其の二十四 追憶
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今は昔の、遠い過去の記憶。
十年程前。俺が村のいち少年だった時代。
「あ! ほら、あそこ !!」
幼馴染の彼女はあどけない笑顔をみせて、林の影を指差して手招きしていた。そこには、カラバの子供がギザギザのついたハサミの罠に足を挟まれて、身をよじりながら暴れていた。
俺たちが仕掛けた、食料確保のための罠だ。
「…………」
俺は何も言わず、そこに近づいて、ハサミを無理やりこじ開けた。カラバは解放され、あっというまに森の奥へと姿を消していった。
「ええ! なんで逃がしちゃうの !?」
「……まだ子供だろ。捕まえるのはかわいそうだよ。大人になってからでいい」
すると、彼女は俺の顔を覗きこむようにすると、
「ふぅん……アデムは優しいんだね!」
ニコリと微笑んだ。
いつからだろう。よそよそしく、アデム様と呼ばれるようになったのは。
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同時期。ほんの追憶。
当時、戦士長だった父に連れられて、先神様の住まいである村の中央テントの中に連れられた。
「見るじゃてアデム! あの方が、将来お前がお守りする、先神様の後継者じゃて!」
父は、豪華な装飾を着飾った二十代ほどの若い女の人を差して言う。
当時の先神様の娘。ヨミ様の若き頃の姿だった。
しかしながら、当時の俺の第一印象は、正直なところ『変な人』だった。
若々しさは感じられない印象。猫背の上、ひどく顔色が悪く見えた。あまり近寄りたくない雰囲気があった。
どうせなら、ニミナみたいな人が良かったな……
子供ながら、心の中でそう呟いてしまったのを覚えている。
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時は流れて、ほんの追憶
「父ちゃん! ほら! おそろい !!」
斧の手入れをしている時、ボナが短い髪を強引に縛りあげた姿を俺に見せた。
俺の髪形の真似のつもりだろう。しかし、短髪すぎてやや不自然に見える。
それでも、ボナは満面の笑みを見せる。それを少し離れた所からニミナが微笑んで見ていた。
つられて俺も-----わずかに微笑んだ。
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また、追憶
現人達の出現回数がにわかに増えてきていて、油断ができない状況が続いていた。
神経を張り巡らせる。精神も肉体もボロボロ。
そんな時期に、
「父ちゃん! これあげる!」
息子がその手に持ってきたのは、草で編んで作った、とても上手とはいえない、不細工な人形だった。
頭にギザギザの形状の草が飛び出ている。
「オイラの人形! 最近、父ちゃん戦ってばっかだろ! お守りに持っといてよ! 絶対失くさないでね!」
ヘヘッと指で鼻の下をこすりながら笑った。
その指には、草を編む途中で切ったであろう無数の切り傷があった。
こんなものを作っている暇があったら鍛錬しろと言ったが、ボナは笑って、遠くへ走り去っていった。
その時、自分がどんな表情をしていたのかは定かではないが、とりあえず、人形に紐をくくりつけ、腰みのに結んでみた。
今思えば、
あれが、幸せというやつなのだろうか?
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そして、記憶は巡る
どれもこれも、ニミナとボナと、俺
………ああ、そうか。
いまさら気づいた。
なんて愚かだ。
先神様を守るために生まれ、守るために生きる。それが絶対の掟。俺に課せられた使命。
そう教えられて……それしか見えなかった。
それが本当に大事なものなのか?
全てを犠牲にしてまで守るべきものか?
そんな問いかけさえする余裕もなかった。結局、自分の中の、本当に大事なものが見えていなかった。
なにがラマッカ族の誇りだ。なにが戦士長の誇りだ。
そんなもの、ただのこじつけで、言い訳だ。
そんなもの―――
□
「―--くだらない……!」
額を血で真っ赤に染め、ギシギシと軋む体を支えながら
アデムは立ち上がった。
目がかすんで、吐き気がして、足ももつれる。
それでも、するべきことは決まっていた。
「!! アデム!!」
懐かしい声が聞こえた。
―――ニミナが昔のように、俺を呼んでいる。
その時、アデムのすぐ傍を、巨大な蛇が通りかかった。
腹の蠕動運動がはっきりと見える。
すると彼は、右手首の腕輪に左手をそえた。
銀色の腕輪。管理人から貰った武器。
右手に拳を作り、腕の先を蛇の横腹に向けた。
吐き出し方は知っている。その腕輪の使い方も効果も、頭の片隅に置いてある。
腕輪の中心にはめ込まれた輪。それを三分の一程回す。すると、周囲の空気がアデムの腕の先に集まり、目に見えない塊が形成された。
直径一メートル程の球状の台風。
アデムは、大蛇クビノスを見据えて、
「俺の息子を―――」
左手を離す。それと同時に、ジャッとバネ仕掛けのような音を出して、パチンコのダイヤルのような仕掛けで、輪が元の位置に戻った。
直後。
「返せえええええええええぇぇぇぇぇぇ !!」
アデムの咆哮と同時。空気の塊がクビノスの横腹に向かって射出された。
回転式トリガーの空圧砲。絶対に使うはずのなかった最終兵器が、今、使われた。
空気の塊は、クビノスに向かって直進。
そして、
ドグォオオオオオン!
直撃。巨大な音が空間を唸らせる。クビノスの体が捩れ、たまらず空中に飛ばされた。
「 !? え!? 何!?」
デコは、何が起きたのか理解できなかった。
ただ、アデムがクビノスに向かって攻撃を仕掛けたことは分かった。
しかし、呆然とはしていられない。
クビノスが部屋の中央。ナニワ達に向かって落ちてきているからだ。
たまらず背を向けて後方へと逃げる一同。
直後、ドシィン!という音と共に、ブロックの上にかぶさるようにクビノスが落下した。
地面が揺れ、転びそうになる。埃が巻き上げられ、周囲の視界がゼロになった。
ナニワ一同は息を呑む。
腹に直撃した空圧によって、選別作業は中止されるのか?
『中身』は吐き出されるのか?
すがるような気持ちで、目を見張った。
しかし
クビノスに何ら変化はなかった。
「……………!」
アデムは奥歯を噛みしめる。
彼は、飛ばした空気の塊が、クビノスに直撃した瞬間に理解していた。
空気の塊は、クビノスの腹を凹ませるだけで、ほんのわずかなダメージにもならなかった。表面の固い鱗がそれを許さなかったのだ。
空中に投げとばされたことによる威力の軽減もあるが、そもそも、この武器はこれほどの巨大生物に対して造られたものではなく、絶対的衝撃力の不足が原因だった。
しかし、悪いことばかりではなかった。
「ナニワ! ブロック !!」
いち早く気づいて、デコが叫んだ。
ナニワが何事かと振り向くが、クビノスの位置を見て瞬時に理解した。
抜け出したブロックの真上。つまり、真上から岩の砲弾を落とすことができる位置に戻すことができていたのだ。しかも、腹を上に向けて、踏んでくれと言わんばかりの体勢だった。
アデムが意識したわけではなく、ただの偶然。奇跡的な幸運だった。
ナニワがすぐさま右手をかざし、使用済みのブロックを画面に戻す。クビノスがドスン!と音を立てて床に沈んだ。
音の余韻が終わる間もなく、新規の画面を空中に展開。クビノスが身動きする間もなく、ブロックによって前足と後ろ足部分が再び拘束された。
ニミナも瞬時に理解し、再びデコと共に、クビノスの元へ駆け出した。
「みんなは離れて! 岩を落とす !!」
ニミナが戦士達に向けて叫んだ。戦士達は一瞬、意味がわからず訝しげな顔を見せるも、とりあえず山の陰まで隠れることにした。
ある二人の戦士を除いて。
「させるかぁ !!」
ヨミの側近達が、半狂乱でデコに襲い掛かってきた。
彼らにとって、ヨミの命令は絶対。逆らえば、命は無い。
「なっ………… !!」
生じた隙をついての攻撃。斧と棍棒がデコの頭上に振り下ろされる。
避ける余裕はない。思わず固く目をつぶった。
その時。
ドゴン!
襲撃者の側頭部に、子斧の峰がぶち当たった。
イジムが左右の子斧で奇襲したのだ。
「「…か………… !!」」
側近の二人はたまらず、その場に崩れ落ちた。目を剥かせて、気絶している。
「早くいくじゃて! 時間がないのじゃろう !?」
イジムがデコの目を見据えて言うと、デコは顔を引き締めて、再び駆け出した。
イジムは気絶した両者を肩に抱え、その場を離れる。ナニワは、遠ざかるデコ達をしばらく心配そうに眺めた後、少し遅れて離れ出した。
クビノスの腹の元に到達すると、すぐさまデコが【金成る軌跡】を再び真上に掲げた。
それと同時に、ニミナは一本の金属の杭を床に突き刺した。
その杭には緑の蔓が結ばれていて、金属製の矢につながっている。ニミナがそれを弦にたがえて、ギリギリと音を立て、最大限まで弦を引き伸ばした
そして、勢いよく射出。20メートル程離れた土砂の山に突き刺した。50センチほどの長さだった蔓が、それに追従して一気に伸びる。矢尻と杭の間を一直線に、蔓がビィンと音を立てて震える。
「……そろそろ来るわよ!」
デコが叫び、ニミナが真上を見上げた。天井の一部分が大きく隆起していた。
次の瞬間。
ボゴオオオォォォン!
誰もの予想を上回る、大量の土砂が降りかかってきた。
しかも、ひとつの塊がとてつもなく大きい。人の力では破壊できそうにない。
その後に続いて、表面をツルツルに磨いた、巨大な真球の弾が見えていた。確実にクビノスの腹めがけて落ちている。
岩の『弾』だ。
「中止!」
「捕まって!」
デコは宣言するのとほぼ同時に、ニミナに差し出された手を握った。そう宣言することで、『弾』が【金成る軌跡】に向かうことを避け、自重によりクビノスの腹に激突することを狙うのである。
だがその時。手を掴んだ直後である。
不幸にも、巨大な落盤が、二人の真上から襲い掛かってきた。
アデム、イジム、ナニワ。その他戦士達に戦慄が走る。
(……もうダメや!)
目をそむけたくなるナニワ。だが、
ギュゥゥン!
二人は風を切りながら、ものすごい速さで移動。
落盤の直撃を免れた。
「……!!」
あまりの速さに驚くデコ。直後、何かに体がぶつかった。
「いてて……」
痛みに顔をゆがませる。
二人がいたところは、ニミナが弓矢を撃ちこんだ山。ニミナの手には、鉄製の杭が握られていた。
蔓の名はガジリ草。ナニワやデコ、ジュウ達を縛り付けていたものである。
本来、樹木にらせん状に巻きつき、樹木の成長により太くなる幹を無理やり縛りつけ、それにより染み出した蜜を吸って成長し、群生するもの。輪を作った状態で内側から力を加えると、縮む性質を持っている。
だが、それとは別に、急激な力を加えると、ゴムのように伸びるという性質もあった。
それを利用した移動方法だった。杭を離すと、元の長さに戻る力が働く。ニミナがそれを持ち、デコがニミナにしがみついた形で脱出したのだ。
あわや大惨事。安堵のため息が出るその間も、土砂は落下し続ける。
蛇の腹を中心に、半径40メートルほどの範囲に、不規則に巨大な土砂が降り注いでいた。走って逃げていたら、十中八九巻き込まれていただろう。
全員が、視線を『弾』へと向けていた。
それは確実に、クビノスの腹へ向かって落下している。願ってやまなかった状況。ほんの数秒のわずかな時間が、何分にも感じられた。
そしてついに、
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオン!
クビノスの腹。そのど真ん中を、真球の『弾』が直撃した。
「ぃぃやったあああぁぁぁぁぁぁ !!」
ナニワ、デコ、ニミナが飛び上がり、両手を挙げて喜ぶ。
彼らの作戦を知らず、なぜ大岩が落ちてきたのか理由も知らない戦士達も、疑問を忘れて、ただ歓喜の雄たけびをあげた。
デコが腕時計を見る。すでに残り一分を切っていた。
「ギリギリね。危なかったわ」
周囲の視界は砂ぼこりでゼロに近かったが、岩が直撃する瞬間、クビノスの頭と尾をビクンと跳ね上がるのを見た。激突したのは間違いない。
ふと真上を見ると、直径10メートルほどの穴が見えた。
貫通した『弾』と、落盤によってできた大きな穴。そこから、輝く星空が見えた。
いつのまにか夜になっていたらしい。村人数人が何事かと顔を覘かせているのが見えた。
ナニワは「ぷはぁ~」と大きな息を吐き、その場にしりをついて座り込んだ。
他の者も似たような反応。緊張感がとけて安堵。自然と顔の強張りが解けた。
その傍ら。
ヨミが額の血管を浮き彫りにして、肩を震わせて激怒していた。
その反面、顔は何かに怯えているように真っ青だ。
「おのれぇ! 役立たずどもめ !! このままでは、奴が……奴が…… !!」
その横で、キキココも同様に怯えて体を縮こませている。
だがその中で、
ふと、おかしい。と気づく者が二人いた。
ニミナとアデム。
選別が中断されたのなら直撃直後、大量の土砂が口から吐き出されるはず。埃で視界が奪われようとも、なんらかの反応は感じるはずである。
嫌な予感がした。
そして、その予感は辛くも、
的中した。
”キオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ !!”
耳を覆いたくなるほど暴力的で鮮烈な咆哮と共に、のしかかる落盤を押しのけて、クビノスがその姿を現した。
その腹は、
いまだ蠕動中だった。
「え………?」
デコの呆けたような声。
ニミナもアデムもナニワもイジムも、全員が目の前の光景を信じられずにいた。
人々は絶句した。
クビノスは後ろ足2本で全体をささえ、鎌首をもたげて、周囲の人間を見下ろした。
三度目の奇襲に怒りが頂点に達したのか。それは明らかに威嚇姿勢だった。全体を大きく見せて、敵意のある叫び声を上げる。
そして、その背けたくなるような光景で、デコは確かに見た。
クビノスの真下にある、無数の落盤。それを見て、直感した。
岩は確かに腹に直撃したはずだった。
先に落ちた落盤が覆いかぶさっていなければ。
「そ、そんな……!!」
デコは絶望に、両ひざを地面に落とす。
不幸にも、クビノスにとっては幸運にも、落盤がクッションとなって岩の衝撃を軽減したのだ。
「そんなことって……いや、そもそも、岩の落下だけではまだ、威力が足りなかったってことなの……?」
誰ともなく、デコは訊く。当然のごとく、それに答える者は居ない。
目の前の現実に、誰もが言葉を失っていた。
一同放心。あらゆる感情が激しく起伏して、その頭の中は真っ白だった。
ただ、その圧倒的存在感、恐怖、威圧に、被捕食者さながらに怯えた。
何も考えられない。
選別終了。絶望の瞬間まで、残り30秒だけだった。
そもそも十分という時間制限は、デコが砂時計の大きさから予測したものに過ぎない。十数秒の誤差があるかもわからない。
次の瞬間、選別が始まるかもしれない。一刻の猶予も無いことは明らかだった。
だが、そんな、ほんのわずかな時間で、何ができるというのか?
誰もが、理解していた。
これ以上のあがきは無駄であることを。
そして、選別が終了して、再び獲物を求めるクビノスが、標的を自分達にむけるであろうことを確信していた。
クビノスはなお、すでに一片の敵意も消失した群集に、怒りの視線を向けていたから。
誰も動けなかった。
終わった。
再び、絶望の2文字が、彼らに叩きつけられた。
そして、ナニワは、
「……こんなときに、どこでなにやってるんや……あいつは………!!」
苛立ちを覚えながら、目に一杯の涙を浮かべて、小さく、震える声で呟いた。
こんなときなら、こんなときにこそ、あいつが必要だ。
きっと、この状況を大逆転してくれるはずだ。
そう確信をもって、意味もなく。
ナニワがその名を叫んだ。
「ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウ !!」
大きな空間に、その声がこだました。
デコは悲しそうに顔をうつむかせ、そして、何も言えなかった。
誰もが、絶望していた。
だが、
その時だった。
その叫びに呼応するかのように。
「うおおおおおおおおおああああああああああああ !!」
聞き覚えのある雄たけびが、天から降ってきた。
わずかに月光が漏れる、地上と通じる貫通穴。その向こうに、ひとつの小さな影があった。
ジャケットと、大きな長靴。くしゃくしゃの天然パーマを強引にバンダナで押さえ込んでいる小さな少年。
天元じゆう。略してジュウと、人は呼んだ。




