其の四十二 別れ
約一時間後。
「よし! できたぞ!」
右手に金槌を持った男が、ジュウ一同に向かって言う。
パチンコ弾を誰かが手に持ち、それに全員がしがみつくわけにもいかない。話し合いの結果、乗り物の一部にパチンコ弾を固定して、それに全員が乗るといった結論に至った
ということで、アラマドの馬車を使用することにした。
現在、街の大工が前面のスポーク部分に穴を開け、弾を入れて鉄板で塞ぎ、しっかりと固定したところである。
「あぁあ~。うたげ、やりたかったなあ~……腹へったあ~」
「まだ言うか、こいつ……」
がっくりと肩を落とし、口をだらしなく開けるジュウを見て、デカチョーが呆れ顔をする。彼の食欲は、骨折程度では屈することはなかった。
彼らから少し離れたところでは、正義が、正義団や国の住人達に向かって、別れの挨拶をしていた。
彼の前には、百人近い国民が集まっていた。おそらく、テレビやラジオなどの情報媒体があれば、その10倍は集まっただろう。
「ほ、本当に、行ってしまうんですか!?」
一人の男が悲しそうに、声を大にして叫んだ。
「うん。二十年間、世話になったね。心から礼を言うよ」
「そ、そんな、私達だって、セイギさんには感謝してもしきれません!」
今度は、一人の女性が言う。
「ありがとう。もう二度と会うことはないかもしれないけど、君達のことは、一生忘れないよ」
正義は優しく微笑んだ。
リリアナは、ジュウ達とはまた異なる奇怪な格好から、国民達に質問攻めに合っていた。
さらに、王子が彼女のことを魔術士であると伝えると、興味の沸いた子供達がその実演をせがんで来た。童話の中でしか知らない『魔法』に、憧れを抱く子供たちだった。
正確には『魔術』ではあるのだが、滅多に受けることのない尊敬の眼差しを貰い、調子に乗ったリリアナは次々と魔道具や魔法陣を使用して、魔術を施行し、彼らを精一杯喜ばせた。リリアナの顔は限りなく笑顔だった。
「セイギ……元気でな」
王子が爽やかな笑顔で、手を差し出し、握手を求めた。正義がそれに応じる。
固い握手が交わされた。
「ジ、ジブンも、絶対、忘れないッス………!」
イャンクッドも嗚咽ながら、大量の涙を流しながら、正義と固い握手を交わした。
「君達に会えただけでも、この20年間は無駄じゃなかったと、今なら思えるよ」
正義は二人に向かって、そう断言した。
心は不思議と、晴れ渡っていた。
「そうだ! 兄ちゃん! あの香川って女の人と……稲原さんは?」
思い出して、少し気まずそうに、デカチョーが声をかけた。
「ああ。勿論、連れて行くさ。僕が罪を償うためにもね」
正義は、贖罪する道を選んだ。
現実に帰ったら、稲原の亡骸をもって、罪を告白することを決めた。『人殺し』のレッテルを背負い、生きていくことを決めた。
立派な重罪。禁固刑は免れない。
「……セイギ。あまり、気に病む必要はない」
そこで、王子が肩に手を置き言う。
「これは戦争だ。彼は殺されて当然の立場だったし、そうして結果的にこの国が救われた。貴方のしたことは褒めたたえられることはあれど、罪に問われることなどあってはならない。貴方の正義感の強さは分かってはいるが、殺人が必ずしも悪というわけではないのだぞ」
「王子……それでも、他に方法はあったはずなんです」
と、正義はなお、自らを責めるように言う
「【王様遊戯】を無効化した時点で、勝負はついていた。生かしたまま、平和的に解決することもできたのに、それを怠りました。ならばこれは……僕の『悪』です」
「……兄ちゃん……」
悔いるような表情ながら、その瞳の奥に堅い意思が宿っていることを、デカチョーは感じた。
この世界で罪に問われることなくとも、彼の中でそれは罪で、悪だった。
だから、現実世界で裁きを受ける。
それで、彼の『正義』は、救われるはずだから。
「彼は……あの馬車の中にいるはずだ。そっちの馬車に移そう」
と、自分達が乗る馬車を指して、彼はボロボロに壊れた馬車へと向かった。
稲原の亡骸のある馬車へ。
サィッハ王子は呆れたような、誇らしげな表情で、その様子を見送った。
そこで
「そういえば……城を占拠してた現人って、もう一人いませんでしたっけ?」
だれともなくデカチョーが聞くと、イャンクッドが答えた。
「あ! 自分が倒した男ッスね。たぶんまだ、この城のどこかにいると思うんで、部下や仲間達に捜させてるッス」
木戸尭。
イャンクッドを罠にはめ、死の瀬戸際まで追い詰めた男である。
地下の牢屋で砂に埋もれているのだが、イャンクッドは『血だまり』を介してのみでしか、彼と接触していないので、どこにいたのかは把握できていなかった。
未だ命があるかは、微妙なところである。
「そういえば、デカチョー。おまえと戦ってた、裸のニーちゃんはどうしたんや?」
「さあ? どっかいっちゃった」
ナニワの問いに、デカチョーはさほど興味なさそうに答えた。
元正義団の戦闘員。ラカス。
突然、デカチョーに戦いを挑んだ彼は、去り際にトウと名乗っていた。
奇妙な余韻を残した存在であったが、今となってはどうでもよくなっていた。
今、平和は取り戻されたのだから。
デカチョーは、すがすがしい顔で、ふと天井の開け放たれた穴から、赤い空を見上げた。
多くの犠牲や障害があったが、彼らは各々の想いで、力で、それらを乗り越えた。
そして、平和を手に入れた。
正義は、自らの正義を取り戻した。
リリアナは、誇りを手に入れた。
デカチョーは、最愛の兄と再会した。
その他大勢の、敵方を除いた、全ての人々が幸せになる。
そう、思った。
ドスッ
なにかが、ぶつかる音が聞こえた。
同時に、場の空気が凍ることを、デカチョーは感じ取った。
その元凶は、彼女の背後から。
その場にいた全員の視線が集まる。
彼女は、ゆっくりと振り向いた。
視線の先は、武町正義。
彼自身が言った通り、彼は香川達を馬車から移そうとしていた。
デカチョー達が王宮内に特攻し、そして抜け出すのに使った馬車の前にいた。
でも、それ以上動かない。馬車の手前で、立ち尽くしていた。
デカチョーからは、彼の背中しか見えない。
そして、
正義の上半身がフラリと揺れ、崩れ、落ちていく。
仰向けに倒れたその時。見えた。
その腹部に、明らかに致命傷ともいえるほど、深々と。
ナイフが刺さっていた。
世界が、止まった。
「よ、よよ、よくも、……さ、犀ちゃんををおををを…… !!」
仰向けに倒れる正義の正面に、香川潤美がいた。
ナイフを構えた姿勢のまま、体中を痙攣させて、その瞳からとどめなく涙が流れていた。
正義の腹部からもまた、血がドクドクと、とめどなく流れる。
「お、おまえが、殺したのね !? ゆ、許さないぃ………!よ、よくも、犀ちゃんをを……ワタシの、ワタシのををヲヲをををおおおおおおおお !!」
香川が気絶していたその横に、稲原犀の遺体が、並んでいた。
だから、直感して、香川は、泣いて、叫んで、言葉として聞き取れないほど。
憎悪と悲しみと怒りを、その顔にありったけ、表現していた。
正義の血が、石畳の床に、染み渡って………
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
デカチョーの絶叫が、響き渡る。
考えるよりもまず、足が先に動いた。
彼女は獣のごとく、誰よりも早く、速く動き出した。
俊足。正義を飛び越えて、香川に飛びかかって、そのまま床に叩き落した。
香川は反応できない。デカチョーは馬乗りに乗っかると同時に、高く振り上げた拳を、そのまま顔面に叩きつけた。
ガス!
そして何度も
ガッ! ゴッ! ゴガン! グゴ!
何度も何度も何度も何度も何度も何度も、殴る、
暴力的な鈍い音が、殴るたびにわずかに音質を変えていく。
「なっ……なんで!? なんでだよぉおお !!」
誰ともなく叫ぶ。声にならない声で、叫び続けた。
なぜ、正義がこんな目に遭わなければならないのか、
疑問を叫び続けた。
あまりにひどい仕打ちに、絶望していた。
その時。
「……やめろ……愛誠……」
デカチョーの拳が、ピタリと止まった。
正義が、朦朧とした意識の中、発した言葉だった。
「正義さん!」
イャンクッドを先頭に、サィッハ王子やナニワ、ジュウ、その他大勢が彼を囲むように集まった。
正義の顔に生気は無く、その服に赤い染みが広がる中。
「そんなに殴ったら……痛いだろう……?」
と、彼は言った。
「兄ちゃん!」
デカチョーは素早く駆け寄り、倒れる正義の横に、顔を覗くように座る。
香川は再び気絶。顔面はひどく腫れて、原形をとどめていないほどだった。
「兄ちゃん! しっかりしろよ! 兄ちゃん!」
デカチョーは必死に声を掛ける。それに続いて、何人もの正義を呼ぶ声が聞こえた。
「す、すぐに治療を!」
「無駄さ」
王子が呼びかけた声を、正義が否定する。
「もう、どうしようもないことは、分かるだろう……?」
そのナイフは、急所を捉えていた。
この世界の医療に、本格的な外科手術は存在しない。命が持たないのは、明白だった。
王子は医療班のリーダー。ルゥンダの顔を見る。
うつむいて、首を横に振った。
「あ、あきらめるなよ! 絶対、まだ、助かるって……!」
しかし、デカチョーは、まるで自分に言い聞かせるように、励ました。
正義は、答えない。黙って、空を仰いだ。
「……ああ。痛いなあ……彼は、この何倍も、痛かったんだろうなあ……」
正義は彼を。
稲原犀を指して、目を細めながら言う。
「こうなる、運命だったの、かもなあ……」
「ば、馬鹿言うなよ! 罪を償うって、言ってたじゃんかよ! なあ! 早く誰か、なんとかしてくれよ!」
デカチョーは、懸命に呼びかけ、見回すが、動く者は誰一人としていなかった。
全員が、悟っていた。
視線を合わせないように、顔を背けて、うつむいて、うなだれる者ばかり。
ルゥンダは、自分のふがいなさに、悔しさに、涙を流した。
正義もまた、悟ったような表情だった。
「やっぱり、どんな理由があっても、人を殺しちゃ、いけないよなあ……殺されても、仕方が無い、なあ……」
「だから……『仕方が無い』って……言うなって……!」
デカチョーは、彼の胸にうずくまるようにして、言った。
「……『仕方ない』……か……ふふ……」
そこで、正義は薄く微笑むと、
「……今思えば……この二十年……仕方ないことだらけだったよ」
と、遠い目をして、語り始める。
「帰れなくて仕方ないから、この国に住んで……国を取り戻すために仕方なく……亡骸から想具を奪い……帰りたくて仕方ないから……彼を殺した……」
そう言って、馬車の方へと視線を移す。
自分が犯してしまった罪をかみしめて。
「おまえは言ったな……運命に負けない。正々堂々と立ち向かう。それが自分の正義だって……」
「う……うん」
「おまえがさしずめ、『自分を貫く正義』なら……僕は『仕方ない正義』だった……悪にたちむかうために『仕方ない』をいくつも繰り返したけど……それもひとつの『正義』だと信じてここまできたけど……それは、僕の目指した『正義』じゃなかった……仕方ないなんて言葉で逃げて、正当化して……『殺し』はないよなぁ……後で、香川に……代わりに謝ってくれると……助かる……」
「……兄ちゃん……」
消え入りそうな彼の声を聴きながら、最期を予感させるような言葉を聴きながら、デカチョーの顔がゆがむ
正義も彼女を見て、彼を取り囲む人々の顔を見て、そして再び、彼女を見て、薄く微笑んだ。
さらに、自分の頭に手を伸ばすと、髪留め代わりのネクタイを解いた。
それを、血で汚れた手で持って、デカチョーの目の前に差し出す。
「これを……持っていって、欲しいんだ……」
途切れ途切れの言葉で、彼は言った。
「父さんから、借りたものだから……本人は、忘れてるだろうけど……借りたものは、返さなくちゃ、ね」
震える手で、差し出す。
「駄目だ……兄ちゃん、死んじゃ駄目だ !!」
今にも泣きそうな顔で、デカチョーは叫ぶ。
それでもなお、正義は微笑む。
「セイギさん!」
「セイギ!」
「正義兄ちゃん!」
「リーダー!」
取り囲む全ての人が、彼の名を叫び、涙を流していた。
「愛誠。せっかく、おまえが救ってくれた命……無駄にして、ゴメンな。そして、皆……本当に……さよならだ。ありがとう……願わくば……香川達を、どうか、許して……くれよ」
「正義さん………… !!」
イャンクッドは涙を流す。
もはや彼の名を口にすることしか、できなかった。
死ぬ直前まで、自分を殺した者の無事を気にかけた正義の優しさと、器の大きさに、言葉も無かった。
故に、悲しさは増すばかり。
「なんでだよ! なんで……折角また、逢えたのに…………… !!」
デカチョーの視界が、ぼやける。
「……問題、ないさ。また、僕のいない日常が……また始まるだけじゃないか。なにも、悲しむことなんか……ないよ」
「………… !!」
何も、いえなかった。
何かを話した瞬間に、抑えきれない何かが、堰を割って、爆発しそうで……
「さあ………受け取って」
正義は、震える手で、ネクタイを差し出し続ける。
デカチョーは、見ていられなくなって、それを受け取った。
しっかりとその手に握ると、正義は力尽きたように、その腕を下ろした。
もう、指一本も動かせない。
全身が血を欲していて、意識はぐちゃまぜになって、体が鉛のように重たかった。
深い、沼の底に沈んでいくような感覚だった。
「そろそろ……限界……みたいだ……」
すでに真っ青を通り越して、真っ白な顔で、彼は言う。
正義はナニワとジュウをを見据えると
「想具である僕が死ねば……境は直に閉じてしまうだろう。その前に……急いで戻るんだ。君たちが元いた世界へ……」
身を案じるように言う。ナニワとジュウは黙って頷いた。
そして再び、デカチョーを見据える。
「死ぬ前に……僕は、僕の正義を、取り戻すことができた……おまえのおかげだよ。本当に……ありがとう」
「や、やだ! 兄ちゃん! 死ぬなぁ !! 死んじゃやだぁ !!」
デカチョーは、正義の胸にすがって、幼い子供のように、喚く。
その瞼から、涙があふれ出した。
その時。
彼は、ニコリと、いつものように微笑んで、
そして、指一本も動けないはずのその右腕を、ゆっくりと上げて、その右手を、デカチョーの頭の上に置いた。
優しく、限りなく優しい声で、
言葉を
「泣くなよ、愛誠………女の子だろ……?」
「……… !!」
デカチョーの、あふれ出した涙が、止まった。
その彼の笑顔は、彼女に、明確な意思を伝える。
そして、
彼の手が、デカチョーの頭を撫でた手が離れ、ゆっくりとした時間の感覚の中、力無く、床に落ちた。
彼の顔に、笑顔は無かった。
武町正義の
心臓が
止まった。
「に、ぃ…………… !!」
デカチョーは、
愛誠は、上唇を強く噛み締めるようにして、彼の胸にうつ伏せる。
その体は、小刻みに震えていた。
誰もが涙を流し、嗚咽を漏らす。その中で、
彼女だけは、泣かなかった。




