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KIDS! ~小学生達の道草異世界冒険譚~  作者: あぎょう
クエスト2 デカチョーの冒険
68/196

其の三十五 兄妹喧嘩

 上空5000メートル。

 魔術士。リリアナ=ルミルソンは、一方的な防戦を強いられていた。

 それもそのはず。魔術とはそれ相応の準備があって成せる業であり、即防御・即攻撃が求められる戦闘には適さないのである。

 手にはカマイタチを起こす魔道具『刃風扇』を手にしていたが、急ごしらえだったために三回ほどで効力を無くした。故に現在、リリアナは魔神の攻撃を、その空飛ぶ絨毯で回避し続けるしかなかった。

 切り落とした左手も、再生魔術ですでに生え変わっている。脅威は依然、続いていた。


「フハハハハ! どうした! リファエルの末裔よ! そんなに空を飛ぶのが好きなのか !?」


 小馬鹿に、魔神は嘲笑う。

 飛び交う火の弾。拳。針のムシロ。凍てつく息。

 リリアナは全神経を足に集中させ、重心を機敏に変えつつ、飛び回り、回避する。魔術士ゆえに、非力な彼女にとって、どの攻撃も一発でも当たれば致命傷。

 彼女の額に汗が流れた。

 彼女が負けるのは時間の問題だった。いずれ集中力が途切れて、避けられない攻撃が来るはず。

 さらに言えば、魔神は不死身の存在である。いかなる攻撃も通用しない絶対無敵の存在。

 魔神に勝つ方法はただひとつ。『封印』のみである。

 しかし、その封印術式を行うことも、もはや敵わない。


(くそっ……一体どうすれば…… !!)


 焦りと不安が、彼女の動作を次第に鈍らせる。

 魔神はその一瞬を見逃さなかった。

 岩のような巨大な拳が、容赦なく彼女に襲い掛かった。


(………… !!)


 回避する隙も、余裕もなかった彼女は思わず、腕を前に身構える。

 その時。


 ズズンン!


 鈍い音が聞こえた。

 次の瞬間、魔神が繰り出した拳は、彼女の横数メートルを横切った。魔神は体をくの字に折り曲げ、不自然な体勢で浮いている。



 その音は、魔神の腹に、ジュウの拳が深く突き刺さった音だった。



「…………… !?」


 魔神は思わず言葉を失う。

 ダメージは如何ほども無いが、いきなりの不意打ちと、現れるはずのない人物の登場に動揺し、一瞬、硬直した。

 ジュウはさらに、その腹を蹴り飛ばすと、その反動でリリアナの絨毯へと飛び乗った。


「よお。無事だったか?」


 ナハハと笑い、笑顔を向ける。


「あ、あんた。なんでこの高さから落ちて……それに、どうやってここまで―――」

「リリアナ。どうやったら、あいつに勝てるんだ?」


 遮るようにして、ジュウは訊く。

 その目は、真っ直ぐと魔神を捉えていた。


「か、勝つって……やっぱり、封印するしかないだわさ。でも、その発射台は壊れたし……」

「でも、魔法陣は生きてるんじゃねぇのか?」

「え? そ、その通りだけど……」

「じゃあ、別に発射しなくても(・・・・・・・)いいよな?」

「?………! ま、まさか……!」

「何をごちゃごちゃ話している」


 低い、闇の底から響くような声が、彼らの話を遮った。

 魔神。イシュブルグは、瞳のない視線でジュウを睨んでいた。


「……どんな手を使ったが知らんが、おまえが死にたがりということは分かるぞ。ワシは不死身にして最強。発射台を失われた今、もはやワシに勝つ術はないのだ……!」


 勝ち誇った笑みを浮かべる魔神。

 しかし、ジュウはニヤリと、挑発的な笑みを返した。

 そして、素人のような戦闘の構えを見せる。


「む、無茶だわさ! あんなの相手に、そんなこと……!」

「そんなの……やってみなきゃわかんねぇさ!」


 その言葉に、一切の不安も、恐怖も無かった。

 そして、第一歩を踏み出し、魔神に向かって飛び掛る。


「いっくぞおおおおおおおおおおおおおおおお !!」


 雄雄しく、情熱的な咆哮。

 しかし、それとは対称的に、魔神の行った動作は冷静で、単純なものだった。

 右手を前に差し出し、その一指し指から、黄色い怪光線を放った。


「……… !!」


 ジュウはそれを見て間一髪。空中で身を捻り、ギリギリの所でかわした。

 しかし、その背後にいたリリアナは無事で済まなかった。


「 !! キャアアア!」


 絨毯の姿勢が途端に崩れ、リリアナが絨毯と共に落ちていった。その光線は絨毯に穴を開け、その飛行能力を半減させたのだ


「!! リリアナァァァァ !!」


 自らも空中で落ちる中、その様子を視界に捉える。そして、そのまま彼も再び、地上へ落ちていくと思われた。

 しかし、そうはならなかった。

 彼の体は、とある岩盤によって支えられた。

 ピラミッドを構成していた、石の塊だった。

 先刻。第三層から魔生物と共に飛び出した際と、魔神が射出台を破壊した際に飛び出た岩盤が、その浮遊能力を失わず、ピラミッド周辺に漂っていたのである。

 ジュウはその浮遊石の上で、落ちていく絨毯とリリアナを視界に収めた。奇しくも、先刻のリリアナと同じ状況だった。


「ふん。運の強い小僧だ」


 魔神は、邪悪な視線でジュウを見下ろす。

 ジュウはリリアナを落とされた怒りから、キリッと睨み返した。


「だが、これでおまえの足場は限られた。空も飛べない人間が、どう足掻こうというのだ……?」

「……空が飛べなくても、魔法が使えなくても、俺は終わらない」


 強い意志で、はっきりと言い放つ。拳を固く、握り締めた。


「たとえ、色黒魔神が相手だろうと……」


 そして再び、右足を蹴り出し、魔神へと飛びかかった。


「俺の冒険は、終わらねええええぇぇぇぇぇ!!」


 魔神は、薄く笑みを浮べ、彼の到来を待ち受ける。



 その頃、地上では、ナニワを含む、数名の戦士達が、一同にして空を見上げていた。

 たった今、まるで空を飛ぶように、跳び上がった少年の姿を追っていた。

「いける気がする」と、なんとなく呟いてからジュウがとった手段は、ごく単純なものだった。


 5000メートルの距離をゼロにするまでの、超跳躍。


 それは、もはや人間の身体の限界を超えている。

 人々は驚きに口を開けている中、ナニワはたった一人、歯を噛み締めて、空を見上げていた。

 そして、怒りと、悲しみと、悔しさが混ざったような表情で、ポツリとつぶやいた。

「……あの、馬鹿…… !!」

 その手には、【臆病な英雄(ヒーローボーイ)】が握られていた。



 武町正義は一人だった。

 たった一人。王座に座り、うなだれていた。


(どうして……どうして、こんなことに……)


 どうしようもない、喪失感に囚われていた。

 なにも成すつもりもなく、なにをするつもりもなく、己の絶望的な現実に、ただただ悲観する。


(どうして、僕は……)


 その時。

 静寂に包まれた広い王室。その中に、とある雑音が入り込んだ。それはバルコニーの向こう。正面入り口の向こう側から聞こえるものだった。

 彼にとって聞きなれた音だった。

 正義は思わず立ち上がり、バルコニーからその様を遠くに眺める。

 アラマドの馬車が、街の中央通路を、真っ直ぐにこちらへ向かっていた。

 操縦者はサィッハ王子。体全体がせもたれに押し付けられ、苦痛に顔を歪ませている。馬車の中には、デカチョーが居た。


「……そうか。まだ、その方法があったな……」


 正義は向かい来る馬車を眺めながら、ぽつりと呟いた。

 【我侭放題(エゴスティック)】を攻略する方法。それは、対象者以外の者に牽引させることである。

 キーワードは正義団。彼らは総じて、磁力に阻まれて正義の下に辿りつくことができない。

 そこで、正義団以外のモノに引っ張ってもらうことで、攻略したのである。

 動物のアラマドは、その意味で最適だった。

 強い牽引力を持ち、操縦士の手綱に従って行動する。操縦者と搭乗者は磁力で体が押しつぶされるものの、アラマド馬車なら不可能ではない。

 前々から講じられていた作戦ではあったが、城の周りを常に魔神が監視していることと、辿りつけても磁力で制限されて戦えないということから、頓挫していた。

 しかし今、この場に魔神はいない。戦うことはできないが、話し合うことはできる。

 アラマド馬車は、正面大門まで到達すると、そのままの速度で屋内へ進んだ。


「! まさか、ここまで来るつもりか?」


 そのまさかだった。


 ガツッ ガツッ ガツッ


 階下から、乱暴的な蹄の音が聞こえてきた。

 それは次第に大きくなり、そして

 正義の背後。階段を越えて、彼らはやってきた。

 至る所にぶつけたようで、布の屋根は破け、あらゆる部品が傷つき、破損していた。王子は接近したことで強まった、さらなる磁力に顔をしかめ、手綱を握って体勢を保つのがやっとの状態である。

 その状態で、


「……セイギ……! どうして……?」


 すがるように、彼は問いかけた。


「…………無事で何よりです。王子」

「どうしてこんなことを! 敵はもういなくなっただろう! 昔のように、またここで暮らせるんだぞ! 元の世界に帰れなくても、まだ我らがいるだろう! お願いだから、絶望しないでくれ!」

「……………………」

「貴方が望むのなら、この国の王になっても構わない! むしろ、余はそうしてほしい! 余は、王の器ではない! 貴方なら、きっと私達を------」

「------黙れ !!」


 正義はたまらず、サィッハの懸命の言葉を遮るように激昂した。

 これまで見せたことの無いような、苛立ちの形相を浮べていた。

 サィッハはその豹変に、声を詰まらせる。


「もう……うんざりなんだよ! 君達のその態度が、ますます僕を苛立たせるんだ! もう僕に構うなよ! 顔も見たくない !!」

「? セイギ……一体、何が気に食わないんだ?」


 サィッハは眉をひそめて問う。

 正義の心中が、わからなかった。

 正義は、一息おいて


「……とにかく、僕はもう、何もするつもりはない。この城で静かに暮らすだけだ。放っておいてくれ………」


 顔をうつむかせ、生気のない声で言い放った。

 その時。


「そうは、いかない……!」


 そう言って、身長190センチの元少女は、馬車の中から身を乗り出した。

 武町愛誠。通称デカチョー。

 彼女は


 二本の足で、地面に立っていた。


「!? マ、マナトさん……!?」


 目を剥かせるサィッハ。

 現在も、【我侭放題(エゴスティック)】の効果は続いている。決して、二本足で立つことなど不可能なはずである。

 しかし、デカチョーは、まるで磁力が働いていない様子で、正義の元へ歩き出していた。


「………ば、馬鹿な…… !? なぜ、磁力が効かないんだ……?」


 正義も動揺は隠せなかった。

 デカチョーは静かな声で言う。


「……どうしてか分からないけど、国の中に入った時点で、すでに磁力は働いていなかったよ。……王子さんには言いづらかったけど」


 傍目で、王子が少しショックを受けたのが見えた。


「でも、これだけは確かだ。兄ちゃん。アタシは『正義団』としてじゃなく、『武町正義の妹』として、ここまで来た! 兄ちゃんに、鉄拳制裁を与えに来た!」


 そう言うと、彼女は右手に嵌めた指輪を取り、あらぬ方向へ投げ捨てた。

 直後、彼女の体が一瞬光り輝いたかと思うと、元の小学五年生のデカチョーが姿を現した。

 『妹』になった。

 そして、耀纏流空手の構えを取る。


「……自ら勝機を捨てるのかい? 大人の姿ならおそらく、ぼくにもひけをとらないよ」

「アタシは、アタシのまま、決着をつける……!」

「………」


 正義は何も言わない。何も語らない。

 そして、無表情のまま、彼も構えた。両手を胸の前に。耀纏流柔道の構えである。


「決意は固いようだね。こうなったら、力づくでもおまえをここに住ませるよ。外で生き延びられる保障は、どこにもないから……」

 

 相対する兄弟。柔道と空手。

 妹と兄。正義と正義。

 思いは交錯し、そして激突する。


「久しぶりに、兄妹喧嘩しようぜ。兄ちゃん……!」



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