其の六 飛羽場の秘密
その週の土曜日。
期限まで残り三日となったその日。御供市で最も大きなデパート。『ダイハン』の屋上で、とあるヒーローショーが開催されていた。
午後一時。多くの作業員によって準備されている大型ステージ。その看板には、『激闘! サイコマンVSクランケン!!』と大きく書かれていた。ステージの前の席は、開演30分前だというのに、すでに半分以上の席が、男子小学生とその父兄で埋まっていた。
今年始まったヒーロー特撮番組『科学挑人・サイコマン』。歴史の改竄をたくらむ、未来から来た悪の秘密組織『ジャスティス』に対し、同じ時代の未来人。『豪・レックス』とその仲間達が『サイコマン』に変身し、未来科学を武器に戦ってゆくというストーリーである。
その最前列の真ん中。一番の特等席で、とある少年は何やら周囲を警戒しながらも、今か今かと開演を待ち望んでいた。
ツバ付キャップを後ろにかぶり、口元に大きなマスク。半袖短パンで、クロックスを履いている。
そして、1時30分。司会役のお姉さんが現れ、いよいよ公演が始まった。
フラッシュ効果。激しいアクション。臨場感あふれる効果音。テレビの前では体感できない感覚に、誰もが夢中だった。その少年も同様、ステージから目を離せないようだった。
「未来の科学で勝利を掴む!! 正義の力で悪を討つ!! 科学挑人サイコマン!!」
勢いのある効果音とフラッシュでの決め台詞。悪のライバル、タコ型人造人間・クランケンとの戦いを前に言い放ち、次々と必殺技を繰り出していく。
そして
「これで終わりだ! タコスケ!」
豪・レックスが、そう叫ぶと、
「スペシャルフィニッシュ!! 超粒子・バスタァァァァァ!!」
両拳を前に合わせての咆哮。激しい点滅と効果音が発し、クランケンは仰向けにバタリと倒れた。
実際にビームが出たわけではない。しかし、子供達にとってはどうでもよいことだった。役者のアクションや演技力もあって、まるでその場に本物がいるような、そんな錯覚を受けていたのだ。
午後二時。登場人物全員がステージ上で一礼。大きな喝采に送られながら、ヒーローショーは終了した。
しかし、マスクの少年は、他の観客がその場を去っていく中、余韻に浸っているようで、しばらくその席を離れなかった。恍惚感で、ボーっとしているようだった。
その時。一人の少女が少年へと近づいた。
ツインテールに眼鏡。フリルのスカートと、それにマッチした淡い色のTシャツを着ている。
「あのぉ~。すいません」
少女は少し小さな声ながら、恥ずかしそうな様子で少年に話しかける。少年はまだ余韻に浸っているようで、少し鈍い反応ながら、彼女に対して振り向いた。
次の瞬間。
バッ! カシャッ!
少女は少年のマスクと帽子を剥ぎ、同時に、後ろに隠し持っていたデジカメで、少年の顔を撮った。
マスクの少年。飛羽場識人の顔を。
「なっ………!?」
飛羽場は驚きのあまり声が出なかった。目の前の、初対面の者に突然写真を撮られたのだ。
しかし、その少女―――否。
その少年は、飛羽場にとって初対面ではなかった。
「へっへ~。ばっちり押さえてもろたで~♪」
少女の正体は、佐久間浩介。ナニワだった。
彼は、ツインテールのウィッグを取り外しながら、勝ち誇った笑みを見せた。
「お……おまえは………!!」
飛羽場は目を皿のように丸くする。
「おお。覚えてもろてたか。それは良かった。忘れられてたらどないしよう思ってたとこや」
「……い、一体。なんのつもりだ……!!」
飛羽場は現状を理解し、顔を赤らめながらも、そう言い返した。
ナニワは、にや~と嫌らしい笑みを浮べる。
「あれ? わからへんのか? 秀才中の秀才。エリート中のエリート小学生。飛羽場識人君が、この状況みて、理解できひんと……?」
最大限の皮肉をこめながら、ナニワは手に持ったデジカメを見せつけた。
「!!……ま、まさか……!?」
目を向ける飛羽場
続けて、彼は
「『クランケン』やろ? おまえがジュウを見て、無意識に連想してもうたのは」
と、ヒーローショーの立て看板にある、クランケンを指して言う。
クランケンの頭には、八本のタコの足が生えていて、それはジュウの天然パーマに似てなくもない。
「そしてつい、レックス・轟がクランケンに対して言う言葉。『タコスケ』が口にでてもうた。うかつやったな。エリート小学生」
「……………!!」
鋭い視線で睨み付ける飛羽場に対し、
「へへへ。おまえの弱み、握らせてもろたで」
優越感に浸りつつ、言い放った。
『飛羽場識人はサイコマンのファンである』
この事実に至った最初のヒントは、識人自身が放った、秀才らしくない言葉。
『タコスケ』
悪口が目立つ彼にしても、現代っ子が言うには古臭い言葉とも言える。最初、ナニワが聞いた時は、ほんのわずかなひっかかりだった。
しかし、ジュウの髪形を見て、気づいた。
先日、テレビで登場した怪人。クランケンの姿を、飛羽場が連想したのではないかと。
その確信を得るために、識人を尾行した末見つけたのは、識人が塀に貼られた『科学挑人サイコマン』のヒーローショーのポスターを見つめていた場面だった。
よって、ナニワはそのヒーローショーに張り込み、現場を押さえようと思ったのだ。そして、もし本当に現れたら、その現場写真を弱みに脅迫しようと考えた。
もちろん。こんなことはデカチョーが認めるはずがない。だから彼は誰にも詳細は言わず、単独行動でこの作戦に臨んだ。わざわざ女装までして、気づかれないように細心の注意を払ってまで。
「さっきのと合わせて、おまえがショーに夢中になってる所も撮らせてもろたで。一番端っこの席で、効果音に紛れてシャッター音押してな。こないな事までして、恥ずかしいなぁ?」
と、茶化すナニワ。
科学挑人サイコマンは、世間的には、小学校低学年向けのテレビ番組となっている。小学五年生では、人目はばからず夢中になっている様子は恥ずかしいものがある。
飛羽場も、もちろんそれを知っている。故に、普段着ない服や靴を着て、マスクをかぶり、知り合いでもわからないように変装して、ヒーローショーに来たのだ。
しかし、とうとうバレてしまった。親でさえ、知らなかった彼の秘密が。
飛羽場にとって、重大なミスだった。決定的な証拠を押さえられてしまった。
彼は、精いっぱいの仕返しとして
「………そういうおまえも、女装の趣味を知られたら大変じゃないのか?」
と、言い返す。
「こ、これは俺の趣味やのうて、知り合いのおばちゃんの趣味や! 俺は普通の変装を頼んだんや!」
ナニワは慌てて反論する。
近所のクリーニング店の店主。服を取り扱うだけあって、コーディネートもかじっており、ナニワはその者に変装用の服のチョイスを頼んだのだが、なぜかそれに、女性服が選ばれてしまったのである。
「……ふん。わかったよ」
そして識人は、眉間に皺を寄せて、気に食わないような顔をしながら
「例の『もんだい』というもの、解いてやる」
承知したのだった。