其の六 レクチャー、そして遭遇
「ほんっっっっっとバカガキね! あんた! こんないかにもノーマルな子供連れてくるなんて!」
「バカバカひでえなあ。 つーか、俺だって普通の子供だぞ」
「あんたは特別でしょ!」
坂の中腹。少々なだらかになっている平地で、ナニワの手当ても兼ねて三人が休息をとっていた。
「それにあんた。いいかげん、治療グッズのひとつも持ちなさいよ」
少女は、ナニワの腕に包帯を巻きながら、引き続きジュウにつっかかる。
「このジャングルには、危険な植物や、さっきみたいなラマッカ族が仕掛けた罠がたくさんあるんだから。応急処置くらいできないと死ぬわよ」
「? ラマッカ族ってなんだ?」
ジュウが首をかしげる。前に来たことがあると言っていたが、それほど詳しくもないらしい。
「このジャングルに住む虚人よ。罠を作るのが得意で、私達現人を嵌めようとしてるらしいわ」
(?……がるでぃす?…………れうでぃす?)
訳のわからない言葉に、ナニワの頭の上に疑問符が浮かぶ。そこで
「はい! 手当て終わり!」
と、少女が不機嫌そうに、ナニワの肩をポンと叩いた。
体中が小さな悲鳴を上げる。それでも、包帯やシップ、傷薬などの応急処置グッズによって、ナニワは痛々しい傷を隠すことができた。
「痛つ……お、おおきに。えぇと……」
「如月よ」
少女がそっけなく自己紹介する。
そこでナニワも返す。
余計な一言と共に。
「如月ちゃんか。俺は佐久間浩介ゆうんや。ナニワと呼んでくれ。……二人は、元同級生かなんかか?」
ナニワは少女とジュウを交互に指差しながら訊いた。
すると、なぜかジュウはブフッと吹き出して笑う。
少女は顔を真っ赤にしてうつむき、ぷるぷると体を震わせ始めた。
「え? 何? なんや?」
二人の対照的な変化に動揺するナニワ。少女は声を震わせながら、
「わ……私は……」
「?」
「私は大人だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
まるで火山が爆発したような怒号。怒る結衣子の後ろで、ジュウが腹を抱えて笑っていた。
「えぇぇえぇ !?」
ナニワが驚くのも無理はなかった。
その女の本名。如月結衣子。20歳の大学生である。
しかし、その身長は140センチにも満たず、二人の身長よりも低かった。さらに、童顔な上、幼児体型だったため、その辺の小学生と区別のつけようがない。縦縞の服を身に着けているのは、錯覚的に少しでも身長を高く見せようという努力の表れであった。
「せっかく手当てしてあげたってのにこの屈辱…… !! 包帯全部ひっぺがして傷をひとつずつ磨り潰してやろうか !?」
結衣子がいきり立って、ナニワに掴みかかろうとする。ジュウは後ろから両腕を結衣子の肩に回し、それを抑えた。
「まぁデコ。落ち着けって。どうせ言われ慣れてんだろ?」
「うるさい! そのデコっていうあだ名もやめろ !! 」
結衣子の前髪はピンセットによって二つに分けられ、その間から大きな額がのぞいていた。
(あぁ……だからデコか……)
鬼のような形相でにらみつけるデコにブルブル震えあがりながらも、ナニワはそのあだ名に納得させられていた。
※
やがてデコの怒りが収まると、ジュウが、グゥゥという大きな腹の虫を鳴らした。
時計を確認したところ午前11時。他二人も腹がすき始めたため、少し早い昼食をすることになった。
ジュウとナニワは岩や地べたに腰掛け、持参した弁当やおやつを食べ始めた。
その周囲でデコが、なぜかキョロキョロと辺りを見回していた。
「何探してんだ? デコ?」
ジュウがランドセルから、漫画に出てきそうな分厚いハム肉を何枚も取り出しながら訊く。まさかそんな調理もなにもしてない生臭いものを食う気か? と畏怖するナニワ。
「う~ん。ちょっと……! あ! これね!」
デコの視線が近くにあった一本の木をとらえた。
デコはその木に近寄ると、一番低い位置にある枝(ギリギリ届く高さ)をポキリと折った
すると、その枝の断面から、蛇口をひねったかのごとく、ドポドポと大量の水が流れ出した。デコは手に持っていた空のペットボトルにその水を入れる。
「な、なんやそれ !?」
「『リヒスの水樹』。木の中を地下水が巡ってる木よ。木目が特徴的なの」
よく見ると、本来木の表面に渦をまいているはずの木目は、定規で引いたようなまっすぐな縦直線。特徴的というのもうなずける。
やがて、ペットボトルが全て水で満たされる。それと同時に、流れ出た水が止まった。
驚くべきことに、折れた枝がすでに再生し始めていて、それが水の流出を防いだらしい。まるでかさぶたのように枝の穴をふさいでいる。枝の先は他の部分と異なり薄い茶色になっていて丸みを帯びていた。
人間のような、気色の悪い植物であるようにナニワは感じた。
「ところで、色々と聞きたいことがあるんやけど」
ペットボトルの水をおいしそうに飲むデコに対し、ナニワが話しかける。
「まず、さっきのパチンコ。……あれは何や?」
「何って……想具に決まってるじゃない」
デコがキョトンとした顔で答える。
「は?……あてら?」
「かふてらのひんへきか?」
ナニワが首をかしげ、ジュウは分厚いハム肉をほおばりながら尋ねる。
「あんたは知ってるはずでしょ。前に教えたんだから!」
デコがビシッと人差し指でジュウを指した。
首をかしげるジュウ。それを見てデコが、眉間にしわをよせ、
「……まさかあんた。何も知らない子をここに連れてきたの?」
するとジュウ、口の中のハムをゴクンと飲み込み
「え? なんか悪かったか?」
「このバカガキ!」
デコが勢いよく立ちあがり、ジュウの頭にげんこつを落とした。
昨日カクさんに殴られてできたたんこぶと同じ所に命中したのか、頭をかかえて暴れまわる。
「あっきれた! よくあなたも連いてくる気になったわね」
デコがナニワの方をふりむき、両手を放り投げてため息をついた。
正確には連れてこられたが正しい。思わず苦笑いを返すのみだった。
「……まぁいいわ。ここまで来ちゃったからには、全て教えておいた方が安全ね」
と言うと、デコは、傍らにある地面から突き出た岩に座った。
それに続いて、ナニワもデコの前の地べたに座る。
「そうね。まず、この世界のことについて、少し話すわ」
ナニワがコクンとうなずく。ジュウは何も詳しい事は教えてくれないし、説明下手であるように思えたので、この申し出はありがたかった。
「御供市のいたるところには、あなたが通った空家の芝草のような、異世界の入り口が多く点在しているの。そして、ある条件をクリアすると、その世界に入ることができるわけ。例えばこの世界の場合、朝四時から十時までの間に、空家の芝草を通ると、辿りつけるわ。このような入り口を境というの。あぁ、あと、異世界から元の世界に戻るときは条件いらずでいつでも戻れるから、安心して」
ナニワがウンウンとうなずきながら聞く。にわかには信じられない話だが、実際体験しているものだから仕方ない。
「それらの世界は、全て同じ空間に存在しているらしいわ。いわゆる、多次元世界っていうやつ。ジャングルに入る前見たでしょ。地平線の向こうに見える黒い線のようなもの。あらゆる世界でそれが確認されているのが、その証拠よ。その空間----全ての異世界の総称を虚想世界といって、それぞれの世界を領域というの」
デコが説明をする最中、ジュウは興味がないらしく、相変わらずハム肉をくちゃくちゃいわせていた。
「そして、その世界にはそれぞれひとつ、不思議なアイテムが存在するわ。それが想具。外見は、私達の世界にあるような日用品ばかりよ。コレもそのひとつ」
と、デコが岩を吹き飛ばしたパチンコを手に取って見せる。
「全ての想具には特殊な能力が備わっているの。これの能力は、『あらゆる物体を玉にして飛ばす』ことよ」
そう言うと、デコは足元に、自分が飲んだペットボトルを見つけ、
「ペットボトル・ライフル!」
と言い放つ。
次の瞬間、パチンコの大きさが二倍ほど膨れ上がり、Y字の先が、その射出先を固定させたまま、手前側にずれて変形し始める。手元の部分がまるで粘土のようにそれに追従し、結果、滑らかな曲線を二回描く形状になった。いわゆる、スリングショットに似た形になっている。
さらに、ゴムがペットボトルの底の大きさに合わせるように太く、長くなっていく。同時に、ペットボトルがゴムに吸い込まれるように浮き上がり、底がゴムに接触。続いて、ゴムがねじれながら引き延ばされていった。
次に、デコは横十メートル先の大岩に狙いを定めるようにパチンコを持った腕を伸ばした。ペットボトルはまるで接着剤で固定されているかのように、パチンコの動きに追従している。
そして、ゴムが最大限まで伸びきった瞬間。
ペットボトルの側面にらせん状の溝がついたかと思うと、ゴムのねじれが解放。目で追えないほどの高速度・高速回転でペットボトルが打ち出された。
ナニワの前髪が、それにより発生した風でなびく。
「宣言したものを吸い寄せて、自分のイメージした形の『弾』にできるの。今の場合はライフルをイメージしたわ。つまり回転力ね。あと、パチンコもその『弾』にあわせて大きさや形を変えるのよ。『使用する弾をあらかじめ触っていること』とか『弾は人工物にかぎる』とか、制限も少なくないけど----」
射出先を見ると、大岩に、ペットボトル大の貫通穴が開いていた。
「----見ての通り、威力は抜群」
ナニワが口をあんぐりと開けて、貫通された穴を凝視する。
デコが宣言した通り、そのペットボトルの『弾』はライフル銃によって打ち出されたようだ。
なるほど。と理解する。
さっきの大岩は自然物にしてはかなり丸く整っていた。おそらく罠を仕掛けた者が、転がりやすくするために削り出したのだろう。つまりは、人の手がなんらかの形で加わっていれば『弾』の条件を満たせるということだ。
さらに、岩を飛ばす直前。デコはわざと岩と接触するように手をのばしていたが、あれは岩という『弾』に触れるという条件を満たすためだったのだ。
「そしてさらに……回帰!」
デコがそう宣言すると、まるでビデオを逆再生したかのようにペットボトルが射出した速さそのままで、手元のパチンコへ戻ってきた。
ナニワが小さな悲鳴を上げる。
しかし、それはゴムに触れると急停止し、ぽとりと地面に落ちた。
「弾がどこへ行こうと、宣言一つで手元に戻るの。さらに、手元に戻すまでの間、その弾の位置は手に取るように分かるわけ。あっちの方向の、だいたい2キロくらい。ってかんじでね」
デコがペットボトルを手に取ると、パチンコが瞬時に元の大きさに戻った。
「名づけて【金成る軌跡】! 狩猟の女神の名よ! かっこいいでしょ!」
デコが得意げにニヤリと笑うが、ナニワはしらけた顔だった。
わずかな沈黙。
デコは頬を赤らめて目線をそらしつつ、その【金成る軌跡】を、どこかの西部劇のように人差し指を支点にくるくると回して腰ベルトのホルダーにしまった。
「あ、あとはそうね……せいぜい、虚人には気を付けることね」
「……さっきゆうてた、ラマッカ族っていうやつらか?」
「そうよ。虚想世界に住む人間を総称して、虚人と言うの。反対に、やつらは私達、想具を狙う人達を現人と呼ぶわ。いくつかの領域には、彼らが存在して、私達現人を排斥しようとするのよ」
つまり、ナニワはその得体のしれない民族の罠で、あやうく死にかけるところだったのだ。思った以上に、危険な場所であること認識する。
「あと、このジャングルには危険な植物がたくさんあるから、注意が必要よ。まあ、『リヒスの水樹』みたいに役立つものもあるけどね。ラマッカ族が実際に使うところを見てたから、私も利用させてもらったわけ」
木目が特徴的であることを目印に探し当てられたのも、そういう経験があったからである。
「私、昨日からここで想具を探しているんだけど、どうやらそのラマッカ族の村があやしいのよ。村の奥に祠みたいなものがあってね。今からそこへ行くつもりよ。………さて」
と、デコが腰を上げる。
「話はこんな所かしらね。おんなじ話をバカガキにもしたんだけど、すっかり忘れてるみたいね」
あきれながら、ジュウの顔を見るデコ。
満腹になって睡魔が襲ったのか、ジュウはZZZ……といびきをたてながら、仰向けに眠っていた。
「よくこんな所で眠れるもんやな、コイツ……」
ナニワが半ば感心、半ばあきれてつぶやく。
「まぁ、想具はバカガキがいくつか持ってたはずだから、それ使えば、色々ときりぬけられるんじゃない?」
と、デコが適当に言い放つ。
「それとも、こいつ放っておいて帰る? なんなら、境まで送るけど?」
デコがジュウを指差して提案した。
たしかに、ここが危険であることはナニワ自身体感していた。ついさっきも、デコ達の助けがなければ死んでいたかもしれない。ありがたい申し出には違いなかった。
しかし
「……いや、放っておくわけにはいかへんねん。一応、ついていくって約束したさかいな」
ナニワには、ここにとどまる理由があった。
どこにでも着いていく。と言った手前、逃げたりはできない。ここで帰れば、約束を破ることになる。
大事な友達を裏切ることなど、彼にはできなかった。
「……本当に大丈夫? ラマッカ族は、私のような想具を狙う現人を敵視してるし、ジャングル中にたくさん罠がはりめぐらされている。小学生が遊ぶ所にしては危険すぎることはわかるでしょ?」
デコは心配そうに提案するも。
「………気持ちだけ受け取っておくわ。おおきにな」
ナニワはすこしばかり困ったような顔をして、そう言った。
本心では帰りたい気持ちは強かったが、それを押し殺しての返答だった。
「そう……そこまで言うなら、止めないわ」
デコは半ば呆れたようにそう言った。
その様子に、ナニワは彼女の、年齢に見合った大人らしさを感じることができた。
ナニワの身を案じて手当したり、丁寧な説明をしたりと、外見は子供ながら、思いやりのある整然とした大人の対応が感じられたのである。
「ほんま、おおきにな。デコ姉がおらんかったら、どうなってたかわからんわ」
「感謝してるんなら、デコって呼ぶんじゃないわよ。姉って部分はいいけど」
笑いあう二人。
素敵な出会いだった。
そう思い、ナニワが喜びの心で満たされていた。
その時だった。
「じゃあ、はい」
と、デコが何かをもらうかのように、右手のひらを表にして突き出した。
ナニワは首をかしげる。
「あの……何?」
手相でも見て欲しいのか? などと冗談めいたことを考えていると、デコは口の両端を最大限まで広げてにっこり笑う。
そして
「治療代、および情報料。あわせて二千円になりまーす(はぁと)」
甘ったるい営業声で、金を請求した。
「えぇえぇぇぇ !?」
ナニワが目を見開いて動揺する。
「ちょ、ちょぉ待ってや! いきなり何やねん!」
「タダで済むと思ってたの? 世間はそんなに甘くないわよ! 子供料金ですっごく値引きしとくんだから、感謝しなさい!」
それでも2000円は、小学五年生の懐状況には厳しすぎる。
(な……なんやこのねぇちゃん! 今まで猫かぶっとったんか !? もしかして守銭奴 !?)
デコに対する好意パラメータが、ガクンと下がるのを感じた。
「い、いや、ちょっと、今はもってないんやけど……」
少し混乱しながら、そう答えると。
「じゃぁ、ここに住所と電話番号書いて。直接家まで請求しに行くから」
即答。ナニワがメモ帳とボールペンを渡される。
普通そこまでするか? というツッコミを抑えて、しぶしぶ言われたとおりに書いた。
「……もしかして、ジュウにも同じようなことしたんか?」
書きながらナニワが尋ねる。
「あ! そうそう! こいつん家、何度行っても誰もいないから、まだもらってないわ! 半年も経ってるから、利子入れて5000円ね!」
陽気まじりに、そう言った。
(さ……最低や。コイツ……)
デコに対する好意パラメータを極限まで下げつつ、ナニワが住所と電話番号が書かれたメモを渡す。デコはニコリと笑顔を返した。
「ねえ。ほんとに帰る気ない? 案内料含めて、3000円にしとくけど?」
「これ以上幻滅さすなよ! いらんわアホ!」
デコは「ちっ!」と不満気に舌打ちした。
今まで彼女が親切にしていたのは、このためだったのだ。猫をかぶり、親切をよそおい、ふんだくりせしめるのが、彼女の目的だったのである。
(……貯金なんて、五百円くらいしかあらへんのに。どないしよう……)
ナニワは肩を落とし、深いため息をついた。
その時。
坂の上からドドドド……という馬の足音のような轟音が聞こえてきた。
「な……何や!?」
ナニワが驚いて、坂の上を見上げる。
「もしかして……ラマッカ族 !?」
デコが顔を青ざめて叫ぶ。
「ラマッカ族って、さっき言うた……?」
「この森で群れて行動してるのはやつらだけだもの! 見つかったら厄介よ! 急いで逃げなきゃ!」
デコが慌ててリュックを背負う。
「おいジュウ! 起きろ!」
ナニワが熟睡しているジュウに対し呼びかける。
しかし、足音の嵐の中にもかかわらず、ジュウは未だ気持ち良さそうに眠っていた。
ナニワが駆けよって叩き起こそうとしたその時、ジュウは気持ちよさそうに寝返りをうつ。
そして
ガサガサガサッ!
坂の下へと転がり落ちた。
「ゲッ !!」
坂の下には長い草がボウボウと茂っていて、ジュウの体がその中に突っ込んだ。ガサガサという音が遠ざかって聞こえ、やがて止まる。
しかし、ジュウのうめき声や叫び声はいっこうに聞こえず、かわりに
「ZZZZZZZ……」
大きないびき声が聞こえた。
「えええええ !? どんだけ熟睡やおまえ !!」
目を飛び出さんばかりのツッコミをいれる。
しかし、そうこうしてる間にも、足音がどんどん近づいていた。
「何してんの !? 早く逃げないと !!」
「せやけど、ジュウが!」
叫び返す。その時。
ナニワのすぐ横に巨大な何かが姿を現した。
全長3メートルはあろうかという巨大なかばのような動物だった。体表にはごわごわとした毛が生え、四足の足は体に比べて極端に短く、筋肉が隙間なくつめられているように見えた。しかも、歯が変形したのであろう、丸のこのような刃が口からはみ出して、ギュルギュルと回転させている。
その動物に、またがる男が一人。
「その容姿……やはりな。」
ナニワを見下ろして呟いた。
筋骨隆々の肉体と威風堂々とした態度から、屈強な戦士である印象を受ける。左頬に刻まれた傷跡と太い眉、鋭い眼光が、その威圧感を強調していた。髪は頭の頂点で小さく束ねられている。
その男に続いて、2体、3体と、そのカバもどきの動物に乗った戦士が次々とやってきた。
「我が集落に攻撃をしかけたのは貴様らか」
5体目のカバもどきが到着した時、その傷の男が敵意をもって言った。
「「?」」
ナニワとデコはおびえながら首をかしげる。
「とぼけるな。我が集落に岩を落としただろう。我らの罠を利用するとは、卑劣なやつらめ!」
二人はほんの少しの回想。
そして、デコは青ざめた。
(もしかして、【金成る軌跡】で飛ばした大岩が偶然、ラマッカ族の村へ落ちたってゆうの…… !?)
そう直感し、冷や汗を流す。
「カラバに乗って飛んできた方向を追ってみれば、やはり現人か……ひっとらえろ。」
その声に従い、後列にいた二人の男が、カラバと呼ばれたその動物から降りて、その手に蔓を持つ。二人を拘束するつもりである。
「ま……待ってください! わざとじゃないんです! 偶然----」
デコが説得を始めるが、
「故意だろうとなかろうと、現人は皆、拘束しろとの命令だ」
と、傷の男が話を遮るようにして、冷たく言い放った。
デコがうなだれる。
しかし、その直後。チラリと坂下のほうへ目を向けると、明るい顔を見せた。
それを見ていたナニワが嫌な予感を感じる。
デコが坂下に向かって指を差した。
(! もしかしてコイツ……!)
「あの! そこの草陰に-----!?」
デコが言いかける瞬間、ナニワが急いでデコの口を右手でふさいだ。
その様子を見て、傷の男は首をかしげる。
「草陰が……どうした?」
「い、いやいや。なんでもあらへん! なんや珍しい虫でもみつけたんちゃうかなぁ? アハハハ……」
ナニワが左手をブンブン振ってごまかす。
デコが暴れるが、体が小学生並の彼女は力もそれ相応らしく、ナニワの右手をふりほどくことができなかった。
男が怪訝な顔を見せるが、
「まぁいい……おい、さるぐつわしとけ。この現人。ひどく凶暴そうだからな。噛みつかれたらかなわん」
そう言うと、降りた二人のうち一人の男が、縄から緑色の布に持ち替えた。
そして、デコの口を塞ぐナニワの腕を解く。デコが大きく息を吸い込むが、すぐさま布を口にまかれ、猿ぐつわされた。苦しそうに涙目を浮かべている。
【金成る軌跡】を使うためには、宣言が必要である。この状態では、手に触れることができても、想具として使うことができない。
つまり、反撃できない状態だった。
デコが鬼のような目つきでギロリとナニワを睨む。同じように、ナニワも睨み返した。
(ホンマ、最低な女や! あろうことか、ジュウも道連れにしようとするなんて……!)
どうやら彼女がジュウのことを快く思ってないことは、先刻の会話で察することができた。ジュウだけ無事である事実が、彼女にとって屈辱だったのだろうと、ナニワは直感したのだ。
二人は両腕を後ろに回され、両手両足首を蔓で縛られた。抵抗しようと力を入れると、
「イテテテテ !?」
不思議なことに、意志を持ったがごとく、ものすごい力で蔓に締めつけられた。
ギリギリと音を立てて肉に食い込み、完全に拘束された状態になる。
「アデム様。こいつらの荷物、どうしましょう」
一人の男が、ジュウのランドセルとナニワのショルダーバックを手に持ち、傷の男---アデムと呼ばれたその男に対して訊く。
「村の格納小屋にいれておけ。それと、その女の腰に巻いているものもな」
と、デコの腰ベルトを指し示す。そうして、【金成る軌跡】も一緒に、ベルトが没収された。
デコは必死に声をだすが、うぅうぅ……といううめき声しか聞こえなかった。
「よし、すぐに戻るぞ。いつやつらが戦争をしかけてくるかわからん」
アデムがそう言ってカラバを反転させると、坂を猛スピードで駆け登る。拘束した二人の男は、デコとナニワを肩に担ぎ、カラバに乗ると後に続いた。
カラバは、丸鋸のような歯で細長い木を切り倒し、芝草を刈り取りながら一直線に進んでいく。おそらくそれが、急成長する植物に対応するための進化なのだろう。
ときどきヴォォという雄たけびを上げながら、獣は森の中を突き進んでいった。