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KIDS! ~小学生達の道草異世界冒険譚~  作者: あぎょう
クエスト2 デカチョーの冒険
58/196

其の二十五 投了

 どのくらい時間が経ったのか。イャンクッドはすでにわからなくなっていた。

 体中が鮮血に染まり、立っているのがやっとの状態だった。

 足元はふらつき、目も虚ろである。


 《身を捻って、かろうじて急所を避けているようですね。敵ながら天晴れといいたいところですが……そろそろ飽きてきました。王手を掛けましょう》


 抑揚なく、木戸は言い放つ。

 『鏡』の向こうで、木戸が銃口を向けた。そのとき。


「……お前は……お前達は、平気なんスか?」


 小さく、今にも消え入りそうな声でイャンクッドが言う。


 《平気? なんのことです?》

「……自分たちの勝手な目的のために……力の無い者を傷つけて、心は、痛まないんスか……? セイギさんのような良心は、おまえらにはないんスか……!」


 少年時代をいれて、およそ二十年。正義の化身ともいえる存在、『セイギ』のそばに寄り添い、働いてきた。

 彼は常に優しく、争いをなにより嫌う人だった。この戦争も、心の底では望んでいないはずだ。

 そんな彼と比較して、城を占拠した三人はどうだろうか?

 正義のような良心は、わずかでもないのだろうか?

 同じ世界からやってきた住人ゆえに、そんな疑問が生まれ、思わず口に出た質問だった。

 しかし


 《別に。考えたことないですね》


 冷徹に。木戸は言い放つ。


 《むしろ彼の行動こそ、私にとっては理解できませんよ。せっかく私たちが帰る方法を示してあげたのに断るとは、馬鹿な男ですよ。いくら20年もの付き合いがあったとしても、相手は所詮幻想で、虚構にすぎないのに。滑稽に他ならない》

「……………」


 イャンクッドは、口を閉ざす。


 《フフフ……そういえば、あの老人。あなた方でいう元王様ですか? 彼も、滑稽でしたね。魔神が王様を殺そうとした時でした。彼はこう言ったんですよ。『わしはどうなってもいい。財宝も好きなだけくれてやる。しかし、王妃や国民の皆には、手を出さないでくれ』ってね。稲原さんは『いいヨ』といって、王様を殺しました。まあその直後に、王妃さんを殺しちゃうんですけどね》

「……………っ!!」

 《そのときのその女の顔といい、王様の使い古されたような庇いたてといったら、滑稽以外のなにものでもありませんでしたよ。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!》


 その笑い声から、彼の狂った表情が読み取れる。

 イャンクッドは

 拳を固く握り締めた。


「……よぉく分かったッス……」


 低く言い放ち、槍を前に構える。

 鬼気迫る怒りの表情をして


「おまえらが救いようの無い、腐れ外道だってことが !!」


 血を吐きながら叫び、激昂した。

 正義はイャンクッドにとって親友であり、信頼できる上司であり、かけがえのない仲間だった。

 今は亡き王。国王とその王妃は、常に国を想い、偉ぶることは決してなく、国民と同じ目線で未来を見続けていた、良き指導者だった。彼はもちろん、全国民が彼を慕い、敬った。

 そんな彼らを冒涜した。

 イャンクッドの怒りは、頂点に達していた。


 《……言いたいことは、それだけですか? 吼えたところで、今のあなたは何もできませんよ。いい加減、死んでください》


 再び、銃口が彼に向けられた。

 引き金が引かれる。その瞬間だった。

 イャンクッドは懐にすばやく手を入れると、あるものを取り出した。

 どこにでもあるような、変哲のない石。

 それを握りつぶした。

 直後、その手元から大量の砂が噴出した。

 まるで圧縮されたガスが一気に噴出するように、砂波(モゥシャ)のごとく、大量の砂がその手に持っていた石から、放射状に広がるように噴出したのである。


 《!! それは………… !!》


 木戸はそれを知っていた。

『サィキハの実』を知っていたように、彼はこの世界に住む珍獣や植物、歴史に至るまで記憶していた。それは、一年という長い歳月の間行っていた暇つぶしという面もあったが、いつか来るかもしれない戦いにそなえて、知識を蓄えていたのである。

 イャンクッドが持っていたものも、頭の中に記憶している。

 砂石(ハヂラ)

 それは石のようであって、石ではない。角ばった形をしているものの、その正体は、およそ10000リットルもの砂が、掌サイズに押し固められたものである。表面から刺激を与えれば、内部に溜った大量の砂が放出するようになっている。砂漠の至る所で発見されており、砂波(モゥシャ)の現象と関連性があると考えられている。

 かくして、イャンクッドが砂石を握り潰し、大量の砂が噴出した結果。

 『鏡』の映像は一面、砂で覆われた。

 イャンクッドは全ての砂が放出されきるのを待たずして、砂石(ハヂラ)を空高く放り投げると、槍の中心をもって高くかがけた。

 肩から血を流しながら、彼はそれを高速で回し始める。


「うおおおおおおああああああああああああ!!」


 手元を中心に、槍が凄まじい速さで回転し、周囲に猛烈な風が巻き起こる。噴出された砂がそれに従って、彼を中心に回り始めた。

 巨大な塵旋風が、庭園中に発生した。



「……なるほど、考えましたね」


 木戸は思わず微笑む。

 彼の目の前では、【明鏡止水】(はねみず)に映し出されていた十数個もの『鏡』が、次々に消え始めていた。

 砂とは、土が乾燥して粒子になったものである。それは当然、液体を吸いあげる性質がある。特に、この世界の砂はそれが顕著であり、数々の現人(レウディス)達がそれに苦しまされていた。

 今、イャンクッドは、塵旋風を巻き起こすことで周囲の壁に張られた液体-----『鏡』を吸い上げ、またはその風により乾燥させて、消滅させているのである。

 元々、イャンクッドはこの方法で、乾燥に弱い現人(レウディス)を倒すつもりだった。そのために、砂石(ハヂラ)をいくつか持参していたのである。

 やがて、盆の上に、網の目状に映る数々の『鏡』の映像が消えてゆき、ついに中央噴水の『鏡』を残すのみとなった。噴水は常に流動しているため、さすがに乾燥させることはできない。


「いわゆる、飛車・角落ちというところですか……面白い。やはりこうでなくては」


 状況は振り出しに戻った。しかし、木戸は決して落胆することはなかった。

 逆に、思わぬ玩具の反撃に、心が躍った。

 それに、すでに相手は瀕死状態。ここからの逆転は考えにくい。すでに彼の中で、勝利のビジョンが見えていた。


(彼の体力はすでに限界。いつまでも槍を振り回し続けられるわけがありません。塵旋風が弱まって視界が開けたら、すかさず彼を見つけ、引き金を引けばいい。もし避けられたとしても、再度『鏡』を増やしてスキを窺うだけです)

「……あとは『詰み』に入るだけです」


 木戸はぼそりと呟く。

 やがて、塵旋風が弱まり、ゴウゴウといった風の音が小さくなっていくのを感じた。わずかながらも、砂の向こうの風景が見え始めた。

 そこで、木戸が【明鏡止水(はねみず)】の画面に人差し指で触れて左へと動かし、全方位の状況を確かめる。

 そして、イャンクッドを発見した。

 噴水から二メートル程の位置。噴水に対し背中を向けた状態で、腰を下ろしてうずくまっていた。

 木戸はニヤリと笑い、【水遊戯(ブルーフール)】を構えた。


「これで詰みです!」


 引き金に指をかける。

 しかし、その直後。


「…………!?」


 引く寸前のところで動きを止めた。

 何かに気付き、画面をじっと見つめる。

 画面は半分以上が砂で隠れている状態である。その状態で、木戸はある違和感を感じた。

 背中を向けたイャンクッド。その背中に、噴水に面を向けるように、等身大のガラスが立てかけられているのだ。

 それは、二階に設置された、庭園を鑑賞するためのガラスだった。

 塵旋風で視界ゼロの中、彼は記憶を頼りにガラスの真下へ移動すると、最後の力をふりしぼって跳躍し、ガラスの枠部分を斬りぬいたのだ。そして、わざと噴水から見える位置へと移動してから、それを背中に立てかけたのである。

 もちろん、それを行ったのには、理由がある。

 木戸に打ち勝つ方法。それは、『鏡』を通じて攻撃する他ないと、イャンクッドは考えた。

 それは、今にも発砲しそうな銃口に、指を突っ込むのと同様の意味を持った。

 そこで選択できる最善の方法とは、『鏡』から弾が飛び出る次の瞬間に、そこにめがけて攻撃をしかけることである。

 つまり、ガラスで一度攻撃を受けとめ、その反射音をきっかけとして、直後に噴水の『鏡』に攻撃をしかけるという作戦である。

 塵旋風を起こしたのは『鏡』を少なくするためのみならず、『鏡』を噴水ひとつに限定し、さらに視界をゼロにして、ガラスを見えにくくするのがねらいだったのだ。噴水の近くに移動したのは、すぐに反撃しやすくするためである。

 また、【水遊戯(ブルーフール)】は超高速の水を打ち出すが、もとはただの水鉄砲。一回の補充に対し打ち出せる弾は3、4発が限界だった。イャンクッドは何回か攻撃を受けて、それを把握していた。

 一度受け止めれば残りは2、3発。多少のリスクはあるものの、面向かって立ち向かう価値はある。

 しかし、


「なるほどなるほど……フフフ。やってくれますね」


 木戸は不敵に笑う。


「しかし……それも想定済みでした(・・・・・・・・・・)


 その策や、全ての目論見を、木戸尭は想定していた。

 等身大のガラスがそこにあったのは把握していたし、視界をゼロにすれば、そのような策を講じてくることを想定していたのだ。

 想定していたがゆえに、砂で見えにくい視界の中、ガラスを認識することができた。


(想定はしていましたが……さて。どうしましょうか)


 木戸は顎に手を添え、今一度考える。

 まず最初に、他の『鏡』を作り、ガラスに当たらない角度から攻撃をしかけるという対策を考えた。

 しかし、塵旋風が収まらない現在。新しく鏡を作ってもすぐに乾燥してしまうことが考えられる。それに、弾を打ち出して、新たな『鏡』を作り、その『鏡』へ画面を変換するのに、致命的なタイムラグが生じてしまう。新たな『鏡』から攻撃しても避けられるのは目に見えていた。

 イャンクッドの体力が尽きるまでの持久戦という手もあるが、彼にとって、今はすでに『詰み』に入っている状態。それをだらだらと長引かせるのは、彼のポリシーに反することだった。長引くほどどんなアクシデントが起こるとも限らない。

 『遊び』は楽しく短めに。これが彼のモットーだ。

 今すぐに終わらせるためには、近距離から急所への狙撃をすることが確実である。

 そう考え至った矢先である


「……?」


 木戸は、【明鏡止水(はねみず)】に新たな『鏡』が現れたことに気付いた。能力範囲内の『鏡』は、全て自動的に現れる仕組みになっているので、その点については驚かない。

 問題は、その『鏡』が真っ赤に染まっていることだ。


「……なんでしょう……?」


 顔を近づけてよく覗き込む。

 そこに、イャンクッドの顔がアップで映っていた。

 黒い影のようで見えにくいが、それは確かにイャンクッドだった。同時、木戸はその赤い液体の正体に気付いた。


 イャンクッドの血である。


 身体に負荷をかけた反動からか、膨大な量の出血を起こし、床に血溜りを作っていたのだ。それが、『鏡』として反応したのである。

 イャンクッド自身の身体で覆いかぶさっているためか、血溜りは砂や風から避けられ、乾燥を免れていた。


「……ふ、ふふふふ、ハハハハハハハハハハハ!」


 思わず、木戸は高笑いをあげる。


「まぬけな者だ! 自ら『鏡』を作るとは! 『金』を相手に差し出すような愚かな行為ですよ!」


 蔑むような目で、血の『鏡』の中のイャンクッドを見る。


「そもそも、ガラスをもってくる余裕があれば、そのまま二階へ逃げて『投了』すればよかったものを。勝負にこだわるから、馬鹿みたいに命を落とすことになるのです!」


 木戸はすでに勝利を確信していた。血溜りの発見と同時、新たな策を思いついたからだ。

 木戸は指を血溜りの『鏡』にではなく、噴水の『鏡』の方へと触れて、画面を切り替え、【水遊戯(ブルーフール)】を構えた。

 血溜りから弾を撃ち出すのは容易である。直撃は確実だろう。

 しかし、その直後、刺し違える覚悟で血溜りから反撃される可能性もある。あまりに近距離であるがゆえに、リスクも高いのだ。

 ゆえに、木戸は囮を考えた。

 まず、噴水の『鏡』からわざとガラスに弾を撃ちだす。そして、ガラスに直撃して、相手が反撃のため翻る間に、血溜りの『鏡』に素早く変換し、そこから二発目の弾を撃ちだす。  

 一発目を囮に使うのだ。

 これにより、イャンクッドにとっては予想のつかない方向―――真下から、確実にとどめをさすことができる。

 反撃のために立ち上がることで、心臓や頭を狙うことは難しいが、直撃は確実。現在のダメージから、あと一発でも当てれば殺せるだろうと考えた。

 要求されるのは、画面を変換するための素早い指さばきだけだ。


「さしずめ、この感覚は、時間切れ待ち残り3秒……というところですか。……フフフ。最期まで楽しませてくれます」


 そう呟いて、銃口を『鏡』の向こうのガラスへ向けて、引き金に指を掛ける。


「これが捨て駒!」


 弾が発射された。それがガラスに直撃するや否や。木戸はすぐにその画面を閉じ、左半分の、血溜りの『鏡』の方へ手を伸ばした。

 そして


「そしてこれが……王手です!」


 血溜りの画面へ変換。拡大し、空間がつながった。

 すばやく、とどめとなる二発目の凶弾を放つべく、銃を構える木戸。

 しかし、その【水遊戯(ブルーフール)】の弾丸は、イャンクッドに直撃することはなかった。

 なぜならば、



 空間がつながると同時。イャンクッドの槍が、彼めがけて襲い掛かってきたからである。



 「 !?……な、あ、があああああああああああああああ!?」


 絶叫。木戸は思わず、【水遊戯(ブルーフール)】を落とし、しりもちをついた。槍は木戸の右腕を大きく裂いて、肩に深く突き刺さった。

 すぐに肩から槍は外れたものの、血がドクドクと出て止まらない。

 何が起こったのか分からなかった。

 ただ確実なことは、イャンクッドが血溜りの空間を通って、反撃してきたということだ。

 木戸は左手で出血を抑えながら、ただ混乱していた。



「……説明するッスか? 公正を期すために(・・・・・・・・)


 イャンクッドが【明鏡止水(はねみず)】を通じて、話しかける。その声は弱弱しいものの、どこか確信もった声だった。

 勝利を確信していた。


「一言言えば、十分ッスよね?……囮を先に仕掛けたのは、ジブンの方ッス」


 その一言で。

 イャンクッドが言うとおり、その一言で、木戸は全てを理解した。


 《……まさか、あなた………… !?》

 【明鏡止水(はねみず)】から離れ、壁に背を預けた状態。目を剥けて、信じられないといったように言う。

 つまり、イャンクッドは彼の策の、さらに上をついたのだ。

 砂漠の戦士。イャンクッド。

 怒りに血が昇る反面、頭の中は自分でも驚くほど冷静だった。

 確実に木戸を倒す方法。それは、『鏡』を通じて攻撃する上、他の『鏡』から移り変わった直後のタイミングを狙う他ないと彼は考えた。

 そこで、イャンクッドは、まず『鏡』を2つにする。

 それが『噴水』と『血溜り』である。

 ガラスを背中に立てかけておけば、木戸はわざとガラスに一発当てて、血だまりの『鏡』を選択して、確実な攻撃を狙うだろうことを予測した。

 その策を、逆手に取った。

 イャンクッドは、ガラスに弾が当たる音をタイミングとして、血溜まりの中に攻撃を仕掛けた。元々身構えていたことから、木戸よりもはるかに速く、攻撃を仕掛けることに成功したのである。

 そして、その血溜りを作った方法とは   


 《ば……ばかな。そんなの……ありえない……》


 木戸は声を震わせて、恐れおののく。

 【明鏡止水(はねみず)】を覗かなくとも、理解した。



 イャンクッドの右手首は、槍でもって深くえぐられていた。



 動脈は切断されて、手首は半分繋がった状態。未だドクドクと血を流し続けている。

 イャンクッドはわざと、血溜まりを作ったのだ。


 《そ、そんなこと……! し、死んでもおかしくないぞ !?》

「もとより……覚悟の上ッス!」


 弱弱しく。しかし、強く。言い放つ。

 顔は真っ青。体中が痙攣を起こし、すでに目も見えづらくなっている。立ち上がることさえ不可能な状態で、しかし瞳だけは真っ直ぐ。強い意志を宿していた。

 正義は出発前に、皆に「死ぬな」と言った。

 その時初めて、イャンクッドは正義の命令に、従う気になれなかった。

 死を覚悟しなければ、勝てない。

 これはそういう戦争だ。

 イャンクッドは強く想う。



「……くっそ。ふざけやがって……!! この私が……玩具ごときに………!」


 壁際で、ブツブツと木戸が呟きながら、立ち上がる。

 落とした【水遊戯】(ブルーフール)を、左手で拾った。


「そうだ……あと一発……あと一発当てさえすれば、殺せるはずだ。か、勝つのは------」


 鬼気迫る形相で、【明鏡止水(はねみず)】へ飛び掛る。


「この私だああああああああああああああああああ!!」


 すでに策も何もなく、本能のまま襲い掛かる。まるで獣のような咆哮をあげる。

 直後。

 【明鏡止水(はねみず)】から腕が飛び出た。

 イャンクッドの左手。その手には、あの石ならざる石が握られていた。

 砂石(ハヂラ)

 10000リットルもの砂が押し固められた固形物。イャンクッドが、現人(レウディス)を倒すためにもってきた兵器。

 それを、握りつぶす。

 直後。砂の洪水がなだれ込んだ。


「が、ふがはぁあ!」


 至近距離から砂の放出を受けた木戸は、壁まで吹き飛ばされ、口や鼻などの呼吸器官に、これでもかというほどの砂を突っ込まれた。

 大量の砂が。砂という砂が、その狭い牢屋の中を埋め尽くしていく。

 やがて、砂は牢屋の天井までを満たしたところで、砂の放出は止まった。

 後には、将棋をするにはうってつけの、静寂だけが残った。



「……っと……!!」


 砂石ハヂラを握りつぶした後。大量の砂が空間を通じて自分に激突する前に、イャンクッドは素早く左手を引き抜き、転がるようにしてその場を離れた。直後、血だまりの『鏡』から、膨大な量の砂が湧き上がる。

 『鏡』から噴き出る砂と、中央噴水から噴き出る水。

 それらが並んで吹き上がる様子を、イャンクッドは眺めながら


「おまえの敗因を、教えてやるッス」


 すでに物言わぬ彼に対して、ニヤリと微笑んで呟く。

 指一本も動かせない状態。体中から止めどなく流れる血が、降り積もる砂に染み込んでいった。


「ジブンの覚悟を、想定できなかったことッスよ」




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