其の四 熱闘伝4
「……なんでダメだったんだ?」
引き返し、芝草を抜けてからジュウが首をかしげて言う。
通過条件は合っているはずにもかかわらず、境が機能しない。こんなことは、かつてジュウも経験しないことだった。
陰鬱な雰囲気。そこで
「でも、まだ会えないってわけやないで」
ナニワはふと思い出して言う。
「デコ姉が言うてたで。虚想世界は全てつながってるんやて。せやから、他の領域から、ボナの居る領域まで移動できなくもないと思う」
「ほ、本当か!」
ジュウは表情を明るくする。彼も聞いたはずであるが、忘れたらしい。
可能性はゼロじゃない。まだ希望はある。
「ああ。こりゃぁますます、境探さなあかんな!」
結局。ボナに会うことはできなかったが、ポジティブに捉えれば、今回の発見は、今後の境探しのモチベーションを上げるのに役立ったのかもしれない。新たな領域に行けば、そこからボナのいる領域までいけるかもしれないのだから。
自然とやる気が湧き上がる。
「そだな! じゃあ、いつも通り街探検に行くか!」
ポジティブなジュウは、一変。顔色を明るくすると、再び大手を振って意気込む。その空家を飛び出す。
その時。
「いや。ちょい待ち」
ナニワは、駆け出すジュウを制止した。
やる気はある。しかし、体力がなかった。
連日のハードな探検で疲労は蓄積し、ナニワの体力は限界へと近づきつつあった。今回は村まで遊びに行くのみと決めていたため問題にはしなかったが、このまま街探検へ繰り出すとなると、体のどこかしらが壊れてしまうかもしれない。
それに、ナニワは前から納得がいかないことがあった。
ジュウの目を見据えて一言。
「俺だけおまえに付き合うっちゅうのは、割りに合わんやろ?」
※
ということで、ジュウはナニワの家でテレビゲームをする運びとなった。
これまで、ナニワはジュウの街探検に半ば無理やり付き合わされて、自分自身も楽しんではいたが、そのような一方的な従順関係は、ナニワの理想とする友達像では無い。両者がそれぞれの好きなことに付き合い遊ぶことで、対等な関係を築くことができると考えていた。
故に、今日はナニワの趣味である『ゲーム』にジュウを巻き込もうという次第である。
ジュウはやや不満げな顔をしたが、ナニワの言うことにも一理あったため、しぶしぶ承諾したのだった。
せっかくの休日。たまには現代っ子らしく、家でテレビゲームで遊びたいという思いである。
「ん~。どれにしよかなあ~」
ナニワは自分の部屋にたどり着くなり、まるで芸術品のように棚に陳列したゲームソフトを眺めて、選択を始める。
ハードはGBN。【臆病な英雄】(ヒーローボーイ)のそれである。
「ああ。これなんかええかもな」
と、ビスケット大のひとつのソフトを抜き出す。
それを、GBNではなく、テレビゲーム機のアダプタに取り付けた。
PSB。プレイステーションボーイ。
ファミコンで、ゲームボーイのソフトをテレビ画面上でプレイできるように、PSBはGBNのソフトをテレビでプレイできるゲーム機である。
早速、ゲーム機の電源をつける。
ソフトは最近はやりの格闘ゲーム。『熱闘伝4』。
ナニワはおもむろに、無線でつながれたコントローラーを手にとり、もうひとつをジュウに手渡した。
ここでジュウは、ナニワにとって、信じられない発言をした。
「別にいいけどよぉ。俺、ゲームなんかやったことないぞ?」
一瞬の沈黙。
ナニワは思わず、コントローラーを両手からこぼす。ゴトッと、音を立てて床に落ちた。
「ま……マジか!!」
目を剥き、驚きに叫ぶ。
ナニワのもつ極めて高い技術が、ゲームスキルである。
一年生の頃に買ってもらったRPGをきっかけに、ゲームにのめりこむようになり、次第にその才能が開花。今では、どんなジャンルのゲームにおいても、瞬く間にクリアしてしまうという特技を得ている。連日、学校中の少年が、ゲームの攻略法を聞きにやってくるほどだ。
まさに歩くゲーム攻略本。毎日がゲームづくし。
そんな環境に身をおく立場にとって、生まれてから一度もゲームをしたことがない者の存在は、信じがたいものがあった。
現代っ子ならば、ゲームのひとつやふたつ、所持しているのが普通である。
「ずっと冒険してたし。ゲームなんかする暇なかったぜ!」
ナハハと笑う。
思えば、ゲームについての会話にも、参加していた覚えがない。
「ま、まぁ。関係あらへんわ。ハンデつけたるさかい」
ナニワは平静を装って、コントローラーを構え直す。
テレビ画面に、オープニングムービーの激しいアクションCGが、眩い光と音楽と共に映し出される。
ジュウは思わず、うおぉと驚きの声をもらした。
「すげぇぇ !! カッコイーなぁ!」
物珍しいものを見る視線。未経験というのは本当らしい。
ジュウがみとれていたため、スキップをせずにムービーを最後まで見た後、設定コマンドでハンデを設定する。
ナニワが『最弱』。ジュウが『最強』。
最弱が最強を倒す場合、必殺技5回分のダメージを与えなければならず、逆の場合。強コンボ二回となる。
しかし、ナニワにとって、これでも物足りないほどであった。ましてや、相手はゲームの超初心者である。
そこで、ナニワは20人いるキャラクターのうち、パラメーターが最も低いキャラを選ぶ。ジュウには、最も高いキャラを選ぶよう指示した。
ナニワは酔っ払いのオヤジキャラ。ジュウは筋骨隆々の、武道系男キャラである。
方向キーを押すたび、画面の光る選択キーが音を立てて動くことに「うお! うおお!」と感動して、開いた口がふさがらない様子だ。初めて花火を見たボナのようだった。
そして、バトルが始まる。
『レディ・ファイト!』という威勢の良い掛け声と共に、ゴングが鳴らされた。
「まぁ、適当にボタン押してみぃ。簡単な操作やし。やりながら覚えられるやろ」
「お、おお。」
ジュウは緊張な面持ちで返事をする。
次の瞬間。わずか二秒で決着がついた。
ジュウのキャラが、リングアウトした。
「……………………?」
首をかしげるナニワ。
ジュウは何が起こったのかわからず、『YOU LOSE』と表記された画面の前で、カチカチとコントローラーのボタンを叩く。
「………いや。俺が悪かったわ。やっぱ基本操作ぐらい説明せんとな」
マルボタンやバツボタンを連打するだけで、十分勝負が成り立つゲームであるが、運悪く方向キーを選んでしまったらしい。
説明を面倒くさがった自分を反省する。
一通り説明を終えて再開。しかし、
「おい!どこむかっとんねん!間逆や間逆!」
「んなこと言われたって……おわ!」
「うおおい!リングアウトするやろ! 方向キーやなくて、〇押してみい!」
「???……こうか !?」
「だああ! それはジャンプの△や! 記号もわからへんのか !?」
テクテクテク。ピシッ。ピ。スカッスカッ。
攻撃は当たらない。
イラッ。
ナニワはしびれを切らした。
コマンドを押す。
ナニワの酔っ払いキャラクターが、低い姿勢から地面スレスレに拳を構えた状態で、フルスイングのアッパーをぶつける。
《ドラゴン! ブロオオオオオオオ!》
必殺技の名前が響き、ジュウの武道系キャラが空高く舞い上がった。
すこし、シュールな画だった。
※
といったかんじで、ナニワがややキレぎみの講釈をするものの、ジュウが操るキャラはフィールド上を自由に動くことさえできずにいた。
ジュウの顔がだんだん不機嫌になっていく。
そしてついに、
「あ~あ! つまんね! やめたや~めた!!」
コントローラーを投げ出して、仰向けに寝転んだ。完全にふてくされて、口をとんがらせている。
ジュウは超がつくほどのゲーム音痴だった。
否。ただ頭脳が足りてないだけなのかもしれない。コントローラーのボタンの配置を覚えることができず、画面と手元を交互に見るばかり。それも、間違った操作。勝負として成立すらしない。
ナニワが喝を入れようと叫ぼうとして、止める。完全にやる気をなくしたジュウに何を言おうと、無駄と直感した。
代わりに肩を落として、大きなため息をついた。
友達を自分の世界に誘おうとするのは当然の想い。しかし、それは叶わなかった。
だが、思った以上の落胆はなかった。
ジュウがゲームをする姿は似合わない。そう思った。
(まぁええか。これがジュウで、これが俺や)
ナニワがわずかに笑みを浮かべ、ゲームの電源を消す。立ち上がり、背伸びをした。
「しゃぁない! じゃあいつも通り、街探検しよか!」
言ったとたん、ジュウがガバっと跳ね起きて目を輝かせる。
「よっしゃ! そうこなくちゃ!!」
ころころと変わる表情。時々、小さな子供を相手にしているような錯覚に陥る。
(………本当に、わかりやすいやつやなぁ)
少しあきれて肩をすくめるナニワ。
体力は限界に近いが、ジュウも限度を覚えているところだし、自分の疲労具合を察するだろう。
そう考え直すことにした。
その時。
ピンポーン。
玄関からチャイム音が響いた。
父親は二度目の出張。母親は買い物に出かけたばかりだし、姉は友達の家に遊びに行っている。
訪ねてくる人物に、心当たりはなかった。
「誰やろ?」
ジュウを部屋に置いて、やや早足で。ドタドタと音を鳴らしながら階段を駆け下りる。
玄関にたどり付き、内鍵を外す。チェーンロックをつけたまま、扉をわずかに開いた。
そこには、自分より頭一つ分低い身長の、少女がいた。
大きな額が際立つその少女は、ニヤァ~と嫌味な笑みを浮べる。
「…………!!」
恐怖。戦慄が、ナニワの脳裏に蘇る。
その姿を見るや否や、ナニワは急いで扉を閉めようとした。しかし、
ガシッ!ゴカッ!
何かが挟まった。
少女の左足だ。スニーカーを無理矢理食い込ませて、それ以上の移動を封じている。
そして、右手でドアの淵を掴んでいる。その手にはある武器が握られていた。
玩具のパチンコだった。
すでにゴムが引かれていて、発射準備は万端。左手を離せば、装填されたパチンコ球がナニワの顔めがけて直撃する状態である。
まるで、ナニワがこういう反応をすることを見越したかのような、素早い行動だった。
実際、そうなのだろう。扉の向こうで震えるナニワを視認しながら、少女は毒を含めて言い放った。
「パチンコ球を弾丸に変えることはできないけど、これでも顔に青あざを作ることや、その気になれば、目を潰すことだってできるのよ?」




