其の十三 女子高生発見
一方。ナニワサイド。
今彼らがいるのは、エレフの里の町長。その家の中である。
田舎のような里でも、長の住まいはなかなかの豪華なものだった。吹き抜けの中央ホールと大階段。赤絨毯と金色の装飾。まさに、西洋屋敷という感じだった。
しかし、どれもいまひとつ、精巧さに欠けるのが一目でわかるのが残念な点であった。
ナニワとデカチョー。そして、お姫様のようなドレスを着飾った女子高生は、大部屋の長テーブルに座り、向かい合っていた。女子高生の傍らには、世話係であろう執事姿のエルフ族が立っていた
「楓野陽菜一六歳。高校一年生だよ。しくよろ~!」
と、陽菜は人差し指を頬に当てて、可愛さアピールで自己紹介をする。
「佐久間浩介。ナニワって呼んだってくれ!」
「武町愛誠。デカチョーって呼ばれてます」
「あはは! 面白いアダナね~! でも私はね~……『こーちん』と『マナマナ』って呼ぶね!」
「……こーちん……」
「ま、マナマナ……?」
軽く引いた二人の前で、陽菜は陽気に笑う。今時の、女子高生のノリであった。
「……ちゅうか。あんた何しとんねん。想具探してるんちゃうんか? お姫様ごっこみたいなことしくさって」
ナニワは少し怒りを含めた形で問う。心配して損したという面持である。
「いや~。最初はヒナも、アテラとか言うやつ探してたんだけど~。この里に来てみたら、なんか知んないけど、エルフさんたち、ヒナのことすごく怖がってたの。それで、何も言わないうちに、プレゼントとかいろいろご機嫌とりみたいなことし始めたから、ヒナもそれに乗っかっちゃったりして」
と、陽菜。後頭部に手をあてがえ、ペロリと舌を出す。
「……それで、一か月もここに……?」
デカチョーは呆れたように問う。
「だって~。ここにはウルサイ親も教師もいないし~。頼めばなんだってしてくれるから、この人達。ほら、このドレスだって、ヒナの注文に合わせて作ってくれたの」
ピンク色の馬車も同じく、彼女のセンスによるものだった。
彼女はドレスの裾を引っ張って見せびらかし、悪びれなく笑う。
その時、ビリリと嫌な音がした。ドレスの肩口が破けた音だった。
「あー!! また破けた!! ちょっと!! ちゃんと作ってって言ったでしょ!! 全く、不器用なんだから!!」
陽菜は子供のように、側近の執事服を着たエルフへ文句をつける。側近はおどおどしながら、深々と何度も頭を下げた。
「「……………」」
ナニワとデカチョーは、閉口するしかなかった。
「警鐘が鳴って、何があったのか聞けば、ヒナと同じニンゲンが来たって言うじゃん? もしかして、聞いていた他の『挑戦者』かもって思って、興味あったし、迎えに来たってこと」
と、あらましを説明するヒナ。
完全に、エルフ族を手玉に取っている。町長の家を間借りしているあたり、町長でさえ彼女には逆らえないようだった。
「……全く、人騒がせなね~ちゃんやなぁ。親とか友達とか心配しとんで、きっと」
ナニワは呆れて言う。
「えへへ。分かってるよ。まあ、最近、この暮らしにも飽きてきたし。テレビは無いしケータイも使えないし、うんざりしてきたところ。もう帰んなきゃね」
その言葉に、執事が反応した。
「……………!!」
声にならない歓喜。執事は目に涙を浮かべるほど喜ぶと、部屋を飛び出していく。十数秒後、遠くで「バンザーイ!! バンザーイ!!」という多人数の歓声が聞こえた気がした。
「……当たり前というか、やっぱ嫌われとったなぁ」
ナニワがぼそりと痛いところを突く。陽菜の額に冷や汗が流れた。
「……後でちゃんと謝ってくださいね。楓野さん」
強めの口調でデカチョーが言う。陽菜はシュンとして「はぁい」と返事をする。根は素直なようだった。
「さて。とりあえず、探し人は見つかったから、ジュウ達に報告しよか」
と、ナニワが言って、【超縄線】の取手を取り出した。そして強く念じる。
すると、取っ手の先から強い光を放つ極細の縄が顕在し始めた。『電話』モードに移行し始めているのである。
その光輝く縄は、彼らが歩いた足跡をたどるように、長く、ジュウの所まで続いていた。
*
時は前後し、ジュウサイド。
「ナハハハハハハ!!」
ジュウはドワーフ達から逃げていた。
というより、まるで鬼ごっこをして楽しんでいるようにも見えた。
足の長さからして、ジュウの方が圧倒的に有利。ましてや、彼は壁を走ったり、数メートルも垂直跳びをしたりととにかく動き回るので、ドワーフ達が捕まえるのは至難の業だった。
「それにしてもすげぇなぁコレ。全部土でできてんのか?」
すでに追手を巻いたジュウは、建物をペタペタと触る余裕さえあった。色は黄土色。触った感触としてはザラザラとしたもので、確かに土でできているように見えたが、その硬さはコンクリートのようだった。
その時、
「おお?」
ジュウがふと目に奪われたのは、先刻、入口からも見えた、国の中心に位置する大きな柱だった。直径五十メートル以上はあろう、巨大な土の柱。入口からもはっきり見えていたものである。
その柱はフロア分けされていて、国中の空中通路が各フロアに通じるようにいくつも集中していることから、さながら日本でいう首都東京のように、極めて重要な場所であることが推測できる。
その見たことのない建造物は、ジュウの興味を惹くのに、十分すぎるものだった。
「うはは! すっげ~!!」
ジュウは下から上まで眺め、感嘆の言葉を放つ。
その時、ジュウの視界にあるものが飛び込んだ。
その柱へ続く空中通路のひとつ。その上。
飛羽場識人が、縄に縛られた状態で、ドワーフに連れて行かれる様子だった。
「!!……ビンチ!」
ジュウは目を見開いて驚く。
飛羽場が先頭を歩き、ドワーフが後ろから槍をたがえている。向かう先は中央の柱。捕まってしまったことが分かった。
「だから言ったじゃねえか……全く、しょうがねぇなぁ……」
ジュウはため息をついてポリポリと頭を掻く。しかしその直後、ニヤリと笑ってみせた。
そして、数メートルの垂直跳び。真上にあった空中通路に降り立つと、猛スピードで走り出した。
向かう先は、彼らの向かう中央の塔。ジュウはぐにゃぐにゃと曲がりくねって高低差のある道を、土埃を上げて駆け抜ける。
空中通路は全て、その中央の柱まで通じている。先回りして、助けるつもりである。
そして予定通り、飛羽場達が柱の中に入る前に、塔の入口のひとつへ辿りついた。
その中には、巨大な螺旋階段があった。
円形の柱の内壁に沿って延々と続く階段。さらに、その吹き抜けとなった空洞には、大きな滝があった。
遥か真上。百メートル以上の高さから降り注ぎ、ドドドドと大きな音を立てている。
しかし、ジュウにはその光景に浸る暇は無かった。
なぜならば、螺旋階段はドワーフの体の大きさに見合った小さな幅で作られており、自動車並みの速度でやってきたジュウの足並みを止めるには、不十分な制動距離であった。
従って、ジュウは階段を横から跳びこえて、
吹き抜けの空間を落ちるしかなかったからである。
「!! うわああああああああああああ!!」
突然の状況に、さすがのジュウも驚いた。彼はその勢いのまま、中央の滝に巻き込まれ、深く最深部へと飲み込まれていく。
ドドドドドボドドドドボドドドドドドボ!!!!
毎分何百リッターものの巨大な水量。それが、最深部の滝つぼに叩きつけられる轟音は、すさまじいものがあった。ジュウは滝の中。上も下も分からない状態で、滝つぼへ叩きつけられる。
しかし、彼はこの程度でダメージを受けない。すぐに復帰して泳ぎ、滝つぼの水面へと顔を出した。
「ナハハハハ! びっくりしたなあ!! すげえなこりゃぁ!!」
快活に笑いとばし、高く上を見上げた。
滝つぼの辺りは水しぶきの霧で満たされており、周りには、滝つぼから何本も分岐された川があるのが見えた。
それぞれの川は地面の中のトンネルを進んでいる。その先は、国を流れていた川へとつながっているであろうことが予測できた。
ジュウは滝つぼから出て地面へ。再び上を見上げる。
「いや~。結構落ちたなぁ……ま。上るしかねえか!」
と、傍に見える螺旋階段に向かって歩き出す。元居た場所まで上るにも、何百周と上る必要があるが、それに物怖じしないほどの体力が彼にはある。「よぉし」と、階段の前でかけっこのように構えた。
その時だった。
「ま、待ってください!」
若い女の声が聞こえた。ジュウは振り向く。
その声の先には、堅牢な牢屋があった。柱の最深部の内壁。そこには、ぐるりと囲むように牢屋が設置されていて、囚人らしき者が何人かとらえられていた。
「? 誰だ?」
ジュウは不思議そうに、声の主の方へと足を運ぶ。
その牢屋の中にはやはり、女がいた。ジュウより頭ふたつ分は高い身の丈であり、年上のようだった。
「あ……ああ。なんて奇跡。久しぶりに人間に会えた……!」
女は感極まるように言って、涙を流す。その身なりはボロボロで、頬も痩せこけ、みすぼらしい印象だった。
「? どうしたんだ、ねえちゃん?」
それに対し、ジュウは暢気な返答。
女は流した涙をぬぐう。
「お、お願いします。あなたなら信用できる。私をここから出してください! ドワーフに捕まってしまったんです」
「! そりゃ、ひでえ事するなぁ。分かった! 今出してやる!」
と、ジュウは二本の鉄格子を両手で掴むと、「ンムムムム!!」と力み、腕に力を込める。
すると、鉄格子が左右に引き伸ばされ、間に人間一人が通れるスペースができた。
女は口をポカンと開けて驚いた。
「ほら。これで出られるぞ。ねえちゃん」
「……驚きました。すごく力持ちなんですね。あなた」
そう行って、鉄格子の隙間から身を乗り出し、彼女は脱出した。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ったら……」
女は力なく笑って礼を言う。年下の少年に対しても、丁寧な言葉づかいは、育ちの良さを思わせた。
「ナハハハ! お安い御用だ! ……? あれ? ねえちゃん。もしかして………?」
そこで、牢屋傍に駆けられたランタンの光に照らされて、ジュウは初めて女の全容を把握できた。
女は、人間だった。
「あ。はい。この服見て分かります? やっぱり、あなたも御供市の人なんですね」
女は来ている服を自分で見て言う。
その服は、御供市の市民ならば一度は見かけるものであった。なぜか袖が破け、ロングスカートの端もボロボロで膝丈位の長さになっている。
「自己紹介させてください」
彼女は改めてジュウと向き合うと、懇切丁寧に言い放つ。
肩元まで伸びた長い黒髪。アーチ型のヘアバンド。右目の下の泣きぼくろに、ややたれ目。
そして彼女は、紫色を基調とした、ワンピース型のセーラー服を着ていた。
「紫華高校3年。高宮つくしと申します。本当に、ありがとうございました」