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KIDS! ~小学生達の道草異世界冒険譚~  作者: あぎょう
クエスト2 デカチョーの冒険
53/196

其の二十 床登り

「……ここからは、使えへんか……」


 ムラマハド城。1階の階段下で、ナニワは床に這いつくばりながら見上げる。

 これまで、ナニワは縄跳びを縮ませて進んでいたが、その先は階段の上へと続いていた。

 ナニワは数分前、この階段を下りている。縄跳びが持ち主の足跡に沿って伸びているという推測は確かなようだった。

 これ以上縮ませたところで、目的の場所へは到達できない。やむなく、ナニワは縄跳びをポケットに戻し、床石の継ぎ目に指を入れて進み始めた。

 まるで崖を登るように、ゆっくりではあるが、確実に進んでいく。

 目的の場所。【我侭放題】(エゴスティック)があると言われる、一階中央の位置へ。磁力が働く方向へと進んでいく。

 しかし、磁力はその距離に比例する。近づけば近づくほど、進行速度が遅くなるのは必然だった。

 そしてついに、廊下の中央で完全に動けなくなってしまった。

 街探検で基礎体力を向上させたとはいえ、約20メートルにも及ぶ『床登り』によって、彼の体力はかなり削られていた。


(あかん……指がしびれてきた……)


 指はところどころ切れて血がでていて、ブルブルと震えている。体中あせだくで、息も切れぎれの状態である。

 現在位置は、城の裏玄関の近く。あと数歩進めば、1階全体を見渡せる位置だ。

 磁力は斜め右四十五度の方向から感じる。その先に【我侭放題】(エゴスティック)を見つけることができれば、もう勝利は目前だった。

 しかし、その数歩が果てしなく遠い。


(くっそ……あと、もう少しやのに……!)


 完全膠着状態。磁力に負けて押し戻されるのは時間の問題だった。

 その時である。


「あぁら。大変そうねぇ」


 ひどく冷たく、どす黒い声が後ろから聞こえた。

 ナニワは青ざめる。首だけ後ろを振り返った。



 香川潤美が、迫っていた。



 額から血を流し、ポタポタと床に落としながら、それでも眼は見開いたまま、邪悪な笑みをこぼしている。


「…………!!」


 恐怖と磁力。ナニワは二つの意味で、身動きができないでいた。

 そして、香川はナニワの後ろ。つま先の直前で歩を止めると、


「手伝ってやんよぉ !!」


 激昂して、ナニワのわき腹を思い切り蹴り飛ばした。


「ぐぁはっ !!」


 ナニワの身体に激痛が走り、たまらず床から指が離れる。そのまま、空中へ放り出された。

 その拍子に、ナニワの身体は念願の大広間へと進むことができたが、当然、空中で身動きがとれるはずもない。

 磁力に押されて、ナニワは空中を舞う。通路脇の銅像に身体を打ち付けられ、続いて壁の角。最期に観音扉の裏門に、ドォン!と大きな音を立ててぶつかった。

 扉がギシリと軋む音を立てる。


「あ……か、はぁ…」


 肺の中の空気を全て吐き出されて、声にならないうめき声をあげる。体中のいたるところに痣ができていた。

 足は地についておらず、大の字のまま、扉に張り付いている。完全に身動きの出来ない状態の彼に向かって、香川は悠々と歩を進めていた。

 怒りとも喜びとも表現のつかない。まさしく狂気にせまった表情のまま、ナニワを凝視し続けている。


「よぉくも。ワタシの頭に傷つけてくれたなぁオイ。剥げたらどうすんだコラァ!!」


 獣のように叫び飛ばした後。香川は走り出し、ナニワの手前で跳躍。腹に向かって飛び蹴りをした。

 ハイヒールのかかとが深く、ナニワの腹に食い込んだ。


「あがっ……はっ」


 ナニワの意識が遠くなる。内臓がひっくり返る錯覚を覚えた。

 それを見て、優越感に浸る香川は、なおハイヒールをナニワの腹に食い込ませながら、鋭い視線を浴びせる。


「おら。さっさとおまえの想具(アテラ)出せよ。今なら半殺しで許してやっからよぉ!」


 チンピラのごとくナニワを睨みつける。数時間前に出会った者とは別人のようだった。

 ナニワの想具(アテラ)【臆病な英雄】(ヒーローボーイ)はスウェットポーチの中。腰に手を伸ばせばすぐに取り出せられる。

 やがて


「―――っいない……」


 ナニワはボソリと、小さな声でつぶやいた。


「はぁ? なんだってぇ?」


 いらつくように、香川が聞き返す。

 そして、今度ははっきりと言い放った。


「……おまえには、もったいないシロモノやゆうてんのや!このクソババア!」


 あらんかぎりの勇気を振り絞って、ナニワは叫んだ。

 次の瞬間。香川が顔を真っ赤にして、食い込ませたハイヒールをさらに、ぐりぐりとねじこんだ。


「んだとぉ! このクソガキがぁぁぁぁ!」

「が、ああぁああああ!!」


 香川が激しく激昂し、ナニワの痛々しい叫び声が広場に反響し続ける。

 そして


「……もういいや」


 香川が腰に備えたナイフを取り出した。


「死ねよ。おまえ」


 輝くナイフをちらつかせながら、ひどく冷たく、残酷に言い放った。

 ハイヒールで身動きできない体をさらに押し付けながら、ナイフを逆手に持ち、真上に上げる。

 まさに、絶体絶命。その時。


「…………っ!!」


 ナニワはあらんかぎりの力を振り絞り、右足を蹴り上げた。

 ナニワよりも長い足で押さえつけられた今の状態では、そのキックを香川にぶつけることはできない。

 しかし、それ以外のものを目標にすることはできる。

 彼女の、スカートをめくるくらいのことは。


「なっ……!」


 彼女は思わず、めくられたスカートに意識が移った。

 怒りに我を忘れかけているとはいえ、わずかな羞恥心が彼女の狂気を半減させた。

 その瞬間をナニワは逃さなかった。

 ナニワは背中にあった門のかんぬきを強引に引き抜いた。

 直後。


 ギギゴォン!


 大きな軋み音と石の打ちつけ音が鳴り響くと同時、ナニワに働く磁力も手伝って、裏門が大きく外に開かれた。

 そして、あっという間に、門から遠く離れた所までナニワは飛ばされた。

 磁力を利用した緊急脱出である。

 ナニワは、遠く離れて行く香川を見据えて、ニヤリと笑った。

 後に残されたのは、呆然と立ち尽くす香川のみである。


「……チクショォ! 逃げられたか!」


 血管を浮き彫りに吐き捨てて、ナニワが飛ばされた方向へ睨み続ける香川。

 しかし、次第に荒い息を落ち着かせて、ナイフを腰に戻した。


「……まぁ、ここは、【我侭放題】(エゴスティック)を守れたことでよしとするわ」


 そう呟いて、香川は門を閉めると、自分の部屋へと戻ろうと歩き出す。

 玄関広間の中央通路を歩いて途中で右に曲がる。

 その時だった。

 彼女はある異変に気付く。

 玄関広間の奥。その一点を凝視した。


「!? 何? あれは……?」


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