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KIDS! ~小学生達の道草異世界冒険譚~  作者: あぎょう
クエスト2 デカチョーの冒険
61/196

其の二十八 激闘、そして覚醒

 正義の化身。武町愛誠。

 彼女は右拳を大きく振りかぶり、最短距離まっすぐに突き出した。

 ラカスは、壁を蹴って飛び上がってそれをかわす。いわゆる三角跳びをして、右足の甲を彼女の右肩にひっかけるようにして蹴り出した。

 反動で、彼女は民家の外へ放り出される。

 ラカスは隙を与えない。着地と同時に蹴り出し、急接近した。

 その時、彼女の周りにはまだ多くの野次馬が残っていた。


「! みなさん! 逃げてください!」


 大声で呼びかけた直後、ラカスの中段蹴りを膝で受け止める。

 周囲の者も危険を感じ、バラバラに避難していった。

 そして再び、激しい攻防が繰り広げられる。

 正拳突き。回し蹴り。踵落とし。胴回し。あびせ蹴り。

 彼女は、得意とする空手技を次々と繰り出す。それに合わせてかどうか、ラカスも空手技で対抗していた。

 しかし、均衡はすぐに崩れた。

 あきらかにラカスの手数が多くなり、デカチョーが防戦一方となった。

 ついに


「……ぐ、はぁ!」


 ラカスの膝蹴りがデカチョーの腹に直撃した。

 後ろに下がって衝撃を逃がす暇もなく、悶絶。だが、すぐに体勢を立て直し、一旦、距離をとって後ろへと下がった。


(アタシの空手技が通じないなんて……このままじゃ……)


 内心、大きなショックを受けていた。

 彼女の実力は空手三段。道場に通う大人でさえ彼女に勝つことは難しい。最近では、敗北した記憶すらない。

 ならばと、彼女は体勢を整えた。

 耀纏道場では空手の他、五つの格闘技を教えていて、彼女はそれら全てに精通していた。

 そして、こう考える。


(空手がだめなら、他の格闘技で…!)


 構えを変える。

 つま先立ちで、小刻みにステップを刻み、両拳を顔の前に構える。いわゆる、ボクシングスタイルである。


「………」


 ラカスは動じない。

 両拳をかるく上げて大股。一般的な空手の姿勢で待ち構えている。

 デカチョーはリズム良く。ステップを刻み続ける。ラカスはそれを見据える。

 そして、デカチョーが飛び出した。


 ボッ! ボッ!


 低い風斬り音を立てて、左ジャブがラカスの顔面を狙う。

 ラカスはわずかな動作でそれを避けるが、その先を読むかのように、デカチョーの右ストレートが襲い掛かった。

 しかし、


 ゴォン!


 乾いた音が響いた。

 ラカスがそれを、額で受け止めた音だった。


「………!」


 デカチョーは驚愕に、一瞬。思わず動きを止めた。

 頭蓋骨は硬い。従って、拳を額で受け止めるのはそれほど奇行ではなく、むしろセオリーと言っても良い。

 ゆえに、彼女が驚いたのはそんなことではなかった。

 ラカスが、彼女とそっくりの、ボクシングスタイルを構えたのだ。

 両拳を顎の下に。拳から額を離すと、彼女の真似をするように、ステップを刻み始めた。

 その行動が、彼女の怒りを買った。


(……遊んでるつもりか……!)


 優勢だった戦法を捨て、相手の戦法に合わせる。格闘家としては屈辱に値する行為だった。

 怒りのまま、デカチョーは左フックを放った。

 ラカスはそれに対し、アッパー。綺麗に弧を描いて、拳が彼女の顎に突き刺さった。

 彼女のフックは当たらない。ややカウンター気味に、ラカスの拳が直撃して、彼女の脳が大きく揺さぶられる。


「―――――!」


 一瞬、目の前が真っ暗になって、直後に景色が戻る。ラカスの表情のない顔が正面に見えた。


(……そんな……ばかな……!)


 彼のそれは、明らかに付け焼刃ではなかった。

 タイミング。角度。共に完璧だった。空手だけでなく、ボクシングまでも、彼女の一枚上をいっていたのだ。


「く……くっそぉぉぉぉぉ!」


 噛み締めながら、ダメージにより震える膝を強引に押さえて、彼女は再び構えを変える。

 腰を低く、足を大きく開き、両手を軽く地面につける。相撲の構えである。

 そして、ラカスの腰めがけて突撃した。

 しかし、ラカスはまたしても、彼女の真似をした。

 彼女が仕掛ける瞬間。自らも腰を低く落とし、相撲の構えをして、そのタックルを受け止めた。

 その瞬間。デカチョーはラカスのベルトをまわし代わりに、指をひっかけると、


「うらあああ!」


 体を翻し、ラカスの体の横につけて、彼の突進力を利用するように、投げる。

 強豪力士がよく使用する技。相撲の決まり手のひとつ。『上手投げ』である。ラカスは完全に体勢を崩した。

 しかし、彼は倒れなかった。

 ベルトに食い込んだデカチョーの腕を掴むことで、難を逃れたのである。


「…………!」


 動揺するデカチョー。そして、彼の反撃は速かった。

 仕掛けようとするその技に彼女は見覚えがあったが、しかし、あまりにも速い動きに、肉体がついてゆかなかった。

 鏑木反り。

 相手を横向きに、肩に担ぎあげるようにして後ろに倒す大技である。


「か………はっ!」


 デカチョーは、背中を大きく地面に叩きつけられ、肺の中の空気が激しく吐き出される。

 しかし、彼女はひるまない。素早く立ち上がり、相対すると、再び体勢を低く構え直した。

 だが、それは相撲の構えではない。彼女は接近。ラカスの膝を踏み台にして、右ひざを顔面にぶつけようとした。

 プロレス技。シャイニングウィザード。

 しかし、ラカスは身体を反ってそれを避けた。

 同時、デカチョーの身体を抱きかかえてそのまま後方へ反り続けた。

 デカチョーの身体を反転させてブリッジ。頭を床に大きく叩きつける。

 これもプロレス技。ジャーマンスープレックス。


「…………!」


 デカチョーは反射的に両手を後頭部で組んで直撃を免れたものの、意識が遠のきかけた。

 その後、ラカスはなぜか身体をあっさり放すと、距離をとる。

 デカチョーの両足がゆっくりと落ちる。とうとう大の字になってしまった。

 両拳はボロボロ。体中がギシギシと軋み、いたるところに打ち身やあざができている。呼吸をするのもままならなかった。

 その無防備な状態であるにもかかわらず、ラカスは動こうとしない。

 まるで、次に仕掛ける技を待ち続けているように見えた。

 デカチョーは


「……………っ!」


 自分の力量不足に怒りを覚え、また悔しそうに奥歯を噛み締める。

 彼女は、ラカスの仕掛けた技ひとつひとつが、全てプロ級のものであることを本能的に察知していた。

 それは、たった十数年で身につくような技術ではない。いくらどんな技を仕掛けても、跳ね返されてしまうような感覚だった。

 デカチョーが武道の申し子であるのと同じように、彼もまた天才だった。努力では到達できない域にいる。

 ゆえに、デカチョーは初めて呪う。

 自らの体格不足と筋力不足を呪う。

 デカチョーが身長162センチに対し、ラカスは180近い。手足の長さも当然違えば、体重も違う。彼女では届かない間合いでも、彼にとっては十分届く間合いになるし、彼女よりも重みのある攻撃を繰り出すことも可能である。

 自分より身長の高い者とは何人も対戦してきたが、それらは技術とスピードで補い、勝利してきた。しかし、それだけではどうしようもない壁を、彼女は初めて目の当たりにした。   

 体格どころか、技やスピードまでも、自分より勝る相手に初めて出会ったのだ。

 間違いなく、今まで対戦してきた中で最強の男だった。

 しかし、


(……悪は、許さない……!)


 彼女の中に、強い意志が炎のように燃え盛っていた。

 相手は確実な悪であり、この戦争の敵。武道の勝敗云々よりもまず、彼女自身の正義を証明したかった。

 正義は必ず勝つ。

 体格など関係ない。どれだけ汚くても、卑怯でもいい。


 ―――あいつを、倒したい!

 

 強い気持ちが、沸き上がる。

 一方。ラカス。

 彼女がいつまでも立ち上がらない様子を見て、戦闘の構えを解いて、後ろに翻った。


「………笑止」


 彼女の惨めさを指してか。そんな彼女と戦うために時間を費やした自分の可笑しさを指してか。真意を量ることのできない無表情で一言言い放って、彼は歩き出した。

 戦いを、放棄した。

 彼が向かうその先は国の中心。戦争の真っ只中となるムハンマド城がある。

 その時。


「……まだだ!」


 息をするのも苦しそうな声で、デカチョーは叫んだ。


「……………」


 ラカスがゆっくりと振り返る。

 生まれたての小鹿のように、足をガタガタと震えさせえながら、それでも彼女は立ち上がった。

 身体の芯まで深いダメージが残っていて、立ち上がるのもやっとの状態で、それでも眼だけはまっすぐに、ラカスを捉えている。

 肩で息をする状態で、再び構えをとった。

 耀纏流独特の空手姿勢。顎の下に右腕。左腰に左手。右半身をやや前に傾けた状態。


「………………」


 ラカスがその闘志を感じてか、再び相対すると、ゆっくりと近づく。相変わらずその表情からは何も読み取れない。

 やがて、両者の攻撃が当たる間合いに到達して停止。

 デカチョーが深く息を吸い込むと、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 自らに気合を入れるような咆哮。それを合図に、戦いは再開した。

 先に動き出したのは、ラカスだった。

 ほぼノーモーションからの左拳。左正拳突きを、がら空きの右脇腹へぶち込む。

 それは、彼女のねらいだった。


(……しめた……!)


 直後。ラカスの左拳は脇腹ではなく、右肘に激突した。

 顎の下に構えていた右腕。自然とわき腹をさらすような形から、肘を下ろして防御したのだ。

 そして、彼女はその拳撃を耐えることなく、踏みとどまることなく、後方へと受け流した。

 さらに、左肩を中心に、その衝撃を利用するように、左半身を回転させる。

 左足を大きく踏み込み。足、腰、腕を回転させる。そして、きりもみ状の左拳が、ラカスのみぞおちへと迫る。

 耀纏流秘伝の突き。耀纏拳(ようてんけん)

 てこの原理からなるカウンター技である。

 左肩を支点として、右腕が力点。左拳が作用点。わざと相手の攻撃を半身にさらした右腕で受け、その衝撃を利用しつつ左肩を中心に回転し、自分の力も加えて迎撃する。最初の耀纏拳の構えは、この技を繰り出す役割を担っていたのである。

 しかしながら、これを成し遂げるには、神がかり的なバランスとタイミングが要求される。

 大きな砲弾を撃つためには、頑強な土台が必要なように、大きな衝撃を拳に乗せるためには、安定した足腰が必要である。ゆえに、攻撃する瞬間は足を地面に着けなければならない。

 しかし、相手の攻撃を受ける瞬間、地面に足がついていると、その衝撃が地面に逃げてしまう恐れがある。摩擦を最大限減らすため、極力地面から足を離して受ける必要がある。

 これらの矛盾の解決策はひとつ。相手の攻撃を受ける瞬間は非接地状態を保ち、直後に足を接地し、迎撃するのである。

 足を地面から離すタイミングが少しでも早くても遅くてもいけない。ほんの数ミリほどの空間を残して、地面の上をすべりながら回転し、拳を突き出す瞬間に足を踏みしめるのである。

 並の人間では、会得するのも至難の技。しかし、その効果は絶大。

 支点から作用点までの距離が、支点から力点までの距離より長い分、相手が繰り出した衝撃より、さらに大きな衝撃を利用して迎撃できる。結果、倍以上の衝撃を伴ったカウンターが可能となるのだ。

 あまりの威力に、実践で使用することも禁止されていた技を、人体の三大急所ともいわれる鳩尾に向かってデカチョーは放った。

 その拳にはわずかな迷いもない。一直線に、螺旋を描いて激突する。

 はずだった。


「…………!」


 左足を前に踏み込んだ時点で、彼女は見た。



 ラカスの視線が、しっかりと彼女の左拳へと向けられていた。



 この技は攻撃直後の隙をつく技である。ゆえに、技が発動した以上、回避や防御は不可能に近い。最初から攻撃を予測していなければ回避できない。

 彼は彼女の構えから、本能的にその左拳を推測していた。分かった上で、彼はあえて攻撃に出たのだ。

 そして、ラカスはその左拳を見て、繰り出されるのを見て、背中を大きく逸らした。先ほどの攻撃は、後で回避できるよう、体重を完全に拳には乗せず、あえて手加減して放ったのだ。

 このままでは、左拳は彼の胸の上を、顔の上を通って、避けられてしまう。

 その後、無防備になるのはデカチョー。回避・防御不能のまま、今度こそとどめをさされてしまう。

 絶望的な未来予想図。数十秒分の一のわずかな時間が、ゆっくりと、永遠のように流れる錯覚を覚えながら、

 彼女は想う。


(くそ! せめてあと少し、もう少し、体が大きければ)


 みっともない言い訳になるかもしれない。体格で劣ることが、決して弱いことと同義でないことを、教えられてきた。

 しかし、それでも声を大にして叫びたかった。

 あと少し。もう少し腕が長ければ、確実にその左拳は直撃している。


(アタシが……大人だったら……!)


 左肘が伸びきる直前。ラカスがスウェーバックを始める中、彼女はそんな夢めいたことを強く願っていた。


(……ちくしょお!)


 回避されることが分かっていながらも、その拳は止まらない。

 止まらない拳が、むなしく空を切ろうとしている。

 そして、左肘が伸びきった。

 その左拳は、



 ラカスの鳩尾に深く突き刺さっていた。



「……………… !?」


 今までポーカーフェイスを気取っていたラカスも、このときばかりは目を剥けて驚くしかなかった。

 無理もなかった。

 タイミング。時間。角度。それら全てを考慮して、彼女の左拳が彼に当たることは不可能だった。にもかかわらず、それは彼の急所に深々と減り込んでいる。

 なぜならば、



 武町愛誠。デカチョーが、身長190センチの大人になったからだ。



「………!?」


 攻撃が直撃した事実に何よりも驚いたのは、彼女自身だった。

 身長が高くなることで腕も同様に伸び、拳から鳩尾までの十センチほどの距離を、一瞬にしてゼロにしたのだ。

 否。伸びるというその過程すらなかった。

 まるで特撮ヒーローの変身のように、彼女の身体が一瞬光り輝いて、身長190センチという女性にあるまじき体格をした武町愛誠が、そこに現れたのだ。

 胸が膨らみ、顔も大人つきを増した。服の袖が手足に対して短く、ピチピチに張っていた。さらに、髪が背中に届くほど長くなり、光を反射しながら、風になびいている。

 しかしこのとき、まだ彼女は自分が大人になったことを自覚できないまま、拳が直撃したことにただ驚いていた。


「お、おお………!」


 何が起こったのか分からずうろたえるデカチョー。

 しかし、この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 耀纏拳が直撃して、ラカスが後方へ吹き飛ばされる。虚をつかれた上、急所にまともな一撃をくらった彼は、一瞬ひるんで、身体の動きを止まらせた。

 それを彼女は見逃さない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 雄たけびを上げて、彼女の流れるような攻撃が始まる。

 下段、中段に二連続で、回転蹴りを放つ。さらに回転しながら顎に跳び膝蹴りを放ち、後方へ身体がゆらいだところで踵落とし。右足踵が左肩に減り込む。

 そして、残った左足を乗せて、両足で頭を挟む。

 そのまま勢い良く、上半身を地面にむけて反らせ、落ちる速度を利用して、180センチのラカスの身体を、まるで栓抜きのように地面から離した。

 両手を地面につけて、なお両足でラカスを挟んだまま、後方宙返りをするような形で真上へ。ラカスの身体が彼女を中心に弧を描いた。

 そして、


「はああああ!!」


 ドォォン!


 気負う彼女の声が響くと同時。大きな音を立てて、ラカスの身体が地面に激突した。

 デカチョーは両足を離し、跳ね上がるように立ち上がる。

 体格だけでなく、筋力も大幅に増えたらしく、それがこのような大技の連携を実現させていた。


「……はぁ……はぁ……」


 デカチョーはひざに手をついて息切れ。そして、チラリと地面に倒れるラカスを見る。

 倒れたままピクリとも動かない。


(……もしかして……死んだ?)


 常人ならば、死んでもおかしくない攻撃だった。無我夢中で放った技ゆえに、手加減ができなかったのである。

 ひどく心配になってきたデカチョーが、顔をのぞきこもうとする。

 それと同時。

 ラカスが両手を地面につけて、ムクリと起き上がった。

 そして立ち上がり、彼女と面向かう。


 その彼の様子に、ダメージの痕跡は見られなかった。


「……………!!」


 目を剥けるデカチョー。

 ラカスは、まるで日常で見られるようなスムーズな動きで立ち上がった。頭から血を流しているものの、やはり彼は無表情で、少しも痛くないような印象だった。

 筋力。技。スピード。天性の勘。それだけでない。

 彼には化物じみた頑丈さがあった。

 彼女は絶句する。正真正銘。全身全霊をかけた攻撃だった。それが彼には通じなかった。

 心身ともにボロボロの状態で、それでも彼女は身構えた。

 身構えるしかなかった。

 目の前の男に恐怖すら感じて、彼女は空手の構えをとることしか抵抗する手段を知らなかった。

 一発でも攻撃をくらえば終わり。押せば倒せるほどに、彼女の身体は限界だった。

 その様子をラカスはじっと見る。

 そして、


 静かに微笑んだ。


 出会ってから初めて、その顔に人間らしい表情を浮かべた。

 デカチョーが度肝を抜かれる。

 そして、敵意をむきだしにしているデカチョーをみかねてか


「案ずるな。ヌシらの敵に肩入れすることはしない」


 そう言った。

 デカチョーは耳を疑った。


「? ……アタシ達を、裏切ったんじゃないのか?」

「この戦。我には関係なき事。ただ、ヌシの力量を測りたいがために拳を交えた。……ヌシはここで潰えるには惜しい」


 と言った。その直後である。

 デカチョーの視界が、拳でふさがれた。

 それはラカスの拳だった。

 身長の高い彼女に合わせるように肘を高くあげて、彼女の眼前で拳を寸止めしていた。その拳圧で、彼女の長い髪が後ろへとなびいた。


「…………っ!!」


 過程がまるで見えなかった。

 超人的なスピードと、それを制御する能力。

 それは、今までの戦いは、まるで本気でなかったことを証明していた。

 身じろぎすらできないデカチョーを見て、拳を収めると、彼女の横を通り過ぎる。そして数歩進んで、振り返った。デカチョーも振り返り、視線を合わせる。

 再びラカスが微笑んだ。

 糸目をわずかに広げて、鋭い眼光を見せて言い放つ。


「我が真の名はトウ。いずれまた、逢いまみえよう」


 声の余韻を残したまま、今度こそ彼は去っていった。

 悠然と、城とは逆方向―――砂漠の方へ、去っていく。

 彼が視界から姿から消えてから、彼女は思う。

 最後の寸止めは、次に逢うまで精進していろというメッセージなのではと。

 しかし、彼のそういう行いや、そういった性格や風貌も含めて


「………変な奴……」


 と、思った。



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