其の四十一 帰還
戦いは終わった。
デカチョー。サィッハ王子。正義は馬車に乗り込み、【我侭放題】の磁力で落石を逃れることで、無事に王宮から脱出した。
稲原の亡骸を馬車に乗せ、さらに途中の道すがら、未だ気絶していた香川を発見すると、同じく乗せた。
彼らが王宮から脱出した時、その大門の前には、正義団のメンバーと大勢の国民が出迎えていた。
磁力の対象を『石』に変えた結果、『正義団』に対する磁力はもう無い。
「サィッハ王子。バンザーイ! セイギ隊長。バンザーイ!」
「ありがとう! 正義さん!」
老若男女問わず、国民達は口々に、正義達を讃えた。稲原亡き後、何があったのかを彼らは知らない。
そして、正義団は知っていた。
「………すまない。皆」
開口一番に、正義は『正義団』の前まで歩み寄ると、深く頭を下げて謝った。
「取り乱した。迷惑をかけた。もう、今後一切、君達を裏切らないと誓う……!」
「……何言ってんスか。セイギさん」
応えたのは、イャンクッドだった。
右手首には多重の包帯。メンバーの一人に肩を借りて、顔面を蒼白に、みるからに血の気がなさそうな顔で、にこりと微笑んだ。
「後から、皆から話を聞いたッスよ。例の『磁石のアイテム』持ったまま、うっかり感極まって、『正義団』って言っちゃっただけだって。そんなことで謝んないでください。なあ、皆!」
イャンクッドの言葉に、皆は口をそろえて賛同した。
「まったく、正義さんらしいなあ」
「恥ずかしいなぁ、もう」
と、そんなこと言いながら、全員がすがすがしいまでの笑顔だった。
もちろん、そうでないことは、イャンクッドを含めて全員が知っていた。そして、その時の正義の心情を伺い知ることもできなかった。
でも、こうして謝られた今、そのようなことはどうでもよくなった。
こうして、いつもどおりの武町正義が存在しているならば、彼らはそれを、無かったことにするのが最良の判断と決めた。
正義は、心の底から、救われた気がした。
「……ありがとう。皆」
一筋、涙を流して、答えた。
例え、世界のルールに従った行動だとしても、彼らのその感情は真実だ。
※
そうして、平和が訪れた。
幸い、正義団の中に死者はいなかった。彼等は約一年ぶりとの家族の再会を、心から喜び、祝っていた。
母と、父と、息子と、娘と、友人と。触れ合い、抱擁しあい、失われた一年を取り戻すかのように、彼らは笑いあった。
しばらくして、王宮の一階広間。魔封殿の落石により、天井や壁が一部崩壊し、瓦礫の散らばる中。負傷者達はわずかなスペースで、治療班による治療を受けていた。リーダーのルゥンダが治療箱を片手に、忙しなく動き回っていた。
イャンクッドもその一人。どうやら立っているだけでも無理をしていたらしい。気分が悪そうに顔をしかめ、簡素なマットの上で仰向けになり、輸血を受けていた。
正義は心配そうに声をかけるが、彼は笑って「心配無用ッス」と答えた。
「ところで、イャンクッドさん。佐久間と天元は、今どこに?」
デカチョーが間を窺うようにして聞くと、
「! そうッス! 大変ッス! 布を頭に巻いた子が、アマモトさんッスよね! その子がいきなり、ビュゥンって跳んだと思ったら、それを追いかけて、サクマさんが大きな鳥をビヤッと出して、それに乗ってゴオオオオンって飛んでいいったッス!」
「……全く分かりません」
かなり興奮しているイャンクッドに、困惑するデカチョー。
その現象について、彼のみならず、その場にいた誰もが驚きのあまりに、開いた口が塞がらなかった。彼らにとっては、まさに摩訶不思議な現象であり、その行動を止める間さえなかったのだ。
その時。
オオオオオオオオン
大気を裂く音が、空から聞こえてきた。
「あ! これッス! この音ッスよ!」
興奮冷めやらぬといった感じで、イャンクッドは叫ぶ。
その轟音に驚き、室内にいた人達は次々と屋外へ出て、空を見上げた。デカチョー達もそれに続く。
上空に見えたのは大きな鳥。
銀色に光る戦闘機が、遠くの空から飛んできていた。それと向かい合うように、いくつもの戦闘機があり、次々と撃ち落とされている。
人々は指を指して、恐怖と驚愕の入り混じったような叫び声を上げる。デカチョーも、驚きの色を隠せない。
やがてそれは、彼らの真上。上空まで接近すると、徐々に減速。その操縦席が開け放たれ、そこから二つの影が飛び出した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ナニワとジュウの姿が見えた。
ナニワはジュウの背中におぶさりながら、叫び声を上げての大泣きである。
ドスン! と大きな音を立てて、彼らは人波の中心に降り立った。はずみで、ナニワが背中から転げ落ちる。
「ナハハハハ! いやー楽しかったなー! もっかいやろーぜ!」
「あほか! ちゃんと着陸するまで待てへんのかおまえは!」
ジュウは、空中飛行にご満悦の様子で笑い、ナニワは額に怒りマークを浮き上がらせる。
国民達はみな、恐れるように遠巻きから、その様子を見ていた。
その群集から3人。デカチョー、正義、サィッハ王子が顔を出した。
「天本! 佐久間!」
デカチョーが彼らの名を呼ぶ。
「! よっ! デカチョー!」
「見たところ、そっちもうまくいったみたいやな」
正義の姿を確認して、ナニワが安堵して言う。
「……おまえら。一体何してたんだ?」
歩み寄る彼らに向かい、デカチョーが訊くと。
「んん? ちょいとゲームしとった」
「冒険してた!」
ナニワとジュウが笑みを浮かべて言う。デカチョーは首をかしげた。
そこでジュウ
「なあ、リリアナはどこいったんだ?」
キョロキョロと辺りを見回して訊く。
「? リリアナ?」
正義とデカチョーが、首を傾げる。
「リリアナっちゅうと、魔法使いのネーちゃんのことか?」
「ああ。たぶんこの近くにいると思うんだ」
ジュウ達の足場として造られた形ある雲。姿は見えずとも、それを作ってくれたのがリリアナであることを、ジュウは察していた。
と、まさにその時。
「あーもう。ひどいめにあっただわさ!」
その本人が、城の中から歩いてくるのが見えた。服も顔も汚れ、疲労困憊な様子が伺えた。
「お! リリアナ! 無事だったか! 良かったなあ」
ジュウは見つけると、手を振って呼びかける。
それに気付くなり、リリアナはしかめっ面になり、
「『良かったなあ』じゃないだわさ! さっきまで瓦礫の中に埋もれてたとこだわさ! 自力でぬけだせたからよかったものの、死ぬとこだわさ! 後先考えて欲しいだわさ!」
ズカズカと彼らの輪の中に踏み込んで、激昂する。
それを聞いて、ナニワはたまらず、
「そりゃ、こっちの台詞や! あんたが雲をもうしばらくしっかりしとけば、俺らが慌てて逃げることも、あんた自身、傷つくこともなかったやろ!」
それを聞き、リリアナはおもわず「うう!」とひるむ。
本来ならば、雲を出現すれば、術者が解除するまで、その固定化がなくなることはない。
しかし、その固定化のための『呪文』が、例によって彼女のドジのために間違っていたため、不要な時間制限ができてしまったのだ。
ゆえに、崩壊した封印殿の瓦礫は雲によって支えられ、地上に影響を与えることはなかったはずが、雲をすり抜けてしまった。その異変にいち早く気付いたナニワは、もつれる足で急いで『戦闘機』を出し、落下を回避することができたのである。
結局彼女は、最初から最後まで、ドジしっぱなしなのであった。
「う、うるさいだわさ! だいたい、初対面のヤツに、そんなこと言われたくないだわさ!」
そう言うと、彼女はそっぽを向いてふてくされた。
「ナハハハ! まあ、楽しかったから、いいじゃねえか」
「「良くない !!」」
ナニワとリリアナは、仲良くツッコンだ。
「? 見たところ、ここの住人じゃないようだが、君は何者だい?」
と正義
「上で一体、何が起こってたんだ?」
と王子
「? つーか、おまえら誰だ?」
とジュウ
「というかおまえら! そもそもこんな世界まで、何しに来たんだ?」
とデカチョー
「あーもー! ややこしいっちゅうねん!」
というわけで、話を整理することにした。
※
話し合いは城の中。
ジュウ。ナニワ。デカチョー。正義。サィッハ王子。リリアナ。6人が、床に横たわるイャンクッドを囲んで座り、各々の事情を話し合った。
デカチョー、ナニワ、ジュウが別世界から来た住人である事。リリアナが魔術師で、魔神イシュブルグを封印するためにここまで来た事。城を3人の現人に占領され、それを取り戻すための戦いがあった事。正義がこの領域の想具である事など、各々が驚きに目を剥けながら、話を進めていた。
だいたい話終わって、デカチョー。
「天元。おまえ、よく今まで生きてたなあ」
これまでのジュウの武勇伝(?)に呆れて、ため息をつく。ジュウは「ナハハハ」と笑っていた。
「それにしても……魔術か。そんなものが存在していたとは……興味深いな。今度、あなたの住む街に行ってもよいか?」
「ジブンも! ジブンも興味あるッス!」
王子は興味津々にリリアナに尋ね、それにイャンクッドが便乗した。
「……まあ、別に構わないだわさ。アタイはこれから、魔神を封印して帰るつもりだから、一緒に来るといいだわさ」
「え? もう封印したんやないのか?」
「今はまだ、魔神をランプの中に閉じ込めただけで、表面を擦れば、簡単に開けられるだわさ。今度は絶対に開けられないよう、厳封する必要があるだわさ。」
それを聞いて、ナニワは「ふ~ん」と適当な返事をする。
そこで、ジュウが
「でも、良かったな! デカチョーの兄ちゃん! これでやっと、家に帰れるな?」
正義のほうを向いて、笑って言った。
「ほら、俺たち、縄跳びで目印つけてきたから、それ辿っていけば、帰れるだろ?」
「………そやった。もう、帰れなかったんや……」
ナニワは頭を抱えて、落ち込んだ。正義とデカチョー達もおなじく、悲しそうに視線を落とす。
ジュウははてなマークを浮かべて首をかしげた。
「? 帰れないって、なんでだ?」
「あの縄跳び……とっくの昔に、どっかのアホが、砂漠から抜いてもうたさかい、それはもう、できひんのや」
「あ、アホとはなんだ!」
ナニワがさっき回収した縄跳びの想具を手にとって言うと、デカチョーは顔をムッとさせて反発する。
デカチョーはこの領域に来た直後、見つけた縄跳びの想具を、落し物として回収してしまったのである。その行為は致命的ではあったが、だからといって、デカチョーに責められる理由が無いことを、一同は理解していた。
その事情を聞いて、さすがのジュウも、少し驚いたような表情を見せた。
しかし直後、
「まあ、なんとかなんだろ! ナハハハ!」
と、笑い飛ばした。
「……おまえのそのポジティブ。今はうらやましいな」
デカチョーが呆れて言う。その他一同も同じ気持ちだった。
しかし、実際問題。どうしようもなかった。
砂波
早ければ50分。遅くても2時間半の間隔で移動し続ける境。その移動に規則性はなく、また目印をつけたとしても、その印ごと振り払われてしまう。また、砂漠の中には無数の砂山がある。それを探し当てるのは至難の業だ。
(……はあ。俺たちも正義の兄ちゃんみたいに、ここで暮らすことになってまうんやろか……)
思わず、ナニワは深いため息をついた。
その時。
「……ん? ナニワ。なんでここだけ、生地が違うんだ?」
と、ジュウはナニワのリュックサックの一部を差して尋ねた。
(……こんな時に、何を暢気な……)
ナニワは呆れたような感じで、
「んん? ああ、これか。前の冒険で、デコ姉にやられた-----」
説明をしようとした、その時だった。
ナニワの脳天からつま先にかけて、衝撃が奔った。
(待てよ……? デコ姉…… !?)
ガバッッと。ナニワは弾かれたように動き出し、リュックサックの中身をまさぐる。
「 !?……ちょ、どうしたんだよ!?」
デカチョーは戸惑い聞くが、ナニワは答えない。彼は必死に、何かを探していた。
そして
「 !!………あった……… !!」
見つけて、それを手にとって見せた。
それは、リュックサックの後部。小ポケットにあったものだった。
生地の中に埋もれていたものの、それはまさしく、色の異なる生地の裏側にあった。
やや流線型に変形した、パチンコ球。
前回の『熱帯の領域』の帰り際、想具を持ち逃げされた事に怒ったデコが、ナニワに向けて放った弾のひとつ。
パチンコの想具。【金成る軌跡】で打ち込んだ弾である。
「これや! デコ姉に一旦、ここの領域に来てもらって、【金成る軌跡】で、これを引っ張ってもらえば……!」
「おおお! 帰れる! すげーぞナニワ!」
ナニワとジュウは思わず興奮して立ち上がり、「やったああああ!!」と歓声を上げた。
他の皆は訳が分からず、呆然とする。
【金成る軌跡】。
その能力は、人工物なら、どんなものでも想像どおりの弾に変えることができ、さらにそれを撃ち込んだ後でも、どんなところからでも呼び戻すことができる。
デコが境ゲートの傍でそれを発動すれば、そしてジュウ達がパチンコ球を持っていれば、弾に引っ張られる形で、ピンポイントで境に到達することができるのだ。
その間、砂波が起こらなければ、高い確率で成功するだろう。
その事を、ナニワは正義とデカチョーに説明すると、二人とも顔を綻ばせた。
しかし、その直後。正義はひとつの問題点に気付く。
「……その、デコって人に、連絡はとれるのかい?」
「それもラッキーなことにな、ちょうど昨日、電話番号をもらったばかり………あ」
再びリュックサックに手を突っ込み、もらったメモを手にした時点で、ようやく気付いた。
肝心の、その電話が、ここには無かった。
「し、しもうた………」
再び、ナニワが激しく肩を落とす。奈落の底に突き落とされたような感覚に陥る。
さらに、
「兄ちゃん。携帯持ってなかったっけ?」
デカチョーが聞くが、
「……いや。実は砂漠に彷徨っている間に、落としてしまったんだ。それに、仮にあったとしても、ここではおそらく圏外だろう」
その一言が、さらに彼らを絶望させた。
よく考えれば分かることだった。
こことあちらでは完全な別世界。境を通じてつながっているとはいえ、電波状況は最悪に違いない。仮に今、彼女が虚想世界にいたとしても、結果は同じはずである。
「最初は、携帯を失くすまでは、僕も何回も試したさ。だけど、一回としてつながらなかった……」
声を落として、彼はそう告げた。
気を落とす彼らを見て、
「ま、まあ。必ず、他に方法はあるだわさ! 元気出せ!」
「余もできるだけの助力をしよう」
「そ、そうッスよ! がんばるッス!」
と、リリアナ、サィッハ王子。イャンクッドが励ます。
正義は弱弱しく微笑んで、応えた。
一度高いところに持ち上げられ、突き落とされたような感覚だった。ショックは大きい。
その中。空気を読まない男がまた一人。
「なあ? ケイタイってなんだ?」
ジュウが不思議そうに、みんなに尋ねた。
「……おまえ、携帯電話も知らへんのか……」
ナニワが、呆れて言葉を返す。
そこで、ジュウはゲームも見たことがなかったことを思い出す。おそらく、かなりアナログな生活をしているのだろう。現代人としては信じられないことだ。
「……その名のとおり、電話を携帯するやつや。こんぐらいの、小さくて薄いヤツでなぁ……」
と、ナニワはアホ臭く思いながら、手で大きさと形を表現してみせる。
するとジュウは、
「あ! もしかしてアレか!」
いきなり大声で、思い出したような顔をする。
見たことはあるようだ。とナニワが推測していると、ジュウはベストの内側ポケットに、手を突っ込んだ。
そして、そこから取り出したのは、
携帯電話だった。
「これだろ?」
ジュウは自慢げに、見せびらかした。ナニワ達は目を剥いて驚いた。
「な、なんでおまえ、知らなかったのに、持ってるんだよ?」
デカチョーが聞くと、
「んん? じーちゃんに持たされてんだよ。まあ、今の今まで、忘れてたけどな。ナハハハ!」
笑い飛ばしながら、その携帯電話を見せる。
しかし、それは普通の携帯電話とは、少し違っていた。
旧世代のスライド式や、開閉式でもなく、ましてや、タッチパネル方式のアイフォーンのようなものでもなかった。
パネルもボタンも、それには存在しなかった。
サイズも形もほぼ携帯電話と同じで、一見、それにしか見えない。しかし、その六面体のどこにも、突起や起伏、継ぎ目らしきものさえ無かった。黒い、長方形の箱といっても差し支えない。
彼らがそれをひと目で携帯電話と認識したのは、今の機種には珍しく、延長アンテナが付属していたからである。
「んん~と。使うには……確か、こうすんだっけ?」
と、ジュウはその物体の表面に、親指を強く押し付けた。
すると、ピコン!という電子音が鳴ると、
《Certified a fingerprint》
英語の音声が聞こえた。訳して『指紋認証』
すると、その箱の真ん中に、2つの正方形の継ぎ目が現れた。
そして、カシャン!と小気味いい音を立てて、上下に分かれてスライドした。真ん中のみが、顔をのぞかせている形である。
その中は、0~9までの番号が描かれたボタンだけがある、ごくシンプルなデザインだった。
液晶画面もなければ、メール用のひらがな、アルファベット、記号も無い。
「な、なんやそれ! なんかこう……普通のケイタイやないで !?」
ナニワが驚き言う。一同。動揺は隠せないようだった。
「まあ。なんかよくわかんねえけど、使ってみろよ」
と、ジュウはなげやりに、それをナニワに差し出した。
ナニワは黙ってそれを受け取る。ナニワを含め、全員がそれを訝しげに観察した。
見たところ、通話するだけのシンプルな機能。しかし、その外面、中身ともに、かなりの高度な技術力を伺えさせた。
(こ、こいつのじいちゃんって、一体………)
天元じゆうの祖父。天元我門。かなりの変人とは聞いたことがあるが、これは変人どころではない。
「……とにかく、一回ダメもとで、試してみよう」
正義が提案し、ナニワはそれに応じた。メモに書かれた番号を注意深く押していく。
圏外となることは予想できるが、その異様なフォルムの携帯電話が、奇妙な期待感を与えていた。
電話番号を押し終わった、その直後。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィン!
耳に劈くような、不快音がその場に響き渡った。モスキート音を何倍にも大きく、高くしたような音である。
ナニワは思わずそれを地面に落とした。そして、その場の全員が両手で耳を塞いだ。
「い、いったいなんなんだわさ !?」
「これ、本当にケイタイかよ !?」
リリアナとデカチョーが顔をしかめて言う。
それから十数秒。その音は鳴り続けると、突然。その音が切れる。
直後。
《もしもし?どちらさん?》
如月結衣子の、声が聞こえた。
「「うおおおお!!」」
ジュウとナニワが驚き、喜び、顔を見合わせる。デカチョーと正義も同様に、信じられないといった様相だった。
それを奇声と聞き取ったデカチョーが、
《? いたずら電話?》
「あー待って待って! いたずらなんかじゃないです!」
デカチョーが慌てて声を荒げる。そのケイタイの音声はスピーカーのように周囲によく響いていた。
《? 聞かない声ね。誰よ?》
「詳しい話は後や! デコ姉! ちょっとお願いがあんねん!」
ナニワは早口でまくし立てた。
ここは圏外。いつ通話が途切れるかも分からない。
《! その声はナニワ? 何よ、お願いって》
「実は今、ある領域におんねんけど、出られなくなってもうて、困ってんのや」
《はあ? てゆーことは今、虚想世界にいるってこと? なんで電話通じてんのよ?》
「ええから聞けって! ええとな、日晒木公園の砂場に、砂山があるはずやから、そこに飛び込んでくれ! そこが境や! そしたら、【金成る軌跡】で、この前、デコ姉が俺に撃ち込んだパチンコ弾を呼び戻してくれ! 俺らはそれにつかまっていくさかい!」
《………日晒木公園、ね……はあ。それってようするに、『七大不思議』のひとつじゃないの。予感はしてたけど、まさか本当にやるとは……》
と、電話の向こうで深いため息をついた。
「?……どういう意味だよ?」
と、ジュウが顔をケイタイに近づけて聞く。
《……やっぱり、バカガキもいるわけね。……あのね、確かに七大不思議の半分は、虚想世界に由来するものよ。それを知っていれば、境を探すのに、『地図』を見る必要もないわ。だけど、噂になるほどのものということは、それ相応の年月が経っているってことで、つまり、長い間攻略されていない領域ってことになるのよ。わかる?この意味》
「……攻略困難。って意味やな」
ナニワは悟ったように言う。
《その通り。実際、あんたら、帰れなくなってるしね。……はあ、世話が焼けるわね。経緯は分からないけど、要するに、その境の所で、私があんたの脳天ぶちまけようとして撃ったパチンコ弾を呼び戻せばいいのね?》
「……それ、冗談やろ?」
《OK。今から行くから、ちゃんとその弾、固定しときなさいよ。着いたら電話するから》
「スルーか !!」
ナニワのツッコミを最後に、音声は切れた。それと同時に、ケイタイの蓋が機械的な音を立てて、閉じる。
なにはともあれ、
「「「「やったああああああああああ!!」」」」
ジュウ一同他、王子やイャンクッドも含め、歓喜に打ち震えた。
正義は呆然。まるで夢心地のようだった。
「ほら兄ちゃん! もっと喜べよ! やっと帰れるんだぞ!」
デカチョーが笑顔満面に、正義の肩を揺らした。そして遅れて、彼も笑顔を返した。
20年の時を経て、やっと、帰れる。
現実では4年しか経っていないし、行方不明扱いの自分が、中年の自分が、社会で生きていけるかは不明瞭ではある。
でも、今はとりあえず、ただただ笑った。
「あ! さっきの人『今から』って言ってませんでしたか !? そしたら、宴どころじゃないッスよ!」
突然、イャンクッドが気付いて言う。
戦争終了後。全員の治療と療養を終えてから、城の奪還成功と、国民の再会を祝って、正義達を中心に盛大な宴を開くこととなっていた。
しかし、今からデコがこの領域に来てジュウ達を帰還させるというならば、それ相応の準備が必要。宴に参加する時間は無い。
「おお! 確かにそうだった! おいナニワ! もっかいデンワして、明日にするように言えよ!」
ジュウが少し慌てるようにして言うが、
「……いや、その必要はないさ」
正義が口を挟んだ。
「こちらの我侭で、相手を振り回すのは気が引けるよ。それになにより、君達、けっこうな怪我をしてるじゃないか。向こうの病院で、一刻でも早く治療したほうがいい」
彼の言うとおり、ジュウ、ナニワ、デカチョーともに、包帯と塗り薬で応急処置をしているとはいえ、みるからに重傷であった。ナニワは全身擦過傷。デカチョーは頭に切り傷。ジュウは肋骨と左腕の骨が折れている。
ジュウはそれでも、威勢を張り、
「そ、そんなのたいしたことね~~~~っ !!」
胸を叩いて言うが、そこはちょうど折れた肋骨だった。顔をしかめて、悶絶した。
「ほら、いわんこっちゃない。残念ながら、ここの医療は万全じゃあない。少しでも早く、元の世界に戻るべきだよ」
正義が優しくたしなめる。ジュウも彼の気持ちを察したようで、シュンと肩を落とし、うなだれた。
かなり宴を楽しみにしていたようである。
「……でも、兄ちゃんはそれでいいのか? 20年来の、仲間との別れがそんなんで……それに、本当に兄ちゃんが想具なら……兄ちゃんがいなくなったら、もうここにも来れなくなるんじゃないか!? みんなと、もう二度と会えなくなるんだぞ!」
デカチョーがやるせなそうな顔で言う。イャンクッドも王子も、悲しそうにうつむいた。
『想具回収後、もしくは、想具が破壊された場合、暫く経つと、その領域の境は閉じられる』
もし正義が、この領域の想具ならば、現実世界に帰った瞬間、それは回収されたということと同義であり、境は閉じられて、今生の別れになることになることは確かだった
しかし、正義は小さく微笑み返して、言い放つ。
「なあに。別れの言葉を言うのに、3秒あれば十分さ」
それに、
長く居ればいるほど、別れが惜しくなる。
そう言いかけて、やめた。