其の四 もんだい
デコの言うチャンスとはつまり、これまでのことを不問とする代わりに、新たな領域の想具を取ってくるというものだった。
「むしろ、望むところだぜ!」
ジュウは他3人と並んで歩きながら、意気ごむ。
デカチョー。ナニワ。デコ。ジュウ。
彼らは、デコが見つけたある領域の入口―――境へと向かっていた。
「おお? 意外やな、ジュウ。おまえのことだから、『人が見つけた領域になんか、行きたくねぇ』とか言うかと思たんやけどな」
「だって、もう一か月もあっちに行ってねぇだろ? つべこべ言ってらんねぇよ!」
全治三か月の重傷。いくらジュウでも、治らないうちに虚想世界へ行く無謀はしなかった。とはいえ、日課である街探検はかかさなかったようで、体調的に行けるはずの学校にも行かず(サボリ)日がな走り回っていたのだから、それでも十分な無茶というものだった。
ここで、
「ところでジュウ。おまえのお祖父さん。一体なんの仕事してるんだよ?」
デカチョーが怪訝そうな顔で訊ねる。
彼の様子だと、常に遊んでいそうな気がするが、全てを自足自給でこの文明社会を過ごせるわけもない。
学費や食費、最低限の日用品など。特に気になるのは、どこかしらから持ってきた謎のアイテム。
何かしら収入があるはず。それは全員が気になる質問事項だった。
しかし、彼は
「んん~? わかんね」
「わ、分かんねって……!」
「考えたこともねぇや。ナハハハ! じいちゃん、ほとんど家にいねぇしな」
と、能天気にナハハハと笑うのだった。
三人は返す言葉も無かった。
※
「……見えたわよ」
目的地に到着して、デコが一点を指さす。
場所は花巻商店街。アーケード大通りの中間地点あたり。とある八百屋のまん前だった。
そこに、ブルーシートを広げ、どっしりとあぐらをかいて座りこんでいる一人の男がいた。
「よお。またあんたか」
福耳につながり眉毛。髪を前髪で切りそろえた坊ちゃんスタイル。水玉模様のシャツと蝶ネクタイが印象的で、往年のお笑い芸人を思わせるような風貌だった。
「……あいかわらず、ふざけた格好してるわね。それもこんな人通りの多い所で何十時間も。恥ずかしくないの?」
「ほっとけ! おれっちのポリシーよ!」
胸を張っていいのける福耳男。デコは呆れた顔で彼を見下ろした。
そして
「それよりあんた。分かってんだろうな? この境は、子供じゃねぇと通れねえってこと」
念を通すように、彼は言う。
つまりそれが、デコがジュウ達を起用した理由だった。
境を通過する際には、時間や季節、行動など、様々な条件が発生する。
そして、最もやっかいなのが、年齢制限だった。
特定の人間しか入ることを許されない。しかし、そのシビアな制限は、その領域内の競争率を低くすることも確かだった。
デコは『ガルニディアフェイト』という、境の探索サイトで『子供』という条件の境ゲートを見つけ、一か八か行ってみたのである。(自分が20歳で、まだギリギリ子供であるかもとの判断だったが、その判断を下すのにかなりの苦痛と時間を要した)
しかし、それを試すことさえ、彼女はできなかった。
なぜならすでに、その境を通ることができないように防ぐ、『門番』がいたからである。
それが目の前の男。中城寺総雲。三十二歳男性(自称)。
「いくらあんたが子供みたいなナリしてるからって、20歳未満でねえかぎり無理なんだぜ?」
その挑発的な言葉に対し、デコの額に青筋がひとつ。
「うっさいわね! だから、代理を連れてきたのよ!」
と、ジュウ達を指した。
中城寺は彼らを見て、眉をひそめる。
「ひどい大人もいたもんだなぁ。こんないたいけな子供達を……」
「あんただって、代理使ってんでしょ。いいから、この間言ってた例の『もんだい』。さっさと出しなさいよ!」
「ちょ、ちょっとデコ姉。一体なんやっちゅうねん。詳しく説明せえよ」
ナニワが問う。子供限定の領域に入ることは承諾した彼らだったが、門番がいることは聞いてなかった。
「つまりね、こいつ―――中城寺は、近所の子供に高い給料を払って、想具を探させているのよ。確か、二人の女子高生だったかしら? 変態じゃないの?」
「一言多いなあんたは! 知的な戦略と言ってくれ!」
デコが中城寺を軽蔑の目で見て、彼がそれを弁解する。
「『ガルニディアフェイト』を見てあつまった『挑戦者』はほとんど大人。だから、この領域にはほとんど競争相手はいないとみていいだろ? それに、彼女達にはおれっちのとっておきの想具を持たせているからな! 心配ない! それでも念のため、新たな『挑戦者』が入れないよう、おれっちがここで門番をしてるってわけさ」
「門番? そんなら、力づくでどかせてもらうぞ!」
ジュウが骨折していない右腕をぶんぶんと回して意気込む。
それに対し、中城寺は両手を前に拒否の姿勢を示した。
「おっと、やめといた方がいいぞ。ここは商店街。人通りの多い昼間から騒ぎを起こしたら、警察に捕まっちまう」
その通りだった。ただでさえ目立つ服装をしている男である。彼に大人としてのプライドが無ければ、周囲の人に助けを求めて、場を鎮圧することも可能である。
「そもそも、おれっちは暴力は好きじゃない。そこでだ、おれっちが出す『もんだい』に答えることができた者だけ、この下のマンホールをくぐらせよう」
と、中城寺はブルーシートをまくり、その下のマンホールを見せた。
「……そこが領域の入口―――境ってこと……?」
デカチョーが怪訝な顔で言う。虚想世界についての諸知識は、とっくにナニワに教えてもらっていた。
「そうだ。言っとくが、夜に隙を見計らってってのも無理だかんな。おれっちは彼女達が戻ってくるまで、二十四時間ここに座っているからな」
つまり、この男は今まで、おそらく数日の間、ずっとこの上で寝泊まりしているということになる。それこそ、警察に捕まりそうな行為だった。
「『もんだい』はな、いわゆるクイズ―――雑学問題だ。それも、選択問題にしよう。知識の乏しい小学生でも、運があればなんとかなるだろ?」
「……分かった。まずアタシが、そのもんだいに答えよう」
と、デカチョーが一歩歩み出る。
「おいデカチョー! 大丈夫なんか?」
ナニワが心配して声をかける。頭に血が上っている様子に見えたからである。
「まかせて。女の子をそんな危険なところに行かせるような卑劣漢に、負けるわけにはいかない!」
彼女の目には、熱い闘志が宿っていた。
「………オーケー。デカチョーって言ったね、君。それじゃ問題!」
中城寺はおどけて「じゃ、じゃん!」と言う。
第一問。
「『刑事を俗称で『デカ』と呼びますが、この由来は次のうちどれでしょう?』」
「………!」
デカチョーに緊張が走る。
中城寺が彼女のあだ名から出した問題。デカチョーの名を誇りに思う彼女にとって、間違えるわけにはいかない。
「A! とある地方の『善人』を意味する方言」
「B! 大柄の男しか刑事になれなかった時代のなごり」
「C! 制服以前に来ていた和服の名前から」
「D! ある偉大な警察の名前から」
「…………」
デカチョーはしばらく押し黙り、考え込む。すると、
「時間は無限じゃないぞ! あとじゅ~秒! きゅ~う! は~ち!」
と、急かすように数え始めた。デカチョーはそれにつられて
「え、A!」
とっさに答えた。しかし、
「ブゥ~!! 不正解!!」
中城寺は目の前に大きくばってんを作る。
「正解はC! 昔、刑事が角袖って和服を着ていた時代。角袖の『デ』と『カ』をとって、デカっていう名称がついたんだ」
「き、きたないぞ! 時間制限があるなんて、聞いてない!」
「無いとも言ってませ~ん!」
デカチョーが指さして責めるが、中城寺は、まるで子供のようにおどけてみせる。さすがのデカチョーも額に青筋を作り、睨み付けた。
「なんやおまえ。デカチョーのくせにそんなのも分からへんかったんか」
「あだ名は関係ないだろ!」
八つ当たりのように、ナニワにがなりつけた。
「よし、次は俺だ!」
ジュウがなぜか、自信満々な口調で言い放つ。頭の悪い彼にとって、こういうのは苦手分野のはずであった。
しかし、
(……ジュウなら、持前の強運がある。あてずっぽで当たる可能性は高いで……!)
ナニワは密かに期待する。ジュウのその自信も、それを無意識に自覚しているから生まれるのだろう。
「それじゃ問題! ジャジャン!」
中城寺はなお、おどけて繰り返す。
第二問。
「『地球の自転時間は100年のうち1000分の一秒ほど長くなっていると言われています。それでは、地球が誕生した四十六億年前。一日は何時間だったでしょうか?』」
「?………??」
ジュウは頭が混乱した。
「A! 五時間」
「B! 六時間」
「C! 七時間」
「D! 八時間」
(……こ、これは、あかん!)
ナニワに嫌な予感が走る。
そして、それは実際に起こった。
「え……えと、いっぷんが……ひゃくびょう? で、それがせんぶん……?よんじゅうはち? いや、なな? ??」
彼は両手を指折り、計算し始めたのだ。
「あ、あほ! おまえの頭でわかるわけないやろ!」
そもそも、ジュウのその言葉から察するに、問題内容さえ覚えてないし、理解してもいないようだった。徒労以外のなにものでもない。
「このバカガキ! なんでもいいから答えなさいよ!」
デコが発破をかけるが、時すでに遅し。
プシュウゥゥゥゥ
ジュウの頭から、なにやら白い湯気のようなものが噴き出たかのごとく、彼の脳みそはすでにショートしているようで、頭をぐるんぐるんと大きく回転させた後、仰向けに倒れた。
「あ、あほぉぉぉぉぉぉ!!」
ナニワが絶叫する。しかし、中城寺はつつがなく進行する。
「リタイア残念! 答えはAの五時間でした!」
ジュウを揺り起こす傍ら、ナニワは彼の狙いを頭の片隅で理解していた。
あえて数を多く問題に取り入れることで、計算させるように促したのである。
しかも、計算したとしても、答えは十一時間弱。選択肢の中にあてはまらない。
問題では『千分の一秒ほど』であって、千分の二や、もしくはそれ以下の可能性もあるため正確な答えは初めから導き出せないようになっている。
つまり、これは計算問題でなく、知識問題。
卑劣な罠だった。
「おやおや。これで残るは一人。君だけになっちゃったね。どうする? さすがに友達と一緒じゃないと、寂しいんじゃないかな? 止めとく?」
中城寺はニヤニヤと、ナニワに向かって憎たらしい微笑みを見せつける。
それに対し、ナニワは
「……止めとく? 冗談やないで」
ニヤリと、笑い返した。
「俺を誰やと思ってるんや。おっさん。言わずと知れたゲームキング。佐久間浩介やで! クイズゲームもしっかりと範疇や!! ゲームと名のつくもので、負ける訳にはいかへんのや!」
あくまで強気に、ナニワは中城寺の前に歩み寄り、ドンと胸を張る。
市販のゲームはもちろん、ネットゲームやゲーセンゲームまで、古今東西ありとあらゆるゲームをマスターする天才小学生。それがナニワの唯一の自慢すべき肩書である。
とはいっても、クイズゲームは豊富な知識量がものを言うゲーム。彼にそれは無かった。
しかし、質題者の意図、ひっかけ、直観力。全てを範疇に入れ、考え、まとめあげれば、正解率は飛躍的に上がる。
彼はそう信じていた。
「……おもしろい。それじゃあラスト問題! ジャジャン!」
「がんばれ! ナニワ!」
「負けたら承知しないわよ!」
床タイルの上に仰向けになっているジュウをよそに、デコとデカチョーが檄を飛ばす。
ナニワの中に熱い闘志が宿った。
そして、ラスト問題。
「『流氷の天使とも呼ばれるクリオネ。さて、生物分類上、次のうちどの仲間に属するでしょうか?』」
「……………」
ナニワは人通りの騒音の中、一字一句聞き漏らさないよう、彼の言葉に耳を傾けた。突然の時間制限宣言といい、誘導性のある裏のある問題といい、油断禁物と判断したのである。
「A! いか」
「B! くらげ」
「C! さかな」
「D! ひとで」
ナニワは顎に手を添え、うつむきながら、頭をフル回転にして考える。
(……魚はまず無さそうや。共通にある鰓もひれも無い。いかもくらげも、形は似てるけど、それが逆に、ひっかけのような気がする……そんなら………)
長い間、沈黙が流れた後、ナニワは前を向いた。中城寺は察して訊く。
「……いーかい? 心の準備は?」
「ああ……答えは………」
正解したとしても、虚想世界に行けるのは自分だけ。それでも、デコと約束した手前、引き下がるわけにはいかない。
なにより、自分の誇りをへし折られるわけにはいかない。
「Dや!」
はっきりと、力強く答えた。
「……………………」
中城寺は無言だった。
しかし、それは正解を言う前のお決まりのジラシであった。彼はだんだんと顔を近づけ、そして分かりやすすぎるほどに、口が開き始める。
全員が息を飲んだ。
だがしかし、その答えは
「残念!! 答えは、Eの『貝』でした!!」
「「「は、はぁああ!?」」」
これには、全員が大ブーイングだった。
選択肢は、AからDまでのはず。
「ふ、ふざけんやないで、おっさん! 今時そんなの、小学生でもやらんわ!」
「そうだ! 正直に答えろよ!」
「往生際が悪いわよ!」
各々が非難をぶつける。
しかし、中城寺は気取った顔で、チッチと指を振った。
「いえいえ。おれっちはちゃんと言いましたよ。選択肢の『E』を………」
「な……なにを……?」
デカチョーは訳が分からず、眉をひそめる。
しかし、ナニワは数秒遅れて、
「!!……ま、まさか………!?」
理解した。
「おれっちはちゃんと、『いーかい?』って言ったぜ?」
(「……いーかい? 心の準備は?」)
いーかい。
いー、かい。
E、貝。
デカチョーも理解した。
「ふ、ふざけるな! そんなズル、アタシは認めないぞ!」
正義感の強い彼女は、反則や反モラルに準じた行為に対して厳しい。寛容になったとはいえ、これは認められなかった。
「アーハッハ! 世の中そう甘くないんだよ! お嬢ちゃん! さあ帰った帰った!」
中城寺はシッシと追いやるように手を振る。
デカチョーは恨みがましそうに睨み付け、ナニワは悔しそうに歯をかみしめた。
確かに、子供じみた理屈ではあるが、理には適っている。
DとEの間、一言も話さなかったし、『いーかい?』から『心の準備は?』の文脈も、途切れたとしても不自然はあまり無い。
なにより、最初の問題で時間制限をつけたのにもかかわらず、ナニワが何秒も沈黙している間、同じように時間制限をつけてこなかったのは、明らかに不自然だった。
ナニワはそこに気づくべきだった。選択肢をアルファベット式にしたのも、布石のひとつだったのだ。
※
「あぁもう! なにやってんのよあんたたち! 揃いもそろって!!」
帰路。デコはカンカンに怒って怒鳴りつける。ジュウは未だ意識が戻らず、デカチョーにおぶられている状態だった。
「しゃあないやろ! あんなん、屁理屈もいいとこやで!」
ナニワも理不尽に怒り、がなり立てる。
しかし、すでに終ったこと。しょうがないことだった。
「こうなったら、他に代理を見つけるしかないわね」
「……見つけて、そいつが正解したとして、そいつ一人だけで想具取ってこさせるつもりかいな? それはあまりに無茶やで」
「だから、そいつに私達の代理をさせるのよ」
指を立てて、デコは言う。
つまり、代理の代理。
問題を三問。ジュウとナニワとデカチョーの三人分、代理で解かせるということだった。
「なるほど……だけど、あの男がそれを認めるか?」
デカチョーが訊く。彼ははっきりと、『もんだいを解けた者だけここを通す』と言ったのだ。
「なんで私達があいつの言うこと全部聞かなきゃなんないのよ。想具を獲る権利はみんな平等なんだから、少しくらいはこっちの意見があってもいいでしょ?」
デコは眉間に皺をよせて、不機嫌そうに言う。
「……せやけど、その代理。どっから見つけてくるん? ごっつう頭が良くて、ぎょーさん知識もっとって、しかも、20歳未満の子供。それも、三問連続で解かせるっちゅーんなら、よっぽど頭ええやつやないとだめやで? エリート大学生でもスカウトするか?」
19歳の大学生。しかし、年齢と知識量は正しく比例するわけでもなく、結果は保障できない。スカウトするならば、あらゆる知識に通じている、エリートでなければならない。
しかし、彼らにそんなツテは無かった。ナニワとデコが喧々と話し合い、相談している中。
デカチョーは口を開いた。
「……アタシ。なんとかできそうな奴、知ってる」
「……え?」
ナニワとデコが反応する。
そして、彼女は、あまり気乗りしないような顔で言い放った。
「……『三変人』の一人。飛羽場識人だよ」




