其の七 秘密組織ディスク
『最初の境の突破。おめでとうございます』
『まず最初に、これより先に示すことは、すべて真実であることをお伝えします』
『関東圏北部に御供市という街があります。そのいたる所には、境という、異世界の入口があります』
『その異世界の名は、虚想世界』
『虚想世界はいくつかの領域に区分され、そのどこかに、想具という武器が存在します』
『それらは一見、普通の日常品に見えますが、それぞれとある特殊能力を秘めております』
『その内、最も優れた能力を持つ想具が存在し、これを神具といいます』
『ここまでお読みになってお察しの通り、表のゲーム広告はこれをもじって作られた偽者の広告です。市場に出回っていないもので、困惑された方も多いでしょう』
『さて、この文章をお読みの方へ』
『私達からお願いがあります』
『虚想世界に赴き、神具を探してもらいたいのです』
『残念ながら、その外見はわかりません』
『私達が望む、素晴らしい能力を有しているということしかヒントが無く、各領域の想具の能力をしらみつぶしに試すしかありません』
『もちろん、ただとは言いません』
『報酬をご用意いたします』
『現金100億円を授けましょう』
『さらに、その他の想具につきましても、専属の鑑定士により、それ相応の価値に応じた金額をお支払いさせていただきます』
『下の《宝地図》バーをクリックしてください。境の場所と詳細。並びに、想具の換金所の場所が、バツ印で記されています』
『また、その他気になる情報について、《宝辞書》バーにまとめております。ぜひご一読下さい』
『私達はいかなる協力も惜しみません。どうかよろしくお願いいたします』
『しかしながら、注意事項があります』
『虚人と呼ばれる虚想世界に住む人間が、想具を守るために立ちふさがることがあります。(彼らは私たち現実世界に住む者を現人と呼びます)』
『また、常識では計り知れない、様々な困難が立ちふさがるでしょう』
『命を落とすことも不思議ではありません』
『私達はこれらの損害について、一切の責任を負いません』
『体力に自信のある方。命をかける覚悟のある方だけ挑戦するよう、お願いいたします』
『最後にもう一度』
『今まで記したことは、全て真実です』
『私達は胸躍る冒険とロマンを、皆様にご提供いたします』
『ご健闘をお祈りいたします』
『秘密組織より』
「秘密組織……ディスクやて? ふざけてるとしか思えんで……」
目を丸くして、動揺するナニワ。
一方、彼らの背後では、
「ZZZZZ……」
カーペットの上で大の字に寝そべるジュウの姿があった。
ナニワは予想できたため、特に驚かない。
「……秘密にしたいのは、本当らしいわよ。でないと、ここまで手間のかかる隠蔽しないもの。同時に、暗号を解く『注意力』と、隠しリンクを見つける『運』を試している。……そういう素質を持ったヤツでないと、挑戦するには厳しいってことでしょうね」
デコは少し自慢げに、微笑んだ。
文字化けに見せかけた暗号と、隠しリンク。確かに普通の人や普通の方法では、このホームページまでたどり着けないだろう。
「私はこれを見つけた瞬間に、運命を感じたわ。気が付いたら休学届けを出して、この街に引っ越してたわけ」
それはあまりにも、短絡的すぎるとナニワは思ったが、空気を読んで口を閉ざすことにする。
「まあ後は……口で言うより、いろいろ見たほうがわかるでしょ」
そういうと、デコは席を外しナニワに譲った。
ナニワは椅子に座り、改めてスクリーンを見る。
そして、《宝地図》バーにカーソルを合わせた。
そこに、ナニワとジュウが、最も知りたかった事。境の場所について記されているのだ。
はやる鼓動を抑えつつクリックする。
直後、別ウィンドウにジャンプ。十行余りの説明文と、御供市の全図が展開された。
中心に大きな丸い空洞-----まんなか山を示す図があり、ひと目でわかった。その地図の上から、碁盤の目のようなマス線が濃い色で重ねられている。また、案内文に示されていたように、換金所の場所が赤いバツ印で示されていた。
「このマス目をクリックすると、その地域の境が全て表示されるのよ」
最も興味を惹く所と察してか、デコが説明文を補足するように話す。
「『通過条件』と『領域名』。あと『攻略年数』と一緒にね」
「? どういう意味や?」
「まず通過条件についてだけど、境を通過する条件は、大きく分けて三つあるの」
と、デコが指を三本立てて見せる。
「一つ目が『時間条件』。一日のある特定の時間帯や、ある季節、時期にしか通過できないといったものね。この前の領域の境がこれに当たるわ」
前回のジャングルでの冒険。その入口は、午前中の限られた時間でしか入ることができないというものだった。
「二つ目が『行動条件』。境ゲートの場所やもしくはそれ以外の場所で、ある行動を起こさないと開かないものよ。例えば、『境ゲートの場の周りを三周回る』といったかんじでね」
さらに続けて
「三つ目が、一番厄介な『人物条件』。二十歳以上だとか、男だけとか。年齢制限や性別制限とかが含まれるわ。誰にでも行けるわけじゃないから、こればかりはあきらめるしかないものが多いのよ」
「はあ……いろいろめんどそうやなぁ。そら、偶然見つけるってのはきついで」
街探検でいろいろ回っても、その条件というのもクリアしなければいけない以上、限界がある。今まで必死に街を走り回ったのが、すごく無駄な時間のように感じた。
「あと、領域名と攻略年数。これも重要よ」
と、デコは続ける。
「私達、宝探しの『挑戦者』は、その名前から領域の環境を想像して装備を整えるの。例えばこの前の場合、『熱林の領域』って名前だったから、私は猛暑に耐えられるような薄着で挑んだわけよ。攻略年数っていうのは、その境ができてから、どのくらい時間が経っているかってことを表してるの。これが長いほど、攻略が難しい領域エリアってことよ。『熱林の領域』の場合は、確か……二年一か月だったわ」
「? ちょい待て」
そこで、ナニワの頭の中で何かが引っ掛かった。
「境ができて……? なんや、最近できたみたいな言い方やな?」
怪訝な顔をするナニワ。それに対し、デコは言う。
「ああ……実は、境は昔からあるものじゃなくて、ここ十年程前から発生し始めたものらしいのよ」
「!? な、なんやて!?」
驚くナニワ。
それは説明文にも記述されておらず、デコ独自に入手した情報であった。
「今も増え続けているらしいわ。まあ、多くの挑戦者が攻略して、いくぶん減ってはいるけど……だいたい街に、1000個はあるかんじね。毎週、減った境と増えた境を新たに表示するため、この地図は更新されているのよ」
「? 攻略して減る……? どういうことや?」
「つまり、想具を手に入れて、持ち帰ったってことよ。その後、しばらく経つと、その領域の境が閉じられるから、減るって言い方しただけ」
淡々と、そう説明する。
先刻。彼等がボナのいる『熱林の領域』へ行けなかったのも、すでに想具を現実世界に持ち帰ってしまったためだったのである。
「そ、そんな大事なこと、なして教えてくれへんかったんや? ボナと会えへんなるやろ」
やや憤りながら、言うナニワ。ボナとの仲を共有した仲間として、伝えてほしいべき内容だった。
それに対し、デコは
「……最後にあのバカガキがバカしなければ、伝えることもできたんだけどね……!」
額に怒りマークを付けて、ジュウを一瞥する。未だ暢気に寝ていた。
「そ……そやな……」
ナニワは反論しようがなかった。
ジュウが想具を持ち逃げすることがなければ、落ち着いて話を聴く時間もあっただろう。自業自得ともいえる。
そこで、気をとりなおして
「とりあえず……こういうことか? ホームページを通して、日本中からたくさんのモノ好きがこの街に集まって、大掛かりな宝探しゲームが行われてるっちゅうことか?」
話を整理する。デコは
「そういうこと。賞金100億円よ。もしかしたら、海外からも集まってきてるかもね」
と、言い放つ。
驚くべき内容ではあるが、今となっては、疑う余地は無いように思える。
実際に、その『挑戦者』の一人である彼女を、目のあたりにしているのだから。
そこでデコ
「で。どうする? 今すぐ調べてみる?」
尋ねてみる。
しかし、言い切るや否や。
「だめだ !!」
ジュウが一喝。ナニワとデコは驚き、振り向く。
いつのまにか、居眠りから目が覚めていて、二人の話を聞いていたらしい。
「そんなのつまんねぇ! 俺は、そのげぇと探しも含めて、冒険がしたいんだ!」
眉間に皺を寄せて、きっぱりと言い放った。
ナニワは一瞬。あっけにとられて
「で、でもなジュウ。こんだけ探しても見つからないんやで? 条件だってクリアせなあかんわけやし。『答え』を見るしか手はないやろ?」
説得するが、返事は変わらない。
「だめったらだめだ! ゼッタイダメ!」
両腕でばってんを作って声を荒げる。
一度言い出したら聞かない、頑固な性格だ。ナニワはあきれて、肩を落とすしかなかった。
デコはクスリと笑う。
「あてが外れて、残念だったわね」
「ハハ……。そのようやな」
よく考えれば、予想できたことだった。
簡単に境の場所を探せる方法があったとしても、それを三度の飯より冒険が好きなジュウが許すはずもない。だからここは、ジュウの頑迷さを嘆くよりも、自分の予測不足を嘆くべきなのだろう。
故に
「しゃあない……境は自力で探すとするか」
と、開き直るように、ナニワは言った。
そこでデコは
(他に見つける方法が、ないこともないんだけどね……)
心の中で、ぼそりとつぶやいた。
「あとは……この《宝辞書》ってやつか?」
ナニワはブラウザバックし、《宝地図》のバーの下。《宝辞書》のバーをクリックした。
そこには、想具探しに必要そうな知識が、箇条書きで記されてて、それらは次のように分類されていた。
『想具について』
『境について』
『現人について』
『虚想世界について』
そこには、デコから聞いたことや、そうでないものも含めた情報が記載されていた。
〇想具はC、B、A、Sランクと評価され、低いもので数万。高いもので1000万単位で取引される。
〇想具は虚想世界でしか使用できない。
〇想具は、よほどの衝撃を受けない限り、壊れることは無い。
〇想具回収後、もしくは、想具が破壊した場合、暫く経つと、その領域の境は閉じられる。
〇虚想世界の時間の流れは、現実世界と比べて五倍遅く流れる。
〇虚人は、その領域の想具に惹かれる。故に、想具がある限り、虚人が自発的に領域外に出ることは起こりえない。
〇領域は全て、拒否という見えない結界で囲まれており、いかなる現人も通さない。現人以外は、全て通過できる。
「……なるほどな。デコがいろいろ知ってたのは、ここがソースやったんか」
と、ナニワは納得する。
いろいろな専門用語があって混乱したが、なんとか理解できた。
「ま、独自で手に入れた情報もあるけどね。まだいろいろ知りたければ、教えるけど?」
「これ以上、借金増やす気か!」
身震いする。悪い予感しかしなかった。
その時。
あることに気づく。
「……!! 待てよ……!! 今の説明……!?」
ナニワはディスプレイに視線を戻して、くいついた。
気にかかったのは、虚想世界に関する、ひとつの箇条書きだった。
〇領域は全て、拒否という見えない結界で囲まれており、いかなる現人も通さない。現人以外は、全て通過できる。
この説明が意味すること。
それは
「……他の領域から、もう、『熱林の領域』には行けへんっちゅうことか……?」
ぼそりと、呟く。
つまりそれは、こちらからボナに会いに行くことはできないことを意味していた。
かねてから気づいていたのか、デコは寂しげな表情を浮かべて、
「……あの子とは、もう会えないと思った方がいいわ」
声を落として、そう言った。