其の三 ガオ爺登場
「な!……!?」
あまりの衝撃に、デコ達は声が出なかった。
無理もない。いくらガラクタの寄せ集めで作ったとはいえ、ほとんどが鉄の部品。重量は何百キロにもなる。その壁をぶち壊して進むなど、人間業では無かった。
その時。ジュウは言った。
「! その声は!! じいちゃん!!」
「………!!」
一同、再び驚愕。デコに踏まれていた(沈没していた)ジュウが、勢いよくガバッと起き上り、たまらず、デコは尻もちをついた。
「よお、元気そうだな!! 一か月ぶりか!! ガハハハハ!!」
男が豪快に笑って言う。ジュウも骨折など感じさせないようなはしゃぎようで、満面の笑顔だった。
(……こ、これが噂の、『ガオ爺』か……)
ナニワは心の中で呟いた。
ガオ爺。
天元じゆうの祖父。天元我門が街中の子供たちの中で言われている呼称である。『ガオ』とは野生動物の咆哮を指していて、また、我門の『ガ』を指しているともいえる。まさしくその呼称に偽りなく、その姿は野生そのものであり、家さえ自分で作ってしまうほどにワイルドで、あまりに豪快奔放で、御供市で天元我門を知らない者は居なかった。
住所無し。職業不明。数か月ほどどこかへふらっと消えたと思ったら時折帰って来るなど、謎が多い人物であったが、子供には良く好かれる人柄だった。彼自身の性格があまりにも子供っぽく、子供がそのまま老人になったような男だったからである。
それゆえ、非常識な行動が多く、大人たちの間では、『いたずら爺』『迷惑おやじ』など囁かれ、けむたがれれているのも事実だった。
天元我門と天元じゆう。この祖父にして、この孫あり。血筋そろって、はた迷惑な二人である。
「ほれじゆう! 土産だ!」
我門はズボンのポケットに手を突っ込むと、何かを無造作に投げ渡した。
ジュウがそれを受け取る。それは、黄土色の石のようなものだった。
「月の石だ! ガハハハ! 貴重だぜ!」
我門は豪快に笑う。その様子も、ジュウと似ているものがあった。
「はぁ? つ、月の石!?」
デカチョーは耳を疑い、驚くが、
「あほやなデカチョー。嘘に決まってるやろ。どうせその辺の石にきまってんで」
ナニワがバカバカしそうに言う。関西ではありがちのジョークである。
そしてジュウは、
「……こんなんいらねーよ。じーちゃん」
とつまらなそうに言って、ポイッとその辺りへ投げ捨てた。おそらく彼にとって、『月の石』がなんなのかさえ、分かっていないだろう。
「ガハハ! ああ、そう言うと思って、ちゃんとした土産はあるぜ!」
そう言うと、我門は後ろに数歩さがり、外に放置していたなにかを乱暴にひきずりだす。
それにより、さらに壁の穴が大きく広がり、散乱。
そして、彼らの前に大きなカジキマグロが姿を現した。
「「「………………!!」」」
一同絶句。ジュウだけが、目を爛々と輝かせていた。
「今朝釣ってきたやつだ! うめぇぞ! 保存には気を付けな!」
マグロは光沢を帯びていて、新鮮さを感じさせてはいたが、その頭の部分が地面と擦れて削れていた。
まるで道中、ずっと引きずっていたかのように。
「おお! ありがとな、じいちゃん!」
ジュウは口から涎を垂らして、マグロから目を離さなかった。
ナニワはその時、ジュウのあまりにも規格外な人格の謎が分かった気がした。
血筋や遺伝子によるものだけではない。自足自給のライフスタイルが、彼の冒険技術を高め、ワイルドさに拍車をかけたのだ。
さらに我門は、
「あと、切れてた湿布持ってきたからよ。その腕に貼っとけ」
と、リュックを背負ったまま、背中に手を回す。そこには、直接中に通じているだろうポケットが備わっていて、ごそごそと何かをまさぐっているようだった。
そして取り出したのは、ガムテープのような、環状のシートだった。
表面は綺麗な肌色をしていて、その形状は湿布にはとても見えない。
「よっしゃ! これで、三日後は完全復活だぜ!」
ジュウは嬉しそうに、その怪しげな道具を受け取る。
言葉ぶりから察するに、それは彼にとって、骨折を三日で治す湿布であるらしい。
次に我門は、唖然としている一同に視線を移す。
「ん! おめぇらが話に聞いてた、ナニワとデカチョーか!」
軽く引いた様子の一同にお構いなく、我門は気さくに話しかけた。
ナニワとデカチョーは思わず、「は、はい!」とかしこまった返事をした。
「じゆうから聞いてるだろ? おめえらに渡したい土産があるんだ。一人分しか無かったけどな! ほれ!」
我門は再びバックに手を突っ込むと、無造作にあるものを投げ、ナニワがそれを受け取った。
それは手袋だった。指の先や関節部分、手のひらの腹のあたりに、特徴的な円形の模様があった。
「? こ、これはいったい………?」
「どんな急な崖も登ったり下ったりできる不思議手袋だぜ。体力のハンデがあるおめぇには、丁度いいだろ!」
我門はまるで、ナニワを昔から知っていたかのような気さくな感じでそう言った。
「これが……渡したかったもの……?」
怪訝そうに、デカチョーが問い返す。
「おお! 昨日、爺ちゃんから帰って来るって電話があってよー。そん時、ついでにナニワに渡したいものがあるっていうから、呼んだんだ」
と、説明した。
それでも、ナニワとデカチョーは首をかしげずにはいられなかった。
三日で骨折を治すという湿布に、どんな崖でも登れるという手袋。さらに、ジュウが我門と連絡を取ったであろう、その携帯電話。前回の冒険で、虚想世界と現実世界間で通話できるという、明らかに異常な携帯電話も、元々我門の所持品だったという。
実際にその高度な科学技術を目の当たりにしただけに、目の前に提示された道具の効果の信憑性も決して薄くないように二人は感じた。
そして、なぜ野生の代名詞であるようなこの男が、それほど文明高いものを持っているのか。不思議でたまらなかった。
しかし、そんなことにはお構いなしの女がいた。
「天元我門さん。ちょっとよろしいかしら?」
突然。気味悪い口調で、デコが話しかけた。
「? なんだおめぇ?」
我門は眉をひそめて返す。ナニワ達とは違い、彼女のことはジュウから聞いていないようだった。
「私、お孫さんから多大な迷惑を受けていまして、詐欺のような目にも合いました。つきましては、慰謝料も含めて、10万円ほど、ご用意いただけないかと………」
(!………こいつ、こないな時まで………!?)
ナニワは驚かずにはいられなかった。
金をせしめることが、今日ここに来た目的とはいえ、目の前の規格外たる大男を目の前に理不尽な請求をするとは、肝っ玉が据わっているにも程がある。
しかし、気になる我門の反応は、意外な言葉だった。
「?……何言ってんだ? 姉ちゃん?」
「「…………!?」」
『姉ちゃん』と、言った。
我門は初対面であるにも関わらず、如月結衣子の姿を見て、大人であることを見破ったのである。
ナニワとデカチョーは驚きに目を見開いた。
そして、デコの話はここで終わった。
「……………………!! !! !!」
初めての経験だったのか、彼女は幸福感で満たされたような顔をしたまま、夢ごごちの気分に浸り始めたからである。
「? なんだか知らねぇが、俺ぁ金なんか持ってねえぜ」
と言って、我門は踵を返した。自給自足ならば、当然の帰結といえよう。
そこで
「じゃあな、じゆう! またちょっくら、出かけてくらぁ」
と、踵を返す。
「もう行っちゃうのかよ! じいちゃん」
「ああ。野暮用でな。今度はすぐ帰ってくるからよ。それまで、この穴直しといてくれな」
そう言って、我門は穴をくぐり抜けて再び外に出た。
「なら壊すなよなぁ」
と、ジュウは文句を垂れる。壁を破壊したのはおそらく、入口から入るのが面倒だったからの行動に違いなかった。
自分勝手なところも、ジュウと似ている。
「じゃあな、ナニワ! デカチョー! それと、金の姉ちゃん! また土産やるから、遊びに来いよ!」
そう言って、彼は高らかに笑いながら、その場を去って行った。
「じゃあな~! じいちゃ~ん!」
ジュウは手を大きく振り見送る。
まさしく、嵐のごとく現れ、嵐のごとく過ぎ去っていった数分の出来事だった。
「………なんだか、すごいお祖父さんだな」
一言。デカチョーの感想だった。実際、すごいなんて一言では言い表せない衝撃があった。
対して、デコは、
「とても素敵なお祖父様ね!」
幸せそうな笑顔で、目を輝かせていた。
年を間違えられるにせよ、そうでないにせよ、結局感情の高ぶりは激しくなるのだった。
そしてこれは、ジュウ達にとって大きな幸運だった。
「ああ! なんだか凄く気分がいいわ! 本当はジジイを騙くらかして金ふんだくってやろうとか、バカガキが持つ想具を全部奪ってやろうとか、ナニワが持ってるゲーム全部売りとばした上、ペンキで部屋中を呪いの言葉で埋め尽くそうかと考えたけど、どうでもよくなってきた!」
「うおおい! なんで俺だけ陰湿ないじめ入っとんねん!」
「よし! あんた達にチャンスを与えてあげる!」
デコは笑顔で、ジュウ達に向けて、ビシっと鋭く指を指す。
「? チャンスやて?」
「ええ。てゆうか、さっき言ったことさせた上でやらせるつもりだったんだけどね」
「悪魔かおまえは!」
ナニワのツッコミを後に、デコはコホンと咳払いして、三人を見据える。
ジュウ。ナニワ。デカチョー。新たな冒険メンバーに対し、彼女はこう言った。
「『妖精の領域』。そこに行って、想具をとってきなさい!」