其の十四 飛羽場のたくらみ
一方、ドワーフ達に連行されていた飛羽場は、空中通路の上を歩いていた。
両腕が動かないように、簀巻きのように縄で縛られながら、しかし、飛羽場の表情に焦りはなかった。無表情のまま、前を見据えている。
そして、塔の入口付近に到達したところで、飛羽場は奇妙な現象を目撃する。
突然、隣の空中通路。その上で、一本の光輝く縄が浮かび上がったのだ。
つまりそれは、【超縄線】が通話状態になっていることを意味した。
飛羽場はそれを見て、ほくそ笑む。
そして、
「おい、あれはなんだ?」
飛羽場は後ろの兵士に呼びかけつつ、あごでそれを指し示す。
兵士は、思わず目を剥けた。
「? なんだ? なにか光ってる……?」
番兵はその光の線を目で辿る。一方は国の入口の方。もう一方は、塔の内部へと続いている。
「ちょっと見てくる」
と、番兵の一人が先を走り出し、塔の内部を確認する。光は塔の下に向かってずっと伸びているのが見えた。
つまり今、ジュウとナニワサイドで、『通話』が行われているのだ。
ドワーフ達がそれに気をとられていた時。
その隙をついて、飛羽場は螺旋階段を駆け下り始めた。
その先には【超縄線】がある。
「お、おい! 待て!」
番兵が後から気づき、慌てて追いかけた。幸い、下る距離はそう長くなく、半周ほど下る所にあったため、追いつかれる前に縄へ到達することができた。
そして後ろ手で光る縄を掴み、激しく揺さぶり始めた。
「何をやっている!!」
番兵は槍をのど元に突き立て、飛羽場の行動を御する。
飛羽場は速やかに手を離す。
「いや何。一体どこへ通じているのか、触れて確かめようと思っただけだ」
「勝手な行動はするな」
番兵は厳しく言い立てた。
飛羽場は何も言わない。代わりに
「後でこの塔の真下を調べてみるといい。おそらく、もう一人の侵入者が見つかるだろう」
と、言い放った。
「? でたらめを言うな」
「嘘をつく理由がどこにある?」
そう言って、ニヤリと笑った。
飛羽場の行動は、ドボデに対する救難信号である。現在捕まっている今、その行動は正しい。
しかし、彼の場合、その意図は全く別のものであった。
(フフ……これは思わぬ幸運だった。良いタイミングで、電話してくれたものだ)
飛羽場は、不敵に微笑む。
「? まあいい……こっちだ」
番兵は訝しげながらも、再び飛羽場に槍を突き立てて、誘導する。
少し螺旋階段を上った先に、小さな木製のエレベーターがあった。といっても、ひどく原始的なものであり、高層ビル窓ふきに使うようなゴンドラのようなものに近い。
塔の中の螺旋階段は、いわば非常用のものであり、専ら移動手段として使うのは、滝の水流を動力とした、この水車式エレベーターである。塔の内部に8つ存在し、いずれも木製であるものの、造りはちゃんとしたものだった。箱型の形で、四隅に太いワイヤが通って遥か上まで続いている。
彼らはそのエレベーターの中に入ると、付属の小型水車を滝と接触するようにスライドする。直後、水車が激しく回転すると、ゴムベルトを介して、ワイヤに接触していた特殊歯車が回転。ワイヤを噛むような形で、エレベーターがぐんぐんと上昇していった。
そして、あっという間に最上部へと到達した。
彼らはエレベーターを降りて、螺旋階段へ移る。それと同時に、水車を引っ込めると、エレベーターは重力と制動ブレーキの働きによって、下へとゆっくり下降していった。システム上、特定の場所と最上部の移動にしか使えないことが分かる。
彼らは再び階段を上り、すぐ真上に開けた入り口をくぐった。
そこは、なんとも不思議な構造の大部屋だった。
彼らのいる塔の天井部分はオーバーハング状になっており、王室内部もその通りの構造になっていた。
例えるならば、東京スカイツリーの展望台。四方八方に大きな窓があり、そこから街並みの様子が良く見えた。部屋の中央には、螺旋階段から見えていた大きな滝が流れていて、過って落ちないような柵が囲まれている。従って、部屋の形はドーナツ状となっていた。
また、細かな彫刻や銅像などが、数多く壁際に並んでいた。これもまた、ドワーフの手先の器用さを誇張している。
しかし、やはり光はランタンを使用していて、街並みのそれよりも多めに設置しているものの薄暗く、折角の芸術品を隅々とはっきり鑑賞できないのが難点であった。
そして、部屋の奥。その小さな体には、あまりにも大きすぎる、立派な椅子。
そこに、ドワーフの王がいた。
「………あなたが、侵入者ですか」
王は訝しげに、飛羽場を睨み付けた。
神話に出るドワーフは老若男女問わず、立派な髭を蓄えているものの、王にそれは無く、まだ若そうな面構えをしていた。頑丈で分厚く、それでいて豪華な装飾が施された鎧を着ていて、背中には白マントをつけている。
飛羽場は王を見据えて、そしてその横にあるものを一瞥する。
T字の止まり木。そこに鳩が止まっていて、首には便箋のようなものをぶらさげていた。
「まさか伝書鳩を使っているとはな………アナログにも程がある」
飛羽場は呆れて、一人言をぼやく。
飛羽場が伝えた言葉も、この伝書鳩を通して送られたものだった。ドワーフの国の文明は高いものの、電話や蛍光灯など、電気関係の発明は全くなされていないのである。
「あなたは誰ですか? なぜドボデを知っている?」
王は若いながらも、威厳のある声で問う。
「それに答える前に、まずはこの縄を外してくれないか?」
「おい貴様! 言葉を慎め!」
側近のトロールが責め立てるが、王がそれを手で制して「外しなさい」と命令した。側近はやや気乗りしない様子ながらそれに応じて、縄を外す。
そして、飛羽場は未だ冷静に言い放つ。
「僕の名前は飛羽場識人。人間だ。おまえらからは見慣れない種族だろうが、警戒しなくていい。僕は敵ではない。むしろ味方だ」
「……どういう意味ですか?」
「ここから先の発言は、僕の身にも危険を及ぼす。これから先、僕の安全を保障してくれるというのであれば、話そう」
もっともらしく、彼はそう言った。
「……いいでしょう」
王はうなづく。飛羽場は一呼吸置いて、
「さっきの伝書鳩で伝えた通り、僕はドボデというトロールに連れられてここにやってきた。つまり、脅されて来たということだ」
「!? ド、ドボデ……!?」
王はその言葉に反応し、息を飲む。
「……何の目的で……?」
「この国を征服するための、偵察役としてだ」
「………!!」
ザワザワと、周囲がざわめいた。恐怖に顔を引きつらせる者もいた。
王の顔もまた、青ざめていた。
「征服だと……? まさか、トロール族が……? ドボデが……!?」
「その通り。あなたの友人である、ドボデが画策したこと。しかし、僕の良心がそれを許さなかった。だからわざと捕まり、こうして今、王の目の前にいる」
流暢に、一切の迷いもなく、彼はそう言い放つ。
真っ赤な嘘を、もっともらしく堂々と言い放つ。
「しかし……信じられない……!」
王は頭を横に振り、否定しようとする。
「ならば、確かめてみるがいい。入口で、ドボデが僕達の帰りを待っているはず……」
その時だった。
「た、大変です!! 王様!! 侵入者です!!」
階段から、一人の兵士が現れ、息をきらしつつ叫んだ。ひざまづき、頭を垂れる。
「? それは分かってます。一人はここに。もう一人の侵入者は、目下捜索中―――」
「いえ、別の侵入者です!! ト、トロールが現れました!!」
「………!!」
その場にいる全員が戦慄した。
飛羽場識人は、密かにニヤリと微笑む。
「現在。こちらに向かって進行中です! 迎撃命令を!!」
「……そ、そのトロールの……」
王は恐る恐る、言う。
「そのトロールの額の角は……左右で長さが違っていましたか?」
「? は、はい。思えば、確かに……」
「………………」
王は沈黙した。
それはまさしく、ドボデの特徴と一致する。
うつむいて、そして悲し気な目をした後、強く正面を見据えた。
「……分かりました。『親衛五人衆』でもって、追い返しなさい。トロール一人なら、訳ないでしょう」
「は、はい!」
兵士はそれに応じて、慌てるように引き返した。
わずかな沈黙の後。飛羽場は言葉を続ける。
「言ったとおりだろう? おそらく彼は、僕達の帰りが遅いのでいてもたってもいられなくなってしまったんだろう。なにせ短気で、乱暴な種族だからな。それに、ここまで来たということは、洞窟の通路を、トロールが入れる大きさまで削りながら進んできたということ。他のトロールが攻め込められるように……そう捉えられないか?」
「………………」
一同。あまりのショックに何も言えなかった。確かに、全てが理にかなっていた。
王は部屋の隅の見下ろし窓の所まで歩くと、その眼下から街を覗きはじめた。
*
「お、おら、ドボデだよ!! 王子様の……コーリッヒ君の友達だぁよ!!」
街の中。ドボデは必至にそう叫びながら、放たれる弓矢や投石から逃げ回っていた。道行く人は悲鳴を上げて逃げ回っていた。
「先にここに来た、ジュウくんとビンチくんはどこにいるだか!? おら達、何もしないだ!! 話をきいてぐれぇ!!」
必至に説得するものの、彼の話を聞くものは誰一人存在しなかった。恐怖に逃げ惑うばかりである。
無理もなかった。ドワーフとトロールの体格差は2メートル以上。ドワーフから見れば、化け物以外の何物でもない。下手をすれば、踏まれるだけで死んでしまうような重量差である。
それに、彼ら種族は長い間交流が無く、したがって、見た目で判断し、畏怖の眼差しを向けるのは、仕方のないことだった。
ドボデはひどく困惑していた。交流が無いとはいえ、これほどまでひどく拒絶されるとは思っていなかった。
何より、元王子―――現在の国王、コーリッヒがそうさせないと信じていたからである。
「……こうなったら、直接向かうしかないだ!!」
攻撃の鎮静を諦めたドボデは、縄の向かう先を辿ることにした。弓矢や投石をかろうじて避け、致命傷を避けながら、宙に伸びる光の縄の先に視線を移す。そこは、中央の塔の内部に通じている。
ドボデは空中通路の上へと踏み入れ、走り出した。ドスンドスンという重い足音が響く。ドワーフ専用の通路であって耐衝撃性が低いためか、走るたびにミシリミシリと嫌な音を立てた。
やがて、塔の入口が見えてきた。しかし、それと同時に、
「!? あ、あれは……!?」
入口から小さな影が五つ跳び出したのが見えた。それぞれが鉄の鎧を身にまとい、フレイル、ボウガン、槍、斧、鞭を武器として構えている。
親衛五人衆。ドワーフ族屈強の戦士集団である。
彼らは問答無用に、ドボデに対して襲いかかってきた。
「…………!!」
それに対し、ドボデは反応できなかった。
五人の速さはまるで風のようで、姿形をとらえることさえできなかった。気が付けば彼らは、ドボデの至近距離で武器を携えていた。
避ける暇も無い。
ドギャッ! ドシュッ! ズシャッ! ズシュッ! バチッ!
一斉の、五人攻撃だった。
フレイルが肩に、ボーガンの矢が腹に、槍が左腕に、斧が右足に、鞭が背中に、致命的なダメージを与えた。
「が……は………!!」
一瞬。息が吸えなくなるほどの激痛に襲われる。ドボデがたまらずひざまづく中、彼らはすばやく遠くへ移動した。
すぐに反撃を受けないような、いわゆる、ヒットアンドアウェイ戦法である。
しかし、ドボデに反撃する余裕は無かった。体から大量の赤い血が流れている。
(そんな………なんで、こんなごどを………?)
友達。コーリッヒがこんなことを許すはずがない。
そう想い、彼はかつて教えられた、王室の位置。中央柱の頂点を見上げる。
そして、はっきりと捉えた。
オーバーハングの壁の窓。
そこから、国王-----コーリッヒが冷たい眼差しで、こちらを見ていた様子を。
「……コ……コーリッヒくん………!?」
ドボデは痛みも忘れ、驚き、絶望する。
そのすぐさま、遠くからボーガンの矢が放たれ、ドボデの左足に直撃した。五人衆の一人による追い打ちである。
「う!……!! うわああああ!!」
ドボデはバランスを崩し、空中通路の下り坂を転げ落ちてしまった。
「今だ! 奴は重傷だ! 追い払え!!」
五人衆の一人。剣を携えた戦士が、周囲の兵士たちに対して叫ぶ。それに応じて、ドボデに対する集中砲火が始まった。
「………………!!」
ドボデはたまらず、元来た場所へ引き返すしかなかった。足を引きずりながらも、入ってきた入口の元へと進む。
本来ならば必至に説得し、無抵抗をアピールし、二人の少年の安否を確認するべきではあるが、今の彼にそんな正常な判断はできなかった。
体に負った無数の傷と致命傷。流れる膨大な血。
そして何より、かつて友と信じた者からの、冷ややかな表情が脳裏に焼き付いて、彼の正常な思考を奪っていた。
(なんでだよ………コーリッヒくん………!!)
血の跡を点々と残しながら、彼は走る。
友に裏切られたことを信じられず、絶望のまま、逃げ帰っていった。
*
「………ふん。他愛もない。所詮トロールなど、多人数でかかればこんなもの。ただのでくのぼうだな」
飛羽場は王、コーリッヒと共に、眼下の様子を見て、そう吐き捨てた。
「さて………これで信じてもらえたかな。王様」
「………………」
コーリッヒは固く目をつぶって沈黙。そして、何かを決意したかのように目を見開くと、部下達にキリリとした顔を向けた。
「今すぐに厳戒態勢を敷きなさい。洞窟の外に見張りを立て、誰も近づけないようにするのです!」
強気にそう命令する。兵士たちは「はっ!!」と返事をすると、それぞれの持ち場へと動き出した。
そこで飛羽場は
「……あと、先ほど僕を誘導した兵士。さっきの話、忘れてないよな?」
と、視線をその兵士へ移す。もう一人の侵入者が塔の最下層にいるという話である。
「あ……は、はい!」
兵士は思い出したように返事をすると、すぐさま数人の兵士を引きつれて、塔の最深部へと急いだ。
トロールが攻め込むことを前もって言い当てた今、飛羽場が彼らを裏切った話も真実味を帯びてくる。もう一人の侵入者の居場所を密告するにも、納得がいくというものだった。
「……しかし。大変なことになりましたな」
そこで、傍らにいた年老いたトロールが口を挟んだ。
両サイドに白い羽のついた帽子。口元に腰まで届く髭が伸びていて、先を紐で縛っている。
王の側近の一人。世話役の大臣である。老年らしく、落ち着いた雰囲気があった。
「このダーヘン。前代の王も合わせて、60年仕えておりますが、他種族がここまで攻め入ったことは一度もありませんでした。しかも、敵はあのトロール。戦力差は歴然です。なんとか対策を立てねば………」
ダーヘンというその大臣は、顔に冷や汗をかき、落ち着かないようにウロウロしていた。
その時。飛羽場はニヤリと笑った。
ここまで、事は彼の思うままに進んでいた。
そこで、
「王様。少し、見せたいものがある」
そう言って、彼はあるものを、懐から取り出した。
この状況を想定して用意していた、信頼を得るために必要な、ある道具を。




