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KIDS! ~小学生達の道草異世界冒険譚~  作者: あぎょう
クエスト2 デカチョーの冒険
73/196

其の四十 崩壊

「!? な、なんだ!?」


 紫色の煙が、急須の想具(アテラ)に吸い込まれた現象を、サィッハ王子が目を剥けて見ていた。今まさに、魔神が再び封印されている。

 その直後


ドスウウンン!


 突然。大きな石塊が天井を突き破り、王室に落ちた。

 一同は驚き、空を見上げる。

 魔神が突き破ってできた穴。その向こう、遥か上空に白い雲が見えた。

 そして、そこから小さな黒い点が出現したかと思うと、それはみるみると近づき、そして破壊音と共に、目の前に石塊として姿を現した。

 魔封殿の残骸。つまり、浮遊石である。

 魔神が封印殿を貫通した際、封印殿の浮力の源が破壊され、石ひとつひとつに供給していた浮力が断ち切られたのである。

 崩壊は必然。このままでは、石に押しつぶされてしまう。


「マナト! セイギ! 乗れ! 脱出するぞ!」


 王子は、いまだ磁力の圧力を受けながらも、手綱を握り締める。


「わ、わかった! 兄ちゃんも、早く !!」


 デカチョーは仰向けに倒れる正義に向かって呼びかける。

 しかし、正義は動かなかった。

 降り注ぐ石塊を見つめながら、ニコリと笑っていた。


「………強くなったなあ。愛誠」


 優しい声で、彼は呟いた。

 すでに狂気的な感情は、そこに感じられない。


「な、なに言ってんだよ! 早く立ち上がってよ !!」

「君達だけで行くんだ。僕はここにいる」


 正義は明確に、そう告げた。


「な……なにを……」

「ごめんよ。ひとつ、嘘をついた。……元の世界へ戻る方法が、もうひとつだけある」

「………… !?」


 彼は唐突に、語りだした。


「砂漠の(ゲート)が分からない以上、他の領域(エリア)に行って、その(ゲート)から戻るしか方法はない。親切な現人(レウディス)がそこにいれば、見つけるのは容易いだろう。だけど、そこに行くには、拒否(ウォール)が障害だ。現人(レウディス)を拒む絶対的障害。そして、それを取り除くには……想具(アテラ)を破壊しなければならない」

「ま、まさか…… !?」


 そして正義は迷いもなく、戸惑いもなく、言い放つ。


「僕が死ねば、君達は助かる」


 デカチョーは


「ふ、ふざけんな !!」


 怒りのあまりに、叫んだ。


「そんなの……そんなの、許せるわけないだろ! せっかく、また逢えたのに……!」

「そうだ! 余も、他の皆だって、許さないぞ!」


 王子も続けて、怒り、叫ぶ。

 正義は少し、困ったような顔をして、


「その皆に、あわす顔がないよ。ここで死ねるのなら、丁度いい」

「そんなこと………!」


 デカチョーは悲しそうに、うつむく。

 その先は、言葉にならなかった。

 降り注ぐ石は激しさを増していく。

 石と、天井と、床。破壊音と激突音は、増していく。

 一刻の猶予も無い。そんな中で、正義はそれらを受け入れるように、手足を大の字に広げた。


「僕はここで、石に潰されて死ぬ。不運にも助かったら、僕の剣でもって自害しよう。それが、彼に対する侘びにもなる」


 と、正義は、少し離れた所に倒れる稲原を見て、その心臓を貫いた剣を見る。

 悔いるように、悲しそうに眉をひそめ、再び天井を仰いだ。

 そして


「……ああ、でも、その必要は無いようだ」


 呟いた。その視線は、天井に大きく開け放たれた穴。

 その先から、正義に向かって、一際大きな石塊が落ちてくる。

 直撃は、免れない。


「セイギ! 避けろ!」


 王子は叫ぶが、彼は応えない。駆け寄ろうとしても、磁力が働いて体が動かない。

 正義は、顔を横に傾けて、王子と愛誠を見つめ、

 そして微笑んだ。


「王子。皆に済まなかったと。そして、ありがとうと、伝えてください。例え世界のルールに縛られた上の信頼でも、王子の、イシュブルグの、王様の、皆の気持ちに偽りはなかった。僕が……愚かだった」


 迫りくる石塊は、その大きさを増していく。

 正義は、視線をデカチョーへ移す。


「そして、愛誠。死ぬ前に、おまえに逢えて……本当に良かった」


 デカチョーの視界が、滲んだ。

 そして、死刑執行のギロチンのような戦慄を伴って、その石塊が姿を現した。

 正義の体を押しつぶすには、十分すぎるほどの大きさ。

 時が、減速していく感覚を覚える。

 ひどくスローモーションなその世界。石と石が砕け、割れる音と、王子の、喉が張り裂けんばかりの叫び声を聞きながら、

 彼女は聴いた。

 真っ直ぐと、愛誠を見つめながら。

 武町正義の、最期の言葉。


「こんな兄ちゃんで……ごめんな」


 ズガアアアアアアアアァァァァァァァァン !!


 暴力的かつ絶対的な粉砕音が、その空間に響き渡った。

 5000メートル上空からの落下による、莫大な加速度を伴った石塊。その破片が激突の瞬間、何百にも砕け散り、広がっていく。

 そして、そこには、いなかった。


 王子の傍に、武町愛誠の姿は無かった。


「…………」


 彼はそっと目を開けた。

 息を、空気を、音を、匂いを、自分の鼓動を感じた。


 正義は、まだ生きていた。


 その彼の上着を引っ張る形で、彼に重なるように倒れている姿があった。

 大人に変身した武町愛誠がそこにいた。

 石が姿を現し、落下する間。彼女は落とした指輪の想具(アテラ)を拾って、指にはめ、兄を抱え込める体格であろう身長190センチに変身した。

 そして、石が直撃するその直前。石塊と正義の間に、滑り込むように体をもぐりこませると、半ば乱暴に、擦るように正義を安全圏まで回避させたのだ。

 しかし、彼女自身の負傷は免れなかった。石と床の間を通り抜ける瞬間、頭を思い切り打ち付けたため、額から血が流れていた。

 正義がデカチョーの姿を確認した直後、デカチョーの『大人化』が解除される。

 彼女はゆっくりと上体を起こすと、額から流れる血が、ボタボタと音を立てて床に落ちた。


「………なんでだ」


 正義は、奥歯をギリリと噛み締める。

 怒りと、悲しみの混じったような表情で。


「なんで、死なせてくれない! もう、こうするしか、おまえたちを助けることも、償うこともできないのに! どうして……!」

「……まだ分からないのかよ。馬鹿兄貴……!」


 愛誠は、彼の胸倉を掴んで、ぐいっと上体を引き上げた。

 そして、彼の顔をするどく睨みつける。


「自分に甘えるなって―――逃げるなって言っただろうが! 皆にあわせる顔が無い? ふざけんな! 自分の罪に怯えてるだけだろうが! 罪は生きて償えよ! 当然のことだろ! そんなことも忘れちまったのかよ! 警察志望!」


 叫んだ。精一杯叫んだ。

 彼の心に届くように、叫んだ。


「たとえ……たとえ兄ちゃんが死んで、アタシ達が元の世界に帰れたとしても、それで、本当に助かるわけないだろ! 心の底から笑えるわけないだろ! 兄ちゃんも一緒にいなきゃ、意味ないんだよ! そこんとこ分かれよ! 馬鹿兄貴ぃ!」


 肺の中の全ての空気を使うような勢いで、彼女は叫んだ。

 心の底の底からの、感情だった。


「…………………」


 正義は、口を閉ざしたまま、黙って彼女を見つめていた。

 少し、困ったような顔をして、

 直後。


「 !!……あ、危ない!」


 王子の叫び声が届く。

 彼らの真上から、再び石塊が落下してきたのだ。


「…………… !!」


 王子の声に反応し、デカチョーは見上げるが、回避する時間は圧倒的に足りなかった。石の凹凸の細部までも確認できるほどの距離だった。

 彼らに黒い影が覆いかぶさる。デカチョーは反射的に、兄を庇おうと覆いかぶさった。

 その時。


「……『ストーン』」


 ふいに、正義は呟いた。

 次の瞬間。彼らの真上にあった石塊は、その動きを止め、逆に上へと加速していった。

 まるで、磁石が反発しあったかのように。


「……兄ちゃん……!」


 驚く愛誠。正義は上体を起こした。

 その手に持っていたのは、【我侭放題(エゴスティック)】。

 発動しているキーワードは『Stone』。

 石に対して斥力が働いている。


「おまえの言うとおりだよ。愛誠」


 正義は正面から、右腕を愛誠の左肩に回し、少し引きつけるようにして、抱きしめた。


「兄ちゃんが卑怯者だった。罪は生きて償う。当たり前のことを忘れていたよ」


 悟ったように、静かに言い放つ。

 デカチョーは


「…………うん……!」


 ほとんど涙声で、そう応えて、兄の腕を抱えるように抱きしめた。

 死にかけて、救われて、慕われて、奪われて、奪い返して。

 そして、裏切られた。

 だけど、彼は前を向いた。

 逃げない。怯えない。目を背けない。

 例え出口のないトンネルでも、進み続ける。

 彼はそう決めた。

 正義は腕を離し、愛誠の顔を正面から見据えると、ニコリと微笑んだ。

 20年における彼の闇は今、取り払われた。


「さあ、帰ろう。みんなが待っている」


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