其の十七 追跡と逃走
「やばい! 追いついてきたで!」
発見を知らせる男の声を聞いたナニワが、声を張る。それを合図に三人は一斉に駆け出した。
食人植物の間。罠の間。ともに、膨大な時間を使ってしまった。追いつかれるのは必然である。
また、不運なことに、今彼らが居るのは果てしなく続くまっすぐの道。いくら歩いたところで、ライターの灯を頼りにされて見つかってしまう。
ナニワ達からラマッカ族の間の距離はおよそ200メートル。しかし子供(デコの場合、その体力が子供並)と大人の追いかけっこ。結果は目に見えている。
それでも、少しでも先延ばしにしようと、彼らは必死に走り続けた。
やがて、道の様子が変わってきた。
「な、なにコレ !?」
デコがうろたえて周囲を見渡す。罠の道とは対照的に、そこはひどく無骨に作られた道だった。
いや、道と言っていいかも怪しい。
そこは石畳が全くなく、壁や天井、床といった認識がまるでできないほど、凹凸の大きな土で成り立っていた。
全体が、まるでなにかで抉り取られたように作られている。地面には小さい山がいくつも堆積されていて、その内部や表面に光るコケが群生していた。
ただでさえ小さい光がさらに小さくなり、かろうじて山の形が認識できる程度である。足元は完全に見えない状態。左右上下の長さは倍以上に大きくなっているものの、その小さな山がさらに通れる道を狭くしていた。
また、あらゆる所に直径5メートルほどの穴がいくつも掘られていた。この穴のどれかが本物の道という推測もあるが、今までずっと一本道を通ってきたこともあり、その時のナニワ達にそこまで考える余裕はなかった。逃げやすい道を、ただ一番広い空間を通るだけである。
山や穴を乗り越えたり避けたりといった運動が、ナニワ達の体力を急激に消耗させる。辺りが暗いことから、自然に足の動きが鈍る。捕まるのも時間の問題だ。
「とにかく急ぐんや! 奥に向かって走れ !!」
恐怖をかき消すように必死に声を張り上げて、ライターの火を灯しながら先頭を走るナニワ。ボナやデコが、山の灯りとライターの灯りを頼りに、短い足を動かして障害物を乗り越えていく。
その時。
「痛っ !!」
ボナがつまづき、地面に突っ伏した。ナニワとデコが足を止めて振り返る。
もはや体力の限界らしい。子供の手足では、少々ハードすぎるアスレチック。さほど身長が変わらないデコも体力はかなり消耗しているはずだが、強がって必死になっているように見えた。
「荷物を捨てるのよ! 少しでも身軽にしなきゃ!」
デコがリュックサックをその場に置く。ナニワも同意し、バックとジュウのランドセルをその辺りに放り投げた。
中身はおやつと飲み物くらいで、大事なものは入っていない。命綱の想具。GBNはちゃんとポケットの中だ。
そして、ナニワはボナに駆け寄ってしゃがむと、背を向ける。
「ほら!乗るんや!」
両手を後ろにおんぶの構え。ボナが痛みをこらえて立ち上がると、のしかかるように背中におぶさる。ナニワはすぐさま立ち上がり、再び駆け出した。
「てゆうか、あのバカガキ! どこまで行ったのよ !? ちっとも姿が見えないじゃない! 肝心なときにいないんだから!」
デコが息を絶えだえに叫ぶ。
確かに、ジュウがいれば足止め役として十分に果たしてくれるはずだ。勢い余って先走ったものの、ナニワの他二人の到着を待っていたものと思っていた。そのくらいの良識はあるだろう。
ふと、壁に掘られた穴がナニワの視界に入る。
小さい山によってうねうねと曲がりくねった道になってはいるが、基本は一本道である。
だがしかし-----
ナニワの脳内で、一つの推測が生まれる。
(まさか………!?)
*
そのまさかだった。
「うおぉ! 外に出ちまった!」
ジュウが穴から顔を出して驚く。
そう、彼は道の脇にある穴のひとつを通っていた。
穴の一つが真の道であると高尚な推測をしたわけではない。
彼にはより『面白そうな道』へ行く癖があったのだ。
明るく広々とした道と暗く狭い道があるなら、彼は無意識に狭い方の道を選ぶ。今回も同様。なにも考えずに先走った結果、気がついたら穴の中を通っていたのである。
その穴の中は上下も左右もない道だった。五メートルの円形の道が、まるでジェットコースターのレールのように、上に行っては下。右に行っては左といったように、普通の人間では手ぶらで通れる道ではなかった。ジュウは持ち前の足の加速力で、それこそジェットコースターのごとく走りぬけたのだ。
そして、その穴の先は、地上へと続いていたのである。
ジュウが穴から這い出て辺りを見回す。ジャングルの中のどこからしい。
まるで見知らぬ場所だった。それが彼の好奇心を助長させた。
このまま探検としゃれこみたいところだが、そろそろラマッカ族が追いついてきてもおかしくない。ナニワ達の安否も気になった。
「だけど、来た道戻るのキライなんだよなぁ………」
ジュウが頭をポリポリと掻いて困った顔をした。
そして、ほんの数秒後。
「よし、もっかい入り口から入ろう! あの罠の道、面白かったし! ナニワとボナにはデコがついてるから大丈夫だろ!」
と誰ともなく言い放ち、ニヤリと笑って走り出した。冒険意欲が勝ってしまったのだ。
そして彼は、まずは村を見つけるため、あてもなく縦横無尽にジャングルの中を走り回るのだった。
*
その100メートル地下では、
「やばい! 追いつかれるわ !!」
疲労困憊といった状態でデコが声を張り上げていた。
すでに後方10メートルに、土や岩を蹴り上げる音が響いて聞こえてきていた。アデム率いる戦士達は、カモシカのように岩を跳び越え、また加速し、みるみるとその距離を縮めていく。
デコは入り口で行った時のようにバリケードを作ろうと考えていた。だが、そのための原材料―-人工物が周囲になかった。
そこでデコは、腰ベルトの左側に備えられた、玩具のマガジンに手を触れる。
「……これでも食らえ!! 『パチンコガン』!」
デコがそう宣言しながら、【金成る軌跡】を後ろに向ける。
すると、マガジンの中から吸い寄せられるように何個ものパチンコ玉が飛び出した。
それらはパチンコのゴムの弾性によって、次々と撃ちだされた。
ゴムが前後に自動反復運動。毎秒10発以上の高速射撃。あまりの速さに残像が見えるほどだった。
しかし、それは無駄に終わった。
背後の戦士達は暗闇だというのにそれをかわし、あるいは鎧や盾で防ぎ、武器で撃ち落とす。
彼らを追う戦士は並の実力ではなかった。野生の動物並に、夜目が効くのである。
足止めにもならなかった。
(どうすれば………!?)
デコが必死の形相で辺りを見回して走る。
その時、ナニワがライターを地面に放り出した。赤い光が地面に落ちる。
足を止め、ボナを地面に下ろすと、ポケットのジッパーを下ろす。
「!? 何をする気!?」
「これでバリケード作ったる!!」
デコに叫び返すと、ナニワはポケットからGBNを取り出した。そして、乱暴に右手を画面に押し付け、すかさず後方に腕を振った。
先刻に活躍を見せたGBNの想具。ブロック落としのゲーム能力によって、バリケードを作ろうというのだ。正四面体を壁のように積み重ねれば、簡単にできあがる。
はずだった。
「!?………なんでや!?」
ナニワが戸惑い、思わずその足を止めた。
ブロックは出なかった。
GBNの画面はナニワの右手に付いている。だがしかし、その右手をいくら振っても、画面のブロックが顕現することはなかった。
何度も意識しながら、右手を大きく振る。しかし、画面は右手に張り付いたままなのである。
「追いつかれる……!!」
デコが焦燥の声をあげる。ショックにやや呆然としていた数秒の間、さらにマラッカ族たちは距離を詰め寄っていた。
武器を掲げながら襲いかかる様子が、すでに確認できる距離までに。
その時。
「ナニワ兄ちゃん! 前!!」
先を進んでいたボナが、目の前を指さして呼ぶ。
その先に、光が見えた。また別の空間がそこにあることを示していた。
二人は駆け出した。
そこに想具があるかもしれない。そうすれば、この場を切り抜けられるかもしれない。
「待てえ!! 現人共ぉぉ!!」
後方から、イジムの大声を耳にしながら、走りだすナニワとデコ。
そして、その空間の入り口。
デコの視界に入ったのは、石のタイルの床だった。
「しめた……!!」
すぐさまデコは、タイルの床へと飛びつく。その手が床に触れる。続けて、ナニワとボナが横を駆け抜けた。
そこで再び、デコは【金成る軌跡】を掲げて宣言した。
「タイル・カタパルト!!」
次の瞬間。パチンコが身長大に巨大化。同時に、彼らの床の石タイルが何枚も剥げて宙へ浮かび、パチンコのゴムへと集積する。
大きなYの字のパチンコ。その下端を地面にドンと叩きつける。すると、その棒が大きく反り始めた。
そして、綺麗な曲線をそのパチンコが描いた直後。
「発射!!」
デコの宣言と同時に、曲線は直線へ。ゴムの先に重なってできたタイルの塊が撃ちだされた。
巨大な石塊。それが向かった先は、道と空間の境目。その天井だった。
ゴゴォンン!!
大きな音と共に、土埃をあげて衝突。直後、天井から大きな土の塊が落下する。
そして立て続けに
「まだまだ!! 発射発射発射ぁ!!」
デコが宣言すると、何十枚ものタイルがそのパチンコに集まり、そして撃ちだされた。えぐられた土塊と、そのタイル自体が道を塞ぐバリケードとなっていく。
その衝撃は、向こう側まで伝わる。いくつかの土塊やタイルが飛び出し、近づくと怪我もまぬがれぬ様子だった。
しかし、先頭を走る二人。アデムとニミナは躊躇しなかった。
少しも動じずに、その粉塵へと突き進んだ。
その粉塵の向こう。光の指す向こう側に、確かに息子の姿を見たからだ。
「「ボナァァァァァ!」」
思わず、二人は声をそろえて叫ぶ。
上から降り注ぐ土塊と、前から襲いかかるタイルの弾。それらの被弾を受けながら、傷つきながら前へと突き進む二人。
そこで、アデムは上方に、わずかな隙を見つける。
くぐりぬけようと跳ぶアデム。
だがその直後。
ゴン!
彼の目の前で、最後のタイル弾が、その隙間を埋めた。
アデムがタイル塊に激突した鈍い音が、ナニワ側からも聞こえた。
「と、父ちゃん!」
ボナもその姿を一瞬目に捉え、遅れて叫び返す。
しかし、返事は返ってこなかった。ボナが呆然とそのブロックを見つめる。
デコが気まずそうに頬をポリポリと掻いた。仕方がないとはいえ、親子の再会を邪魔してしまった罪悪感が残る。
ボナが少し悲しそうにうつむいた。
そこで、ナニワが言い放った。
「……ジュウの言うとおりやったな」
ボナが顔を上げて、ナニワの顔を見る。
「ブロックの向こう側の2人。ボナの父ちゃんと母ちゃんやろ? 必死にジブンの名前呼んどったな。……ちゃんと一緒になっとるやないか」
ナニワがニコリと微笑む。ボナがそれを見て、わずかに頬を緩めた。
一緒にいるだけで仲直りしたとは限らない。
だが、とりあえず一緒にいる。一緒に自分の名前を呼んでくれた。
ただそれだけで、幸せな気持ちになる気がした。
そこで
「うわ! なにここ……!? 」
彼らの後ろで、デコが仰天の声をあげた。二人がつられて振り向く。
彼らの目にまず飛び込んだのは、いくつもの大きな光り輝く土の山だった。
先刻の暗い道にあったそれの比ではない。山の高さは十メートルほどで、小さな丘と呼称してもよいほどだった。それぞれの山は周囲五メートル程の空間を照らし、部屋の広大さを露にしている。緑色の光が、神秘的な演出をしていた。
彼らがその情景に一瞬、目を奪われていると。
ドン! ドドン!
タイルのバリケードの向こう側から大きな打撃音が聞こえた。
無理やり破壊して突破するつもりだ。一息つく暇はない。
「行くわよ!」
その幻想的な光景もよそに、三人は再び走り出す。大きな山の間を駆け抜けた。
その最中、デコは違和感を感じた。
床の石タイルが、かなりの広範囲に渡って剥げているのである。
先刻の射撃ではぎ取ったタイルは、入口付近のものだけのはずである。しかし、それとは無関係に、所々のタイルが大きく剥げて、さらにそこに、途中の道にあったような大きな穴が開いているのだ。
「………?」
若干の疑問を覚えて、その様子を視界にとらえながら、デコはその場は一瞥することにした。今優先すべきは、想具の入手である。
しかし、彼らはそこで、その様相を気にするべきだった。
その現象に疑問に思い、推測を立てるべきだった。
そこでならまだ間に合った。引き返すのに十分な機会はあったのだ。
後に迫る大いなる危機を回避するのに十分なヒントであり、最後のチャンスだった。




