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KIDS! ~小学生達の道草異世界冒険譚~  作者: あぎょう
クエスト2 デカチョーの冒険
36/196

其の三 追いかけっこ

 下校こそが、ジュウの本領を発揮する時間帯だ。

 間違っても、彼は真っ直ぐ帰宅することはない。

 裏道や屋根の上。川のフェンスの上。下水道の中。

 本能に従うように、好奇心に従うように。未知なる道を目指して、道なき道を進むのだ。

 その範囲は学区外にまで及ぶほどだった。

 そうして、極限の道草を経て、あたりがとっぷりと暮れてから、やっと帰宅する。街探検が飽き始めたらまんなか山へ遊びに行き、時には泊り込む。この繰り返しが彼の日常だった。

 現在。この街探検は、彼の趣味であると同時に、ひとつの目的のための手段だった。

 つまり、異世界の入口―--(ゲート)を探すことだ。


「ジュウ! ちょ、待てや!」


 ナニワが電信柱を登りながら、どこの家かも分からない屋根の上に立つジュウへ叫ぶ。

 本来、作業員が使う電信柱の足置き場。それを伝って跳躍し、屋根の上に登ったのである。

 そして、隣の家の屋根へ。もしくは木の枝の上へ。まるで忍者のように警戒に跳び伝っていく。

 地面まで約10メートル。落ちたら重傷は免れない。

 にもかかわらず、満面の笑みを浮べながら、家に住む住人など気にもせず、トタン屋根の金属音を鳴らして駆ける。ナニワはいつものように、ハァハァと息切れをしながら、怯えながらも、必死についていった。

 当然。不法侵入罪と名の付く犯罪である。

 この行いを許さない者が必然のごとく存在していた。


「こらぁぁ !! 屋根の上登るなって、何度言ったら分かるんだ !!」


 委員長。デカチョーが、彼らの移動に合わせて、家の傍の歩道を走りながら激昂していた。


「ゲッ! もう見つかってもうた!」


 ナニワが眼下のデカチョーをみて、顔をしかめる。

 ジュウのはた迷惑な街探検は、学校中に知られている。当然、デカチョーはそれを許さず、帰り道にジュウを見かけようものなら、見失うまで追い掛け回すのだ。

 四年生までは同じクラスになったことはなく、帰り時間が異なっていたため、遭遇する機会が少なかったのだが、今年。同じクラスになってからは、毎日のように追い掛け回される日々である。

 しかし、


「ナハハハ! 逃っげろぉ!」


 ジュウは楽しみが増えたといわんばかりに笑みをふりまき、屋根から屋根へと飛び回る。それとは対照的に、ナニワの顔は恐怖でひきつっていた。


「待てぇ!!」


 デカチョーは青筋を浮べながら、家の外側から追いかける

 彼女の最も厄介な特徴は、高い身体能力と格闘術である。

 女子にも関わらず、体力測定の結果は毎年学年一位。つまり、日々の冒険で鍛えられたジュウの身体能力さえ上回るのである。

 それに加えて、彼女は『耀纏道場』という稽古場に通っている。そこでは柔道、剣道、ボクシング、空手など。あらゆる格闘技を習えることができ、彼女はそれら全ての稽古を受けているのだ。

 しかも、子供の部において全てがトップクラス。大人にも負けない格闘術の使い手なのである。

 ケンカは負けなし。目をつけられれば、鉄拳制裁を覚悟するしかない。

 御供市東小学校において、間違いなく最強の座についているのだ。

 つまりはこの状況も、決して安寧としたものではなく、捕まれば最後。地獄のフルボッコが待ち受けているかもしれない。


「飛び降りるぞ!ナニワ!」


 ジュウが屋根の淵で一瞬立ち止まって言うと、庭に生えた六メートルほどの高さの杉の木に向かって飛び降りた。そして、枝をクッションに、バキバキと音を立てながら着地した。


「…………っ!!」


 ナニワは一瞬戸惑うが、周りに飛び越えられる屋根もない。

 やむなく、ジュウの後に続いて飛び降りた。

 残った枝木をバキバキと折りつつ、着地。足に衝撃が走り、少しよろめくが、すぐさま走り出す。

 家は塀囲い。デカチョーは表門の外にいる。ジュウは裏の塀まで回ると、片手で体を支えながら、一足跳びでピョンと飛び越えた。

 まるでアクションスターのような身軽な動きだ。ナニワはそうもいかず、両手をついて、またぐ形で乗り越えた。

 直後、塀の角からデカチョーが姿を現す。

 鬼のような形相だった。『デカ』と呼ばれて遜色なし。

 ナハハとジュウは笑い、一目散に逃げる。

 だが、ナニワは一般の小学五年生。走力はそこそこといったところ。百メートルを10秒台で走破する少女から逃げ切れるはずもない。

 みるみると距離を縮められていくその時。

 二人は道の広い商店街へと出た。

 花巻商店街。歩道にアーケードが設立されている、歩行者に優しい商店街である。

 彼らはすぐさま角を曲がり、商店街へ。デカチョーもそのあとを追った。

 しかし、


「? あれ?」


 彼らの姿は、そこにはなかった。


「あいつらどこいったんだ?」


 タイムラグはほんの数秒のはずだが、右も左も見ても、姿が見えない。

 デカチョーはしばらく困惑した後、


「……くっそ!」


 そうはき捨てると、勘頼みに左の道へと走り出した。

 しばらくして


「ふぅ……今回も危なかったで」


 ナニワが安堵のため息をもらして、彼女の背中を見送る。

 彼らは、アーケードの屋上にいた。

 商店街に設置されたアーケードには、整備用の梯子が等間隔で取り付けられており、彼らは商店街に出てすぐに、近くの梯子を上って姿を隠したのである。

 デカチョーが視界から消えるのを確認して、二人は歩道に降り立つ。そして、ニヤリと微笑みあい、元気よくハイタッチをした。


「やっぱあいつがいると、面白ぇなぁ」


 ナハハとジュウが笑った。

 街探検を始めて、デカチョーに見つかり、追いかけられて煙に巻く。毎日がその繰り返しだ。

 屋根の上を飛び回ったり、塀の上を歩くなどのハードトレーニングに、いつのまにかナニワは、精神も肉体も鍛えられていた。東小学校最強の女子に追い掛け回された後でも、笑顔を作ることができるほどには。

 しかし、彼らが求めるスリルは、こんなものではない。


「よし。じゃぁ続けよか。今日こそ見つけるで!」


 ナニワが元気よく掛け声を上げて、ジュウと共に商店街を走り抜ける。

 彼らの求めるものは、常識を超えた、新たな未知なる世界だ。

 しかしながら


※ ※


 結局、(ゲート)を見つけることはできなかった。

 町中の空家はもちろん。マンホールや下水道の中など、怪しそうな箇所は全て確認したが、ことごとく外れだった。

 ジュウが二年間街中を走り回って、三箇所しか見つけることができなかったのだから、ほんの一ヶ月足らずで見つけられるほうが奇跡というものである。それでも、彼らは現在、闇雲に街中を探し回るしか方法を知らない。


「あ~あ……今日も見つかんなかったなあ~」


 夕日の差す道を、ジュウは憂鬱そうに歩く。

 それを見かねたナニワは、前々から考えていた気分転換を提案した。


「なぁ。ボナに会いにいかへんか?」


 ボナ。 

 ラマッカ族という、ジャングルの村に住む一族の少年。一日も満たない短い付き合いであったが、二人の大切な友達である。

 いつか、会いに行くという約束をしていた。


「お! いいな! 行こうぜ!」


 ジュウはもちろん、承諾した。

 久しぶりに異世界に行けることと、友人に会えることを楽しみにしながら、二人は帰宅した。


※ ※ ※


 そして翌日。

 ある空家に向かって進行中である。ジュウはランドセル。ナニワは大きめのリュックサックを背負っている。中には、チョロキューやルービックキューブなどの、子供が喜びそうなおもちゃや、めざまし時計、打ち上げ花火などの日用品に至るまで、様々なものが入っていた。

 全て、ボナのために用意したものである。


「楽しみだなぁ。あれから十五日経ったから…………………あっちでは四ヶ月くらい経ってんのか?」

「なんでやねん。二ヶ月半やろ」


 道を歩きながら、典型的な漫才師がやるように、胸をはたいてツッコむナニワ。

 虚想世界(ガルニディア)は現実世界に対し、5倍時間の流れが遅い。つまり十五日の5倍で二か月半だ。

 沈黙の間は約十秒。ジュウは身体能力が高い反面、頭脳が弱い。

 やがて、例の(ゲート)。空家に生えるバカでかい芝草の前に到着した。

 ワクワクに、胸が躍る。


「よし、行くぞ!」


 ジュウの掛け声を先頭に、二人は足を踏み入れた。

 ガサガサと音を立てて、掻き分けながら進む。

 視界は草で埋まる。彼らは満面の笑みを浮べて行進した。

 しかし、


「痛っ !!」


 ゴツン! と鈍い音と共に、ジュウのうめき声が先頭から聞こえた。

 首をかしげるナニワ。直後、ナニワがジュウの背中に鼻の柱をぶつけた。

 よろめいて後ずさり。


「な、なんやねん! どうしたんや !?」


 鼻を手で押さえながら叫ぶ。

 次の瞬間。ナニワは絶句した。

 ジュウが見つめるその先は、家を取り囲むブロック塀だった。

 つまり、彼らは庭を横切り、虚想世界(ガルニディア)に入ることなく、向こう側まで到達したのだ。


「な……なんやこれ。どういうことや!」


 ナニワが動揺する。ジュウも目を剥かせて、ただブロック塀を見つめるのみ。

 とある人物から聞いた話では、(ゲート)それぞれに、虚想世界(ガルニディア)へ到達するための条件が備わっているらしい。

 ここの場合は、『午前4時から10時の間に芝草に入ること』

 現時刻は、午前8時。間違いないはず。


「なんで……?」


 ぼそりと、ジュウも信じられないといった様子で呟く。

 背の丈をも超す長い芝草の中、二人は呆然と立ち尽くすしかなかった。



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