其の五 駆け引き
観念せざるを得なかった。
ナニワはチェーンロックを外し、家に少女を招き入れる。
「じゃあ、あんたの部屋で話をしましょうか」
と、表面だけの笑顔でそう言う。
(……やっぱ、あれの話やろうな……)
ナニワが顔を青ざめて予感する。
そして、彼女を先導しながら二階へと上り、自分の部屋のドアを開けた。
「あ! バカガキもいたのね! ちょうどいいわ!」
「おお! デコ!」
驚くジュウ。それを横目に、彼女はズカズカと部屋にあがりこむ。
直後。
「うぅわ! なにこのゲームの量! 気持ち悪!!」
彼女は、高さ二メートルのラック棚にびっしりと並べられたゲームのパッケージを眺めて、驚愕と嫌悪の混じったような声を上げる。
この少女―--否。少女なのはその姿だけ。
名を如月結衣子。その年齢、20歳である。
身長わずか140センチ程。童顔のため、大抵の者は彼女を大人とは認識できない。
少しでも高くみせたい精いっぱいの努力として、今日もストライプTシャツを着ている。その額の広さから、ジュウとナニワからはデコと呼ばれていた。
デコはその棚を吐き捨てるように視線を外すと、ナニワの机からキャスター椅子を引っ張って、足を組み座る。小さい体ながら、その威圧感は重量級だ。
「さて、私がここに来た理由は、察しがついてるわよね?」
二人を交互に睨みつけるデコ。ジュウは分からず、首を傾げた。本当に記憶力が悪い。
「約束の想具!今ここにあるなら、さっさと渡しなさい!」
右手を強く差し出して要求する。
ナニワの予感は的中した。
前回の冒険。帰り際のことである。
異世界。虚想世界にある不思議な道具。想具。
これを手に入れた場合、デコにゆずることを約束していたにもかかわらず、ジュウは独断で、その場のノリ的な選択で、その約束を破ったのだ。
鬼のような形相で追いかけられたことを、ナニワは今でも夢に見る。あらかじめ住所を教えていたことから、いつかやってくることは予想できた。
しかし、疑問に思うことがある。
なぜやってくるまで約二週間もの期間がかかったのかということと、それほど怒っていないのかということだ。
取り立ての猶予を与えるにしても、二週間は長い。それに、デコの気性上、約束を破った手前殴られることは覚悟していたのだが、本人は全く荒事にするつもりはなく(目をつぶされそうになったが)、心なしかやや上機嫌のようにも見える。
すると、ここからが本題ともいわんばかりに、デコが声を弾ませて言い放った。
「あと、情報料もね。利子が加わって3500円となりました。バカガキは6500円。二人合わせてちょうど、10000円で~す(はあと)」
「なっ……!?」
満面の笑顔を前に、ナニワは声を詰まらせる。
虚想世界について色々教えてもらった情報料。それをさらに増やすために、わざと遅れて取り立てに来たということである。
あまりに色々なことが起き過ぎて、ナニワはその際の請求をすっかり忘れていた。
「ふ、ふざけんやないで! そっちの連絡先も分からず、払えるわけないやろ!」
分かっていたとしても、忘れた振りをして連絡しなかっただろうことは置いといて。ナニワがいきり立つ。
しかし
「あんたが聞かないのが悪いでしょ! たった半月ですませてあげたことに、感謝して欲しい所よ!」
と、詭弁じみた反論。やはり、利子をつけたのは確信犯だった。
「とにかく、ジョウロの想具と10000円。しっかりもらうまで帰らないから!」
デコは頑固とした態度で、腕組み言う。それに対しジュウは、まるで自分に関係ないように、暢気に鼻をほじくっていた
ナニワは、この状況を予想していた。
この日が来るのを、半分恐怖しながら、
また、半分期待しながら待っていた。
彼はスクリと立ち上がり、ベッドの脇に放り投げられたリュックサックの傍へと歩み寄る。
「ジョウロはともかく、一万円なんて大金。小学生の俺らは持ってへんわ」
そう言って、リュックサックのジッパーを開けて、中からあるものを取り出した。
それをデコの足元に置く。
「………ジョウロと10000円。これで代わりにならへんか?」
それは、ポータブルゲーム機。GBN。
ナニワの命綱ともいえる想具。
臆病な英雄だった。
筐体のいたるところが傷だらけで、電池ボックスの爪は欠けて、代わりにガムテープで補強している。
これがなければ、前回の冒険はバッドエンドで終わったかもしれない。
下手すれば死んでいた。
それほど大事な道具である。
さすがのジュウもそれには度肝をぬかれて口をあんぐりと開ける。デコも同様だった。
「……どういうこと? こんな貴重なものを簡単に手放そうとするなんて。特にあなたにとっては、かけがえのないものだと思うけど?」
「背に腹はかえられへんやろ。ただひとつ、これをやるのに条件がある」
ナニワはデコの目を見据えて言う。
「あんたの知っとる虚想世界の情報。全部あますことなく教えてもらうで!」
つまり、これがナニワの目論見であり、目的だった。
境の存在。虚想世界と想具。
前回で様々な事を教わったが、それをどこで知ったのか?なぜ街の誰も認識していないのか?肝心なところは濁らされている。
それに加えて、ナニワが最も期待している情報は、境の場所と通過条件である。
ジュウが偶然見つけることができたというその幸運に、デコはあきれていた。
ということは、その場所を偶然でなく、知る方法があるということだ。
とりわけその方法を聞こうと、ナニワは強気の姿勢を見せるが、デコは鼻で笑う。
「……なるほど、それが狙いってわけ。確かにその想具。能力の多様性から考えれば、Aクラスは妥当。100万は軽く超すかもしれない。でも、前回手にいれたジョウロの想具がそれ以下って保障はどこにもないわ」
厳しい正論を返され、「うっ」と息をつまらせるナニワ。
そこまでは頭が回らなかった。やや苦し紛れに反論。
「で、でも。使い方を知ってる分、こっちのほうが得やろ? それに、Aクラスがなんや知らんけど、すごい貴重なもんなら、ジョウロがそれ以上の価値っちゅう可能性は低いんちゃうか?」
「……つまり、ジョウロとGBNのどっちが値が張るか、天秤にかけてみろってこと?」
取引に応じれば、GBNをゲット。おそらくは100万以上。
応じなければ、一万プラスジョウロをゲット。それが、100万以上の値になる保障は無い。
デコは、う~んと唸りながら、手を顎にそえて考える。
そして、
「……いいわ。この私に取引をふっかけたその度胸に免じて、教えてあげようじゃない。私の知ってる全て」
ナニワが「よしっ!」とガッツポーズを作った。
取引成立。ジュウもつられて喜び、両手を上げる。
「じゃあとりあえず……この部屋にパソコンある?」
キョロキョロと辺りを見回すデコ。
「ああ、あるで。ネトゲ用のやつ」
と、ナニワは勉強机まで向かうと、その引き出しを引く。
その中には、ノートパソコンがすっぽりと納まっていた。
「じゃあ、使わせてもらうわよ」
と、デコは引き出しに手を伸ばし、ノートパソコンを取り出す。画面を開き、電源を入れた。
ブオオォというファンの駆動音が鳴る。椅子に座り、その両脇からナニワとジュウがスクリーンを覘く。ジュウはパソコンも見たことがなかったらしく、物珍しそうな目線を向けていた。
やがてデスクトップが表示される。デコはマウスを操り、インターネットのアイコンにカーソルを合わせてダブルクリック。某インターネットサイトのトップページが表示された。
そして、URL欄に、とあるURLを入力し、エンターキーを押した。
直後、出現したのは、□(四角)や画数の多い漢字、カタカナやアルファベットがランダムに羅列されたホームページだった。
いわゆる、『文字バケ』である。
「? なんや? 間違ったんとちゃうか?」
「これでいいのよ」
そう言うと、カーソルを、右上にある『検索欄』まで移動した。
そして、言い放つ。
「実はこれ、暗号なのよ」




