語
本当に悲しくてショックだったのだけど、体は思った以上に疲弊しきっていたらしい。家に着いて夕飯を掻き込み、風呂にも入らずそのまま部屋へ直行して布団の上にダイブした。
そしてそのまま寝た。気付いたら寝てた、というヤツだ。合宿の時でさえ、こんなに疲れきったことはない。
なんだかスッキリしない睡眠だった。目覚めが最悪だ。眠ったのかどうかさえ、本当の所、わからない、
目がはれぼったい。アタシは布団から起き上がり、手鏡を除くと案の定、目がパンパンに腫れまくっている。
自分でもいやになるほど、泣いた。一生分の涙を流したと、大げさでなく思う。
……それにしたって、男子の前で泣いてしまうなんて………しかもよりにもよって、あの佐久間浩介に……
……いや、たしか、『ナニワ』……だったっけ。
とりあえず、アタシは完全に起き上がり、朝風呂をすることにした。体は汗まみれ。入らないというほうが嘘だ。
時計をみると、6時50分。少しギリギリではあるが、まあ学校には間に合うだろう。
……ああ。忘れようと思ったのに、思い出してしまった。
アタシは昨日、学校をサボったことになったんだ。
二人を追っての行動にしたって、委員長らしからぬ行動だ。常に生徒の模範となるべきなのに。熱くなると周りが見えなくなるのが、アタシの欠点だ。
……まあ、状況が状況だけに、|仕方ない(・・・・、か。
アタシは風呂場に着くと、気持ちの悪い服を脱ぎ捨てて、浴槽の扉を開けた。
10分後。きれいさっぱりになったアタシは、普段着に着替え、食卓へと向かう。今日の食事当番は父ちゃん。いつものように、朝食は白飯とあさげと目玉焼きだ。ちょっとは変えてくれてもいいのに、とは思うが、わがままは嫌いだから言わない。
アタシは畳の上に腰をおろし、「おはよう」の後、「いただきます」と手をそろえて、ちゃぶ台の上の箸をとる。父ちゃんもアタシと向かい合い、続けて食べ始めた。
しかし、昨日もそうだが、父ちゃんはアタシがぼろぼろの状態で帰ってきたというのに、何も言ってこない。
だけど、それはそれで助かる。
あの世界で起こったことは-----兄ちゃんが死んだことは、言わないことにした。
どうせ言ったところで、信じないだろうし、信じたところで、父ちゃんを傷つけるだけだ。
追及されたら困ることになるなと思っていたから、昨日起こったことはなるべく悟られないよう努めてはいるが、気丈にふるまってはいるが、それにしたって、異常なまでに父ちゃんは無干渉だった。それは好都合ではあるんだけど、ここまで無反応だと逆に不安だ。
まあ、父ちゃんは昔から、兄ちゃんと違っていろいろと鈍かったからな。警察官のくせに。
さすがに頭の怪我に関しては心配してくれたようで、少し安心したが。
とりあえず今日は、学校の先生に顔出して、昨日無断で学校フケたことを謝りつつ事情を説明した後、兄ちゃんの言いつけどおり病院に行くつもりだ。
「ごちそうさま」
手をそろえて言って、台所へ。自分の茶碗を洗う。
時刻7時20分。うん。これならば、余裕だ。
歯を磨いて、今日の授業の教科書を揃える。ランドセルは学校に置きっぱなしにしてしまったから、別のカバンに入れていく必要がありそうだ。
規則正しく。規律厳しく。それがアタシのモットー。
……あ、そうだ。忘れるところだった。
アタシはそれを手に取り、身に着ける。少しもたつくと思ったが、案外、すんなりとうまくいった。昔、父ちゃんや兄ちゃんの見様見真似で、練習したかいがあった。体は覚えてる、というやつだ。
「いってきまーす!」
アタシは元気良く挨拶をして、新聞を読みふける父ちゃんの前を横切る。
そこで、ふと父ちゃんは顔を上げ、アタシを見ると、少し驚いた表情をした。
……あちゃあ~。さすがにそこまで、鈍くなかったかな……?
と、アタシが内心ハラハラしてると、驚くことに、父ちゃんは頬をつりあげて、ニヤリと笑った。
「おいおい。いき過ぎたお洒落ってのは、校則違反じゃあなかったっけ?」
と、アタシの首元にぶら下がるものを見て、茶化すように言う。
昔、兄ちゃんに貸した、自分のネクタイを指して。
……よかった。予想以上に、鈍くて。
でも、なんだ、そんなことか。
アタシは悪戯めいたような笑顔で、こう言い返した。
「仕方ないだろ。だって、今日は着けていきたい気分なんだから」
それを聞くと、父ちゃんは少し呆れたように、嬉しそうに、鼻で笑った。
規則は大事だ。その気持ちは変わらない。
だけど、それを守ることが、必ずしも正義であるとは限らない。
現実から逃げたり、ズルをしたりせず、自分が正しいと思うことを貫くのが、正義だから。
例え法に触れるようなことでも、自分の中に正義があれば、それはそれで、『仕方ない』正義だから。
兄ちゃんが、それを教えてくれた。
わかったんだよ。兄ちゃん。
兄ちゃんの目指していなかった正義でも、それで救われた人は大勢いたんだよ。
正義のために行うやり方って人それぞれで、問題は、それで結果がどうなったってこと。
本当の正義って、きっと心の中にあって、そのための行動なんて些細な問題だったんだ。
だからこれからは、少しは規則に対して、ゆるくなってもいいかなって。そう思った。
ネクタイつけて、何が悪い?
格好良いだろ? アタシは本当は、お洒落っ子なんだ。
玄関にて。スニーカーを履き、本来、学校に持っていくものではないカバンを手に取る。
……そういえば、『ナニワ』と『ジュウ』のこと。
昨日、あの女の子(目上に対して偉そうだった。今度会ったら注意しとこう)も言ってたけど、本当に無茶しすぎだ。
いつか死んでしまうっていうのも、脅しでもなんでもないように思える。
どうせあいつらのことだから、言っても聞かないだろうし。
……はあ。仕方ない。
委員長たるアタシが着いていって、無茶しないよう、見張るしかないな。
全く世話が焼ける。
「行ってきま~す !!」
あれ?二回目だっけ?
でも、「行ってらっしゃ~い」と、気の抜けた父ちゃんの声が返ってきた。
うん。じゃあ一回目だ。
金属の玄関扉を開ける。アパート通路の、手すりの向こう側から、朝日が差し込んで眩しかった。
アタシは、歩き出した。




