其の三十七 確信と核心
拳が飛び交う。しかしそれはひとつとして、対象の人物には当たらない。
デカチョー。武町愛誠は、苦戦していた。
空手対柔道。空手の方が攻撃パターンが多く、中距離での攻撃も可能であるため有利ではあるが、しかしそれは、武町正義の前では全く意味を成さなかった。
拳を突き出せば背負い投げ。足を回せば軸足狩り。
『柔よく剛を制す』の手本となるような柔道技。正義は、まるでデカチョーの動きを予知するがごとく、流れるような動作でその攻撃を捉え、一瞬の隙をつき急接近。デカチョーは何度も石床に叩きつけられていた。
彼女も経験者ながら、巧みな受身をすることで、そのダメージを最小限に抑えているものの、やはり敗色の色は濃い。
この結果は必然とも言えた。相手は耀纏道場随一の柔道使い。幼少の頃からなみいる大人たちを倒し、『神童』と呼ばれるデカチョーでさえ、あらゆる格闘技を通じても、一度も勝利したことはなかった相手だった。
それに加え、その体格差。トウほどの差ではないが、やはりその現実は、彼女の前に大きく立ちふさがる。
「……いい加減に諦めろ。愛誠」
次第にボロボロになっていく妹を見かねて、正義は言う。
「おまえじゃ僕には勝てない。この20年間、遊んでいたわけじゃないんだ。もはや力の差は歴然だ」
「……なんでだよ……」
デカチョーは、ぼそりと呟く。
「なんで、こんなことになってんだよ! アタシの知ってる兄ちゃんなら、こんな、絶望的な状況でも、自分を見失うはずないだろ !? 王宮を独り占めするなんて、口が裂けてもいうもんか! 兄ちゃんの正義は、どこにいったんだよ !!」
刺青の男に続く二連戦。ボロボロになった体に、さらに鞭打つような攻撃を受け、全身の骨や筋肉が悲鳴を上げているのを感じながら、彼女は力の限り叫ぶ。
気持ちを、ぶつける。
正義は何も言わず、ただ、悲しそうにうなだれていた。
そして数秒の沈黙の後、その重たい口を開いた。
彼の目線は、傍らの馬車の上で苦しそうに顔をゆがめる王子に向かっていた。
「……王子。あなたは先ほどの自分の台詞に、何の疑問も持たなかったのですか?」
「…………?」
デカチョーと王子は首をかしげる。
『さきほどの台詞』とは、
「……『貴方が望むのなら、この国の王になっても構わない』だって……? 馬鹿げてますよ。なんで正統継承者である貴方をさしおいて、余所者であるこの僕が、王様になれるんですか?」
「そ、それは、皆、あなたを慕っていて……」
「貴方も同じはずです! 自ら第一線に立ち、戦っている!尊敬に値する!」
「……に、兄ちゃん。いったい何を……?」
兄の異様な苛立ちに動揺しながら、デカチョーは問う。
なぜ、今、そのことについて話す必要があるのか。
そして正義は、核心を語る。
「数年前から、ずっと不思議に思っていたよ。なぜみんな、他の人とは全く異なる、異様な姿をしたこの僕に対して、優しく接してくれるんだ? ただひとつの迫害もなく、なぜ僕は、皆を率いる立場まで信頼を勝ち得たんだ……?」
人は本能的に、自分と異なる存在を拒む。
二十年の歳月があれば、何千人もの人の信頼を獲ることも不可能では無いが、彼の場合、最初の一年目から、すでに多大な信頼を得ていた。
初めて会う人ですら、その例外では無い。
「ある日、ふと思い出したよ。彼の……稲原の言葉を……『想具と、その領域の虚人は惹かれあう』」
「「……………!!」」
二人は絶句した。
正義の言わんとしていることを、核心を、理解した。
「そして、ある最悪の仮説が僕の中で生まれ……愛誠。おまえと今日、再会した瞬間に、それは確信に変わった。きっとそれが僕の能力だったんだ」
正義は、溜め込んでいたモノを吐き出すかのごとく。
精一杯の悲しみとやるせなさと苦しみをぶつけるかのように
「……まさか……!?」
デカチョーは仰天に目を剥かせる。
誰も、考えすらしなかった。
「そうさ。【王様遊戯】なんかじゃない……」
叫んだ。
「……『僕』自身が、この領域の想具だったんだ!!」