其の十四 3Dテトリス
「二人ともひどいよ! オイラまで落ちそうだったじゃないか!」
三人で協力してジュウを引き上げた直後、ボナが肩で息をしながらムッとした顔で言う。ナニワとデコは手を顔の前に立てて「ごめんごめん」と謝った。
だがそもそも、それ以上に、謝るべき者がいる。
「わりぃな皆! なんとかなると思ったんだけどなぁ!」
ジュウは少しも悪ぶれずに、ナハハハ笑う。
「このバカガキ!」
拳骨をかますデコ。ポカッという気持ちいい音が鳴った。まるで、頭の中身が空っぽのようだった。
頭を手で押さえてもだえるジュウ。いいかげん、この光景も見慣れたものである。
「バカガキのせいで余計な時間を食っちゃったけど。さて、どうしたものかしらね」
再び問いかけるデコ。余計な時間とはいうもの、食人植物の一部を破壊しても、すぐに周りの植物が急成長して埋めてしまうということがわかっただけでも、彼の行動は無駄ではないだろう。下をのぞくと、クレーターだった所はすでに元気な食人植物が群生し始めていた。
食人植物の猛威をかいくぐりながら先へ進む通路を見つけるのは、あまりにも無謀。命がいくつあっても足りない。先刻のように根っこごとそぎ取ってしまっても、すぐに周りの植物が隙間を埋めるように群生する。
つまり、全ての食人植物を同時に消滅させないと、この部屋を攻略することができないということだった。
腕を組んで考えるナニワとデコ。
ジュウは正面突破しか考えていなかったのか、それが無駄と分かった今、別の案を考える気は全く無いらしく、ボナを肩車して狭い道を行ったり来たりして遊んでいた。頭脳労働は受け付けないらしい。
ジュウの肩の上で、ボナは楽しそうにキャッキャと笑っている。まるで仲の良い兄弟のようだった。
その様子を見て少しの苛立ちを感じながら、
「……ジュウ。おまえの持っとる想具でなんとかならへんのか? ちょっと見せてみぃ」
「ん? おう。いいぞ」
言われてジュウが、ボナを肩車した状態で、地面に下ろしていたランドセルを開ける。ボナはいきなりの上下運動に少しおっかなびっくりだった。
そして、ランドセルから、ある三つのものを取り出した。
縄跳び。独楽。小型ゲーム機。
子供のおもちゃの代表的なものが地面に並んだ。
「こん中で、使えるもんがあるかもわからんで。ジュウ。ちょっと能力教えてくれへんか?」
と訊ねる。しかし
「そりゃ無理だぜ。ナニワ」
「? なんでや」
「だって、オレも知らねぇもん」
「……はぁ?」
ジュウのあっけからんとした言葉に、ナニワが眉をひそめる。
「……まあ、そんなとこだと思ってたわ」
と、デコが小さくため息をついて言う。
「想具の能力を知るためには、自力で見つけるか、例の鑑定士に教えてもらうしかないのよ」
「そ、それじゃあ……能力も分からないままじゃ、ガラクタも同然やないか……」
落胆したような表情で、三つの道具とジュウを交互に見つめるナニワ。
ジュウは悪びれもなく「ナハハ」と笑う。彼に大事なことは、想具を見つけるための過程であって、手に入れた後は興味を失っていたのだろう。
「ま、そーゆーことなら、今、能力を見つければいいだろ? いろいろ試してよ」
「そないうまくいく……」
ジュウの楽観的な言葉に呆れたその時だった。
彼の視界に、並べられた三つの想具のうちの一つ。小型ゲーム機が映り込む。
そのゲーム機の正式名称は『ゲームボーイネクスト』。通称『GBN』。
ゲームボーイの次世代機であり、ゲームボーイ用とゲームボーイネクスト用の二種類のカセットに対応できる。横長の筐体であり、中央に画面。その左右に十字キーとボタン。手にフィットしやすいような曲線を描いている。
そのGBNは、電池の挿入部分のふたはつめが壊れていて、ガムテープで止められていた。黄色いカラーもうす汚れ、ひどく傷ついているが、長年大切に使用されているのがうかがえた。
それを手に取るナニワ。
なぜか、ジュウがよくするように、瞳をキラキラと輝かせていた。
「な、なによいきなり」
デコが少し気持ち悪そうにうろたえる。
GBNを裏返し、カセット部分を見ると、そこには、真っ黒なソフトが挟まっていた。
「これは……まさか……!」
ナニワは期待に胸を弾ませながら、カセットからソフト外し、明記されたゲームタイトルを見る。
3Dテトリス。
そう、書かれていた。
「3Dテトリス? 聞いたことない----」
と、デコが怪訝な顔を浮かべたその時。
「ス……ス……スリィィディィィ !? こ、こんな所でお目にかかれるとは !!」
周囲も気にせず叫ぶナニワ。
ソフトを賞状でも受け取るように両手で持ち、キラキラと輝いた瞳に映す。ジュウとボナはキョトンとした顔。デコは確実にヒイている。
「な、何よ。そんなに珍しいもんなの?」
デコが興味本位で尋ねる。
そのなにげない一言が、ナニワの魂に火をつけた。
「珍しいなんてもんやない !!」
視線をソフトからデコへ移し、激昂する。
そして始まった。
「ゲーム名『3Dテトリス』。1997年、あの有名なゲーム会社、パンダイが作った伝説の落ちゲーや。二次元内でブロックを組み立てる元来のテトリスと異なり、三次元内で箱に積み木を片づけるように組み立てる画期的なシステムは、当時ゲーム界で大きな話題をよんだんや。せやけど翌年、1998年に生産中止となる。その大きな理由が、異常なほどの難易度や。無理もない。なんせ当時、ゲーム画面上で三次元の画を映すなんて技術は到底なく、立方体の四面をシフトさせながらプレイするという離れ業を要求せざるをえなかったんや。素人でも分かるやろ? その難しさ。頼りになるのは、画面隅に置かれた上面図と自分の頭の中の立体的想像力だけや。『製作段階でなぜその難易度に気づかなかったのか』という疑問が多くあがってるんやけど。その答えは、当時パンダイは話題集めのために異常ゲームを多く輩出していて、そのうちのひとつがこいつやったちゅうことや。当時は死ぬほど人気がなかったゲームなんやけど、現在、コアなゲーマー達の中では国宝級の代物に格上げされてるんや。なんせ、その異常な難易度と限られた生産数やからな。オークションで売れば十万円はくだらないやろ。さらにその価値を述べるなら-----」
「あぁああ。もういいもういい」
デコがうんざりした顔で両腕を振りナニワの暴走を制止する。ナニワは物足りなさそうにその口の動きを止めた。
「……途中意識とんでたわ。十万円のくだりで戻ったけど」
実は、ナニワこと佐久間浩介は、無類のゲーム好きなのである。
しかもただのゲーム好きではない。神がかり的にうまい。その知識はジャンルを問わず、あらゆるゲームに精通している。
引越してから最初に向かったのが、御供市に唯一あるゲームセンターだった。その日のうちで、ほぼ全てのゲームの記録を塗り替えてしまったことは、あまりにも有名な話である。転校が多いナニワが瞬く間に人気者になる理由のひとつがそれだった。
最近は普通のゲームでは満足できず、専ら昔のムズゲーをあさっては攻略している。もちろんその中にゲームボーイのソフトも含まれている。目の前の古びれたGBNでも、ナニワの好奇心を揺さぶるには十分な代物であった。
「さすがバカガキの友達ね。普通じゃないわ」
その大きな額に手を当ててうなだれるデコ。その時ジュウは後ろで、ボナと一緒に独楽を回して遊んでいた。間違いなく、今敵に追われていることを忘れているだろう。
「とりあえず、使ってみなさいよ」
とデコが促すまでもなく、ナニワはすでに電源スイッチを入れ、画面を凝視していた。
ピコピコピコピコピコピコピコ
カタカタッ
バヒュン!
レトロな音楽とともに、様々な電子音が通路に響き渡る。その音に興味を持ったのか、ジュウとボナもナニワのプレイを観察し始めた。
ピコピコピコピコ
バヒュン!バヒュン!
カタカタカタカタカタッ
みるみるうちにナニワの顔が紅潮し始める。攻略直前の興奮によるものか、ゲームオーバー寸前のあせりによるものか、判断はしづらかった。
そしてゲーム開始から2分後。
ブツン
何か切れる音が聞こえたような気がした。
「やってられるかぁぁぁぁぁぁ !!」
ナニワは怒号の叫びを上げてゲーム画面をガシッとわし掴みにすると、筐体ごと思い切り地面に叩きつけた。
「できるわけないやろこんなん! なんやこれ !! 頭こんがらがるわ !!」
唖然とする一同。フゥ、フゥ、と息を荒立てるナニワ。
数秒後、正気に戻った。
「あぁ !! しもうた! 大事な想具を!」
慌てて拾うナニワ。
しかし、不思議なことに、落としただけで粉々になりそうなほどボロボロの本体であるにもかかわらず、破損した箇所はひとつも見られなかった。それどころか、まだ画面の中でゲームが続いていて、ブロックが点滅しながら落ち続けている。
ナニワは首をかしげる。
「大丈夫よ。想具はちょっとやそっとじゃ壊れないわ」
「そ、そうなんか? よかったぁ……」
どうやら本当に壊す気で叩きつけたのではなく、ゲームに熱中しすぎて思わずやってしまったらしい。
「伝説の落ちゲーといわれるだけあるなぁ。この俺の堪忍袋の尾を切るとは。少々なめとったみたいやな」
というと、ナニワは再びゲームを手に取る。
「最初から『レベル10』はちょっと高すぎたみたいや。無難に『レベル1』からいくで」
ピコピコと再び電子音を鳴らせるナニワ。何をやってるのか気になったボナが後ろから覗き込もうと、ナニワの背後でピョンピョンと飛び跳ねて画面を覗こうとしていた。
その様子を見ていたジュウがあることに気づく。
「?……ナニワ。おまえ、その手に光るもん何だ?」
「へ?」
と顔を上げるナニワ。
視線をゲーム画面から手に映すと、暗がりゆえに分かるほどほのかな光が、筐体と右手の隙間から漏れているのが分かった。
こんなところに画面などあるはずがない。ナニワが恐る恐る筐体から手を離し、手のひらを見る。
そして
「うわぁぁぁぁ !! な、なんやこれぇぇぇ !?」
手を自分から遠ざけておののくナニワ。
なんと、ゲーム画面がまるでSF世界のように半透明な薄板状となって、手の上で浮いていたのである。
画面内はまるで写真で撮ったように何も動かない。静止画のようだった。
「そ、それよ!」
振りほどこうと右手をブンブンと振り回すナニワを見て、デコが指差す。
「たぶん、さっき掴んで投げ下ろした時にくっついたんだわ! 何かしら能力が使えるはずよ。色々試してみて!」
「わ、分かった」
少しおびえながらうなずくナニワ。
基本、ナニワは怖がりである。得たいの知れないものには一秒でも触れたくない。勇気を振り絞り、宙に浮くゲーム画面に触れてみる。
だが、指が突き抜けるだけで特に変化はない。静止したゲームを動かしてみようと意識してみるが、それでも変わらず。
デコがう~んと首をひねる。
しばらくの沈黙。ナニワがじっと画面を見つめる。
すると突然、目を見開いて叫んだ。
「………そういうことか !?」
確信するナニワ。そして右手を後ろに回し、大きく振りかぶり始めた。
「こうやって………こうや !!」
野球選手のピッチャーのように、食人植物の巣である巨大空間に向けて右手を振り下ろす。
すると、手のひらからビュンと透明画面が飛び出した。
それは巨大空間の中央真上まで到達。直後、画面がギュルリと上を向くと、急激にその面積を広げて、部屋の壁にぶつかり静止した。
その結果。部屋の上空に、四隅隙間無く埋められた巨大なゲーム画面が形成された。
さらにそれは、床面に向かって降下し始め、食人植物達をすり抜けて、床に浸透していくように姿を消した。
「す、すげえ! 一体何すんだ!? ナニワ!!」
ジュウが興奮気味に訊ねて、ナニワはニヤリと笑い返す。
「おそらく今、この空間がゲームに認識されたんや」
すると突然、どこからともなく、大きな電子音が聞こえてきた。
3Dテトリス『レベル10』の開始メロディである。
「まさか……!」
遅れてデコが気づいた。次の瞬間。
天井の何もない所から、赤色の巨大な直方体が現れた。
形は四ブロックのL字型。消えては現れ、消えては現れ。つまり点滅を繰り返しながら、ゆっくりと下降していく。
3Dテトリス。それが現実に現れた。
「二次元上の画面だと苦しいけど、こういう三次元の世界なら……いけるで!」
ナニワが意気込んで、GBNを両手に掴む。その画面には、いつのまにか先刻までのゲームオーバーの表示はすでになく、目の前に浮かぶ物体と同じ、4ブロックのL字型が画面上で降下している様子が描かれていた。
「いっけぇぇぇぇ !!」
ナニワが前方を見たままBボタンを押す。ブロックの急降下ボタンである。
すると、宙に浮かぶ巨大なブロックが消え、次の瞬間。
カコン!
その真下にブロックが出現。L字の縦部分を壁に寄せて配置された。ブロックの影にいた食人植物が、その姿を消す。
ゲームを実体化させる能力。
それが、このGBNの能力だとナニワは直感した。
テトリスならば、実際のブロックを実現させ、それを手元の筐体で操作できる。予測通りの結果に、ナニワは思わず胸をはずませた。
そして始まった。
有無を言わさず、あらゆる形のブロックが食人植物めがけて急降下していく。天井に現れたブロックは2秒とかからず所定の位置に移動し、あっという間に床まで瞬間移動した。まるでブロックが意思を持って、自分のいるべき場所へ動いているようだった。
それもそのはず。ナニワの指は残像がみえるほどの高速で筐体上を動いていた。
しかも、手元など一切見ずに操作している。
ジュウ達はただ息を呑むばかり。目の前で行われる光景を呆然と見ていた。
通常のテトリスは、横一列に並んだブロックが消去されるシステムである。この3Dテトリスの場合、ひとつの二次元の面を構成しないとブロックは消滅できない。ナニワはそのブロック内の食人植物を閉じ込めて、まとめて消去することで、全ての食人植物を消滅させることを考えたのである。
必要なスペースは最大高さ。ブロック4つ分。
やがて、全ての食人植物が色鮮やかなブロックにつぶされた。残ったのは、ジュウ達から見て右上隅の4ブロック縦棒分の空間。
次のブロックは、青い縦棒。
「これで、終わりや!!」
青棒が右上隅に移動し、カコンと気持ちよい音を立てると、全てのブロックが消滅。
食人植物も共に、その姿を消した。
「「「や……やったぁぁぁぁぁぁ !!」」」
ジュウがバンザイと両腕を上げる。デコとボナも、歓喜の声を上げた。
「すげぇぜナニワ! 意外な才能だな!」
ジュウがハイタッチをしようと手を振り上げてナニワに近づく。しかし、
「いやまだや!」
ナニワはなぜか、まだ気を緩めない。
場に再び緊張が走る。まだ生き残っているやつがいるのか !?と皆が思っていると、
「ポイントはまだ1000! 目標は10000や! まだまだこれからやでぇぇ !!」
目の色が違う。視線は手元の筐体にあった。
「いいかげんにしろ!」
デコがナニワのお家芸をとらんとばかりに、すばらしいツッコミをかますのだった。




