其の八 先神様
その頃、ラマッカ族の村。
木と葉で組み立てられた、一軒家程の大きさのテントの中で、一人の女がふかふかした感触の葉製の椅子に座りながら、赤い箱型のボタンスイッチを持って眺めていた。
「一体どのような仕組みで伝わるのか、いまさらながら不思議じゃ。信じられん」
足元がわずかに見える丈。腰には赤い帯が巻かれていて、首にはキラキラと輝く宝石をつけた首飾りを何重もかけていた。目の下の大きなクマと肩まで伸びたしわしわの白髪。極端に曲がった猫背が、実年齢30であるにもかかわらず、70ほどの年老いた老婆のように見せていた。
額と頬には、赤と黒の渦巻き状の刺青。爪は長く伸び、先が鋭利に削られている。まるで呪術師のような容姿である。
「先神様。いつまでこんなことを続ければよいのですか?」
その女から少し離れた所で、アデムがひざをつき、尋ねた。
「ふむ。おまえの悔しい気持ちもわかる。誇り高き戦士長、アデムよ。しかし、何事も最良の機会というものがある。今は待つのじゃ。いずれ奴は必ず葬る」
と、女が椅子の横の丸太机に、そのスイッチを置いた。
それを見るたび、アデムの脳裏に蘇る光景があった。
◆
10年前。
ラマッカ族は今よりも弱小で、武器や戦士も不十分であった。
従って、現人達が想具を見つけるために度々村を荒らしても、彼らの想具の能力に十分に対抗することができず、追い返すのがやっとの状態だった。
来襲の度に、一族の人々や村は傷つき、精神的にも体力的にも限界が近づいていたころ、見計らったかのようにある少年がやってきた。
「やぁ。原始人共。あ~……名前はあんのか?」
そいつは散歩でもしにきたかのように、整然と集落の入り口から歩いてきた。
真っ赤な長髪と、威張り散らす態度が特徴的な少年。
管理人である。
「……ラマッカ族だ」
近くにいた男が怪訝そうな顔で、一族の名を伝える。
「あっそう。で? 一番偉い奴は誰だ?」
自分から聞いたにもかかわらず、さほど興味のなさそうな返答。その挑発的な態度に皆、憤りを感じていた。
しかし、その異様な容姿と身にまとう雰囲気が、ただの現人ではないこと。もしくは、それ以外の人外の者であることを感じさせた。
誰もが本能的に思う。逆らってはいけないと。
ゆえに、ここは少年の言う通り、この村で最も高い権力者を呼ぶこととした。
一族の長。ヨミ---通称『先神様』である。
「何者じゃ小僧。自殺志願者か?」
ヨミが敵意をむき出しながら現れる。
しかし、管理人はフンと鼻で笑った。
「おまえらにこの俺を殺せんのか? 滅亡寸前の弱小一族がよぉ? カッカッカッ!」
明らかに見下した言い方だった。
怪我人だらけとはいえ、周りは大人ばかり。一人の少年の力で敵う道理もないはず。それでも、彼の表情に一片の怯えさえない。
いよいよ周りの大人が殺気立ち、武器を構え始めた。
「俺と取引だ。女」
それでも平然と、管理人は話を進める。
「まずお前らの敵の名を教えてやる。やつらは現人。別世界からやってきて、おまえらの宝を狙っている」
その言葉を受けて、周囲がざわつく。
にわかに信じられない話であった。
だが、彼らは葉も皮も用いない不思議な色の服や見たことのない道具を持っていたことから、明らかに文化圏の異なる人間であることも確か。
決して否定できる話でも無いと思い、ラマッカ族は耳を傾ける。
「戦力も人員もなく、追い返すのがやっとの状態……そうだろ? やつらの能力の前じゃあ、無理もねぇわな」
「……何者だ。おまえは?」
まるで今まで見てきたかのような口ぶりに、ヨミは怪訝そうに訊ねる。
その問いに少年は
「誰でもいいだろうが」
としか返さない。
「とにかくだ。今回俺が来たのは、おまえらに、奴らに対抗する武器と知識を与えてやるためだ」
ドヨドヨと皆がざわめいた。
直後。
「その代わり、その戦力で、現人達を捕まえ、俺に全て引き渡せ。絶対に殺すな。悪い条件じゃねぇだろ?」
ざわめきが大きくなる。
皆が顔を合わせて困惑する中、
「ふざけるな!」
とある青年が躍り出て一喝した。
若りし頃のアデムである。
「俺たちは誇り高き戦士、ラマッカ族だ。おまえのような得体のしれない奴に頼るほど腐っていない! やつらは俺達が殲滅する。部外者は立ち去れ !!」
すると、それに続いて周りの大人・子供達も賛同し、「帰れ!」「立ち去れ!」と反抗を始める。若くして、アデムは長としての風格を身につけつつあった。
しだいに騒ぎが大きくなる。
その時。
突然、管理人の右腕から真っ赤な炎が燃え上がった。
「………!!」
一同驚愕。驚き、恐れおののく。
続けて管理人はそれを右方に向け、乱暴に振り下ろす。
すると、腕の炎は地を這うようにまっすぐ伝い、延長上の家々や木々を一瞬にして燃やしつくした。
誰もが、あまりの衝撃にピタリと動きを止めた。轟々と燃える森を、目を皿のように丸くして見つめる。
一体何が起こったのか分からなかった。
そして、管理人が一呼吸いれると、
「もう一度言う………悪い条件じゃねえだろ?」
その暴君的な脅迫に、彼らは顔を真っ青にした。
一人の青年を除いて。
「だ……だからどうした! そんなもの、俺達の脅しに----」
「やめい。アデム」
青年の言葉を遮る女の声。
先神ヨミ。彼女の目はしっかりと、管理人を見据えていた。
しばらくの沈黙。そして
「……分かった。おまえの条件を吞もう」
「!……先神様 !!」
アデムが悲痛の顔で叫ぶ。
管理人はニヤリと笑い、
「オッケェ~。それじゃあ----」
と、上着のポケットをまさぐる。
取り出したのは、赤いボタンがついた手のひらサイズの箱だった。
「現人を捕まえたらこのスイッチを押して、捕まえた人数と容姿を言え。一方通行の通信機になっている。おっと、そもそも通信機が何かもわかんねぇか」
カッカッカ! と侮蔑の視線で笑いながら、ヨミの足元に落とした。
「いつでも駆けつけるぜ。どっかのヒーローでもねぇけどよ。……言っとくが、ごまかそうとしても無駄だぜ。おまえらは常に俺たちに監視されている。そして-----」
さらに、別のポケットから何かを取り出し、同様に足元に落とす。
銀色の腕環と、四つに折りたたまれた紙だった。
「この腕環が武器。使い方はこの紙に書いてある。てめぇらにゃもったいねぇほど高級な罠の仕掛け方と一緒にな。材料はそのへんのもんで事足りるはずだ。あぁでも、設計図の読み方さえわかんねぇか。……まぁ死ぬ気で読み取れ」
面倒くさそうにそう言うと、管理人は背中を向けて歩き出す。同時に、左手を轟々と燃え広がる家や森に向けてかざした。
すると、嘘のように炎はフッと消え、ただ燃えカスと煙だけが残った。
「ボヤ程度で済んでよかったな」
愉悦そうな微笑みを向けて、彼は言う。
「俺は管理人だ。死んでも忘れんな」
その言葉を最後に、彼の姿は森の奥へと消えていった。
来た時と同じように、平然と。一族に屈辱と恐怖を与えて。
◇
「しかし先神様、私は我慢がなりません」
アデムは顔をしかめて言う。
「あれからやつに従って30人近くの現人を捕まえてきました。そして、さらに奴に貢献するように、秘宝殿の入り口をわざと大々的に目立たせて現人をおびき寄せてさえいる」
秘宝殿。
つまり、彼らの宝である想具が隠された場所である。その入り口である、地下へと続く小さな縦穴は、草の陰に巧妙に隠されていた。
しかし、一年前。その上に祭壇のような石造りの囲い---祠を作ったのである。
わざと、目立つように。
「何度も言ったはずじゃ。あえて目標をさらすことでやつらの狙いを絞り、一族にさらされる危害を抑えるとともに、守備を固めやすくするためであると」
アデムはそれを言われて、いつものように唇をかんで口を閉ざす。
理屈では分かっていたが、彼の誇りがそれを許さなかった。
まるでこびへつらうように、どこの誰かも分からない少年に従って策を練ること自体、許さなかった。
「わらわは先神じゃぞ。間違った事を言ったことが、これまでに一度とあったか? 全ては神の啓示じゃ」
と、不遜的にヨミは言う。
ヨミには、未来を予知する能力があった。
この能力はヨミの家系に古来から代々受け継がれていて、その者は『先神様』と呼ばれた。ラマッカ族の皆は、先神様の能力を崇拝し、先神様の言葉は全て神の啓示と崇め、疑う者は誰ひとりいなかった。
実際、森の獣の来襲や、災害の予知を何度も実現していた。現人が襲ってくることを予知することも度々あり、滅亡の危機を何度も救ったのである。
「………おっしゃる通りです」
アデムは深く頭を下げ、かみ殺すように言葉を紡いだ。
そこでヨミは、思い出したように
「……ところで、すでに三日経つが、隊はまだ帰らぬのか?」
と訊ねる。
「はい。音沙汰もなく。よほど長い道のりなのか、もしくは罠にはまり、全滅したかと……」
アデムが顔向けができないというようにうつむく。
「ふむ……奇怪じゃのぉ。石碑によれば、ラマッカ族ならば楽に通れる道のはずじゃが…」
ヨミが眉をひそめる。
「これ以上戦士が離れるのは惜しいがしかたあるまい。五人ほど募り、秘宝殿へむかえ」
「はい。分かりました」
アデムが低く頭を下げる。
すると、思いついたように、ヨミが声の調子をやや明るくさせて言った。
「さて、お前の報告によると、今回の現人は珍しく子供だそうじゃな。興味がある。連れてまいれ」
「! し、しかし。子供と言えど油断はできません。一人はかなり凶暴な者でした。万が一のことがあっては……」
「ははは。なぁに、ガジリ草の縄でも縛っておけば抵抗できんよ。おまえもおることだしな。いざというときは、その腕環を使うといい」
そう言われて、アデムが右腕にはめられた腕環をみつめる。
管理人から渡された武器。
アデムはそれを、一度たりとも使った事がなかった。
十年前。一族の皆が、戦士長であるアデムに武器の所有を求め、半強制的に所持することになったが、それを使うことは彼の『ラマッカ族としての誇り』が許さなかった。
しかし、他の皆は管理人の契約に積極的で、集落の周りに彼が示した罠をいくつも設置し始めたのだ。大多数の意見には逆らえず、アデムもしぶしぶと了解することになった。
しかしながら、その効果は絶大だった。
現人達は次々と罠にかかり、捕まえられたのだ。
やがて集落に近づく現人は一人もいなくなったのである。
(だが、俺は認めない!間違っている! 誇り高きラマッカ族はどこへいったのか………!?)
アデムはこの十年、苦渋の思いをかみしめていた。
罠の設置は先神様も肯定している。逆らうわけにはいかなかった。幸い、先神様自ら戦いに赴くことはなく、表向きは腕環の武器を戦いの度に活用していることにしていた。
ばれれば必ず「使え」と命令される。『戦士長の誇り』が彼女の名に背くことを許さない。
戦士長は先神様に従順でなければならない。
(しかし……つい先日の戦いでの先神様の命令。あの選択は正しかったのか? 俺は………正しいのか?)
わずかな回想。
少しの間逡巡して、
「……分かりました。すぐに連れてきます」
アデムは立ち上がり、外へ歩き出した。
あの戦い以来。自分の中の大切な何かが、音を出して崩れ始めているのを感じていた。
*
時を前後して、ナニワ達が捕まっている鉄格子の中。
デコがようやく落ち着きを取り戻していた。
それでも不機嫌そうに顔を膨らませて壁にもたれかかる。ナニワは、自分達の行く末に不安を抱えていたが、それを消し去るように他のことを考え始めることにした。
(……そういえば………。)
彼の中にある疑問があった。とても話しかける雰囲気ではなかったが、不安を紛らわせるためにも何か喋りたい気持ちがナニワにあった。
そして口を開く。
「あの……なんでデコ姉は、その……アテラっちゅうのが欲しいんや?」
「…………何よ。いきなり」
デコが仏頂顔で返す。
「ジュウは楽しいからゆうてたけど、あんたはそないな理由で集めるとは思わへんからな」
「当たり前でしょ。アイツはキチガイよ」
と、呆れたように言葉を返す。
それから彼女は、少し考えたようなそぶりを見せると、
「そうね。一言で言うなら、コレのためね」
と、ニヤリと笑って、デコが人差し指と親指でお金ジェスチャーを見せた。
「ある場所で、想具を鑑定して金に換えてもらえるのよ。これが結構な額でね。今まで六つ集めたけど、総額で新車が買える値段よ」
白い歯をのぞかせて、デコが嬉しそうに話す。
ナニワは何となく予想していたので、大して驚かなかった。
(そりゃ、こんなびっくり商品。喉から手がでるほど欲しがるやつは山ほどいそうやな)
「でも、私の狙いはそんなちっぽけな金なんかじゃないわ」
デコはさらに話を続ける。
「虚想世界のどこかに、さらに特殊な能力をもつ想具があると言われているの。名前は神具その額----」
と、デコが人さし指を立てて、にやりと笑う。
「? もしかして、1000万か?」
ナニワが半分冗談で予想する。
デコは首を横に振り、答えた。
「100億」
「ひゃ……ひゃくおくぅ !?」
ナニワの目が飛び出す。金の単位としては聞きなれない言葉であった。
「私はそれを探すために、一年前から大学を休学して、この町に引っ越してきたわけ。でも、実際それがどんな能力なのか、どんな形をしているのか誰も分からないのよ。だからやみくもに想具を集め続けて、鑑定してもらうしかないの。その鑑定士だけが神具かどうかを判断できるらしいわ」
サラリーマンが一生働いても稼げない金額である。休学してまで探す価値は確かにあるかもしれないが、すごい行動力だとナニワは素直に感心した。
ナニワはもう一つ、気になることがあった。
「ジュウとは、ずっと前から知り合いやったんか?」
掛け声だけで通じあっていた事から、かなり親密な仲なのではと窺ったのである。まぁ今のところ、ガミガミがなり立て合うところしか見ていないのだが。
「いえ。半年前に一回会っただけよ。確か、恐竜の領域だったわ」
日常会話のように、デコが淡々と話す。
「聞いてみれば、偶然、境を見つけたっていうじゃない。しかも二年のうちに三回も、全て想具まで手に入れて………神がかり的な強運よね」
と、あきれ顔で言う。
確かに、知り合ってから一日しか経たずとも、ナニワにはいくつか心当たりがあった。
まんなか山では、崖の下に唯一あった跳ね草に着地したおかげで助かったし、さっきも、ただ一人ラマッカ族の拉致から逃れられたのが、ジュウの強運を証明している。
しかし、一緒にいるにもかかわらず、ナニワは昨日から不運続きであった。まんなか山で、巨大な化け物に二回も遭遇。ついさっきも、坂で転んで岩につぶされそうになった。しかもその岩が原因で現在にいたる。
まさしく、踏んだりけったりである。
ナニワはおもわず深いため息をついた。
と、ここで、ある衝撃的な事実に気づく。
「……! 二年のうちってことは、ジュウのやつ、三年生からこんな危険な世界と行き来してるっちゅうことか!?」
「まぁ。そういうことになるわね。つくづくまともじゃないわ」
冒険好きにもほどがある。
なにかあってもだれも助けてくれないような場所で、いつ命を落としてもおかしくないような場所で、たった一人。二年間も遊んでいたという事実。
頭のネジがぶっとんでるとしか思えない。
と、あきれ果てたところで、
「ん? 待てよ?」
危うく聞き逃しそうになったが、ナニワは先刻の会話に違和感を覚えた。
「偶然、境を見つけたゆうたな? ちゅうことは、他に見つける方法があるっちゅうことか?」
デコがギクリと顔をこわばらせた。
どうやら一番聞かれたくなかったことらしい。立て続けに、
「あと、今まで色々きいたけど、どないしてそれを知ったんや? 専門用語みたいなのもごっつうあったし。どこ情報や?」
実は、一番聞きたかった質問であった。
すると、デコは右手をジュウの前に差し出す。
デジャブ? と思った矢先
「今の含めて情報料プラス1000円。これ以上聞きたいなら、もう1000円。」
「どんだけがめついんや! おまえは!」
合計請求3000円也。貯金五百円だから、誰かから二千五百円の借金をしなければならない。
ナニワはうんざりした表情を浮べた。
その時。
蔓格子を固定していた石壁ごと、戸が開くようにギギッと開き始めた。
ラカスがそこにいた。
「おまえらを先神様に会わせる。なめたマネはするなよ」