其の十三 食人植物の間
「くるま? くるまって何 ??」
和気合い合いと話し始めて十分。話は花火のことから、専らジュウたちの住む現実世界のことについて移っていた。飛び出す単語のほとんどがボナにとって聞きなれないものばかりであり、そのたびに質問されるといった調子である。
とても敵に追われているとは思えない和やかな雰囲気だった。
やがて、
「お! 光が見えるぞ !?」
ジュウが50メートルほど離れた先を指差す。まばゆいばかりの光が、長方形の輪郭を帯びて放たれている。自然と皆が駆け足となった。
当然、一番乗りはジュウだった。その光の手前で急停止すると、
「うおぉ !! なんだこりゃぁぁぁ !?」
驚愕と歓喜の混じった叫び。背後から聞くだけでもジュウの表情が推測できるようだった。
数秒遅れて到着するナニワ達。そして、絶句する。
そこは巨大な、縦長の直方体の空間だった。
天井や壁には大量の光るコケが群生していて、まばゆい光に満たされていた。短辺50メートル。長辺150メートル。ジュウ達は、その空間の底面から三分の二ほどの位置。100メートルほどの高さにいた。広大なその空間から見れば、針の穴ほどの小さな通路の端にポツンと立っている状態である。
だが、ジュウ達が驚いたのはその広さではない。注目すべきは真下にあった。
モゾモゾとうごめく、数え切れないほどの巨大な植物が、床を埋め尽くしていたのだ。
いずれもハエトリグサやウツボカズラなど、食虫植物の体形と酷似している。また、つぼみのさきから溶解液を飛ばすものや、蔓を手足のようにうねうねと這わせるもの。家一軒は飲み込むであろう、ギザギザの歯をつけた巨大なラフレシアのような植物まで、その特徴は様々。もはや植物といって良いのかさえわからないモノばかりである。
しかし、どんな者でもこれを見て、それが何なのかを直感せずにはいられないだろう。
ナニワは叫んだ。
「しょ……食人植物やぁぁぁ !!」
顔を真っ青に絶叫する。ボナとデコも額に冷や汗を一筋。
「うっひょぉぉぉ! すっげぇぇぇ !!」
しかし言わずもがな、これを見てひるむジュウではない。まるで動物園の象やキリンを目の前にしたかのような反応であった。右手を目の上にかざし、絶景かなといわんばかりに遠く眼下を見渡している。
「あ、あかん! これはもう絶対あかん! こんなとこ通れるわけないやろ! なぁジュウ! 戻ろう !! 今からでも遅くあらへん! 死ぬほど謝れば、あいつらも許してくれるやろ !?」
半混乱状態のナニワ。とりあえず、必死さをアピールする。
しかし
「……無理ね」
デコがどこか諦めたような顔をして言う。
「やつらの気性の荒さ見たでしょ? 謝って許してくれるはずないわ。十中八九殺されるでしょうね」
「じゃ、じゃあどないすんねん! どのみち、想具を手に入れたとして、後戻りできひんかったらどうしようもないやんか!」
秘宝殿の行き着く先が行き止まりとして、その時は後戻りするしかない。必然的に追手であるラマッカ族とはちあわせになるのだ。進む先に他の地上への道があることも考えられるが、それは希望的観測だろう。
デコは少し考えて提案する。
「……やつらより先に想具を手に入れて、脅迫材料にするしかないでしょうね。『壊されたくなかったら、大人しくその道を通せ』とか言って」
確かにと、残酷にも納得させられるナニワ。進むべき道は前にしかないのである。
「……ねえ、どうする?」
ボナが困った顔をして言う。
壁や天井のどこにも続きの通路らしきものは見えないことから、十中八九、食人植物の巣くう床に、その入り口はあるのだろう。
ならば、問題は二つ。
どうやってこの絶壁を下るかということと、食人植物をどうするかだ。
「私のパチンコで全部叩き潰すには時間がかかりすぎるし、何より肝心の弾がないわ」
「そういや、人工物やないとあかんかったちゅうてたか? 手持ちのもんでなんとかならへんのか?」
「一応、パチンコ玉をいくつか持ってるけど……」
と、腰に備えられたプラスチック製の玩具マガジンを指す。ライターのような形で、レバーを押すと口が開く仕組みである。その中に、いくつか銀色のパチンコ玉が覗き見えた。
「こんな小さなもんじゃ、どうしようもできないわ。形はある程度変えられるけど、大きさは自在じゃないのよ」
と言う。先刻、小屋をショットガンのように放ったような、絶大な破壊力を誇る想具だが、それほど万能でもないらしい。
「ほな、どないすんねん。他に使えそうなもんなんて……」
ナニワがうろたえながら周囲を見回す。
こうしている間にも、追手は近づいてくる。のんびりしてはいられないのだ。
そんな矢先である。
突然。彼は言った。
「じゃ。俺行ってくるわ」
「「え?」」
ジュウが、まるで近くのコンビニに買い物にいくかのような口調で、そう言うと。
そのまま、真下へと飛び降りた。
「「「えぇえええぇええ !?」」」
その他三人が同時に目玉をひん剥かせて驚く。
急いで真下を覗き込む三人。ジュウは順調に落下中である。
「あいつ……まさか……!」
デコが真っ先に感づく。
ジュウは、食人植物と接触するか否や、右手を大きく振り上げると。
「うおおおおおおお !!」
ジュウを丸呑みしようと襲い掛かってきた植物ごと、拳を床に叩きつけた。
ドゴォォォォォォォンン!
空間全体を震えさせるほどの轟音が辺りに響き、砂をパラパラと落とす。ジュウの拳を中心に、半径10メートルほどの巨大なクレーターが形成された。その衝撃波で、クレーターの範囲内の植物は、根こそぎもぎとられ、遠く壁まで吹っ飛ばされた。
そして、ジュウの近辺に円形の安全地帯が形成された。
口をポカンと、三人は呆然する。
「……全く、無茶するわ……」
デコが手を腰に添え、微笑みながらもあきれる。
ジュウはニカっと笑って見上げ、ナニワ達にVサインを向けた。
安堵する一同。
しかし、
「? なんや?」
初めに異変に気づいたのはナニワだった。
クレーター淵でしおれていた植物が、ザワザワと音を立てながら、その根が急激に伸び始めたのだ。それらは全て、ジュウに向かって伸びてきている。
「! ジュウ兄ちゃん! 周り !!」
ボナが両手を口に添え、一際高い声で叫ぶ。それを聞いたジュウが、ようやく異変に気づき始めた。
「!? なんだぁ!?」
慌てて周囲を見回す。すでに根はジュウの数メートル周りまで忍び寄っていた。
さすがに身の危険を感じるジュウ。逃げ道は無い。
「に、逃げろ! ジュウ !!」
顔を真っ青にナニワが叫ぶ。目の前で得体の知れないものに食われていく友達の姿など、絶対に見たくなかった。
直後、ジュウは行動を起こした。
壁に向かって駆け出したのである。
「!!……もしかして、この壁を登ろうっていうの?」
幸い、横方向にはそれほど飛び出していなかったため、壁は15メートルほどしか離れていない。ナニワ達のいる所まで絶壁100メートルを登るのも、ジュウの身体能力ならば不可能ではない。
しかし、それでも15メートル。食人植物の餌食になるには十分な距離である。
「がんばれ! ジュウ兄ちゃん!!」
ボナが不安そうに叫ぶ。
だが彼は、そんな不安などどこいく風といわんばかりに、迫り来る根をヒョイヒョイと跳びながら避けて、着実に壁へと近づく。あっという間にクレーターの淵までたどり着いた。
しかし、問題は、どうやって食人植物をかいくぐるか。
と、ナニワが心配し始める間。
「うおりゃあああ!!」
なんとジュウは、淵近くの食人植物の頭を踏み台に、一気に50メートルあまりの崖を駆け上がったのである。
「………!!」
まるで通いなれたアスレチックを攻略するかのような気軽さで。重力でも操作したのかと疑いたくなるほど、全力疾走で駆け上がってくる。
あまりの衝撃に言葉を失うナニワ。まるで人間業ではなかった。
だが、
「うぎぎ……ぎぎ……!」
しだいにジュウのスピードが衰え、重力に逆らうのが難しくなる。真下へ-----食人植物の方へ向かって上半身が反り始めた。
「! やばい !! このままじゃ落ちちゃう !!」
デコが叫ぶ。場に戦慄が走った。
その時。
「つかまって !!」
ボナが袋から長い蔓を一気に引っ張り出すと、ジュウに向かって振り下ろした。蔓の先が見事に目標先のジュウを捉える。
しかし、
「ぐ、ぐうう………!!」
蔓の先へと手を伸ばすも、重力にはついに逆らえない。ジュウの足が停止し、つま先が壁から離れ始めた。
ジュウの表情が強張る。
「! バカガキィィィ !!」「ジュウゥゥゥ !!」
ナニワとデコが瞳孔を開いて、絶望の叫び。思わず目をつぶる。
だが、ジュウの絶叫も、食人植物の貪り食う音も聞こえない。
そっと瞼を開けると
蔓の端ギリギリをつかんだジュウが、そこにぶら下がっていた。
深い安堵のため息をもらす二人。足腰に力が入らなくなり、その場にへたれこんだ。
「はぁぁ……やべぇやべぇ。危なかった」
さすがのジュウもたっぷりの冷や汗を顔から流してつぶやいた。
「ふぅ。一時はどうなることかと……」
とデコが顎をしたたる汗を手でぬぐったとき
「二人とも………手つだ……て……!」
顔を真っ赤にしながら、必死に蔓を脇に挟み、ジュウの体重を支えるボナの姿がそこにあった。