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KIDS! ~小学生達の道草異世界冒険譚~  作者: あぎょう
クエスト2 デカチョーの冒険
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其の三十四 邂逅

 【我侭放題(エゴスティック)】。現在、設定されたキーワードは『正義団』

 それによって、王室にいた全ての正義団は、磁力の反発を受けて、城下町の上空へと吹き飛ばされた。

 街の人々はそれを、悲しそうな表情で見上げていた。

 それは、頻繁に見かける光景であった。現人(レウディス)三人に『敵意』を少しでも持った者は、この国から吹き飛ばされる形で追放されるのだ。

 人々は、正義団が急襲をしかけたことを知り、希望の光が見えていた。しかし今、彼らがまた吹き飛ばされた光景を目の当たりにしては、失敗を確信せざるを得ない。

 落胆は大きい。

 城下町の外。磁力の及ばない場所に、正義団がなかば衝突する形で着地していく。

 そして数分後。必然的に、全員がその場に集まることとなった。

 リーダー。武町正義を除いて。


「イャンクッド! どうしたんだ !? その傷!」


 各々が打ちつけられた体をゆっくりと起こす中、サィッハ王子は危機感迫るように、傍らに倒れるイャンクッドに呼びかけた。

 彼は気絶していて、その返事は無かった。

 全身が血で汚れ、顔は蒼白。特に、左手首の出血が尋常ではない。生死に関わる大怪我だった。中央庭園からここまで吹き飛ばされたこともあって、ダメージは深刻なものだった。

 その時、遠くから砂埃が巻き上がり、何かが迫ってくるのが見えた。

 アラマド馬車だった。アラマドが彼らの前で停止すると、馬車からナニワとルゥンダが現れた。城から飛ばされる何人もの人影を見て異変を感じ、着地点へ急いで向かったのだ。


「一体、何があったんですか?」

「話は後で! まずは、イャンクッドの手当てを!」


 王子に言われ、ルゥンダが急いで駆け寄り、応急処置を始める。


「これは酷い……すぐに輸血の準備を!」


 と、治療箱に手を伸ばす。また、戦闘に同伴していた他の治療班のメンバーも、その手伝いに入った。

 しかし、そのイャンクッドの容態とは別に、彼ら正義団にはもうひとつ、気がかりなことがあった。


「………マナトさん。セイギに、一体何が……」


 王子が、デカチョーに事情を聴く。


「ええ? このボインのネーちゃんが、デカチョー !?」


 傍らにいたナニワが目を丸くし、デカチョーをまじまじと見る。

 今は190センチの大人の姿であり、ナニワを余裕で見下ろす形になっている。確かに、その体に似合わない小さな服が、彼女の胸を強調しているようだった。

 そんなナニワの視線を避けつつ、頬を赤らめつつ、彼女は重たい口を開いた。戦士達がその話に耳を傾ける。



「正義のにーちゃんが………そんなことを考えとったなんて………」


 ナニワも含め、話を聴いた一同は、動揺を隠せなかった。

 正義が現実世界へ帰還することを渇望して、稲原を殺害し、魔神へ願った。

 しかし、全てが無意味なものと知り、彼は暴挙に出た。

 深い悲しみと混乱で、仲間を遠ざけた。

 だが、正義団の中に、怒りを露わにするものはなく、ただ誰もが悲しそうに俯いていた。


「……でも、それでも余はかまわない」


 と王子は言いだした。


「あの人の境遇と、この国に対する貢献を考えると……城に永住させても―――」

「―――いいわけ……無い」


 王子の話を、デカチョーは遮るようにして言い放った。

 しかし、その声と顔は戸惑うようで、明確な意思は感じられなかった。

 兄のしたことは決して許される事ではなかった。

 しかし、その境遇と、彼の精神的状態を考えると、同情しないと言えば嘘になる。今はただ、どうしようも無い憤りと悲しみを胸に、立ち尽くすしかなかった。

 その時、


「………?」


 ふと顔を見上げたナニワが、空から何かが落ちてくるのを見た。

 黒い点。それがだんだんと、大きくなり、

 そして、驚愕する。


「!? なっ……… !?」


 天元じゆう。全身がボロボロの親友の姿だった。


 彼はなす術もなく、無防備に、ボスン!という鈍い音を立てて砂漠に落ちた。


「!! ジュウ !!」


 ナニワは一瞬、自分の目を疑いつつ、傷ついた体を引きずるようにして走り出した。デカチョーやその他の人間もそれに気付き、同じくジュウが落ちた地点に向かって駆け出す。

 たどり着いたその先には、変わり果てたジュウの姿があった。

 体を大の字に広げ、仰向けのまま、指一本動かない。その目は固くつぶられていた。


「! 天元! おい! 嘘だろ!」

「ジュウ! しっかりせぇよ! ジュウ!」


 デカチョーとナニワが動揺しながらも、必死に呼びかける。

 すると、


「……うぅ…!」


 苦悶の表情を浮かべて、うめき声をあげた。

 上空5000メートルから落下しても、彼は生きていた。

 二人は安堵のため息をつくが、決して無事とも言えなかった。その服は見るからにボロボロで、ひと目で重傷であることがわかった。

 しかし、ジュウは途切れかけた意識の中、ナニワの顔が視界に入ると、息を絶え絶えにしながら、ゆっくりと上体を起こした。全身の骨が音を立てて軋む。左腕と肋骨の何本かが折れていることが分かった。

 ぼやけた視界の中、ナニワの顔を見据える。


「……よお、ナニワ。無事でよかった……」

「な、何いってんねん! おまえ、なんで、こんな……!」


 突然の親友の登場と、その悲惨な怪我に、戸惑いを隠せない。

 とりあえず今成すべきは、彼の治療である。すぐに治療班が駆けつけ、折れた腕の固定とテーピングを行った。

 その最中、彼らはお互いの経緯を話し始めた。

 正義団のこと。三人の占拠者のこと。魔神の存在。魔術の存在。魔封殿の存在。

 そして、正義が今、稲原に代わって城を占拠している事。


「…………」


 デカチョーは話し終わってから、悲しげにうつむいた。

 他の誰かが占拠したなら、やることは決まっている。正義の鉄槌をくらわすだけ。

 でも、実の兄が相手となると、彼女の正義は揺らいでしまう。

 兄の悲しい心情が、深く心に突き刺さるように伝わり、それが足かせとなっていた。

 しかし、そんな様子のデカチョーに向かって、


「なんだ。そんなの、やることひとつしかねーだろ」


 応急処置が終わりやや痛みが和らいだのか、ジュウはわずかに元気を取り戻してあっけからんと、暢気な声で言い放った。


「兄ちゃん。ぶっ飛ばせばいいだけだろ?」


 当然のごとく、ジュウは言う。

 デカチョーの顔色が変わった。


「お、おまえなぁ。実の兄やぞ? もうちょっとデカチョーのこと考えてやなぁ―――」

「―――できるなら、今頃やってるよ」


 ボソリと、デカチョーが呟く。

 精一杯の嘘だった。


「……でも、今は【我侭放題(エゴスティック)】っていうので近づけないし……そ、それに、アタシなんかが、兄ちゃんに敵うはずがない……」


 惨めなほどの言い訳に過ぎなかった。

 自分でもどうすればいいのか分からなかった。

 たとえ【我侭放題(エゴスティック)】の障害がなくても、今以上の圧倒的な実力を備えていようとも、その気持ちは変わらないことは容易に予想できた。

 もし兄を倒せば、その後、一時でも国民や『正義団』を裏切ったことで、彼は執拗に虐げられるかもしれない。少なくとも、今までの関係は築けない。何より、実の兄を倒すというその行為自体が、彼女の心を大きく傷つける結果になる。

 嫌だった。彼の行為は『悪』と分かっていながらも、兄と対峙することだけは嫌だった。

 でも、完全に否定することも、彼女の信条に傷をつけることになりかねないため、精一杯の見得を張った。

 虚勢を。弱さをさらした。

 そんな自分に嫌気が差した。

 しかし、ジュウにとってそんな心情は図れるはずもなく、


「なぁに言ってんだよ。デカチョー」


 彼は屈託ない笑顔を浮かべて、そう言った。

 デカチョーは俯いた顔を上げる。


「兄ちゃんが相手だとか、なんかが邪魔してるとか、そんなの関係ねぇだろ? おまえの『正義』は、そんなもんで挫けるもんじゃねぇだろ?」


 ジュウは真っ直ぐに、デカチョーの『正義』を信じていた。

 毎日のように追い掛け回されながら、ジュウは彼女のその信条を尊敬していたし、信頼していた。

 デカチョーは目を丸くする。開いた口が塞がらなかった。

 その目を見つめながら、ジュウは立ち上がり、その純粋なまでの笑顔を向ける。


「行けよ。デカチョー! いつものように、拳骨ぶちかましに行け!」


 強く言い放ち、拳をデカチョーに向けた。

 その瞬間。デカチョーの中で、何かの枷が外れた。

 彼は詳しい事情はおそらく、話半分でしか聞いていない。デカチョーと正義の関係も、ほとんど理解していない。  

 それでも、デカチョーはその言葉に後押しされる。

 その言葉を、心のどこかで望んでいたのだ。

 彼女は困惑した表情を消して、小さく微笑んだ。


「……もちろんだ!」


 迷いは吹っ切れた。

 実の兄だろうと、なんだろうと、そんなのは関係ない。

『鉄拳制裁』。いつだって、この一言に尽きる。


「兄ちゃんは、アタシが必ずぶっ飛ばす!」


 はっきりと、そう宣言すると、彼女も拳を作って、それをジュウの拳に合わせるように突き出した。

 ゴツンッと拳と拳が鳴る。

 そして、デカチョーは身を翻して、街の入り口へと歩を進めた。

 その足取りに、迷いはない。

 そこで


「ま、待って! 今もまだ【我侭放題(エゴスティック)】の磁力があるのでしょう? あなたが『正義団』であるかぎり、彼には近づけないわ!」


 ジュウの治療を終えて、傍らにいたルゥンダが、彼女を止めようと声を上げる。

 デカチョーの歩みが止まった。

 確かに、自分から『正義団に入れてくれ』と宣言した以上、自分も正義団である。磁力の影響を逃れる術はない。

 彼女が方法を思索していたその時、ひとつの影が立ち上がった。


「……ひとつだけ方法がある。」


 サィッハ王子が、デカチョーを見据えて、言い放った。

 そして、先ほどの言葉を撤回するように、


「確かに、このままでいいわけがないな。彼はこの国の国民で、そして王子である余は、そんな国民の一人を、正しい方向へ導く必要があるのだから」


 そう言うと、その方法について説明し始めた。



「……うまくいったようやな……」


 ナニワは遠く、城下町を眺めて呟く。

 王子が話した手段は、とりあえず成功のようだった。

 デカチョーは無事に王国内へと侵入することができた。また、王子も引率として、彼女に連いていった。正義ともう一度会って話がしたいのは、彼女だけではなかった。

 ジュウは、彼らが王宮へ向けて出発するのを見送ってから、すぐに行動を開始した。

 彼はそこに腰を下ろすと、背中のランドセルを下ろして中を開ける。

 そこには、ジョウロや独楽などの想具(アテラ)の他、人参、シイタケ、卵などの食料が入っているが、それらは全て度重なる冒険の末に、ぐちゃぐちゃに潰れていた。

 ジュウはその中に手を突っ込めると、食料以外のもの―――ジョウロと独楽を取り出すと、

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「な、なにしとんねん!」


 ナニワの動揺もあとに、ジュウは勢い良く回し続ける。

 そして、全ての具材が程よく散り散りになったのを確認した後、ジュウは右手でランドセルをまるで食器のように高く掲げると、それらを全て口の中に注ぎ込み始めた。


「……… !!」


 卵の殻ごと、バリバリと音を立てながら、それを頬張る。

 かつて、給食の残飯をかきこんだように、ワイルドとしかいいようのない、豪快な食べっぷりだった。

 ゴクン!と大きく喉をならし、全てを食べ終えると、ジュウは満足げな笑みを浮かべた。


「よし! 力出てきた!」


 力強く言うと、ランドセルを放り投げ捨て、立ち上がる。わき腹や腕の痛みなどは、微塵も感じさせない、溌剌とした表情だった。

 そして、遥か上空の一点を見つめる。


「……ちょっと行ってくるぞ。ナニワ。俺も、もう一人の友達を助けなきゃいけないんだ」


 天に浮かぶ逆ピラミッド。その下で、小さな黒い点が飛びまわっているのが見えていた。


「た、助けるって……さっきゆうてた、魔法使いか? でも、どうやってあそこまで……」

「ナニワはここで待ってろ」


 そう言うと、ジュウは視線を空の一点に固定し、膝を深く曲げる。

 そして、自信満々の笑みを向けて言った。


「おまえは、俺が必ず守るって、約束したからな」



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