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KIDS! ~小学生達の道草異世界冒険譚~  作者: あぎょう
クエスト2 デカチョーの冒険
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其の二 雨下先生


 ナニワが転校してから、ジュウの生活に少しずつ友達が現れ始めるのに、あまり時間はかからなかった。

 初日からジュウとナニワは常に共に行動する仲だった。ナニワは転校生ということを差し引いても、人を惹きつけるものがあった。

 結果、クラスメイト達とジュウが話す機会も増えていったのだ。

 その話の内容を聴くと、どうやら彼らの大半は、自分からジュウを避けているようではなかったらしい。


「お母さんが、『あの子とは関わるな』って言うから、なるべく話さないようにしてたんだ」


 出席番号七番。熊谷宗太郎が申し訳なさそうに話した。


「危険なことばっかするからって……でも、だからって、そんなのおかしいよね。今まで避けてて、ゴメン」


 宗太郎が頭を少し下げて、ジュウに向かい謝った。

 危険なこと。つまり、冒険だ。

 ジュウの生きがいともいえる趣味である。今まで数々の生徒がその冒険に振り回され、その度にひどい怪我をしたという。ほとんどが街中の探検なのだが、その内容が大人でもハードなものだった。

 ある時は屋根の上を走り、ある時は二メートル程の川幅を飛び越え、ある時は野犬がうろつく裏路地を走り回る等。その危険度ははかりしれないものばかりである。

 怪我をした者。その者から話を聞いた者。さらにその者から……というように、ジュウの破天荒な行動はクラス中、学年中、学校中へと伝染していた。

 それは父兄にも伝わり、やがて、『天元じゆうとの接触』を子供に対し禁止するようになったのだ。

 親の言うことに信頼をおくのが子供である。

 日常会話はするものの、積極的にジュウに話しかける者は誰もいなくなった。

 しかし、ジュウがナニワと楽しそうに行動しているのを見てか、宗一郎やその他の生徒達は考え方を改めたらしい。

 冒険に誘われて怪我をしたとしても、それは自分の責任。やりたくなければやらなければ良い。ジュウにはなんの非もない。

 そう考え始めた生徒達が一人、二人と増え、四月末には、ジュウはナニワに負けずとも劣らない、人気者になっていた。

 現在。さすがに加減を覚えたのか、遊びの最中に無茶を要求することは少なくなっていた。

 時々、旗を上げるポール(高さ五〇メートル)の上り競争や、川下から川上(水深五メートル)に向かっての競泳を提案するときがあるが、その度にナニワがストップをかけることで、犠牲者を出すことを防ぐことができた。

 悪口や嫌味もない。本当に明るく、真っ直ぐな性格。普通に遊ぶ限り、何の問題もなかった。

 しかし、それでもなお、異を唱える少年が一人。


「俺は絶対認めねぇぞ!」


 出席番号十三番。竜間結城(たつまゆうき)が反感の姿勢ですごむ。

 ナニワの転校初日。ジュウとの非接触を薦めた少年である。低めの身長と半開きの目が特徴的な男子である。


「みんな知らないんだ! そいつがどんなに危ないやつか! 俺は死ぬような目にあったんだ! 

絶対認めるもんか!!」


 ジュウとナニワを取り巻くグループに向かって、声を荒げて言い放つ。その目には確かに、恐怖の色が宿っていた。

 どんな危険な目にあったのか。ナニワは知りたくなったが、聞けば、ジュウについた友達が再び離れていきそうな予感がし、その場は口を閉ざすことにした。



 現在。4月26日金曜日。午後3時20分。

 放課後を知らせるチャイムが鳴り響き、生徒達が帰り支度をし始めている。

 明日が休日であることに、楽しげな雰囲気だ。

 その中、一際嬉しそうな表情を浮かべる少年が一人。


「ナニワ! 早く街探検に行こうぜ!」


 早食い選手権優勝者。ジュウが待ちきれないようにナニワを急かす。

 ナニワは、彼の元気な様子を見て、訝しげな表情。その手にもつモノを見る。

 給食の牛乳瓶。

 彼が給食前、ジュウのものとすり替えたものである。


(……確かに、腐っとったはずなんやけどなぁ……)


 ナニワの作戦は、ジュウの腹痛を狙ったものだった。

 あらかじめ用意した、賞味期限が一週間切れた牛乳瓶を、ジュウの隙を見てすり替えたのである。その腐った牛乳を飲めば、早食いどころではないはず。

 良心がやや痛む行為ではあったが、普段、ジュウの無茶苦茶に振り回されているのだから、このくらいの仕返しは愛嬌だろうとの判断で、ナニワは作戦を決行したのだった。

 しかしながら、その牛乳を飲んでも、ジュウはケロリとしていた。

 それどころか、全ての献立をぐちゃ混ぜにしたゲテモノスープごと、一気に胃袋に流し込み、早食い選手権の優勝を勝ち取ったのである。

 そして、景品であるいちごプリンを、自分の分も含めて三人分、旨そうに平らげたのだった。


「? どうしたんだ? ナニワ?」


 訝しげな表情をするナニワに、首をかしげるジュウ。やせ我慢しているようにも見えなかった。


(……こいつの胃袋。どうなってんねん……)


 ナニワは呆れた顔をする。

 どうやら、度重なる冒険で様々な食べ物を食べるうち、鉄の胃袋を得たらしい。

 それに、サバイバルでは好き嫌いを選べない。栄養があれば、どんなにまずそうなゲテモノでも口にする気概が、彼にはあるのだろう。

 まんなか山で何か試し食いをして死にかけたという発言を、ナニワは思い出した。

 ふう、とため息をつく。

 あらかじめ用意した作戦が無駄に終わってしまった。勝負事にはこだわる性格であるナニワは、がくりと肩を落とすのだった。


「もしかして、早食いで負けたこと、根にもってんのか?」


 そう訊くと、ジュウは笑顔でナニワの肩を叩き


「気にすんなって! それより、早く行こうぜ! オレ待ちきれねえよ!」


 と、足踏みを鳴らして、急かす。

 彼らは帰り道、街探検をすることが日課となっている。放課後はいつもこの調子である。


「……わぁったて。今支度するさかい……」


 ナニワは気を取り直し、ランドセルに教科書等を詰める。

 その時である。


「あら、じゆうくん。今日、日直じゃなかった?」


 彼らが帰る様子を見て、5年3組の担任教師。雨下先生が声をかけた。


「帰る前に、日誌を書いて提出してね」

「ええ~!? めんどくせ~な~」


 ジュウは唇を尖らして不満顔。

 今日。日直の仕事をほとんどやっていないにもかかわらず。


「オレ忙しいんだよ。カルちゃん。代わりにやっといて」


 こともあろうに先生に代役を頼むジュウ。

 すると、先生は困ったような顔で


「んも~う。しょうがないなぁ……じゃあ、先生にじゃんけんで勝ったら許してあげる!」


 と、手を突き出す。

 ジュウは満面の笑顔で了解。そして


「よぉし! じゃ~んけ~ん……」


 両者。拳を振りかぶり、


「「ポン!」」


 じゃんけん。

 ジュウがグー。先生はチョキ。

 ジュウの勝利だった。


「やった~!」


 跳びあがり、体全体で喜びを表現する。

 その様子に、


「あら。負けちゃった」


 やや困った顔で、先生は微笑むのだった。

 その女教師の本名。雨下花瑠羽(あましたかるは)

 性格は超温厚。マイペース。かなり広い心の持ち主でもあり、ちょっとやそっとじゃ怒ることはない。それどころか、子供のわがままにも優しく応じてしまう甘さがあり、先生らしくない一面がある。

 しかし、活気さかんな小学生のまとめ役である。

 授業中に騒いだりするのは日常茶飯事。怒鳴ることのできない彼女としては、困った状況のはずであるが、そんな時、彼女が決まって使う必殺技があった。


(「ふっ……ふえええぇぇええん!」)


 教壇に突っ伏して、泣き叫ぶのである。

 女の涙に男は弱いと人は言うが、それは小学生にもあてはまるらしく、ピタリと黙って、誰もが気まずそうな顔をするのだ。

 だが次の瞬間。


(「じゃぁ。この問題だけど……」)


 ニッコリと笑顔を向けて、何事もなかったかのように授業を続けるのだ。

 つまりは嘘泣き戦法。

 頭ごなしに叱るよりもかなり効果的な方法であった。生徒達はその戦法を理解してはいるが、目の前で大の大人が泣かれると、嘘と分かっていても条件反射的に黙り込んでしまう。

 優しい性格ながら、そんなしたたかな面も、彼女にはあった。

 その一面を忌み嫌う女子も何人かいるが、基本、人当たりのよい人格である。生徒全般から慕われる人気の先生だ。一部の生徒からは、『カルちゃん』と愛称されている程である。


「よおし! 今日こそ見つけてやる! いくぞぉ、ナニワ !!」


 元気な張り声を上げるジュウ。ビュンと風をきり、勢いよく教室の扉を開けると、廊下へ跳びだした。

 本当に待ちきれないらしく、ナニワは取り残されたのだった。

 ポカンと、唖然とするナニワ。


「? 見つけるって、何を?」


 そこで、ジュウの言葉に、雨下は首をかしげてナニワに訊く。


「! い、いや、なんでもあらへんよ!」


 と、ナニワは慌ててごまかした。

 いくら温厚な先生でも、毎日行われる無茶な街探検を知れば止めるだろうし、ましてや、その探検の目的を説明できるはずもなかった。

 雨下はやや訝しげな表情をした後、打って変わり


「……それにしても、じゆう君。変わったわねぇ」


 ジュウの向かった先を遠くに眺め、うれしそうに微笑んだ。


「4年生の頃はね。あんまり学校に来る子じゃなかったのよ。大好きな体育の時間がある日だけ登校してね」


 少し寂しそうな眼差しで話す。


「そ、そうやったんか? カルちゃん!」


 ナニワは驚きに、目を剥かせた。自由奔放な性格は認知していたが、そこまでとは思わなかった。

 いや、無理もないのだろう。

 ジュウにとって学校は、楽しくなければ行く意味もない。義務教育なんて言葉はジュウにとっては何の関係もない。

 自由気ままに。楽しくなければ、平気で登校拒否をするだろう。

 だからといって、家に閉じこもる柄ではないはずだ。学校に行かない間。彼はずっと一人で、孤独な冒険をしていたというのだろうか?

 そう思うと、ナニワは少し、胸に痛みを覚えた。

 そこで


「でも、あなたが来てからは、毎日登校してるわね」


 雨下は嬉しそうな表情を浮かべると、


「遊び友達もたくさんできて、先生、安心したわ。これからも、素敵な友達でいてね。ナニワ君」


 ニッコリと笑顔を向けた。

 ナニワは、恥ずかしそうに鼻の下をこすると


「……言われんでも、そうするわ!」


 そう言い残し、ジュウの後を追って駆け始めた。

 雨下はそれを微笑ましく眺めながら、右手を小さく振って、背中を見送るのだった。



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