其の六 暗号解読
「あ、暗号?」
「そう。見て気付かない?」
言われて、ナニワはその文字化けの羅列に目を凝らす。だが、暗号らしきものがあることは分からなかった。
「……で、まあ、正解を言うと-----」
「いやいや! ちょぉ待てや!」
慌てて、ナニワが制止する。
「せっかくやし、解説せぇよ! つまらんやろ!」
と、必死。こういう謎解きは、ナニワは嫌いではなかった。
ジュウはやはり興味が無い様子で、うたた寝をしていた。
「……めんどうねぇ……」
デコは、本当に面倒くさそうに、眉をひそめる。
「一度しか言わないから、よく聞きなさいよ」
と、解説を始める。
「まず……私が最初に目をつけたのは、この虫眼鏡とプラスマーク。いわゆる『検索』マークと、『条件指定』マークよ」
ディスプレイ上を指さすデコ。インターネット検索によく見かけられるマークである。
「いくら文字化けでも、この表示までエンコーディングされるのはありえないわ。つまり、これは、意図的に作られた文字化けということよ」
「……よぉわからんけど、ただ間違った作りをしとるわけやないっちゅうことか?」
「そう。何かあやしい気がしたのよね。そこで、この文字化けの羅列に、何か暗号が隠されているかもって思ったの」
と、ディスプレイ左下へ指先を動かす。
横五文字。縦十一文字の羅列。文字化け特有の、□マークや、画数の多い漢字。また、カタカナやアルファベット、@や#などがランダムに並んでいるように見えた。なぜか、途中、不自然な空欄がある。
そこで
「一番代表的な暗号って、どんなものがあると思う?」
と、唐突にデコは訊く。
「暗号? う~ん……やっぱ、狸の絵が描かれて『タ・抜き』ってやつとか?」
「そうね……そういう、暗号を解くヒントが示されている場合が多い。これの場合、この『検索』と『条件指定』マークがヒントになるわ」
再び、先刻のマークに視線を戻す。
「常識的に考えて、虫眼鏡の横の文字が、『けんさく』。プラスマークが『じょうけんしてい』って表していることは分かるわよね? そこでよく見てみると、この文字、記号を抜けば、アルファベットと数字が繰り返し表記されているのよね。」
「! ほ、ホンマや!」
確認するナニワ。途中、!マークや#、@マークがあるものの、アルファベット・数字・アルファベットの順に示されている。
「つまり、これ、順番的にアルファベットが母音。数字が子音を示しているのよ」
「………ボイン? アホ言うなや」
と、ナニワ。
突然。デコの胸に触る。
「おまえのは、どう見ても『ペタン』って感じやろ」
「…………!!」
バキィッ!!
「……ぶ、ぶっ殺すわよ!!」
胸を押さえ顔を真っ赤に、本気でナニワの頭をなぐるデコであった。
「か……軽いジョークやろ……」
頭にできた大きなたんこぶをさするナニワ。
難しい話に飽きてきて、思わずユーモアセンスを発揮しようとしてしまったのがまずかった。
後悔していた最中。
(……それにしても、全然膨らみあらへんかったな……)
内心、かなり驚いていた。本当に20歳の大人なのか、疑わしく思っていた。
「よ、ようするに……五十音表ってあるでしょ?」
デコは動揺を隠しきれない感じながら、机の上にあったプリントと鉛筆を手にすると、その裏に何かを描き始める。
それは誰もが目にしたことのある表。基本的な平仮名46文字が記されている、『五十音表』である。
「アルファベットは、A・I・U・E・Oの五種類。それぞれが、あ・い・う・え・おの母音を示しているの。1から9の数字は、あ行から順番に、子音を示しているってことなのよ」
言いながら、その表の左横に5つのアルファベット。上に、左から1から9の数字を書き加える。
「なるほどなぁ……確かに、これなら『E2』で『け』っちゅうことになるで」
と、ナニワは先刻の暗号を確認する。
「これを使って暗号を解いていくと、『!』は『ん』。『#』は濁点。『@』は小文字変換を示しているってことが分かるわ」
確認すると、確かにその通りだった。
『けんさく』の『ん』の部分には『!』マーク。『じょうけんしてい』の『じょ』は『し』の後に『#』、『よ』の後に『@』マークがついて『じょ』を示していることが分かった。
「このパターンを利用して、この羅列の暗号が解けるってわけよ」
「……せやけど、まだカタカナや漢字、□マークが残ってるで?」
「まあ、とりあえず、それを除いて解読してみなさい」
言われて、ナニワは文字化け羅列と五十音表を交互に見る。
そして、左上から右下方向へ、アルファベットと数字だけに注目して解読していく。
結果。次のような文字が浮かび上がった。
『ぇあでるといにがぃふ』
「……? なんやこれ? わけわからん文字になったで?」
プリントに記した文字に首を傾げるナニワ。どこかで間違ったかと不安になる。
「そうね。実はこれ、文字を正しく並べ替える必要があるのよ。小さな『え』が最初に来ているあたり、想像はつくでしょ?」
「意味のある言葉に並べ変えなあかんっちゅうことか?」
「そう。そこで、途中にある、カタカナを使うのよ」
デコは、五十音表を指さす
「気づかなかった? 全てのアルファベットの前に、カタカナがあることに。そして、この羅列全体の形に……」
「かたち?」
「首を傾げて見ると分かるかもね」
言われて、素直に首を左に傾ける。
そして、
「…………! あっ!!」
気づいた
「これ……五十音表の形になっとる!!」
横五文字。縦十一文字。途中にある空欄。
それは、や行とら行のい・う・えを抜いた、五十音表の形だった。
「各文字の前に示された片かな。これがもし、各文字を並べる順番を示しているとしたら……つまり、片かなを数字に変換しなければならないとしたら、この五十音表の形がヒントになる。そう思ったの」
と、デコは描いた五十音表を指し記す。
「私は、示されている片かなの位置と、本来、五十音表に配置されるべき位置の差に注目したわ」
「? どういうことや?」
「……例えば、一番先頭にある『ケ』を見て」
指を差すデコ。
「この羅列を五十音表としてみれば、『ケ』は、『イ』『ウ』『エ』『オ』『カ』『キ』『ク』を越えた、8つ先の場所に配置されるはずよね」
「8つ先………! 『8』!?」
「そういうことよ。」
笑みを浮べるデコ。
「羅列上の片かなと、五十音表にあるべき片かなの位置。その差分が、そのまま正解の並べる順番を示しているってこと。同様に、他の文字の数字を導いていくと……」
言いながら、数字を、先刻解読した文字の下に記していく。
8・6・4・2・10・9・3・1・5・7
続けて、番号順に並べ替えていく。
そして、次のような文字ができあがった。
『ガルニディアフェイト』
「が、虚想世界……!!」
「ビンゴ……でしょ?」
得意げに、微笑むデコ。
直訳すると、『ガルニディア運命』それは聞き覚えのある言葉であり、意味のつながる言葉であった。
「せやけど……暗号が解けたとして、これをどないせっちゅうんや?」
「そのヒントも、この羅列中に示されているわ。まあ、少し考えれば、何もなくても分かりそうなものだけど……」
と、羅列のある部分を指さす。
それは三段目から七段目。□マークが集中して並んでいる箇所。
「少し離れてみると、分かりやすいかも」
言われた通り、画面から目を離すと、すぐに分かった。
「! これ、矢印の形になっとる!」
□マーク。
それらをマクロ的視点から眺めると、右上を差す矢印の形となっていることが分かった。
そして、その矢印が指し示す先は、検索欄だった。
「つまり、この答えを、検索欄に入力しろってことを伝えてるわけよ」
説明して、デコは検索欄にその文字を入力した。
『ガルニディアフェイト』
デコがエンターキーを押す。
直後。赤やピンク、黄色といった明るい色彩の壁紙やレイアウトが散りばめられた、ファンタジー色が際立ったホームページが展開された。
「あの文字化けのホームページ独自のジャンプ検索でないと、ここにはこれないようになってるの。ちなみに、これは後で知ったことだけど、三回以上入力すると、正しい解答を入力してもジャンプできない仕掛けになってるらしいわ」
「適当に文字を入れ替えても、あかんかったっちゅうことか」
文字を並べる順番まできちんと解読しないと、ここまでたどり着けないという仕組みになっているらしい。
ナニワは、あらためてそのホームページを見る。
どうやら、何かのRPGの紹介ホームページであるようだった。『ガルニディアフェイト』というタイトルが大きく表示されていた。
しかしそれは、毎月市内のゲームショップで最新ゲームを確認しているナニワでも、見覚えも聞き覚えもないゲームだった。
しかも、ナニワはRPG好きである。過去30年のRPGは全て記憶しているはずだった。
そこで
「待てよ……『ガルニディア』やて?……まさか……」
ひとつの予感がよぎる。ナニワはウィンドウを覗き込み、先頭に記されたゲームのあらすじを読む。
そこにはこう記されていた。
『創世記0132年。平和な世界、虚想世界に、突如大いなる闇が襲い掛かる』
『大魔神。ディスク』
『虚人と呼ばれる魔物達を率いて、世界を混沌へと陥れる』
『その中、ある王国が討伐に立ち上がった。彼らは虚想世界中の領域と呼ばれる聖域に存在する古代兵器。想具を対抗勢力とすることを決意。現人と呼ばれる精鋭を募った』
『最終目的は、最高峰の能力を持った伝説の想具。神具の入手。世界のどこかにある、大魔神を倒せる唯一の兵器である』
『主人公は現人の一人。数々の想具を集め、王に献上し、また、それを使いながら魔物達と戦ってゆく』
『今、運命の扉が開かれる………!!』
「虚想世界……境…… これって……!!」
ナニワが驚いて目を剥かせる。
「これは、ただのおまけにすぎないわ」
そう言うと、デコはカーソルを、壁紙のデザインの一部である剣の箇所にあわせた。
しかし、色や形が変化するわけでもない。ナニワは首をかしげる。
デコは黙って左クリック。
直後。真っ黒な壁紙を背景としたウィンドウが展開された。
洋風の館にあるような、荘厳な装飾で彩られている。黄金色の文字で『ガルニディアへようこそ』というタイトルが記されていた。
「な、なんやこれ!」
「隠しリンクよ。」
「か、隠しリンク?」
眉をひそめるナニワ。
「ご丁寧なことにね……さっきの文字化け羅列に、ジャンプ先で行わなければいけない、ヒントが記されていたのよ」
と、ブラウザバックを二つクリック。先刻の文字化け羅列が再び画面上に移る。
「漢字の部分だけ、抜き出して読んでみて。」
言われて、左上から順番に漢字を探して読もうとする。
しかし、難しい漢字ばかりで、ナニワには読めなかった。
眉をひそめるナニワ。察して、デコが指差しながら読み上げる。
「嚇……諮……麟琥。隠しリンク。ね?」
「あ……なるほど……」
納得するナニワ。
この暗号の中に記されたすべての文字。アルファベット・数字・片かな・マーク・漢字。全てに意味があるものとなっていたのである。
しかし、ひとつ疑問がある。
「せやけど……どないして隠しリンクを見つけたんや?」
装飾多いホームページ。その分、リンクを隠す材料も多い。見つけるのは容易ではないはず。
その疑問に対し、デコは一言。
「それは……運よ」
「うん!?」
思わず、素っ頓狂な声をあげるナニワ。
「それ以上、何もヒントが無かったかし……とりあえず、手当たり次第にクリックしたら、偶然、ここまで飛んだのよ。」
言いながら、デコは先刻の手順を繰り返し、黄金文字のサイトまで戻った。
「これも後から知ったんだけど、クリックを10回以上したら、もとの文字化けページに戻されて、二度とここにはこれないようになってるらしいわ」
淡々と言うデコ。
どうやら、相当の秘密が隠されていることを、ナニワは感じ取る。
「さて、ここからが本題。ここを読んでみて」
デコはタイトルの下。同じく、黄金色で記された文章を指差す。
左端から右端まで。びっしりと記されている。活字に慣れていないナニワにとって敬遠しがちであったが、読み始めてすぐ、その思いは消えた。
衝撃が駆け巡る。
「こ……これは……!?」




