語
………体が、動かない。
全身筋肉痛だ。
毎日ゲーム三昧だったから、当然の結果だ。
それでも、俺は死ぬ気の思いでベットから這い出した。まるで自分の体じゃないみたいだった。
時刻は午前八時。……学校、間に合わねえじゃん。
つーか、さすがにこの体じゃ無理だろ。
でもなあ……おととい、あんなに怒られて、また休むのもなあ……
……はあ。本当に、ひどい目にあった。
それにしても、いろんな意味でスゴイやつと友達になってしまった……
◆
あの後、俺たちは無事に境に到達し、現実世界に戻ることができた。
そして、驚いた。
「………なんでや? なんでまだ昼間なんや?」
俺は、ポカポカと暖かい日差しを受けながら、いつもどおりの流暢な関西弁を口にした。
太陽が真上で、サンサンと輝いていた。
虚想世界にいたのは、体感にして約9時間程。真昼から夜に移り変わり、真っ暗な闇に包まれていた。
そのはずだ。
俺は空家を出て、近くに見える公園まで走った。
中央に立つ柱時計。確認すると、
午後11時40分だった。
つまり、俺たちが芝草の中に入ってから、1時間半ほどしか経っていないことになる。
言葉を失った。そんな俺の横で、
「なんか、あっちとこっちで時間が違うみてぇなんだよな」
天元じゆう。ジュウがあっけからんと言いのけた。
どうやら、現実世界の1時間が、虚想世界の5時間に相当するらしい。約5倍、時間の流れが違うというのだ。
改めて、別世界にいたことを確認した。
……まじかよ。
でもまあ、そこはポジティブに考えた。
「ははっ……まぁ、ラッキーやな。門限過ぎて怒られずにすんだわ」
そのことが分かっていれば、ボナの両親が提案したとおり、村に泊まっても良かったなとも思ったが、今の体の疲労状況を感じると、そうも言っていられなかった。
体全体が鉛のように重く、足の筋肉は悲鳴を上げていた。
「じゃぁ、また学校でな! ナニワ! しっかり休め!」
さすがにジュウも俺の疲労具合を伺ってくれたようで、その場で別れた。
……思えば、あいつは、現実世界で一時間半しか経過していないのを理解していたはず。それでも、俺の懇願を聞いてくれたということは、あいつもあいつなりに、思いやりの心はあるらしい。
ただの自己中でもないらしい。
そんなふうに思いながら、ジュウの駆け出す背中を眺める。
………つーか、足速!
疲れゼロか!
全く疲労感が無い。底なしの体力のようだ。
おそらくあの後も、まんなか山か街中か。探検しに行ったのだろうか?
そんなことを考えながら、頼りない足取りで、俺は帰路に着いたのだった。
◇
着いたのだった……はいいけど。
その後の記憶が、無いんだよなあ……
というわけで、筋肉痛に苛まれる体を無理やり引っ張って、家に着いた後の俺の動向を母ちゃんに聞こうと、食卓へ向かった。この時間帯なら、食卓で朝飯が並んでるはずだ。
予想通り、部屋を出ると、リビングからおいしそうな匂いが漂ってきた。
俺は顔を出すなり、挨拶もせず聞く。
「なあ母ちゃん。俺きのう……」
だけど、声が詰まった。
鬼のような形相で仁王立ちする母ちゃんの姿を見つけたからだ。
散々怒られた。もう、一生分くらい怒られた。
話を聞く限り、俺は玄関で爆睡していたらしい。帰宅してきた母親は心臓が止まりそうになるほど驚いたという。
ああ、思い出した。
ドアを開けた途端。もうスイッチが切れたみたいに意識がなくなったんだっけ……
本当に限界だったんだなあ……と思いながら、母ちゃんの怒号を聞き続ける。
なんでかっていうと、俺の体に痛々しい生傷がたくさんあるからで、つまりは、家の中で安静にしていなかったことがばれたからだ。
まあでも、部屋の中まで運んでくれた分、感謝しておこう。
※
怒りの嵐の中、朝食を食べ終えて時刻八時半。完全に遅刻だ。
もう遅れることは分かりきってるのに、母ちゃんはしかめっ面で急き立てる。俺はうんざりしながら、時間割もしていないランドセルを背負って、玄関まで辿りついた。
そんな俺を見て苛ついてか、母ちゃんが背中に向かって蹴りを飛ばした。
ちょっ! やめろよ! 足が生まれたてのバンビなんだよ、こちとら!
本気で嫌がるオレ。母ちゃんはけりだす足を引っ込めると、
その表情が、一変。穏やかになった。
「……でも母ちゃん。ちょっと嬉しかったよ」
いきなり優しげな声を出した。
「……なんや。気持ち悪いなあ」
家族の前でも関西弁を貫き通すのがこの俺だった。
「だって、あんた家にこもってゲームばっかで、外で遊ぶことなんてほとんどなかったじゃない」
「…………」
「一昨日は、悪い友達にそそのかされたのかと思ったけど……うん。やっぱ子供はこうでなくっちゃ。その子に感謝しなきゃね」
……感謝……か。
「……いってきまーす」
俺はそのことについては何も答えず、扉を開けた。
目の前に、ジュウがいた。
「よっす!」
ジュウは昨日のように、手を掲げて挨拶をする。
…………なんでココニイル?
「あら。確か、天元君だっけ? 迎えに来てくれたの?」
母ちゃんはどうやら本当に恨みつらみはないようで、ニッコリと笑って手を振った。
ジュウは「おお!」とだけ答えると、
「ありがとね。これからも、浩介をよろしくね」
と、母ちゃんは言って、扉を閉めた。
……ん? 待てよ?
「……いつから待ってたんや?」
俺は訝しげに聞く。待ち合わせなんかしていない。
「んん? 七時ごろから?」
疑問形で返して来た。
七時? 一時間半かよ!
妙なところで、忍耐力のあるやつだ。
「暇だったから、町内一周してきたけどな。ナハハハ!」
「待ってた意味ないやん!」
伝家宝刀のツッコミを入れた。
全く、ほんと、俺も妙なヤツに好かれたもんだ。
「でもまあ。待ってたかいがあった! 今日は休みかなーとか思ってたからな!」
……だから、それ待ってたことになんねーって。
さすがに二回はつっこまない。
すると、ジュウは踵を返し、元気良く歩き出した。いちいちアクションが大きいのが、彼の特徴だ。
そして、
「よし! じゃあナニワ! 学校行くまでの間、街探検でもするか!」
「………はあ?」
耳を疑うようなことを言った。
「なして街探検やねん。もう学校始まっとる時間やぞ?」
「だっておまえ、転校してきたばかりだろ? いろいろ案内するぞ!」
と、笑顔を振りまいた。
「だからって……なんで今からやねん。それに、俺、全身筋肉痛で、動くのもしんどいんねんけど」
「だーいじょーぶだって! なんとかなるって!」
ジュウはあくまで、根拠の無い、自分勝手なポジティブシンキングだった。
「ほら行くぞ! ほらほらほら!」
と、俺の背中を押す。
だからやめろって! 足が地震警報だから!
……まあでも、こいつのことだ。
案内なんて、ただの口実に決まってる。
街探検にかこつけて、他の境を探しに行くに違いない。
つまりは、普通の道なんか通りもしないだろう。そう、顔に書いてある。
……はあ。ほんと、変なヤツ。
こんなやつに、『感謝』だって?
冗談じゃない。
無理やり変な所連れられて、意味不明な民族に捕まって、殺されかけて
ある子供と友達になって、ゲームを具現化したりして、ヒーローとして感謝されて
………綺麗な花火を見た。
………………
ほんと、余計なことしてくれる。
いいぜ。付き合ってやるよ。その冒険ごっこ。
こいつの思い通りになるのは癪だけどな。
全く……ゲーム時間が減ってしまうだろ。
……でも、まあいいか。
いい加減、RPGにも飽きてきたところだ。
本物の『冒険』をするのも、悪くはない。
「しゃあないなあ……」
しぶしぶと、俺は歩き始めた。
ジュウは「ナハハ」と笑って、走り始めた。
おいおい、だから足が……
まったく……
俺も、走り始めた。
おそらく、学校に着くのは昼前になるだろう。そして、また母ちゃんに怒られたりするだろう。
なんてことは、考えなかった。
朝日が照りつける道の中、思うことはただひとつだった。
今度は、どんな冒険が待ってるんだ !?