其の十 縄跳び
広大な砂漠。
彼らの目の前には、いくつもの砂山があり、乾いた空気が辺りを満たしていた。
しかし、ただの砂漠では無い。
そこには、あろうことか太陽がなく、空はさながら夕焼け空のように赤く染まっていた。
まるで火星の空。明らかにここが、地球上のどこでもないことを示している。
ジュウの好奇心が、刺激される。
「よぉし!! 早速出発だ!」
と、ジュウが境ゲートから離れて歩き出そうとした時。
「ちょっと待てや」
ナニワが後ろから呼び止める。
「? どうした? ナニワ」
「……こんだけ広くて目印ないと、帰る時困るんとちゃうか?」
確かに、その通りだった。
虚想世界から現実世界へ戻る時は、条件なしで戻ることができる。
しかし、境を通らない限り、帰ることができない。
辺りは似たような砂山が星の数ほどあり、適当な地理把握で帰還することは容易ではないことが分かった。
それに対してジュウは
「あ~そぉだな~。………何とかなるだろ!」
ナハハハと笑いながら、あっけからんと言った。
「ポジティブか !!」
すかさずツッコむ。実は、なんとなくその言葉は予想できた。
考え無しで楽観的。それが彼の個性だからだ。
「なんか目印残すべきやろ? 遠くからでも見えるようなもんでもあるといいんやけどなぁ……なんかあるか?」
「うう~ん。ど~だろなぁ」
首を傾げつつ、ジュウは背中のランドセルを地面に下ろすと、中を探り始めた。
中身は8個入りパックの卵(すでに二つ割れている)、人参やシイタケ、ジャガイモ等の食料と水筒。
そして三つの想具。縄跳び、独楽、ジョウロがあった。
「とりあえず、あてら……だっけ? なんか使ってみるか?」
ジュウはそう言って三つとも取り出し、砂の上に置いた。
想具の能力は未知数。なんらかのきっかけで、なんらかの意思でもって使わないと、能力は発現しない。
だが使おうにも、この状況では使いづらいものばかりだった。
まず独楽。地面が砂であるため回転しづらいだろうし、なにより二人は、それほど独楽回しの経験があるわけではない。
次にジョウロ。使うには水が必要だ。水筒の水がナニワとジュウの二人分あるが、これから砂漠を歩くことを考えると、使いづらかった。暑くはないが、空気があまりにも乾燥していて、すでに喉がカラカラだった。おそらく一番貴重なものになるだろう。
唯一使えるものと言えば、縄跳びくらいしかなかった。
小学校で使うタイプの安いもので、取っ手には『木村健太』と氏名が書かれたネームシートが貼られていた。
「う~ん。ひとまず、縄跳び跳んでみよか」
そう言うと、ナニワが縄跳びを持って構え、両足飛びをしてみた。
しかし、何回か跳ぶと、躓いてしまった。砂に足をとられて、思うように跳べないのである。
何回か挑むものの、やはり数回目で躓いてしまう。そのうえ、縄跳びには何の変化も見られなかった。
見かねて
「よし、次はオレやってみる!」
ジュウが手を差し出す。なんだか楽しげな顔をしていた。
「よぉし。じゃあ俺、二重飛びやるぜ!」
「……遊んでんのとちゃうぞ?」
ナニワのジト目もよそに、縄跳びを回して跳ぶジュウ。
コケた。
「痛てっっっ !!」
縄が豪快に足にひっかかり、頭から地面に落ちたのだ。
砂の上にあお向けになって、悔しそうに顔をしかめる。ナニワは指を指して笑った。
どうやら、縄跳びのような繊細な遊びは、ジュウには向いてないようだ。
「だいたい、この縄短すぎるぜ。もうちょっと長くならねぇかなぁ」
ネームシートの筆跡から見て、おそらく低学年用のものなのだろう。縄の長さは短めに調整していた。
ジュウが不満げに、縄跳びの取っ手を両手に持ってピンと張った。
その時、変化が起こった。
「………えっ……?」
思わず、声をあげるジュウ。
1メートル弱程の長さの縄が、その倍。二メートルの長さまで伸びたのだ。
彼らは目を剥き出しに驚いた。
「こ、これや! きっと、自在に長さを変えられる縄跳びなんや!」
ナニワが弾むように言う。
「おお! これなら二重跳びだって楽勝だぜ! よぉし!」
とジュウが再び構えたところで
「せやから遊ぶな言うとるやろ !!」
再びツッコみ。ジュウは渋々構えを解きながら。
「けどよぉ。結局どうすんだ? これを目印にすんのか?」
真っ当な疑問を述べた。ただ伸びるだけの縄では、遠くから目立つモノにはなりそうにない。
ナニワは腕を組んで考える。
すると、
「……いや、目印にはせぇへん」
そう言い放つと、ナニワは縄跳びの取手を持った。
そして、境の傍。砂の中に取手を深く差し込み、他方の取手を持つと、縄を張るように歩き出す。
すると、後を追うように、縄が伸び続けた。
「こういうふうに、伸ばしながら歩けば、縄を辿って帰れるやろ」
「おお! なるほど! 冴えてるなぁナニワ!」
感心したように声をあげると、ナニワは「エヘヘ」と少し自慢げだった。
ナニワは取手をポケットに入れると、前を向いて歩き出す。ジュウがそれに続いて歩き出した。
帰る場合は、縄跳びを辿ればいい。
単純明快な解決方法に二人は安心し、笑顔を浮べていた。
その行動がその後、悲惨な結果を生むことも知らず………
*
時はやや遡り。ジュウとナニワが公園の砂場に突入を試みていた時。
デカチョーは街中を走り回っていた。
「くっそ~! あいつらどこ行ったんだよ!」
キョロキョロと見回しながら、駆け回る。
まず初めに、デカチョーは彼らの行き先である日晒木公園へと急いだ。
しかし、そこには誰も、ひとっこひとりいなかったのである。
それもそのはず。彼らはその頃、自宅で冒険の支度をしていたのだ。
ならばどこへ? と疑問に思ったデカチョーは、あてもなく街中を探すしか思いつく行動はなかった。日晒木公園へ行くという言葉は嘘で、本当は別の場所に遊びに言ったのかもしれない。そう考えたのだ。
しかし、嘘にしては、あの嬉しそうな表情は、本物そのもののように思えた。待ちに待ったような。計算高い思惑は何一つないような気がした。
やはり他の場所に行ったとは考えにくいとの結論に至る。
(もしかして……早く着きすぎたのか?)
足の速さには些か自信がある。彼らを別ルートで追い越してしまった可能性も考えられた。
「……一度、戻ってみるか」
そう思い立つや否や、日晒木公園へと駆け出した。
時刻は2時30分。学校ではもうすぐ放課後にさしかかる時間に、デカチョーは再び日晒木公園へ辿り着いた。
そして、顔が青ざめる。
「…………!?」
絶句するデカチョー。その目線は、砂場。
まるであの時をそっくり再現したように、大きな砂山ができあがっていた。
おそらく生涯忘れないだろう。忘れたくても忘れられないだろうあの事件が、脳裏に蘇る。
「ここは五年前から使用禁止のはずなのに……一体誰が……?」
五年前。『彼』が失踪した日から、この砂場で怪奇現象―--『砂噴出現象』が起こるようになった。
すぐに取り壊しの意見が持ち上がった。しかし、その現象は誰が見ても明らかなほど、はっきりと視覚できるうえに、約30分間隔で発生するという。
まんなか山と同様、誰もが気味悪がり、工事職人も諸手を上げるしかなかった。
しかし、やがてその現象はパッタリと起こらなくなった。
理由は解明できないが、不可解かつ不気味な場所であることに変わりなく、遊ぶことも取り壊すことも禁止され、放置されている状態が続いているのだ。
もうその現象は起きないはずだった。
しかし、その時。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド !!
「……………!!」
何の前触れもなく、それは再び起こった。
彼女の目の前で、大きな地鳴りと共に、大量の砂が砂場から噴出した。
長方形の敷地全体から、温泉が噴出したかのごとく、それは現れたのだ。舞い上がった砂の高さは1メートルをゆうに越えていた。
「な……!?」
デカチョーが驚愕に目を見開く。
しかし、奇妙なことに、舞い上がった砂はたちまち、その姿を消していった。まるで空気と同化するように、次々と噴出する大量の砂が一粒残らず消えていくのである。
その現象は十数秒続いた。やがて地鳴りが徐々に小さくなっていくと、砂の噴出が止まり、全ての砂が空気中で消えた。
後には元通り、ただの砂山が残るのみである。
デカチョーは幻覚を見たのかと思ったがすぐに否定する。
あの音や色は、確かに現実だった。
五年前に『現象』が起きたときも、大きな砂山が存在していた。そして今思えば、『現象』が起きなくなったのは、砂山が風化して形を崩し始めた時だった。
(もしかして、この『砂山』が………?)
砂山が、砂噴出現象の原因なのかもしれない。
そう推測したデカチョーは、すぐに行動に起こした。
ほんの躊躇もなく砂場へ入ると、砂山を崩そうとして、足を砂山に突っ込んだのだ。
再び砂が噴出し、公園で遊ぶ子供に被害が及ばぬように対処しなければならない。彼女持ち前の正義感によってなせる、勇気のある行動だった。
しかし、
「んん?」
突っ込んだ足に、砂の感覚が無い。
正確には、モモの一部分のみ砂の感覚があり、その下から空気の流れを感じた。しかも、上から下に掛けて足を踏み入れたのに対して、重力はすねからもも方向へ働いている。
普通の女子ならば、その時点で気味悪がり、足を抜いて逃げるようにその場を去るだろう。
だが、彼女はあまりにも勇敢で、果敢で、好奇心が強すぎた。
あろうことか、もう片方の足を踏み入れ、さらに体全体を砂山の中に潜り込ませたのである。
そして、
「………何……だ……これは………?」
砂まみれの身体を放って、つぶやく。
彼女は今度こそ、幻覚であると強く思い込んだ。
果てしなく広がる大砂漠。虚想世界が、彼女の目の前に広がっていた。