其の二十 立ち上がるデコ
予言者と蛇の怪物を除く全ての人間が、まるで時が止まったようにその動きを止めた。最悪の結果に誰もが戦慄を覚える。
一瞬だった。
ボナは悲鳴を上げることも、逃げ出すこともできず、気づいた瞬間にはクビノスに飲み込まれていたのだ。
ナニワやデコの顔が青ざめる。あまりの衝撃に声さえ出なかった。
クビノスは、何事もなかったかのように、悠然と、再び部屋内を闊歩し始めた。
直後。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおああああああ !!」
アデムの理性が崩壊した。
鬼のような形相で、クビノスに向かって全力で走り出した。
警戒も躊躇もない。ただ狂おしいばかりの怒りをぶつけるかのように。
「よすんじゃ! アデム !!」
イジムが名を叫ぶが、当然。返事が返るわけもない。
アデムが二メートルばかり跳躍し、巨大な斧を振るう。クビノスの胴体に向かって渾身の一撃を振るう。
しかし。
その瞬間。クビノスの巨大な尾が横殴りにアデムに直撃した。
接近に気づかないはずがなかった。
「ぐはぁ!」
アデムは吐血し、数十メートル先の壁に叩きつけられた。
激突の瞬間、壁がめり込み、小さなクレーターが形成されると、彼は糸の切れた操り人形のように、5メートル下の地面に落下した。
その衝撃により、髪をまとめていた留め紐が千切れ、長髪が露になる。
「アデム様 !!」
ニミナが涙目に叫び、駆け寄る。すでにアデムの意識はなく、背中や頭から血を流していた。
「……馬鹿息子が………!!」
イジムが、声を震わせ、血が出るほど拳を強く握る。
激怒。悲哀。後悔。
高ぶる感情を必死に抑えていた。クビノスに立ち向かいたい気持ちは同じだった。
「まだ助ける方法があるというのに、先走りおって……!」
「 !? 助ける方法 !? まだ、助けられるの!?」
「どないすれば助けられるんや!?」
近くにいたデコとナニワが、必死の想いで詰め寄る。
「な、なぜおまえらが気にかけるのじゃて? ボ、ボナを脅迫していたのではなかったのか?」
「はぁ !? 何いってんのよ! いいから早く教えなさいよ !!」
デコがイジムの首飾りを両手でつかむと、激しく揺さぶった。
頭がガクガクと揺れる。たまらずその手を払った。
「ゴ、ゴホッ! ゴホッ!」
苦しそうにせき込むイジム。
どうやら、現人達にとってもボナは大切な存在らしいことを理解した。
疑問は残るが、状況が状況である。一呼吸おいて彼は話し始めた。
「……クビノスは胴体を強く踏まれると、飲み込んだものが全て吐き出されるようになっているのじゃて。わし等はそれを利用し、飲み込んだ土に含まれる貴重な鉱物や植物を手に入れておる」
そういえばと、デコが檻の中からみた光景を思い出す。
確かに男が蛇の胴体を踏み、土の中から何かを探す仕草を見た。
「つまり、単純にやつの胴体を潰せばよいのじゃて。しかし、あの大きさとなると、相当な力が必要じゃて。真上から押しつぶすような、巨大な何かが………」
と、イジムが顔をしかめて言う。
「せ、せやけど、別に潰さんでも、胴体かっさばけばええとちゃうんか?」
「無理じゃろうな。ニミナの矢がやつに通じんのを見たじゃろう。クビノスの皮膚は鉄のように頑丈じゃ。わし等の持つ武器では、到底歯がたたん……」
首を横に振るイジム。
再び沈黙。
最良の策、方法はないのか思案していた、その時。
クビノスが動きを止めた。
直後、その胴体の中ほどで、内側から何かが大きく波打ち始めた。まるで心臓の鼓動のように定期的に蠕動運動を繰り返している。
「!! まさか…… !! よりによってこんな時に!」
「な、何 !? どういうこと !?」
デコが動揺し、説明を求める。
「……やつは定期的に、胃の中の食物と、そうでないもの-----土砂や鉱物と食物を分ける作業をするのじゃて。全ての土砂を口から吐き出した後、食物の消化が始まるのじゃ。……そして今、選別が始まっている」
「……選別っちゅうのは、どのくらい時間かかんのや?」
「ほんのわずかな時間じゃて……ちょうど、この砂が全て落ちるくらいの時間じゃて」
と、イジムが懐から取り出したのは、砂時計だった。
やや大きめのサイズ。パラパラと、歪なガラスの器の中で、砂が落ちている。ラマッカ族はいくつかの種類の砂時計を時間基準として生活しているのだ。
デコがその砂が落ちる様子を見る。
そして、察する。その砂時計の大きさから
「だいたい……十分ってところ?」
そう推測した。
「ほな、十分の間にあいつの胃からボナを出さへんと、消化されてまうっちゅうことか?」
ナニワがうろたえる。イジムは無言でうなづいた。
「そ、そんな………。ど、どないせえっちゅうねん !? 十分なんてあっという間やぞ !!」
ナニワが頭を抱える。
しばらく、沈黙が流れる。
その時だった。
「戦士達よ! 何をうろたえておる!」
予言者。先神様。
ヨミが部屋中にいきわたるような大きな声で叫んだ。
彼女は部屋の隅で、側近二人とキキココを従えていた。その声に、呆然と立ち尽くしてクビノスを見ていた戦士達が、彼女へと視線を移した。
その様子を確かめて、キキココが前に一歩踏み出て言い放つ。
「やつは、選別中は捕食しないですねぇ! 従って、もう襲うことはないですねぇ!」
続けて、ヨミが言い放つ。
「今のうちに、あの扉を開けるのじゃ! そこに秘宝が眠っておる !!」
ヨミが前方先の巨大な石扉を指差す。
だが、その方向に戦士達が走ることはなかった。
―――この人は、何を言っているんだ?
全員の頭の中にあった共通の疑問。
そして、一人の男がおそるおそる進言する。
「あの……先神様。飲み込まれた子供は……ボナはどうするつもりで?」
それを聞いたヨミは、面倒くさそうに答えた。
「見捨てろ」
全員の表情が固まった。
沈黙が流れる。その表情と雰囲気から、答えに納得していないと察したヨミが続けて言う。
「わずかな時間で、どうにかなるはずがなかろう。それに、たかが子供一人。死んだところで困ることも……」
と話す最中。
「ヨミイイィィィ!!」
一つの影が猛然と、怒り狂いながらヨミに迫った。側近の2人の戦士がそれを取り押さえる。
ボナの祖父。イジムが、怒りの形相で襲いかかった。
「この悪魔め! 人の命をなんだと思っておる! いつからそんな下衆に成り下がったのじゃて !!」
イジムが、取り押さえる側近の間から顔を突き出してなお、食い掛かろうとする。ヨミがそれを冷ややかな視線で見ていた。
「何じゃ? 何かおかしなことを言ったか? 理にかなっているではないか。あの子供も、わらわの役に立てて本望じゃろう。貴様なら理解できるはずじゃがなぁ? 先代戦士長。イジムよ」
「だ、黙れぇぇぇ !!」
なお食ってかかるイジム。それを無表情で二人の男がおさえこむ。
キキココも同様。ただ先神の意思のままに、流されるままに従うだけである。それを見ても、特別な感情は湧かなかった。
しかし、周囲の戦士達は愕然としていた。
ヨミは滅多なことでは戦線には赴かない。年中室内で予言に励み、時折村人全員を集めて予言の内容を伝えるのみである。他の日焼け肌とは違う、白い肌がそれを証明している。
したがって、彼女の人格と性格を知る機会は、側近の戦士と戦士長・世話係以外の者にはあまり与えられないのである。
彼らはそこで初めて知ったのだ。
彼女がこれほど冷徹で、残酷無比な人物であることを。
「ちょっと! 喧嘩してる場合じゃないでしょ!!」
見かねてデコが駆け寄り、激をとばした。
「そこのクソババアの言うことはむかつくけどなぁ、まずはボナ救うのが先やろ!」
ナニワが危機感を持って進言する。
「その選別っていうのが始まってから、すでに一分経ってる。残り九分しかないわ……!!」
デコが手元の腕時計に視線を映す。
その残酷な事実に、イジムも少し冷静さを取り戻した。
まずは、ボナを助け出す方法を考えねばならない。
しかし、考えれば考えるほど焦りがつのり、打つ手が思いつかないでいた。
その時。
「そうだ! ナニワ! あなたの出番よ !!」
デコが振り返って言い放つ。ナニワがハッと気づいた。
「……GBNの、ブロックか……!!」
GBNの想具。
その能力によって、『3Dテトリス』のブロックを具現化できる。それを落とせば、蛇に真上から強烈な衝撃を与えられるのだ。
「せやけど、さっきはうまくいかへんかったで?」
「いいから、もう一回やってみなさいよ! 時間無いんだから!!」
デカチョーは苛つきながらそう言い返す。
ナニワは自信なさげな顔で、パーカーポケットにあるGBNを取り出した。
「な、何をするつもりじゃ?」
イジムが眉をひそめて、デコが「まあ見てて」と答えた。
GBNの上で、ナニワの指が滑らかに動く。
そして、『レベル10』を選択。右手に画面をコピーして、腕を横に振りかぶる。
(……頼むで! うまくいってくれ……!)
ナニワは祈りながら、右手を振る。
そして、それは叶った。
半透明の画面。それがクビノスの胴体真上まで、まっすぐ向かい、空中で静止した。
「や、やった……!」
デコが喜び、小さく声を上げる。
そして、画面の変化は続く。
画面はあっという間に拡大。そのフィールドは、彼らのいる巨大空間全てに及んだ。直後、天井付近に、例のブロックが出現する。
しかし、そこで異変に気づく。
ブロックの大きさが、食人植物の間で顕現させた時より、遥かに大きかったのである。
「? どういうことや……?」
ナニワは首を傾げる。ブロックの大きさを変化させるつもりは毛頭なかった。
そこで、デコは気づいた。
「もしかして……このテトリス、直方体の部屋の中で無いと使えないんじゃないの……?」
「! そ、それや……!」
3Dテトリス。
このゲームは、いうなれば、直方体の空間中のブロックを埋めるゲームである。
従って、そのブロックに似合った空間が、あらかじめ必要となるのだ。
つまり、この想具の条件は、『設定づくり』だった。
そのゲームを顕現するための『場所』や『状況』を、あらかじめ用意しないといけないのである。先刻、道の中で使用を試みたときは、ブロックに収まるべき空間が無かったため、発動しなかったのだ。
そして、今回の場合、彼らのいる空間全てが、テトリスの舞台として設定された。そこは、食人植物の間より広く、ブロックの枠(10×10)は変わらないため、必然的に、ブロックの大きさは食人植物の場合と比べて大きくなる。
一辺10メートル以上の巨大なブロック。
しかも、最初に出たのは赤の四連ブロック。クビノスの体を押しつぶすには十分なサイズだった。
クビノスは選別に夢中で、その出現と接近に気づかない。
絶好の好機だった。
「今よ! ナニワ!」
「よっしゃ! 任せたれ!」
ナニワは威勢よく、視線を上空に移す。
方向キーを動かし、ブロックをクビノス上空へと移動させる。
そして、
「これで、潰れろ !!」
その掛け声とともに、
ブロックがクビノスの胴体へと落下。独特の電子音が部屋中に響いた。
「やった !!」
デコが指をパチンとならして喜ぶ。
回りの男達は何が起きたか分からないといった顔であっけにとられていた。クビノスの胴体は、完全に赤いブロックにより遮断されている。
だがしかし、
現実は、そううまくいかなかった。
クビノスに何の変化も起きなかった。
ただ、その動きが鈍くなったのみである。
「えぇ !? どういうこと !?」
デコが目を見開かせて叫ぶ。
予想では、大量の土砂がクビノスの口から撒き散らされるはず。だが、クビノスは何事もなかったかのような反応を見せた。
そこで、ナニワはその現象を良く見て、
「!!」
そして理解した。
「そ……そういうことかいな………!」
続けて落ちてくるブロックを尻目につぶやいた。
その視線はブロックの面。クビノスとブロックの境界面に注がれていた。
ブロックの面から、クビノスの胴体が突き出ているのだ。
「このブロックは落ちてるわけやない。少しずつ、瞬間移動してるだけやったんや……… !!」
「? どういうこと?」
「つまり……単に、ヘビとブロックが同化してるだけっちゅうことや……!!」
ゲーム画面上のブロックは、点滅を繰り返しながら徐々に下へと移動している。つまり、1ブロックずつ座標を変えているにすぎない。
そもそも、食人植物をブロックを使って消せたのは、彼らがブロックと同一化していたからである。物理的に潰したのならば、後に残るのは彼らの無様に潰れた姿だけのはずだ。
その事実に、デコも理解した。
「で、でも、これで動きは封じたはずよ。少なくも、あの巨体に押しつぶされる危険は減ったわ」
戸惑いながらも、デコが言う。
クビノスに対して、ブロックの大きさはあまりにも巨大。それ相応の重量があるならば、クビノスの小さな手足で、ブロックごと引きずって移動することは考えにくい。
そこで、クビノスはようやく、巨大なブロックが自分の胴体と融合していることに気づき、手足をじたばたと動かし始めた。完全に固定されていて、ブロックを支点に左右に揺さぶられるだけである。
デコの予想通り、完全な拘束状態に見えた。
すでに捕食しない状態といえど、これほどの巨大怪物。歩き回るだけで恐怖する。
一同、わずかに安堵した。
しかし。
直後、クビノスの手足が胴体に引っ込むと同時に、全身にヌルヌルとした薄茶色の粘膜が分泌し始めた。
ニミナやイジム。他ラマッカ族達に、嫌な予感が走った。
「ま、まさか………」
ニミナは冷や汗を流し、クビノスは大きく体をくねらせる様子を見た。
直後。
ブロックからズルズルと、クビノスの胴体が抜き出てきたのである。
「…………!! !?」
デコは目を疑う。目を剥けて凝視する。
さらに、ヘビが抜き出た後を見て、二度驚く。
そのブロックには、蛇の体積分だけ穴が開いていた。
「な、なん……やて……?」
最悪の状況だった。信じられない気持ちだった。
つまるところ、この現象は、ブロックによる『潰圧』でも、『融合』でさえなかった。
いうなれば、『変換』。
つまり、ブロックが落ちた場所にあった他物質が、ブロックを押し出す形になっているのだ。
『ブロックの一部分』が『クビノスの胴体』へと変換され、ブロックの無くなった体積分は、どこかへと消えてしまったのである。
従って、このブロックでは、ヘビをつぶすこともできないし、拘束することもできない。
一同が顔を青ざめて呆然とする。
その最中、クビノスが粘膜をしたらせながら、ズルズルズルズルと、その胴体を移動させる。粘膜が、地面と胴体の潤滑油の役割を果たしているようだった。
ブロックの穴から完全に出た後、クビノスは再び手足を胴体から突き出し、体を支える。
悠々と、ブロックからの脱出に成功した。
「そ、そんな………」
デコが頭に手を抱える。完全に予測違いだった。
すると、クビノスがその小さく暗い目を、周囲の人間に向けた。
鼻息荒く、明らかに怒りをむき出しにしている。選別活動の邪魔をされて、興奮しているようだった。
そして、
これが野生の勘か。
理解できるはずもない攻撃。だが、直感的に敵とみなしたのだろう。
クビノスが猛スピードでナニワの方向へ突進し始めた。
「 !!…………っ!!」
彼は突然の状況変化に、足がついていかなかった。恐怖に顔がひきつり、その場に立ち竦む。
それを見かねたデコが、彼の腕を引っ張って無理やり走らせた。
結果、間一髪、怪物の猛攻を避けきることができた。
すぐさま、近くの山に身を隠す2人。両者とも足がもつれ、その場で転んだ。
その直後だった。
状況は悪化した。
二人を見失ったクビノスは所かまわず暴れ始め、周囲の人間を巨大な尾で払い、吹き飛ばそうとしているのだ。
再び恐怖の断末魔が響き渡る。
山の陰で、デコが肩で息をしながらうつむいた。
腕時計に視線を移す。
残り時間は、あと七分も無い。
「……………」
デコは思い出していた。
二度と忘れられない。あの苦い体験を。
自分がどうしようもなく愚かで、救いようのない、あの事件。
否応にも、フラッシュバックした。
「………いやよ、絶対いや………目の前で人が死ぬなんて、もう二度と…… !!」
「? ………デコ姉……?」
唇を噛み締め、ギリリと爪を地面に突きたてる。その苦悶の表情に、ナニワは首を傾げるしかなかった。
―――何か。何か方法はないの?
必死に、デコは脳回路を働かせようとする。
しかし、混乱・恐怖・あせり。それらが思考の邪魔をしていた。
(必要なのは、真上から押しつぶす巨大な何か…………【金成る軌跡】は………)
デコが【金成る軌跡】をベルトから取り出して見つめる。
周囲にあるのは土砂の山。自然物は弾にはできない。
巨大な石扉を弾にすれば大きな武器になるだろうが、想具を守る頑丈な扉である。いかに【金成る軌跡】といえど、そう簡単に弾としてひっぺがすようなことができるのは疑問だった。
先刻のようにタイル・カタパルトを作っても大したダメージにはならないだろう。この状況を打開するものとは思えなかった。
それでも、自分の持つ武器はこれだけ。
彼女はあきらめきれなかった。
(なにか……なにか弾にできるものは………!)
周囲を必死に見渡すデコ。
すると突然、ある違和感を感じた。
なにか大事なものを忘れているような感覚。【金成る軌跡】から、それがひしひしと伝わってくるのである。
感覚を研ぎ澄ますデコ。
そして、自然と意識が上空に移る。
直後、全てを理解した。
まさかと思った。その奇跡的な確率に、身震いすら起こる。
同時に、ひとつの策が思い浮かぶ。
リスクは高い。うまくいくかは分からない。だが、
「もう、これしか方法がない………!!」
選別終了まで残り6分。決意を胸に、デコが力強く立ち上がった。




