其の十九 ジュウと魔女
「まさかのスパイとはね。ガキだと思って油断しちゃった」
言いながら、香川は近づいていく
「一体どうやって【我侭放題】(エゴスティック)の能力を無効化したの?」
「? な……なんの話や?」
ナニワは彼女の話の意味が分からず、困惑する。
「……その様子、もしかして、詳しい話とか、聞いてないカンジ? たしかに、それなら『敵意』はないわよね。ま、別にいいけど。追い出すのは、あっという間だし。……ボク。面白い話してあげようか?」
《! や、やめろ!》
正義は次に起こす彼女の行動を予期していた。
彼が最も危惧していることだった。
「うわっ。正義のオヤジ? ちょーナツイじゃん。元気してる~?」
香川は縄跳びを通して、おどけるようにそう言う。
「こんなガキまで利用しちゃって、とんだ悪党じゃん。ま、無駄骨だけどね」
《佐久間くん! 聞いちゃだめだ! 耳をふさげ!》
声を荒げて言うが、ナニワがそれに反応する前に、香川は口を開いた。
「実はね。ワタシたち、この城のっとっちゃってんの。王様とお姫様を、殺してね」
「………え?」
一瞬。何を言っているのか分からなかった。
「そんで、ここの人達使って、外の領域まで想具探しさせてるの。まぁ、まだ戻ってきたやついないんダケド。女や子供ばっかだし、無理もないんだけどさ~。しょーがないから、新しく来た『挑戦者』の想具奪ったりしてるっつーワケ。分かる? ボクもその一人なのよ? あまり荒っぽいことしたくないから、寝てるうちに盗っちゃお!って思ったんだけど、そうもいかなくなっちゃった」
「…………」
ナニワは、黙ってうつむいていた。
「あれ? 怒ったりしないの? まぁ、それが普通か。まるで、他人事だもんねぇ」
ナニワは極端な臆病である。
ゆえに、正義心とか、警戒心の前に、殺人者を目の前にする『恐怖心』が沸いた。
敵意など、沸くはずもなかった。
ナニワは怯え、顔を真っ青にして、後ずさりする。
「うーん。困ったわねぇ。どうしよっかなー」
ナニワのその様子に、腕組みして悩み。
その直後だった。
「じゃあ、こうしよう!」
ほんの思いつきのように、はっきりと
「飛ばされたボクの友達だけど……見つけたら、殺して想具を奪うことにするわね!」
微笑と共に、言い放つ。
その瞬間。
ナニワの中の『恐怖心』が、『敵意』に変わった。
「ふ、ふざけん……」
突如。
ナニワの身体に大きな圧力が加わった。
あらぬ方向から、見えない力が働く。ドンッ!と大きな音を立てて壁に叩きつけられた。
力の感じる方向は、一階中央付近。
【我侭放題】(エゴスティック)の能力が発動した。
「うぅぐ!」
たまらず、うめき声をあげる。ナニワは内臓が口から飛び出しそうな感覚を覚えた。
「アハハハ! ガキは単純ねぇ!」
ナニワの正面に見据える位置まで歩いて、香川は嘲笑う。
《………くそっ!》
状況を察した正義。ナニワが手に握る縄跳びから、悔しそうな声が聞こえた。
《すまない。佐久間くん。棒磁石の想具は彼女のものなんだ。その能力で、『敵』を全て、国の外まで吹き飛ばしてしまうんだ》
歯を噛み締める様子が浮ぶほど、切実に悔しそうな声で謝罪する。
《僕達は、みんなその国から追い出された。国を取り戻すためには、どうしてもその想具が邪魔だったんだ。だから、能力を解除するために、君を利用しようとした……許してくれ》
「……………」
無念の想いが、ひしひしと伝わってくる。
「さぁて。じゃあ、ボクの持ってる想具とその使い方。教えてくれるかな? 正直に言えば、痛い思いしなくてすむわよぉ?」
香川はそう言って、腰ベルトの後ろからナイフを取り出して、ナニワに見せつける。そのギャル風の服装とはミスマッチな、禍々しいものだった。
しかし、ナニワは怯えなかった。
もう、覚悟を決めた。
震える体を無理やり押さえつけ、カタカタ鳴り続ける歯を噛み締めることで止めた。
そして言い放つ。
「……デカチョーの兄ちゃん。その縄跳び、しっかり持っといてや。あと、今のうち、準備しといた方がええで」
「? 何の準備?」
《………?》
香川と正義は首を傾げる。
ナニワの瞳には強い意志が宿っていた。
「決まっとるやろ………この城を取り戻す準備や!」
大きく言い放つと、ナニワは持っていた縄跳びの取手を大きく振り回す。
それに従って光の帯が動き、それは香川の顔のすぐ左を横切った
「!? っ!」
完全に不意をつかれた。
視界に入った謎の光に、香川はビクリと驚いた。蠅が突然視界に現れた時にするように、思わず顔をのけぞらす。
ナニワはその隙を見逃さない。
「うわあああああああああああああああ!」
恐怖をかき消すように叫ぶナニワ。右手で縄跳びを掴みながら、左腕をめいいっぱい横に伸ばす。
次の瞬間。
ナニワの体が、勢いよく縄に引っ張られた。
身体は入口の方向へ。必然的に、伸ばした左腕は、香川の方へと向かう。
あまりの高速移動に、香川は反応できなかった。
ナニワの渾身の左ラリアットが、彼女の首に激突した。
「………かはっ!」
枯れた息を吐く香川。勢いそのまま、後方へ倒れ、硬い石畳に頭をぶつけた。
「……はぁ……はぁ……」
ナニワは鼻息を荒く、縄跳びにしがみついている。
香川の顔をおそるおそる覗くと、白目を向いてピクリとも動かない。完全に意識を失ったようだった。
ひとつの賭けだった。
縄跳びは伸縮自在。ゆえに、一方が固定されていれば、ナニワと香川との距離およそ2メートルを、一瞬にして縮めることも容易である。
しかし、果たしてその、見えないほどの極細の縄で、ナニワを引っ張るほどの力が発揮できるのか。もしくは、通話状態でありながら、縄の長さを変える事は可能なのか。確信できないところだった。
だが、ナニワはその賭けに勝った。
「……デカ兄ちゃん。三人のうちの一人、やっつけたで」
取手を掴み、床の石畳にしがみつきながら、再び通話するナニワ。未だ磁力の効果は続いており、大きな見えない力が働いていた。
《 !? ほ、本当かい!? ナニワくん!!》
驚く正義。叫び声と音だけが聞こえて、状況を把握できずにいた所の朗報である。
「ああ、俺はこのまま、磁石の想具んとこまで行って、能力を解除してくるで。できんかったら壊すけど、堪忍してな。デカ兄ちゃん」
《ああ。ありがとう! ……でも、デカ兄ちゃんはやめてくれないか? なんだか、馬鹿にされてるみたいで……》
「細かいことは、気にすんなや。あと、城まで移動する前に、縄跳びはどっか固定しといてんか? 縄にしがみついて、移動するつもりやさかい」
《……わかった。本当にありがとう! すぐに行くよ! 君は、勇敢だね!》
正義は、喜びに声を弾ませる。
ナニワは気恥ずかしそうに、
「へっ。よせや。俺は正体不明の声にさえ怯える、ただの臆病もんやで? でもまぁ………信頼しといてや。必ずその、磁石の能力、失くしてみせるで!」
《ああ。信じているよ》
《頼んだぞ! 佐久間!》
《どうか、お願いします!》
縄の向こうで、正義、デカチョー、ルゥンダ達の声が聞こえる。
ナニワが取っ手の蓋を閉めると、光の帯が消えて、通話状態が解除された。
そして、しっかりと両手で取手を掴み、今度はゆっくりと縄を縮め、入り口まで移動してゆく。
入り口まで到達してから、磁力の働く方向-----【我侭放題】(エゴスティック)が存在する方向を確認する。力が強くなる方向へ向かえば、そこに【我侭放題】(エゴスティック)がある。
「全く、俺もとことんお人よしやな。まぁ、それでも、おかげで……」
壁際に押し付けられるため、足を壁につけ、まるで崖を登るように道を進むナニワ。
その顔に、自然と笑みがこぼれていた。
「………冒険らしくなってきた!」
*
とある栄えた港町。
洋風の建物が並ぶ街の片隅に、小さな一軒屋があった。
紫や赤、青などで彩られた、オドロしい色彩をもつその家は、周囲の建物とは一線を画して、奇怪な雰囲気を放っていた。
内装は外面に劣らず奇奇怪怪。
水晶ドクロ、人骨で結われたアクセサリー、カエルやヘビの干物など、至るところに気味の悪いグッズが並び、また、分厚い本がそのグッズと同じ数だけあり、埃をかぶった本棚に並んでいる。部屋の四隅には大きな蜘蛛の巣が張っていて、およそ清潔感とはかけ離れた生活が窺えた。
その中心に、一人の少女がいた。
齢十五歳。そばかすと青色の瞳。短い金髪。黒い頭巾とポンチョ。ドクロが装飾された腕輪や首飾りなど、部屋中にあるような奇妙なアイテムを身に着けている。
彼女は、机の上で紫色の煙を立ち上らせている壺を、木の棒でかき混ぜながら
「くっそぉ! あの肉屋のおやじめ! 会うたびに馬鹿にしやがって! 呪ってやるだわさ!」
悔しそうに、恨みつらみをこめた大きすぎる独り言をつぶやいていた。
その時、家の外から、ガヤガヤとした喧騒が聞こえてきた。
彼女は窓から外を覗く。遠くの港方面に人だかりができているのが見えた。
「? なんの騒ぎだわさ?」
少女は好奇心から、作りかけのソレをよそに、家の外に飛び出した。
歩いて一分弱。彼女は人だかりの後列までたどり着いた。
「ちょっとちょっと。どくだわさ」
野次馬根性旺盛な彼女は、ズイズイと人の波を割って先頭まで無理やり進む。
先頭に出て、彼女の目に入ったのは
漁業網に絡まった、水浸しの少年だった。
長ブーツにバンダナ。天然パーマで、背中にランドセルを背負っている。大きな喧騒に囲まれている中、少年は白目を剥いてピクリとも動かなかった。
「おお! リリアナか。ちょうどよかった」
中年の漁師が彼女を見てそういうと、その網を胸元に掲げながら、絡まった少年をみせつける。
「見てのとおり、やっかいなモン捕まえちまってよぉ。おまえんとこで供養してやってくれよ」
それを聞いて、少女。リリアナの額に血管が浮かび上がる。
「何度言ったらわかるだわさ! アタイは神父でも死体屋でもない! 魔術士だって言ってるだわさ! 儀式上、動物の死骸を取り扱ったりするだけで、妙な偏見はやめてほしいだわさ!」
「ふぅん……魔術士なぁ……魔術士ってのは、壊れた船を直してくれって頼まれたにもかかわらず、沈めちまうような奴のことをいうのか?」
「うぐっ!」
二ヶ月前の失敗を責めて、漁師が言う。
それに続いて、周囲の人々も
「私は、家の中でなくしたブローチを探してほしいって頼んだら、全ての家具を逆さまにされて、片付けが大変だったわ」
「うぐぐっ!」
「俺ぁ荷物を届けてほしいって頼んだら、時間に間に合わなかった上に、粉々に壊されて、送り先の旦那に死ぬほど怒られたぜ」
「ぐふっ!」
「僕なんか、海に落とした釣り道具を拾ってくれって頼んだのに、逆に僕が海に落とされて、死ぬかと思ったよ」
「ぐはっ!」
心無い陳情が、彼女の胸に矢のように突き刺さった。
つまるところ、彼女はあまりにも魔術士として未熟すぎることを責めているのである。
「う……うるさい! アタイを誰だと思ってんだわさ! あの伝説の魔術士! リファエル=ルミルソンの子孫だわさ!」
逆ギレ。やけになって叫んだ。
その時である。
「ハ………ハ………」
声が聞こえた。
網に絡まっている少年が、むずがゆそうな顔で、口を大きくあけている。
少年は生きていた。その場にいる全員の視線が漁網に集まってから、
「ハァァックショォン !!」
少年。天元じゆうが大きなクシャミを鼻水と共に撒き散らした。
※
「いやぁ~死ぬかと思った!」
山盛り一杯のスパゲティを平らげて、ジュウはナハハと笑う。
乱雑な部屋の中央。身体を冷やさないよう、厚い毛布を肩からかけている。目の前の机には暖かいスープや生野菜が置かれていた。
机を挟んで、魔術師。リリアナが正面に座り、まじまじとその様子を見ていた。
彼女は『変なもの』に惹かれる性癖をもっていた。
それは、彼女が魔女であるゆえに、変わったものや得体の知れないものに対して抵抗感がないことに加え、ソレに対し、解明しようという探究心があるからである。
目の前のソレは、まさに『変なもの』だった。
見たこともない服と履物。背中に背負った黒い鞄。おまけに、漁網から引き上げられるといった状況。
彼女の好奇心を大いにくすぐった結果、リリアナは少年を引き取ることになったのだ。
「ありがとな! 助かった! いやぁ、パンチすればなんとかなっかなぁとか思ったんだけど、あまりの衝撃に気絶しちゃったみたいだ。ナハハハハハ!」
「???」
ワケが分からず、リリアナは首をかしげる。
魔神に飛ばされたジュウの到達点は海面だった。
それをいつかのようにパンチで落下衝撃を相殺しようとしたが、失敗したらしい。気絶して海底に沈んでゆくところを、運良く漁船の網に引っかかったという経緯だった。
「……あなた、一体何だわさ? 海底人?」
そんな経緯も知らず、リリアナは興味深々といったかんじで聞く。
「ナハハハ! ちげーよ! 俺はただの小学生だよ!」
「???ショウガクセイ?」
聞きなれない単語に、再び首を傾げる。
そこで、ジュウが思い立ったように
「あ。そうだ。オレ、早くナニワと合流しなきゃ」
と言って、スクッと立ち上がった。毛布を払い、人参を口にほうばる。
「くっそぉ~。あの巨人め! 今度会ったらただじゃおかねーぞ!」
眉をつりあげ、怒りの表情でそう言うジュウ。
その言葉に、
「……巨人?」
リリアナの眉がピクリと動く。
「ああ。そいつにここまで投げとばされたんだ」
その時、一つの像が彼女の頭の中に浮んだ。
まさか。とは思いつつ、リリアナは訊く。
「……もしかして、白目でターバンをかぶってた?」
「ああ! あと、耳もとんがってて、肌が紫で、変わったやつだったなぁ……あれ? 姉ちゃん知り合いか?」
と訊くが、リリアナは答えない。
確信した。
(……やっぱり! 奴は復活していただわさ!)
目を剥かせて、身体を震わせていた。恐怖から、顔を真っ青にしていた。
と同時に、彼女はうっすらと微笑んだ。
「……待ってただわさ! こういうチャンス!」
そう言い放つと、彼女は勢い良く立ち上がり、部屋中を歩き回り始めた。青色の粉やヘビの抜け殻、チョークみたいな石など、様々なアイテムを大きな布袋に入れていく。部屋中に埃がたちこめた。
「?? な、なんだ?」
ジュウは困惑し、キョロキョロと見回すばかりである。
最後に、リリアナはある分厚い本を手に取って開き、凝視する。
「魔封殿の位置は……よし! 十分行ける!」
ブツブツと呟き何かを確認した後、本を閉じて布袋に入れた。
続けて、部屋の奥に向かい、アイテムで塞がれた扉を乱暴にこじ開けると、隣の部屋へ。しばらくすると、大きな絨毯を持って現れた。
唖然とするジュウの前を横切り、家の表へと出ると、絨毯をその場に敷いて、その上に立つ。
絨毯は赤地で、畳一畳半程の大きさ。そこに、不思議な文様が、全体に描かれていた。
彼女はその左手を絨毯の一部に描かれている黒い円に置いた。
直後、絨毯が淡い光を放つと、数センチほど浮き始めた。
「うおおおお! すっげぇえ!」
ジュウがいつのまにか表に出て、その様子を目を輝かせて見ていた。
「アンタはそこで待ってるだわさ。帰ったら、アタイの武勇伝を聞かせてやるだわさ!」
そう言うと、絨毯に描かれた二つの四角い文様に両足を置いた。左足が左前。右足が右後ろの位置で、マラソンのスタート姿勢と似ている。
すると、絨毯は勢い良く空へと浮び、一気に地上10メートルの位置まで到達。続けて体を前へと傾けると、絨毯がそれに従うように、前方へと移動を始める。
家々の屋根を飛び越え、港を離れ、広大な海の上空へと進んでいく。
その時である。
「おぉい! 一体どこに行くんだ?」
リリアナのすぐ背後から声が聞こえた。
絨毯の上。すぐ傍に、ジュウの姿があった。
「 なっ!? !! !?」
彼女は驚き、思わず体勢を崩す。
「な、なななんでアンタがいるだわさ!」
「なんか面白そうだから、ついてきた!」
と、ナハハハと笑って、悪びれもなく言い返した。絨毯が浮き上がる瞬間、縁に飛び乗っていたのだ。
「お、面白そうだからって……アンタねぇ」
「お、そういえば、まだ自己紹介がまだだったな!」
ジュウは相手の困惑した様子も構わない。
「俺は天元じゆう! 人呼んでジュウだ! 姉ちゃんは?」
(……何か、ホント変な奴拾っちゃっただわさ)
と頭を抱えながら、彼女は後悔した。
これから行く所では、この少年は足手まといである。かといって、今から街に引き返すのは時間がもったいないし、絨毯の魔力にも限界がある。
それに、今は一刻を争う事態。
(………まあ、いいか……)
と、リリアナは開き直り、ジュウを見る。
「アタイはリリアナ。リリアナ=ルミルソン。ピサの街唯一の魔術士で、伝説の大魔術士、リファエル=ルミルソンの子孫だわさ」
「ふ~ん。なんか、凄そうだなぁ」
ジュウは適当に返事をする。その無反応ぶりに、リリアナは不機嫌そうに頬を膨らませた。
その間にも、絨毯の高度はどんどん高くなり、雲のすぐ下まで迫っていた。ジュウは怯えもせず、興奮気味で下を覗いている。
「でさぁ。これからどこ行くんだ?」
下の眺めに飽きると、ジュウが思い出したように訊いた。
「そんなの、決まってるだわさ」
リリアナはニヤリと微笑むと、言い放った。
「魔神を封印しに行くのだわさ!」




