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KIDS! ~小学生達の道草異世界冒険譚~  作者: あぎょう
クエスト2 デカチョーの冒険
49/196

其の十六 幸せの19年間

 目が覚めると、そこはベッドの上だった。


「? ここは……?」


 起き上る正義。周囲を見ると、そこは久しぶりに見る、人間らしい部屋の中だった。

 ただ、異様なのは、壁や椅子、机など、あらゆるものが石で作られていた事である。

 しばらく呆然としていると、ドアのない入り口から、とある少年が顔を覗かせた。


「あ! みんな! へんな兄ちゃんが起きたよ!」


 後ろを向いて呼び出す少年。すると、隣の部屋にいたらしい大人達が、数人ほどその部屋へと入ってきた。

 そのうちの一人。白髪交じりのひげを生やした男が


「これ! 変な兄ちゃんとはなんだ! 失礼だろ!」

「えぇ~! だって、見たこともない服着てるし、顔だって、俺たちとちょっと違うよ!」


 叱られながらも、少年は屈託なくそう言った。

 他の大人達も気持ちは同じようで、不審そうな表情で正義を見ていた。同様に、正義も彼らのひび割れた顔に、動揺を隠せないでいた。

 その中、


「ほら、とりあえずこれでも食べな」


 一人の太った女性が、籠一杯に果物を入れて、正義の前に運んだ。

 直後、激しい空腹感が襲い掛かった。

 口から流れ出る涎を止めきれないまま、正義は勢い良く果物を鷲掴みすると、がぶりつく。

 グワシャッとみずみずしい音が鳴った。見たこともないような果物だったが、そんなことはどうでもよかった。

 身体中が満たされていくのが感じられた。


「よかった。元気みたいだね」


 女はその様子をみて、安心する。

 果物を3個まるごと食べた後、正義は正気に返り、周りの人達に視線を移した。


「あ、あの……あなた達が助けてくれたんですか?」


 幻や夢でなければ、確かに砂漠の真ん中で倒れたはずだ。

 正体不明の巨人の目の前で。


「いや。君の連れがここまで運んできたんだよ」


 少年の父親が答える。


「肌の色が紫で目つきが悪くて背が高い……ちょっと変な雰囲気の人だったけどね。『心身共に正常に戻した。後は目が覚めたら、栄養を与えろ』と言って君を預けると、行き先も告げずに出て行ってしまったよ」


 紫の肌に悪い目つき。

 『人』という表現を除けば、それは正義が出会った巨人の特徴と合致していた。

 否。今思えば、あれは巨人というより、まるで、アラビアンナイトに出てくる、ランプの『魔神』のようだった。


(……あいつが、助けてくれたのか……?)


 薄ぼんやりとした記憶を遡る。

 かすかに覚えていた。

 魔神が、願いを三つ叶えてくれると言い出し、それに対して自分は『助けて』と答えた。

 つまり、三つのうちの一つを叶えてもらったということになる。


(なんにしても……助かった……)


 おとぎ話のような、とても信じられない体験だったが、とりあえず今は、生き残ったこの状況を喜ぶことにした。


「ありがとうございます。本当に、助かりました」


 正義はベッドの上で正座をして、ふかぶかと頭を下げた。

 直接助けたのは魔神だとしても、目の前の人間もまさしく命の恩人である。


「いやいや、礼には及ばないよ。大したことじゃない」


 男は謙虚ながらそう言う。

 そこで


「私の名はイドゥル。これは私の妻のニィサと、息子のイャンクッドだ」


 と、太った女性と少年を差して自己紹介する。


「他のやつらはただの野次馬だ。気にしないでくれ」


 一言、申し訳なさそうに付け加えた。

 どうやら、ここはイドゥル一家の民家であり、見慣れない人間を見るため、人が集まっていたらしい。

 そこで


「ねえ! 兄ちゃん、どこから来たの?」


 少年。イャンクッドは興味深そうに正義を見上げて訊く。

 母。ニィサも


「どうやら、この国の人間ではなさそうだし、砂漠の真ん中で何の装備も無く倒れていたのも尋常じゃなさそうだ。訳を話してもらえるかい?」


 訝しげに問う。

 正義は


「……僕は………」


 何も答えられなかった。

 自分がどうやって、どうしてここにいるのか。ここがどこなのかさえ分からなかった。

 沈黙する正義に


「……まあ、無理に答える必要もない」


 イドゥルは気遣うように言う。


「まだ体調は万全とは言えないだろう。しばらくここで休むといい」

「え? でも……」


 正義は戸惑う。

 すでに、尽きていた体力や壊れかけていた精神は、魔神の言ったとおり、この世界に来る前の状態まですっかり元通りになっていて、安静をとる必要もなかった。これ以上、この家に留まる理由も無かった。

 そう伝える前に、


「遠慮は無用だよ。ゆっくりしていきな!」


 ニィサが笑顔と共に、そう言い放った。

 それは、本当に久しぶりの、人間の温もりだった。

 何か事情を察してくれたのかもしれない。異様な顔立ちをしていても、彼らは自分と変わらない人間だった。

 心優しい人間だった。

 そう思い、安心して、


「ありがとうございます……!!」


 深々と、頭を下げる。

 目頭が思わず、熱くなった。


※ ※ ※


 そうして、正義はしばらく、イドゥル一家と共に生活することとなった。行くところの無い正義にとって、この上ないありがたい事だった。

 その間、正義はこの世界について、色々な情報を得ることができた。

 正義が運ばれたこの町は、いわゆる城下町というもので、王国の名前を『ムハンマド王国』と呼んだ。

 城を中心として、半径四キロ程の広範囲にわたって連なる大きな街だ。その周囲は地平線まで砂漠に囲まれていて、どこまで続いているかは住民さえ分からないという。

 特に正義を驚かせたのは、彼らムハンマド王国に住む全ての人が、多くの水分を必要とせずに生活しているということだった。

 頬にできたひび割れは、体中に水分が行き渡っていない証明。逆に、多量の水は彼らにとって毒でもあるという。

 王国にはわずかな地下水が湧き出していて、その少量と、国中に群生している果物を糧に生活している。時折、砂漠に出て獣の肉を調達するという。

 また、未知の生物や植物が多く存在している事を知った。

 『アラマド』という、馬とラクダの中間のような生物は、砂漠を進む際にはかかせない、大切なパートナーである。また、アラマドの優れた嗅覚を利用して、国の周りに植えられた『ツノサボテン』の刺激臭(といっても、人間は数センチの距離まで近づかないと分からない)を遠くから嗅ぎ取らせることで、迷わず帰還できるという。後に、正義達が『隠れ家』に戻る時も同じ方法を使うことになる。

 正義はこれらの話を聞いて、結論する。

 自分は地球上のどこでもない所にいる。

 うすうす感づいていたことが確信に変わり、正義は深い絶望感に襲われた。

 なんの心当たりもなくこの世界に放り出され、帰る方法も検討がつかない。元の世界に戻ることは、絶望的だった。

 ひざを抱えてうなだれる日々が続いた。その様子をイドゥル一家も心配そうに見ていた。


※ ※ ※


 そんな中、ある男が彼を訪れた。


「お邪魔するよ」


 家の入り口をくぐってやってきたその男は、口髭を生やした中年。薄茶色のマントと布服。上半身にはチョッキのようなものを着ている。王国内どこでも見られる、平民の容姿である。

 彼こそ、ムハンマド王国の国王。ラフィス2世だった。


「こ、国王様! またそのような姿で城下へ……!」


 突然、家に訪れた王を前に、イドゥルはあたふたと動揺した。


「構うな。私は常に国民と同じ目線でありたいのだ。威厳ぶった衣を翻して対話しようなどとは思わん」


 と、国王はイドゥルを後目に、正義の前まで進む。


「それにしても……さすがに貴方のような服は用意できなかったが……」


 国王は含み笑いをしながら、正義の制服をまじまじと見つめる。


「なるほど。こことは違う、別の世界から来たというのは、本当らしいな」

「あの……どんなご用件で……?」


 下から目線で、おずおずと正義が言う。


「うむ。聞くところによると、帰り方もわからず、途方にくれてるというではないか」

「……はい……」


 暗い表情で、うなずく正義。

 この世界に来て、すでに何週間も経過している。家族や友人も心配しているだろう。帰りたい気持ちは募るばかりだった。

 その気持ちを察してか。

 国王は言い放った。


「どうだ。この国でしばらく、暮らしていればどうだろう?」

「え……… !?」


 思わず、息を詰まらせた。


「家や仕事を提供しよう。君は水分を多く必要だというから、それも保障しよう。帰り方がわかるその日まで、いつまでも暮らしているが良い」


 優しく微笑んで、国王、ラフィス2世は言う。


「そ、そんな……いいんですか……見ず知らずの、この僕を……!」


 正義は喜びと、驚きの混じった声で、そう問い返す。

 願っても無い提案だった。

 王は


「構うものか! 私にとって、君はもう見ず知らずの人間ではない。立派なムハンマド王国の国民だよ!」


 歓迎するように、両手を広げて言い放つ。

 気付くと、正義の目に涙が浮んだ。


「……ありがとう……ございます……!!」


 ここに来て、何度下げたか分からない頭を、さらに深く下げる。

 王でありながら、その優しげな姿勢に打ち震えた。

 これ以上ないほど深く、ひたすら感謝した。

 人の温もりに、感謝した。


 そして、正義は正式にムハンマド王国の国民となった。

 イドゥル一家の住む家から歩いて5分のところに、小さな家を建ててもらい、王国の新米兵として働くことになった。

 もはや正義に絶望感はなかった。

 希望を胸に、毎日の充実した暮らしに幸福を覚えながら、精一杯暮らした。


※ ※ ※


 そして、19年の月日が流れた。

 正義は、王国の親衛隊長になっていた。

 といっても、敵国などはいないため、兵士のほとんどは砂漠の獣を仕留める調達係として働いていて、彼はその統率役を担っていた。

 正義は周囲の兵士のような並外れた体力や腕力はなかったが、優れた知性とリーダーシップでもって、多くの兵士を従えていた。

 そのうちの一人に、かつて正義を助けた一家の長男坊。イャンクッドがいた。槍の腕前は随一の戦士であり、正義の良き右腕として働いていた。

 毎日が充実していて、幸福に満ちていた。元の世界に戻るという願望すら薄れるほどの、幸福な毎日だった。

 そんなある日のことである。

 とある個人診療所。その周りに、多くの人が群がっていた。


「? なんだろう……?」


 たまたま、正義がそこを通りかかる。

 皆、診療所の中を覗こうとしてる。彼は訝しげに、その群がりに近寄った。

 すると、


「なんか変なやつらが運ばれたらしいぞ!」


 ぼそぼそと、噂話が聞こえた。


「おかしな服装でよ。近くの砂漠で倒れてたらしい」

「顔にひびも入ってねーし。どこから来たんだろうな?」

(まさか………!)


 ある予感が、正義の胸をよぎる。


「ちょっと……通してください……!」


 彼は人ごみの中を掻き分けて建物の中へ。患者の元へと向かう。

 そして、

 予想は的中した。


「………!!」


 二人の男と一人の女。彼らはベッド三つを占領していて、静かに眠っていた。

 その姿は、かつて正義が見慣れていた、現実世界のものだった。

 ロゴの入ったTシャツ。ジーンズ。つばつきキャップ。イヤリング。スカート。大きなリュックサック。

 決定的なのは、顔にはひび割れがないこと。

 現実世界の人間が、やってきた。


「おお、正義さん。どうしたんだい? そんな血相かえて」


 医者がやや驚きながらうかがう。

 正義は呆然と、三人を見つめ続けていた。

 その時


「うぅん……? ここは……?」


 三人のうち、一人の男が目を覚ました。

 細身の体に似合わない、ぶかぶかのTシャツと長パンツを身に着けている。つばを斜めに構えて帽子をかぶり、まるでラッパーのようないでたちだった。青く染めた髪が、ますます人々の注目を惹いていた。


「おお。目覚めたか!」


 と、医者が男にかけよると、状況を説明し始める。

 やがて、他の二人も目を覚まし始めた。彼らはかつての正義と同様に、心身共に疲れていて、ひどくやつれていた。

 医者がたくさんの食料や水を与えると、彼らは勢い良く食いつき、みるみる肌に生気を取り戻していった。

 三人が目覚めたことを知った野次馬達は安心して散っていく。王の人柄からか、この国民は優しく、お節介焼きが多いようだった。


「ぷはぁ! あぁ……死ぬかと思ったゼ」


 青髪の男が、およそ四人分はあろう食べ物を食い尽くした後、つぶやいた。


「いやぁ、ありがとナ。あんた、命の恩人だ!」

「もーマジ感謝!」

「有難うございます」


 三人がそれぞれ、礼を言いながら医者に頭を下げる。

 その少し離れた所で、正義はいまだ残っていた。

 自分と同じ現実世界の人間。もしかしたら、元の世界に戻る方法を知っているかもしれない。

 とっくに諦めていた、そんな小さな希望をその三人に見出していた。


「君達は……どこから来たんだい」


 確認のため、正義はこう切り出した。


「? いきなり何よ、おっさん」


 見た目二十代ほどの、ギャル風の女が怪訝な顔をして言う。


「たぶん、君達と同じ所から来た者だ。訳あって、この国で暮らしている」

「ふ~ん……確かにあんた、他のやつらと違って、頬にひびがないナ。訳あってっつーことは……あんたもこの世界に閉じ込められたクチか?」


 いきなり、核心に迫った。

 はやる鼓動を抑える。


「……そうなんだ。全く帰り方が分からなくて……君達は何か知っているかい?」


 その言葉に、青髪の男は怪訝そうに


「おいおい、全くってーことはないだろ? とりあえず、あの公園に通じる砂山を見つければいいんだからサ。希望は失うなヨ」

「!……やっぱり、あの公園の砂場と、関係があるのか!」

「? なんだ? あんたも『挑戦者』なんだろ? 当然、あの砂場からここに来たんじゃネェのか?」


 話がかみ合わなかった。

 正義はとりあえず、この世界に来る前の状況と、自分の身に起こった出来事を話し始めた。

 聞き終えて、


「気付いたら砂漠で倒れてたとは……奇妙ですね」


 もう一人の、眼鏡をかけた男が、眉をひそめて腕を組む。ワイシャツに和服を重ねた、奇妙な格好をしていた。

 そこで、


「正義さん。もうその辺で……」


 と、医者が割り込んで言う。

 そこで、ようやく気付く。彼らの様子を見ると、頭がふらふらと揺れて非常に疲れていることが目に見えた。

 安静が必要だ。最も知りたいことを訊けてはいないが、今、これ以上追及するのは酷というものだった。


「ああ……済まなかった。この話の続きは、後日ということでいいかな? ええと……」

「おお。まだ名前を言ってなかったナ」


 青髪の男が一息置くと、三人がそれぞれ、自己紹介を始めた。


「稲原犀だ。シクヨロ!」

「香川潤美よ。21歳! この人の彼女で~す!」

「……木戸尭です」



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