其の三 生還
「どないして助かったんや?」
帰り道。ジュウが、体中傷だらけのナニワに肩を貸しながら、坂の上にあった平坦な道を歩いていた。
聞かれて、ジュウは周囲を見回す。
そして何かを見つけて、
「えーと……あ、これだ。これのおかげだよ」
ジュウが背丈ほどもある大きな葉っぱを指指す。地面かららせん状の茎が生えていて、葉の全長は二メートルほどもあった。
「よく見てろよ」
そう言うと、茎をつたって葉の上に登る。そしてひざを曲げた次の瞬間。
空高く、ジュウの体が2メートル程跳びあがった。
「 !!」
ナニワが目を皿のように丸くした。
まるでトランポリンのように、跳べば跳ぶほどにその高さは増してゆく。五回ほどジャンプしたところでジュウの体は上空10メートル以上の高さにあった。
「お、おい! 大丈夫かぁ!」
ナニワが心配そうに声を張り上げると、ジュウが空中で体を仰向けにして落下し、葉の上に着地した。
すると不思議なことに、まるでゴム板の上にモノが落下したように、衝撃が吸収されて、跳躍がほとんどなくなったのである。
数センチほど跳びあがると、徐々に安定し、やがてジュウの動きが止まった。葉の上に体をうずめる。
「少しコツがいるんだけどな、慣れると面白いぜ」
葉から飛び降りてジュウが言った。
「足で着地するとどこまでも高く飛べるんだ。それ以外の部分で着地すると飛ばなくなる。オレは『跳ね草』って呼んでるけどな。おまえにも見せたかったってやつだよ」
今朝。出発する際に言った『面白いやつ』とは、この跳ね草のことらしい。
「崖下に運よくこれがあってさ、足で着地して跳びあがったんだ」
「………あのバケモノはどないしたんや?」
「あぁ、跳ね草があったのは一枚だけだった。あの熊はその横の地面にめりこんでたぞ」
「ギリギリ人生か !! 少しでもずれてたら死んでたちゅうことか!」
「ナハハハッ! いやぁホント、ついてたなぁ」
ジュウが陽気に笑い飛ばす。
(ん? 待てよ。ちゅうことは噂の一つ。『山から飛び出すもの』ちゅうのはこれが原因かいな。つまり……)
「たまにこれで遊んで、すっげぇ高く跳ぶこともあるんだ。跳び草の草原があってな。街全部見渡せるから、すげぇ楽しいぞ!」
「おまえかぁぁぁ !!」
と、ナニワが盛大に突っ込むが、ジュウは首をかしげて、不思議そうな顔をした。
※
やがて、麓にたどり着いた。
木々の間から町並が見える。それを見たナニワは、思わず涙を一筋ポロリ。
この16時間。本当に衝撃的なことが山ほど起こった。昨日、山に入ったのが何年も昔のことのように思える。
「熊は生け捕りにできなかったけど、無事帰れてよかったなぁ! ナニワ」
そんな感慨にひたるナニワの横で、ジュウが両腕を上に伸ばし、背伸びをした。まるで散歩から帰ったかのような軽い口ぶりである。
「だから熊やないて、あれ。ちゅうか本気やったんか」
と、ナニワが疲労困憊といった顔で答えた。
同時に、ジュウが化け物に向かってバカな攻撃を仕掛けたことを思い出した。命知らずにも程があるというものである。
呆れながら、同時にひとつの疑問が浮かび上がる。
その答えを、ナニワは訊かずにはいられなかった。
「……ジュウ。おまえ、なんでそないに冒険が好きなんや?」
自分でもバカな質問だと思った。
そんなこと、カレーが好きな子供になぜ好きかを聞くのと同じ。答えは『おいしいから』に決まっている不毛な質問。この場合も『楽しいから』なんて言葉が返ってくるに違いない。
それでも、ナニワは本人の口から答えが聞きたかった。
「この数時間で、何度も死ぬような危険にさらされて、なんで笑っていられるんや? 自分から危
険を求めてるようにも見えたで?」
理解ができなかった。
刺激を求めるなら、おにごっことか、サッカーや野球などのスポーツとか、安全な方法が他にたくさんあるはずだ。
ジュウは違う。
危険を知りながら、死ぬかもしれない窮地でも、なお笑っていられる。普通の子供なら拒否する現象も、ジュウは躊躇せずに踏み込めるような、そんな危うい存在。
即答するだろうと予想していたナニワだったが、予想に反して、彼は答えに困り、眉間にしわを寄せていた。
結局いきつく答えはひとつだろうとナニワが思っていると
「たとえばだな……」
ジュウが頭をポリポリとかきながら話し始める。
「ある街角があったとして、その先になにがあるかは曲がってみるまで分からねぇわけだ」
いきなりの例え話に面食らうナニワ。耳を傾ける。
「百万円拾うかもしんねぇし、トラックに撥ねられるかもしれない。もしかしたら、宇宙人とばったり遭遇するかもしれねぇ。------そう考えると、ワクワクしないか?」
笑顔を向けるジュウ。そして続ける。
「確かに、今回みたいな冒険を続けたら、いつか大怪我をするかもしれない。下手したら死ぬかもしれない。それでも、その先に見たことのないものを見たり、感じたことのないことを感じたり、知らないことを知ったりするとしたら、命をかける価値が、オレは、あると思う」
「……………」
理解はできた。
しかし、その考え方に、首を縦に振ることは、今のナニワにはできなかった。
わかることは、ジュウはジュウなりに、信念を持って冒険に挑んでいるということくらいだった。
そこで、ジュウが悲しそうにうつむくと、
「それでも、おまえにはわかんねぇかもな。何度も死にそうな目に合わせて、悪かったな。ナニワ。絶交だから、もう冒険に付き合えなんて……言わねぇよ。安心してくれ」
声を萎ませて言う。
その極端な変化にナニワは眉を吊り上げ、少し驚く様子を見せた。
昨日までならそう。その通りだおまえになんかつきあいきれるかと憤慨の目を向けただろう。
しかし、今は違う。
ナニワはフンと鼻で笑ってジュウの背中を叩いた。
かける言葉は決まっていた。
「何言うとんねん。おまえみたいに無茶するやつ、放っておけるわけないやろ! これからも、おまえが俺の安全を保障するゆうんなら、どこへでもついてくで!」
と、ジュウに肩を回し、満面の笑みを浮かべた。
冒険が好き嫌いはともかく、今のジュウを---友達を放っておくことなど、ナニワにはできるはずがなかった。
暫くの沈黙。すると、ジュウがナニワ以上に、はちきれんばかりの笑みを表現した。
そして、
「ほ、ほんとか !? どこへでもついてきてくれるのか !?」
と、ナニワの両肩を掴み、瞳をキラキラと輝かせた。
さっきのシリアス展開から打って変わっての異常なハイテンションで。
「ま、まぁ。死なない程度なら……」
ナニワが気押されながらも答えた。ジュウがプルプルと震え始めたかと思うと、体をグンと勢いよく伸ばし、大きく跳びあがった。
「ぃぃぃいやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉう !!」
跳ね草も無いのに、軽快に何度も飛び上がる。喜びを体中で表現していた。
ナニワは異常なその喜び方に嫌な予感を感じる。
軽く引いた。
そして。
「よし! 約束するぜ! おまえを絶対守る! そうと決まればこうしちゃいらんねぇ! 俺ん家に行くぞ!」
ハイテンションのままナニワの腕を掴むと、今日一番の猛スピードで走りだした。ナニワの足がほとんど宙を浮いた状態で引っ張られる。
「ま……待てや! 一回、家に帰らせろやあああ!」
と頼むが、ジュウの耳には入ってないようで、あっという間に山を抜け市街地に入っていった。
今はまだ、冒険の楽しさは共感できない。
しかし、ジュウと冒険を続けていれば、いつか共感できる日が来るのではないか。冒険に魅せられる日が来るのではないか。
ならば、1日も早くその日が来ることを願おう。曲がり角の先を覘くなら、1人よりは2人の方が楽しいに決まってるから。
そんなことを考えながら。ジュウに引っ張り回されないように、ナニワは足を必死に動かすのであった。
*
真ん中山の崖の下。地面に埋め込まれたまま横たわる3メートルの巨体。
熊もどきのバケモノの、その左腕には、踵の後がくっきりと残っていた。