其の五 デコ登場
「なんやこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ !?」
ナニワが絶叫する。
目の前に広がる広大な草原。空家の一部であるはず無いことは確か。
思わず背後を振りかえって、二度驚愕する。
そこには二メートル超えの芝草どころか、五メートル超の、巨人のような草が追い茂るジャングルがあった。一気に自分が小人になった感覚におちいる。
太陽光線がギンギンと真上から降り注ぐ。ひどく蒸し暑く、じっとしているだけで汗が滝のように流れた。
ここは、とある熱帯地域のジャングルであることをかろうじて理解する。
ナニワの半混乱状態にかかわらず、ジュウは両手を腰に当てて言う。
「よし、これからする事を説明するぞ」
「いや待て待て待てい! その前に説明することが山ほどあるやろ !!」
と、ナニワが激しいツッコミを入れる。
「いや、…はぁ…はぁ…俺が待て。落ち着け。落ち着くんや俺………」
ナニワは胸に手を当て、深呼吸する。
「まず、第一の質問」
人差し指を立ててナニワが訊いた。
「ここはどこや?」
「ジャングル。あと草原」
「そういうこと聞いとんのちゃうわ!」
再び興奮し、ナニワが大声でがなりたてる。
「まあ、別にどうでもいいじゃねえか。それより、連いてきてくれよ!」
と言うと、彼はジャングルに沿って歩き始めた。
「ちょ……待てや! ジュウ!」
どこまでもマイペースな少年に、ナニワはただ訳も分からず、ついていくしかなかった。
※
それにしても、暑かった。
歩き始めて数分。体験したことのないほどの蒸し暑さに、ナニワはお気に入りのパーカーを脱ぎ、バックにしまっていた。中のシャツもぬいで、長袖1枚。腕まくりをしている。それでも汗は止まらない。
このうだるような暑さも、ただよう草木の匂いも、夢にしてはリアルすぎる。現実に起こっていることを認めざるを得なかった
半分へばっているナニワに対し、目の前で歩くジュウはいたって元気だった。
もとから半そでということもあるが、それでも元気すぎる足取りだ。鼻歌まで歌っていて、上機嫌な様子。ナニワの疑問にも耳を傾けなかった。
思わず、ナニワは深いため息をつく。
そこで、ふと草原の向こう側を見て
「!……なんやあれ……?」
何か、異常なものがあることに気づいた。
暑さでゆがんだ空気の遥か彼方。天まで届くような一直線の黒い線が見えた。見上げても、その頂点が分からないほどの高さだった。
「なんや? あのバカでかいもん……おいジュウ! ええ加減説明せえよ!」
いよいよナニワはしびれを切らす。しかし
「お! あったあった!」
ジュウの耳には何も入らない。足元に何かを発見して、嬉しそうな声をあげて立ち止る。
そこには大きな矢印が刻まれていた。
「前来た時に目印に作っといたんだ。この先を進むと、目的地につくから」
ジュウの腰ベルトを見ると、ナイフカバーにナイフが収まっていた。
果物ナイフなんて優しいものではない。立派なサバイバルナイフだった。
(……いよいよ本格的になってきよった。どこで手にいれたんや?)
と、少し疑問に思うナニワ。
ジュウがジャングルの中へ入る。その道には、入り口にあった長い草は生えておらず、代わりに無数のコケがあちこちに群生していた。左右に、胴体周りほどの細長い樹が並んでいる。
奇妙な感覚がナニワを襲っていた。
それはまんなか山に入った直後の感覚と似ていた。
見たことも聞いたこともないような植物。おどろしい独特の雰囲気。とても地球上のものとは思えないモノが次々と視界に飛び込んでくる。アマゾンのジャングルでないと断定できるほどの違和感があった。
そこでようやく、ナニワは気づくことができた。
直感した。
ここは地球上のどこでもない------『異世界』であるということを。
「ナニワには、あるアイテムをゲットするために手伝って欲しいことがあるんだ!」
興奮も静まり余裕が出たのか。ジュウは歩きながら、やっと今回の目的を話し始めた。
「アイテム……?」
「そうだ! それもスゲェやつだ!」
今いる場所がどこかも分からず、『異世界』であることを認識して大きな不安に襲われていたナニワ。そんな気持ちも露知らず、ジュウが満面の笑みを向ける。
「その……危険はないんやろな? 昨日みたいなバケモノみたいなのとか、でぇへんよな?」
目的云々より、危険性の方がナニワにとって重要だった。昨日のような経験は二度としたくない。
おそるおそる尋ねてみる。
するとジュウは
「ナハハ! だいじょーぶ! ゾンビだろうが巨人だろうが、恐竜が出ようが、オレがぶっとばしてやるからよ!」
笑い飛ばすように、言い放った。
具体例を含めながら。
「な、なに言ってんねん………そんなもん、いるわけないやろ」
ナニワは空笑いを返すが、
「いや? いるぞ。こことは違う、別のところにな」
「……………は?」
耳を疑った。
「実は、ここの他にも、いろんなところに通じる入口が街中にあってな。いくつか見つけて入ったことあんだけどよ。そりゃあ、いろんなおもしれえヤツラと会ったぞ!」
「……………!!」
懐かしそうに言うジュウ。
ナニワの顔がみるみるうちに青ざめる。
ここだけでない、他の異世界に通じる道が、街中に存在するということ。その事実に驚愕するよりもまず、何よりもまず、ナニワは身の危険に恐怖した。
「この世界は一週間くらい前に見つけてな。そのアイテムの場所もだいたい見当ついてるんだ。さっそく行くぞ !!」
「行くかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ !!」
ジュウの意気込みもなんとやら。ナニワが怒鳴り散らした。
「巨人とか恐竜とか! ありえへんやろ! 絶対死ぬわ! ちゅうかなんでおまえは生きとんのや! そもそもなんやそのアイテムって! 命の危険冒してまで欲しいものなんか !?」
顔を真っ赤に、怒りマークを額に浮べてまくしたてるナニワ。
その問に対し、ジュウは
「別に? 欲しくねぇよ」
あっけなく、即答だった。
一瞬、呆気にとられるナニワ。そしてにこやかな笑顔で、
「俺はアイテムをゲットするまでの冒険を楽しみたいだけだ!」
ジュウはそう言い放った。
その一言で、ナニワの中の荒れ狂うような感情の波が、一気に穏やかになる。
(……そうや、こういうやつやった。根っからの冒険バカや)
いわゆるトレジャーハンティング。確かに、冒険にはもってこいのイベントである。
ただし、ジュウは『アイテムゲット』が目的ではなく、目的を求める過程が目的というだけだった。
アイテムはただのついで。
ナニワは激しい怒号の代わりに、深いため息をついた。
「でも、ホントすげぇアイテムなんぜ。実は似たようなものをすでに持ってるんだけど------」
とジュウが言ったところで、
ナニワの足になにかが引っかかった。
それは細長い蔓だった。
地面スレスレの所に、右から左へピンと張られていた。ナニワがそれを確認しようと足元を見る。
その時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
地鳴りのような音が左の森の奥から聞こえてきた。
それは徐々に近づいてくる。
「……ヤな予感がするんやけど」
と、ナニワが首だけ左に向けて苦笑い。続いて、木々がなぎ倒されているようなバキバキといった音が聞こえてきた。
次の瞬間。
直径3メートルはあろうかという巨大な岩が、転がりながら彼らに迫ってきた。
「ベタすぎやろコレエエエエエェェェ !!」
「ナハハハハッ!」
ナニワは引きつり顔。ジュウは相変わらずの楽しそうな笑顔で、反対側の森の中へ逃げ込んだ。
しかし大岩は、細い木々をまるでマッチ棒を折るかのように、次々となぎ倒してゆく。
しかも運の悪い事に、その先は下り坂だった。
「また坂ああああぁ!?」
ナニワの脳裏に、昨日の化け物との死闘が浮かび上がる。
二人は坂を猛スピードで駆け下る。今から右や左に逃げようとすれば失速し、岩に巻き込まれるだろう。まっすぐ坂を下るしかない。
二人は重力に身を任せ、全速力で足を動かした。
その時だった。
駆け下り始めてすぐに、10メートル前方の木陰から、ある少女が姿を現した。
青と白のストライプ模様のひも付きチューブトップとショートパンツ。へそ出しルックス。その小さな体に見合った小型のリュックサックを背負っている。ジュウ達とさほど変わらない歳に見えた。
駆け巡る視界の中。その少女と目が合う。
そこで
「おっ。デコ!」
ジュウが街角でばったり会ったかのように、その少女を呼んだ。
しかし
「 !? きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ !!」
デコと呼ばれた少女は迫る岩を見て仰天。背中を向け、二人と同じように全速力で逃げた。
「なんてもん引き連れてんのよぉ! バカガキ!」
「ナハハハッ! 久しぶりだなぁ。半年ぶりか?」
「ノンキしてる場合かあ!!」
一緒に横並びで走りながら、ジュウはけらけら笑いとばす。
(こいつに危機感というものはあるんやろか……)
と無駄なことを考えてしまったためか。
「……っ!!」
ナニワに襲う、一瞬の浮遊感。
坂に群生するコケに足を滑らせてしまったのだ。
「うわぁぁぁぁ !!」
重力に逆らえるはずもなく、坂をゴロゴロと転げ落ちるナニワ。体が激しく地面にたたきつけられる。
やがて、土から突き出た大岩に激突した。
その最中も、大岩はなお勢いを増し、どんどん近づいてくる。ナニワは意識はあるものの、麻痺があるのか動けないでいた。
このままでは直撃。ぶつかったら大けがでは済まされない。
「やべぇ! ナニワァ!」
ジュウが楽しそうな表情から一変。緊迫した表情で叫ぶ。
「なにあの子 !?……とにかくこのままじゃまずいわ!」
そう言うと、少女は腰ベルトに手を伸ばした。
そこには、拳銃ホルダーのような革ベルトが備えられ、屋台の景品にありそうな、プラスチック製のY字パチンコが固定されていた。
少女は素早くそれを引き抜くと、空高く放りあげる。
直後、ジュウと彼女は横道へと逸れて巨大岩を回避する。
しかし、彼女だけはなぜか、左手だけをその岩の進行上に残したままだった。
バチン!と音を立てて手が弾かれる。
彼女は、苦痛に顔をしかめながら
「岩・キャノン!!」
と叫んだ。
その直後、ナニワは自分の目を疑った。
空中のパチンコがみるみるうちに大きくなり、全長10メートル程へ巨大化したのだ。
「!! !? なっ……!?」
仰天。ナニワの視線が迫りくる岩玉からパチンコに切り替わった。
そのパチンコは逆Y字姿勢で坂の上にドシンと音を立てて着地。パチンコが地面に突き刺さると同時に、ゴムの部分中腹に岩がぶつかった。
ゴムが、岩の突進力により引き延ばされ、岩は徐々に減速。
しかし、勢い余ってパチンコが地面から抜けかける。
「バカガキぃ!」
「分かった!」
二人は目も合わせずに掛け声で意思をくみ取る。それぞれ一直線に、地面に突き刺さったパチンコ根元の方へ走った。
パチンコが倒れかける次の瞬間、二人が根元に到達。体ごと突進してそれを防いだのだ。
この時、ナニワと岩の距離、わずか1メートル。岩に寄りかかってへたれこんでいるナニワに向かって、減速しているものの、いまだパチンコのゴムを引っ張りつつ、岩の直進は止まらない。
ナニワの鼓動が波打つ。心臓が口から飛び出そうだった。
そして、ゴムが最大限まで伸びきったその時。
岩は、ナニワの鼻先数十センチの所で、ピタリと停止した。
ナニワがほっと息をつく。
しかし、次の瞬間。さらに信じられない現象が起きた。
岩の形が一瞬でゆがみほぼ真球に変形したのである。
「………!! !?」
次々と起こる怪奇現象に、ナニワの頭はついてゆけず、なお状況は進行する。
直後。ゴムの反動により、ビー玉のようにまん丸になった岩が、なぎ倒した木々に沿って遥か上空まで飛ばされたのだ。
現実を呑み込めないナニワはただ、ポカンと口を開けるしかなかった。