其の八 妖精現る
「いやちゅうか! 『始まりだ!』やないわ、このどあほ!!」
我に返ったナニワは、ジュウに向けて開口一番にそうツッコンだ。
「なに考えてるんだおまえは! 無関係な奴を連れてきて! ここがどんなに危険な場所か分かってるだろ!」
「ナハハハ! まあ気にすんな!」
ナニワとデカチョーが交互にツッコみ、ジュウは楽天的に笑う。
なおガミガミと責め立てる二人。その横で、当事者たる飛羽場は、かなり不機嫌な様子だった。
「……いい加減説明してくれないか? さすがの僕も、今の状況は理解不能だ」
眼鏡の奥でひどく睨みつけながら言う。
ナニワは深いため息をついて、口下手なジュウの代わりに、虚想世界の存在を説明し始めた。
※
「………ありえない。と言いたいところだが、体感してしまっている以上、認めざるを得ないな」
説明を聞き終えて、飛羽場は困惑しながらも、今の状況を理解した。
「つまりここは……異世界。おまえらは想具という道具を探すためにここまで来た。あのマンホールはこの世界へと通じる唯一の入口だったということか」
「そういうこと。もう一度、あの穴に入れば帰れるから、心配しなくていいよ」
デカチョーは樹洞を指してそう言う。境は入るのは難しいのだが、無条件で出ることができるのだ。
「……………」
飛羽場は険しい顔でその穴をじっと見る。
そこで、何かを察したのか。
「ええ~!! 帰るなよ~ビンチ!」
まるでだだをこねる子供のように、ジュウは引き留めようとする。
「オレ達と冒険しようぜ~! 想具探し手伝ってくれよ~!!」
「ええかげんにせえっちゅうねん! 俺達はともかく、いきなりこんなとこ連れられて、帰らへん奴が―――」
「いいだろう」
飛羽場は言った。
ナニワの声を遮る形で、そう答えた。
「……………へ?」
思わず、聞き返すナニワ。デカチョーも耳を疑った。
続いて彼ははっきりと言葉を紡ぐ。
「面白い。興味が湧いてきた。僕をおまえらの『冒険』とやらに同行させろ」
「「…………!!」」
ナニワとデカチョーは驚き言葉を失う。ジュウは満面の笑みを返した。
「だろだろ!? 面白そうだろ!? ナハハ! 連れてきて良かったな~!!」
「勘違いするな。タコスケ。無意味な宝探しなどには興味無い」
飛羽場は冷たい言葉で返す。
「僕が興味あるのは、この世界そのものだ。理解できないことは、理解できるまで追求するのが僕の性分でね。この世界を回って、少し考察してみたい。おまえらはその手伝いだ。僕の盾になれ」
眼鏡を掛けなおしながら、クールにそう言った。
絶え間ない知識欲。それが彼の原点だった。
父からの英才教育に加え、東西万物の書物を読み漁る。次第に、知識を吸収する癖がついてしまっていた故の、彼の絶対個性だった。
全く知らない世界に投げ出されて、帰る意思を見せるどころか、居続ける意欲を見せる。さすが『三変人』の一人といったところだが、デカチョーとナニワにそんな感心はさほどもない。
額には青筋が浮かび上がっていた。
「な、なんちゅう自分勝手な奴や……!! 見下すのも大概にしぃや!」
「いい加減にしろよ飛羽場! ここがどんだけ危険な場所か、分かってないからそんなことが言えるんだ!」
二人の激しい怒りに対して、飛羽場は「フン」と一言。蔑んだ目で応える。
その時だった。
「あれあれ? こんなところに、ドワーフがいるぞ? もしかして、コーリッヒ?」
一際甲高い声が、森の方から聞こえた。それに反応して一同が振り返る。
同時に、驚いた。
そこにいたのは、体長15センチほどの小さな妖精だった。
紫色のショートドレス。花びらのカチューシャとサイドテイル。透き通った小さな羽が二枚、背中についていて、金色の鱗粉がわずかに舞っていた。
だれが見ても明らかな、妖精少女。彼女が空中を飛びながら、不思議そうな顔をして近づいてきた。
「? おやおや? よくみたら違うや。少し大きすぎるし、かといってエルフでもないなぁ?」
「! よ、妖精……?」
最初に口を開いたのはデカチョーだった。
目を見開き凝視。その妖精は、デカチョーの面食らった表情に愉悦を感じたのか、ニヤリと笑って言った。
「そうともそうとも! ミラクルキュートフェアリー! 森の女王ミルファとは私のことさ!」
くるりと宙返りして胸を張る。金粉がキラキラと輝いた。
「よっ! オレは天元じゆう! ジュウって呼んでくれ!」
ジュウは警戒心皆無でそう返した。
ナニワ達も続けて、
「俺はナニワや。よろしゅう」
「アタシは武町愛誠。みんなにはデカチョーと言われている」
と、あいさつする。
「そしてこいつは、飛羽場識人だ」
と、デカチョーが飛羽場を指す。童話の世界にしか居るはずのない存在を観察すべく、飛羽場はじっとミルファを凝視していた。
その眼差しにひるみつつ
「と、ところでところで。あんた達何族? 見たことない肌の色だね?」
と訊ねる。
「俺たちは人間だぞ」
「ニンゲン? 聞いたことない種族だなぁ」
ジュウの答えに、妖精は空中であぐらをかいて首をかしげる。
そこで、
「それより聞きたいことがあんねんけど……ここいらでなんか、集落みたいなのあらへんか?」
ナニワがそう訊ねた。
想具は虚人を惹きつける力がある。故に、大抵の冒険者は人の集まる集落を狙うのがセオリーということを思い出したのだ。
実際。二か月ほど前の『熱帯の領域』においても、集落の中に想具は存在していた。
ナニワのその問に対し、妖精ミルファは笑い返した。
「あるよあるよ! なになに、そこに行きたいの?」
「ああ。訳あってなぁ」
「いいともいいとも! 案内してあげる!」
ミルファは元気いっぱいに言い放つ。ジュウとデカチョーも笑い返した。
しかし、ここで、飛羽場が眉をひそめて言った。
「待ておまえら。何かあやし―――」
「すっごくすっごく! 優しい人達だよ~!」
だが、ミルファの陽気な声で遮られてしまった。そして、妖精はどんどんと森の奥へと進み、飛羽場を除く三人がそれに続く。
「? なにやってんだビンチ! 行くぞ!」
ジュウが振り返り呼ぶ。飛羽場は眉間に皺を寄せながらも、渋々と後をついていくことにした。
そして裏腹に、彼は思う。
(……まあいい。今に分かる。無知がどれほど愚かな事かをな)