は鈍く、首を傾げた。
「? いやだから……今、あなたが一緒にこの世界に来た仲間を、アタシ達の仲間の一人が助け出したってことですよ。二手に分かれていたんですよね?」
デカチョーは分かりやすく説明し直した。しかし、未だ彼女は首をかしげるばかりだった。
「二手にって………そんな訳ないよ。中城寺のおじさんから、聞いてたんじゃないの?」
「? 一体、さっきから何言ってんねん? ねえちゃん」
話が全くかみ合わなかった。
そして、衝撃の言葉を口にする。
「だってヒナ。一人でここに来たんだよ?」
*
「とりあえず。逃げるぞ! ねーちゃん!」
【超縄線】の向こう側。ドワーフの国の中央の柱の中。
螺旋階段を下っていくドワーフ達を見上げながら、ジュウは叫んだ。多くのエレベーターがどんどん下がってきているのが見える。
その兵士の数、ざっと50。さすがのジュウも、一人の人間をかばいながらその中を突っ切るのは至難の業だった。
「に、逃げるって……どこへ……?」
お嬢様女子高生。高宮つくしは、オロオロしながら辺りを見回す。
ここは最下層。出口へたどり着くには、螺旋階段を上っていくしかない。
しかし、ドワーフ兵達がそうはさせないだろう。まさに袋の鼠である。
ジュウは他に逃げ道はないか、懸命に周囲を見渡すと、
「! あれだ!! 水の中だ!!」
と、中央の滝から4つに分岐した水流を指す。外側から見た限り、その水流は塔の外へと通じているはずである。
「いくぞ! ねーちゃん!」
「え!? キャッ!!」
間もなく、ジュウはつくしの手を引いて、近くの水路の中へ飛び込んだ。
「!! 逃げたぞ! 三番水路だ! 外側に回れ!!」
兵士の一人がそう叫び、全員が螺旋階段を上り始めた。
水路の中は、凄まじい激流だった。
二人の体は転がるように動き、上か下かも分からない状態だった。
しかし、ものの数秒すると、水面から顔を出すことができた。
「「ぷはっ!」」
息を吸う二人。周囲に見えたのは街並みだった。
思惑通り、塔の外側へ脱出することに成功したようだった。
「はぁ……はぁ……さて、これからどうすっかな」
ジュウは流れに身を任せて、ラッコのように浮かびながら、顎に手を添え考える。
このままつくしを連れて飛羽場を助けるのは、いささかリスクの伴うものだった。ジュウはともかく、つくしが再び連れられる危険がある。それに、他人に注意を払いながら先へ進むのは、ジュウの得意とするものでは無かった。
故に、
「よし! ひとまず、ねーちゃんを外に連れ出す! それからビンチを助けにいくか!」
そう結論した。
「この川、出口の近くまで続いてるかもな……このまま泳いでいくぞ!」
「え? ちょ……!」
と、ジュウは強引につくしの手を引き、そして勢いよくバタ足で泳ぎ始めた。
型も何もない、滅茶苦茶な泳ぎ方だが、その速さは自動車並。バタ足の飛沫が勢いよく空中へと舞い上がり、周辺の家屋を水浸しにさせるほどである。
つくしは「あわわわ」と戸惑いながらも、水の上を高速で移動していく。
やがて、国の外周付近。出口が視界に入ると、水の上を勢いよく飛び出て路上に出た。その時点で、水に強く打ちつけられ、つくしは半分気絶しかけていたので、ジュウは彼女を背負い走り出した。
塔から出口までの最短コースを進んだことによって、幸い追手の姿は見えなかった。
立ちふさがる門番すら、一秒かからず撃破して、彼らはドワーフの国を脱出することに成功した。
※
「ナハハハ! いやー面白かったなー!! たまには泳ぐのもいいなー!!」
ドワーフの国の外。洞窟を出てから、ジュウは元気よくそう言った。入った時とは別の洞窟である。
「はぁ…………はぁ………」
高宮つくしは何も言えず、めまぐるしい状況の変化に、目を回し、息切れを起こしていた。膝をついて、立ち上がれない状態である。
「ま、ここまで来れば安心だろ! ねーちゃんは友達の所に行ってろよ。オレ、もう一人助けなきゃなんねえヤツがいるからさ。もう一度行ってくる!」
「? ま、待ってください!」
背中を向けるジュウに対し、つくしは呼び止めた。
「友達の所とは……どういうことですか?」
「? どういうことって……?? エルフの里ってとこに、ねーちゃんの友達がいるんだろ?」
「……私、ここに友人はいません」
「? 何言ってんだ? ねーちゃん?」
「あの……何か話がこじれてるようですので……説明して頂けませんか?」
と提案。ジュウはたどたどしい言葉で説明し始める。
自分はとあることから、ここに宝物を探しに来たということ。そのついでに、二人の女子高生を探していたことを。
「はぁ……なるほど……なんとなく、分かりました」
支離滅裂な説明だったが、なんとか伝わったようだった。
「しかし、残念ですが、私はその二人の女子高生にはあてはまりません。私はおそらく……事故でこの世界に来たのです」
「? 事故?」
「はい……うっかり開きっぱなしのマンホールに落ちてしまって、気づいたらここに……」
と、つくしは悲しげに顔をうつむかせる。
あまりにも、不運としか言いようが無かった。
おっとりした性格のためか、普段から抜けている所があったのか、下水道の整備でマンホールが開けっ放しになっていることに気づかず、そこに落ちてしまったのだという。
もしただのマンホールならば大けがで済んだ。
しかし、よりによって彼女は、20歳未満の『子供』だった。
そして、そのマンホールは、妖精の領域の境だった。
条件は揃い、この虚想世界に迷い込んでしまったのである。
さらに不幸なことに、彼女はマンホールを落ちて、樹洞から地面に叩き落ちたとき、当たり所が悪く気絶してしまった。
だから、気絶から目覚めた時、すぐそこに元の世界に戻る出口があるにもかかわらず、彼女は迷い、この世界をさまよってしまったのだ。
「幸い、森の中に食べ物はたくさん実っていましたから、食料には困りませんでしたが、かれこれ………二か月程、この森で生活していました」
「変なねーちゃんだなぁ。えるふとかとろーるとかってヤツラんとこに行けばよかったのに」
「それは……大きな方や耳のとんがった方達のことですか? そんな……無理です。とても怖くて……」
つくしは涙目を浮べて言う。
たった一人で見知らぬ世界に迷い、心細い状態では、無理もなかったかもしれない。彼女は決して逞しい性格ではなかった。
「そして、一か月前。このあたりであの小さい方達と遭遇しまして、捕まってしまったのです」
辛そうな表情で、語るつくし。
「……ここは、一体どこなんですか……? なんで、こんなことに………!」
辛く、苦しそうに、彼女は嘆く。
その姿は、ひとりの男と酷似していた。
「…………そうか。デカチョーの兄ちゃんと、同じか」
「……?」
ジュウはそう呟くも、彼女にその真意は分からない。
デカチョーの兄。武町正義もまた、不遇の事故で、虚想世界に迷い込んだ犠牲者である。直に接触したのはほんのわずかな間ではあるが、その心情は、デカチョーを通して理解していた。
痛いほど理解していた。だからジュウは思う。
目の前の人も、同じ目に合わしてはいけないと。
「……分かった! オレが必ず、もとの世界に戻してやる! 心配すんな!」
ジュウはどんと胸を叩いて言う。正義のケースとは異なり、今度は境が明確に分かる。帰るのはそう難しくないはずである。
「あ……ありがとうございます!」
つくしは涙目ながら、深く頭を垂れる。ジュウは「へへっ」と照れ隠しに笑う。
「じゃ、その辺に隠れてろよ! すぐ戻ってくるからさ!」
「あ、あの……もうひとつ伺いたいことが……」
「? なんだ?」
「現実世界では今……何年の何月何日なんでしょうか?」
「………?」
おかしな質問にジュウは首を傾げるが、正確に答える。
「たしか……6月2日だぞ。2012年の」
「え? 私がここに来てから、二週間しか経っていないのですか?」
「ん? ああ。あっちの一日はこっちだと五日くらいらしいぜ。だから……ええ~と……」
「……よかった……じゃあ、三か月で合ってるんですね……」
森での生活二か月と牢獄生活の一か月を合わせて三か月。二週間の五倍で約三か月の計算となる。
つくしはややほっとしたような顔を浮べる。
「? どういうことだ?」
その言葉に、首をかしげるジュウ。
つくしは両手を胸に寄せて、
「実は私……この森で彷徨っている間、二回ほど記憶が途絶えていたみたいなんです」
不安に表情を曇らせて、そう言った。
「突然気を失って……気が付いたら、辺りにたくさん木が散乱している場所―――そう、初めてこの世界に来た場所にいるんです。それが二回、繰り返しで……」
「ああ。あのでっかい樹がある場所か?」
そこは境。ジュウは数時間前のその光景を思い出す。
「服はボロボロだし、全身疲労感で倒れそうになるし……記憶の無かった間、どのくらいの期間、何をしていたのかわからず、不安でしょうがなかったんです」
「? 何も覚えてねえのか?」
「はい……あ。唯一覚えてるのが……確か突然、顔に入れ墨を入れた男の方が現れて……それだけなんですけど……」
「? 入れ墨の男……?」
心当たりがないジュウは首を傾げる。この領域に人間はいないはずである。
そこで、つくしは不安に涙目を浮べて、体を震わせる。
「……………私……何かの病気なのでしょうか……? 私、怖くて……!」
か細い声で、そう呟いた。
およそ、深刻な問題だった。
この領域に来たとき、頭を強打したつくし。それがきっかけで、記憶障害を引き起こしている可能性もある。
襲い来る不安につぶされそうだった。胸によせる両手をぎゅっと握りしめる。
しかし、そんな不安をかき消すかのように
「ふ~ん……ま、大丈夫だろ! 気のせいだって!」
ジュウは肩を叩いて笑い飛ばした。
「病気なら治せばいいし、忘れたことは思い出せばいい! とにかく、オレ達が帰り道を知ってんだから、なんにも不安になることはねえよ!」
そう、元気づけた。
つくしは少し呆気にとられると、小さく微笑み返したのだった。
「じゃ。今度こそ行くからな。待ってろよ!」
「はい!」
ジュウの言葉に、元気を取り戻すつくし。ジュウは踵を返し、再び洞窟の入り口へ身を乗り出した。
その時だった。
ギャギャァアアアアアアアアアアンンン!!
突然、暴力的な音が大気を劈くと同時、ジュウの背後で何かが激しく光輝いた。
視界が突然真っ白になる。それを認識する間もなく、ジュウは背後からの衝撃によって吹き飛ばされ、洞窟の中へと放り出された。
「!? うわあああ!!」
洞窟は下斜め方向に続いている。硬い岩肌を転げ落ちてゆくジュウ。
彼は咄嗟の事で受け身が取れなかった。ひどく体を打ち付けながら十メートル以上も転がり落ちる。
そうして停止した時、激痛からか、彼は気絶してしまった。
洞窟の入り口手前。
そこには、半径5メートルに渡って、放射状に広がる焼け跡があった。周囲の木々に火の粉が燃え移っている。
それはまさしく、雷が落ちた後の光景だった。雲ひとつ無いピンク色の空であるにもかかわらず、ジュウのすぐ背後で、突然、落雷が起こったのである。
そして、その中心地。雷が落ちたその地点に、つくしはいた。
否。高宮つくしであって、高宮つくしではない、なにかがいた。
その時、時刻は昼と夜の境目。この領域特有の現象なのか、ピンク色の空が、まるで部屋を消灯したかのように、一瞬のうちに暗くなり、輝く星空が空にまたたいた。
そして、そいつは体中から焦げ臭い煙を掃出しながら、ニヤリと笑う。
「さあて……お遊びの時間だ……!!」
まばゆい月光を浴びながら、極めて邪悪に、そいつは微笑んだ。