其の十二 ドワーフの国
時は少し遡り、ジュウサイド。
こちらも同様に、獣道らしきものすら無く、小学生には困難な道のりであったが、ジュウにとっては丁度良い遊び場になった。岩から岩へ飛び移ったり、坂を転げまわったりといった寄り道をこなしながら、ドボデの案内には決して遅れなかった。
頭脳派である飛羽場は、ナニワと同様、肉体の酷使は不向きであり、ドボデの大きな肩に乗っている。
「……全く、理解し難いな。あのタコスケ。なにがそんなに楽しいのか……」
ナハハ!と笑い声をあげるジュウを遠目に、そう呟いた。
※ ※
数時間後、彼らはとある洞窟の入り口に到達した。
地面に対して斜め下方向に続く洞窟。鍾乳洞の入口に似ている。幅は狭く、2メートル弱。
トロールが通るには、少し窮屈過ぎる。
「おらはここで待ってるだよ。ここをまっすぐ通ると、ドワーフ族の国に着くはずだべ」
と言って、飛羽場を地面に下ろす。
「少しばかり警戒心がつえぇかもしれねえが、おらの名前言えば、きっとおめぇらの話も聞いてくれるだ。なにしろ、おらの友達は王子様なもんだからよ」
「ええ!? すげえな!! オウジサマと知り合いなのか!?」
「ああ。今は王様になってっかもしんねぇべな。何しろ5年ぶりだから。おらも会いたいけんども、この入口じゃしかたねぇだな」
と、あまりに小さい入口を見下ろす。その表情は、少し寂しげだった。
その様子を察してか。
「オレにまかせとけ! オッチャンの事伝えて、オウジサマここに連れてきてくるからよ!」
ジュウは胸をドンと叩いてみせる。
「ありがどなぁ………でも、あんま無理しねでな。あっちにもいろいろ都合があっがもしんねぇがらな。よろしぐ伝えといてくれるだけで十分だぁ」
ドボデは少し困ったように、微笑んだ。
「………本当におまえの名前だけで信用を得られるのか?」
そこで、飛羽場が訝しげな表情でにらんだ。
「『国』と名のつく所に、口言葉でやすやすと入れるとは考えにくいな。僕達人間のような、見たことのない種族であるならなおさらだ」
「ん~? なんとかなんだろ!」
ジュウは楽天的に言う。
「ふざけるな。おまえはともかく、僕まで危険な目にあいたくはない」
「じゃあ、どうすればええだ?」
と、ドボデが問う。
飛羽場は数秒、顎に手を添え考えてから
「そうだな……例の縄跳びの想具というやつがあっただろう。それを使おう。『電話』として使う場合、縄が光るそうだな?」
「これか?」
ジュウはポケットから【超縄線】を取り出した。すでに縄は見えず、取っ手だけの状態となっている。お互いが遠い位置にあるため、縄が引き伸ばされ、目に見えないほどの極細サイズになっているのだ。
「ドワーフの国の中で『電話』をすれば、光った縄が見えるはずだ。僕達がもし危険な状態に陥った時、『電話』状態のまま、縄を大きくゆさぶる。それが確認できたら、縄を辿って急いで助けに来てくれ。そのガタイならば、無理やり通れないこともないはずだ」
つまり、緊急シグナルである。
取手を激しくゆらせば、当然、つながった縄も揺れるはずである。そして、多少無理はあるが、岩肌を削るなどして、トロールでも通ることはできるはずと考えた。
「なんだがよくわがらねぇが……わかっただよ。とりあえず、光ったもんが出て揺れたら、助けにいけばいいだな?」
「ああ。僕も自分の身は自分で守るように努める。滅多なことでは使わないつもりだ」
「んだな。きっと仲良くなれるがら、心配しなくても大丈夫だど」
ドボデは温厚な笑顔で、そう言った。
「よぉし! 準備はいいな! んじゃ、オッチャン! ここまであんがとな!!」
ジュウは快活にそう叫ぶと、飛び跳ねるようにしてその洞窟へ飛び込んだ。待ちきれなかったようなはしゃぎようだった。
「ふん。馬鹿まるだしだな……」
と、見下すような顔をすると、飛羽場も洞窟の中へと入っていく。
その時。
「……ビンチくん」
ドボデが飛羽場を呼び止めた。
飛羽場は不機嫌そうに振り返る。
「……おまえまで、僕をその名で呼ぶのか」
「す、すまねえだ。いや、ただ……おめぇ、いつもぶっちょ面で、楽しくなさそうだがらよ。少し気になって……」
「…………」
「あのジュウくんみたいに、笑うといいだよ。おらも、見た目こんなんだから、せめて顔だけは、笑顔でいようと気をつけてるだよ。笑った方が、人生楽しいだよ」
「………ふん。くだらない」
飛羽場はそう吐き捨てると、足場を見つけて洞窟の奥へと進んでいった。
ドボデは、寂しそうにその様子を見つめていた。
※
中は鍾乳洞のようで、下や上からツララのようにとんがった鍾乳石が伸びていた。飛羽場はそれにぶつからないよう、わずかな足場を見つけながら下っていく。普段、運動をしない彼にとって、これは大変な重労働だった。
岩肌は湿って滑りやすく、相当に足場が悪い。飛羽場は一瞬、バランスを崩しかけた。
「! ビンチ! 大丈夫か?」
ずっと先まで進んでいたジュウが、その様子を見て彼のもとへと戻る。
「……ふん。こんな原始的な場所に住んでいるようじゃ、ドワーフ族の文明も、たかが知れているな」
飛羽場は弱みをごまかすように、つっぱねてそう言った。
そこでジュウ。思い出したように。
「んん? そーいやおまえ。『とろおる』や『妖精』のこととか知ってたよな? 『どわあふ』も分かるか?」
「……おまえ。ドワーフが何なのか分からずにここまで来たのか……?」
と、飛羽場は呆れるように言う。コクンとうなずくジュウ。
飛羽場は心底うんざりする気持ちで説明した。
「ドワーフは、ここまで来て分かるように、地中に好んで暮らしている。人より少し小柄で、男性はひげを蓄えているのが一般的なビジュアルだ。手先が器用で、鍛冶屋や細工師などの設定が多い。屈強な体つきをしているものの、トロールほどに凶暴な種族では無いから、それほど怯える必要もないだろう」
相変わらず、彼は資料をそのまま朗読したかのように、情報をスラスラと伝える。
「ふ~ん。すげえなぁ。ビンチは」
内容の半分も理解してはいないが、ジュウは感心したように言う。
「ムツカシイ言葉も知ってるし、大人みてえだ」
そんな尊敬の言葉を受けても、飛羽場は仏頂面のままだった。
「ふん。どこぞの大人と同列にされるのも不愉快だ」
「……素直じゃねえなぁ。ビンチは」
ジュウはナハハと笑って歩く。
そこで
「おいタコスケ。先刻から僕のことをなれなれしく『ビンチ』などと呼ぶんじゃない」
飛羽場は立ち止り、眉をつりあげてむっとした表情を見せる。
「極めて不快だ。飛羽場識人という正しい名称で呼べ。慣れ慣れしい……」
『ダヴィンチ』という仇名は決して悪口の部類に入るものではなく、ジュウが考えた『ビンチ』というのも同様に思えた。
しかし、普段から仇名で呼ばれる機会のない彼には、ひどく不可思議で不自然なように思えたのである。
まるで友達のような呼び方が、気に食わなかったのだ。
悪態をついて、先へと進んでいく。ジュウは困ったように頭を掻いた。
そうして、二人はしばらく無言のまま、進んでいくと、
「? あれ? おかしいな?」
ジュウが首を傾げる。
目の前は、行き止まりだった。
立ちはだかる大きな壁。亀裂や、小さな隙間ひとつもない。今まで進んだのは一本道。道に迷ったはずはなかった。
「行き止まりだぞ? どわあふは何処だ?」
首をかしげるジュウ。飛羽場はその壁を遠目に眺めながら、歩いていく。
すると、足に何かが当たった感触があった。
ふと足元を見る。
そこには、電車の吊り輪のような、丸い輪があった。
飛羽場はしゃがみ、それを手にとる。その輪にはタコ糸のようなものがついていて、それが地面と直結していた。
少し力を入れて引っ張ってみると、引き戻すような手ごたえを感じる。なんらかの『スイッチ』であると予測できた。
「? おお? なんだそれ?」
飛羽場が注意深く観察しているところを、ジュウは覗き込む。
そして何も考えないままに、飛羽場が持っていたその輪を掴みとり、グイっと引っ張った。
「!? ばっ……!!」
なんらかの罠である可能性を考え用心していたところの、突然の行動。直後。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
地面が激しく揺り動き始めた。
「おお!? なんだなんだ!?」
飛羽場の不機嫌顔も知らず、ジュウは驚き、目を輝かせる。
次第に、彼らの足元の地面がズズズと音を立て、下の方へと沈んでいく様子が分かった。輪を中心としたサークル状の地面だけが、地面の断面を覗けるほどに沈下していく。
やがて、天井から砂埃がパラパラと落ちてゆく中、彼らは驚くべき光景を目の当たりにした。
そこには、地下とは思えないほど広大な空間が広がっていた。
直径2キロあまりの広大な地下空間。まず目についたのは、空間中心にある、ドーム状の天井を支える大きな柱だった。
その柱には窓やドアが備え付けられていることから、同時に居住区としての役割を果たしていることがわかる。また、首都の高速道路のように、空中に何本もの土のアーチがかけられていて、未来都市を連想させられた。
その柱を中心に、大きな盆地状の地形が広がっていて、そこには石造りの建造物が多くあった。道行く人は自転車のような乗り物(前輪が極端に大きい)や、足こぎ自動車などに乗って進んでいるのが分かる。また、通路中に美意識あふれる彫刻や、建造物に細かな装飾がなされていて、それらがドワーフ族の手先の器用さを物語っていた。
視界に映るどれを見ても、かなり高度な文明を持っていることが分かった。国と呼称するのもうなずけるものがある。
しかし、その空間は全てランタン街頭で照らされており、明かりには不十分である点、違和感があった。
「うおおおおおおおおお!! すっげえええええええ!!」
ジュウは天津爛漫に、瞳を輝かせて叫ぶ。
彼らが乗っていたのは、どうやらエレベーターのようなものだったらしい。すりばち状である居住空間から一段高い場所。国の外れの土壁に数か所。円形の空間があって、どうやらそこから地上へと出入りできるようだった。
「ほう……これは想像以上だな」
悠々と、飛羽場はエレベーターから出る。その時。
「な、なんだ貴様ら!!」
迂闊にも、エレベーターの傍には見張り役が存在していた。彼らはもちろん見つかってしまい、飛羽場は左右から挟まれる形になった。
「!! しまっ……!!」
気が付いた時にはすでに遅く。飛羽場は見張りがもつサス又によって左右から挟められて、動きを封じられてしまった。
ドワーフ族。土色の肌に長い髭。その身長は1メートルにも満たないにもかかわらず、腕力は人間の大人並に強く、必至にもがいても抜け出せない状態だった。
「!! なにすんだ!! こんにゃろ!!」
ジュウは激怒し、二人のドワーフを同時に後ろから蹴り飛ばして飛羽場を助ける。
ドワーフは反応できずに倒れ、飛羽場を封じていたさす又が外れた。
「し……侵入者だ!!」
見張りの一人が倒れざま、そう叫ぶと、懐から角笛を取り出した。そして口にあてがえ、思いっきり息を吹き込む。
ブワァァァァ!!という、独特な高音が辺り一面に響き渡った。おそらく、救援を呼ぶ合図だろう。
その時。飛羽場は助けられたにもかかわらず、不機嫌そうな顔だった。
「これだから単細胞は、すぐに暴力をふるう。こうなっては、今更ドボデの名を口にしても、収集がつくかどうか……」
「とりあえず、ここは逃げた方が良さそうだな!」
なぜか、ジュウは満面の笑みでそう言った。
それに対し、
「しかし、二人一緒に逃げて捕まってしまうと厄介だ。ここは二手に分かれて、想具と例の女子高生を探す方が賢明だろう」
飛羽場はクールにそう言った。ジュウは眉をひそめる。
「オレはいいけど……ビンチは大丈夫なのか?」
飛羽場は体力的には平均以下。まともに逃げては、いくら相手の足が短いからといっても、捕まってしまう可能性が高い。
それでも飛羽場は、
「僕をなめるな。タコスケ。それと、何度も言わせるな。この僕を『ビンチ』と呼ぶのはやめろ」
相変わらずの強気な発言。ジュウは一瞬、心配そうな顔をするが、
「わ、分かった! じゃあ、後でここに集合な!」
思い直し、手を振りながら遠くへと走り去っていった。その後を、なにやら自警団のような連中が追っていくのを、飛羽場は見送っていた。
そして飛羽場は、
その場から動かずにいた。
「全く……これでようやく一人になれたな。わざと捕まれば、少なくともヤツから離れられると踏んだのだが、あんな行動に出るとは……つくづく理解できない男だ」
一人言を言ってため息をもらす。その彼の周囲に、見張りを含めた自警団達が取り囲み、剣や槍などの武器を向けていた。
それを前に、飛羽場は高らかと叫んだ。
「僕は、トロール族のドボデという男によって、ここに連れられた。僕は彼の味方でもなければ、お前らの敵でもない」
大きな声で、はっきりと言う。
周囲の者は困惑していた。そして、飛羽場は静かに両手を上げる。
「さあ、今の言葉を王に伝えて、僕をそこへ連れて行け。僕は何もしない。何かをするのは、お前らだ」




