其の十二 明るい道
小屋の残骸の撤去作業が終わり、祠の前にヨミとアデム、イジムが立つ。それに向かい合い、屈強な男の戦士達が並び、その周りを女や子供が囲み、見守っていた。
アデムが先頭に立ち、叫ぶ。
「今から現人達の追跡に向かう。知ってのとおり、三日前に数人の調査隊が向かったが、いまだ帰っていない。どんな危険があるか分からん。十分注意しろ!」
それを聞き、一部の戦士達がざわつき始める。保守派の者たちである。
「調査隊だと !? 罰当たりな!」
「どうあっても秘宝を手に入れたいようだな!」
「三日も帰らないだと! なにがあったんだ !?」
戦士以外の者も次第にざわつき始める。ある所では、調査隊が入ったという事実に腹を立てた保守派が、喧騒を立て始めようとしていた。そこで、
「いい加減にしろ! 喧嘩は後だ! 今は追うべき敵に集中しろ!!」
アデムが大声を上げる。そこは戦士長の威厳という所か、ざわつきが次第に落ち着き始めた。
「準備はいいか! 行くぞ !!」
アデムが翻り、先頭に立って祠に向かおうとする。
その時。
ヒュン!
アデムの頭の横を一本の矢が通り過ぎた。
矢は祠の入り口の壁に突き刺さり、ビィンと音を立ててしならせる。アデムの頬に赤い筋ができ、血が滴る。
「な……何者じゃ !?」
イジムがその矢の出現先にむかい、激昂した。
それは女・子供衆の中からやってきた。数本の矢が入った筒を背中に携え、弓矢を持って戦士達の前に躍り出る。
ボナの母。ニミナが姿を現した。
「ニミナ……何のつもりだ……」
アデムがギロリと彼女を睨み付けた。
彼は矢が横を通り過ぎた瞬間から、すでにその矢の持ち主が分かっていた。石壁に矢を突き立てるほどの威力を出せる弓矢の名手は、この一族にニミナ一人しかいない。
するとニミナは、石壁に突き立てられた矢の方向を黙って指差した。アデムとその他数名が矢に注視する。
そこには、赤と黄色の縞模様の胴体で、ギザギザの針を持った大きさ三センチほどの蜂が矢に貫通されていた。
それは、ラマッカ族の中では特に恐れられている生物であり、カラバを一撃で殺す猛毒を持つ蜂であった。
それが目の前で、ピクピクと手足を震えさせている。
「動転して周りが見えてないようですね。私が助けなければ、おそらく死んでいたでしょう」
ニミナが冷徹な目で睨み返す。
これにはさすがのアデムも目を見開かせた。
群集の中から矢を通すだけでも至難の業である。それに加えて彼女は、数メートル離れた所のわずか三センチほどの的に命中させたのである。
あまりの人間離れした業に驚く人々。
そして
「私も連れてください」
ニミナはアデム達に向けてはっきりと言い放った。
「子供が連れ去られているんです。じっとしていられません。役不足ではないはずです」
固い決意を瞳に秘めて、アデムを凝視するニミナ。
しばらくして
「………好きにしろ」
アデムがそっぽを向いて答えると、再び祠に向かって歩き出した。
それにヨミ、イジムが続き、戦士達が一列に祠へと歩き出す。ニミナが走り寄り、その列に加わった。
(ボナ……あなたが何を考えているか分からないけど……待ってて! 必ず助けるから!)
*
一方、ジュウ一向はひたすら薄暗い細道を突き進んでいた。
光源は松明ではなく、通路の壁に群生している光輝くコケである。かろうじて足元がわかる程度の緑色の光を放っている。不十分と感じたジュウは、ライターの火を灯して先頭を歩いていた。
その間。ラマッカ族間で『保守派』と『過激派』に分かれている事。内乱が起きた原因。先神様の概要。それにまつわる経緯など、ボナから聞いた話と、両親を仲直りさせるために考えた作戦を伝える。その説明はちぐはぐで、かなり分かりにくかったため、ボナが途中で補足した。
全て聞き終えると、
「あっきれた! そんなことに、私を巻き込まないでよ!!」
デコが激昂する。ナニワも唖然とした。
「大体、うまくいくわけないやろそんなの!? 」
「ナハハハ! 大丈夫。なんとかなるって!」
ジュウはそういうと、ボナの頭をポンポンと叩いた。ボナは少しおびえているらしく、緊張した面持ちで一言も喋らない。
ナニワはその小さな少年を見て、今回ばかりはジュウの行動も分からないものでもないと思った。
親が別れて一番悲しむのは、なによりもその子供。同情するのも無理はない。
とナニワが考えていると、
「でもぶっちゃけると、ここに入るためについた口実にすぎねぇんだけどな!」
ナハハと笑って、本当にぶっちゃけた。
ボナはショックのあまり顔を青ざめる。天元じゆうの行動原理はいつだって冒険一筋だった。
半ば関心。半ばあきれる。
「まぁ過ぎたことやからもうえぇけど………」
「良くない !!」
デコがツッコむが、ナニワはかまわず話を進める。
「ちゅうか。ホンマにええんか? 俺達はともかく、あの姉ちゃんはお宝盗む気満々やで?」
ナニワがデコを指差してボナに訊ねる。
「……別にいいさ。誰も見たことないものを命をかけて守り続けるなんて、ばかばかしいよ。後のおしおきが怖いけど、オイラは今やれる精一杯のことをしたいんだ!」
断言。どうやら同じラマッカ族でも、世代別に考え方が違うらしい。両親を助けたい気持ちも本物のようだ。
と、ボナの決意を確認したところで、
「そや。ジュウ。おまえに聞きたいことがあるんや」
先刻から聞きたくて仕方がない疑問があった。
ナニワはジュウに向かうと
「おまえ、スーパーマン?」
訝しげな顔で、そう訊いた。
つまりは、ジュウの持つ馬鹿力についてである。
考えられるのは想具の使役による能力だが、ジュウははっきりと「道具は持っていない」と断言した。嘘をつくような性格ではないので、それは本当のことだろう。
にもかかわらず、生身の力であのパンチやキック。ついでにバカ声。オリンピックならぶっちぎりの金メダルだ。
「想具の力やないっちゅうなら、一体なんなんや? 説明してくれんと、納得いかんで」
八割興味、二割畏怖の念を抱きながら、そう訊ねる。
ジュウは気まずそうな顔でボリボリと頭をかく。少し間をおいて、
「う~ん……俺にもよくわかんねぇ」
困ったような顔をして、そう言い放った。
「わ、わかんねぇって……」
ナニワも同じように、困った顔になってしまった。
「私も、最初見たときはびっくりしたわ。こいつ、素っ裸で恐竜ぶっとばしてんだもん」
デコがジュウを見て、思い出すように話す。どうなったらそういう状況に陥るのか、ナニワは少し興味を惹かれた。
「その時、バカガキは何も持ってなかった。つまり想具は完全に使ってないってことなのよ。でも、その馬鹿力は虚想世界でしか使えないのも事実。絶対、想具によるものだと思うんだけど……」
と、顎に手を添え考えるデコ。
その話に、ナニワは疑問を覚える。
「んん? その言い方だと、想具って虚想世界でしか使えないっちゅうことか?」
「そうよ? あれ? 言ってなかったっけ?」
あっけからんと、そう返した。
「それなら、なんで集める必要あるんや? 現実世界で使えないなら、意味ないやろ」
想具を鑑定して売買できる所があるとデコは言っていた。【金成る軌跡】のように不思議な能力を持ったアイテムならば、物珍しいのも当然と考えていた。
しかし、現実世界で使えないのならば、あまり意味のある取引とはいえない。
「知らないわよ。私はお金もらえればそれでいいし」
デコは深く考えていないようで、そう言い返した。ナニワは少し釈然としない気持ちになった。
そこで、ジュウは言った。
「話戻すとな、俺のこのちから、まんなか山でも使えるんだ」
「「えぇえ !?」」
ナニワとデコが口をそろえて驚いた。デコも知らない新事実らしい。
そしてナニワがハッと気づく。
「じゃ、じゃあまさか !? あの熊みたいなバケモノ倒した時も、もしかして……」
「そういうことになるなぁ」
頭をポリポリと掻いて、そう答える。
まんなか山でバケモノと対峙した時。ジュウは踵落としをくらわせてバケモノをひるませていた。今思えば、ものの数秒で数メートル離れた枝の上に移動したことについても、その脅威の跳躍力を発揮していたのかもしれない。
「そ、そんな力があったんなら、あんな危険な目に遭わなくくてもよかったやないか !? 強引にぶっとばして終わりやろ? なんで隠してたんや !?」
ナニワは責めるように問い詰める。
ジュウは痛いところをつかれたように、気まずそうな顔を作った。しかし、すぐに開き直った様子で、
「ま、まぁいいじゃねぇか! 死ななかったんだからよ!」
ナハハハと笑いながら、ナニワの肩をバシバシ叩く。
加減ができていないのか、大の大人にやられたような感覚だった。ナニワの体が少しよろけた。
「さぁ! そんなことより先急ごうぜ!」
そういって話をむりやり終わらせると、ズンズンとはや歩きで進むジュウ。なにかをひた隠ししているようにみえた。
しかし、ナニワは
(……あぁ、そうやな)
直感的に、全てを理解した。
ただでさえ、友達から敬遠されがちなジュウである。人間離れした力をみせつけられて、変わらない関係であり続けられるとは限らない。気味悪がられるかもしれない。
そんな思惑を悟られるのが恥ずかしいのか、彼なりにごまかしたつもりらしい。ジュウは普段、何も考えていない能天気な性格に見えるが、こういう所は人一倍敏感だった。
たった一日の短いつきあいでも分かる。
(全く、不器用な奴やで)
ナニワは知らない振りをして、歩き続けることにした。
「それにしても、ライターはあるものの、薄暗くて嫌になるわね………。」
デコが頭にかかったクモの巣を嫌そうに払いのけて言う。さすがに冒険慣れしているのか、女らしく叫び声を上げることはしないらしい。
「そうかぁ? 冒険っぽくて楽しいだろ」
ジュウが楽しそうに言う。デコはその意見は無視し、
「懐中電灯とかないの? 足元とか罠があったら大変じゃない」
デコの後ろで、懐中電灯という単語に首をかしげるボナ
「それならそれで面白そうだけどな。ナハハハ!」
と、いまだ笑顔。それを見てついにデコがギロリと睨んだ。
殺気らしきものを感じたのか、ジュウは肩をビクッとあげて驚くと、急いでランドセルの中を物色し始めた。彼にとっても、デコは怖いものらしかった。
「お! 懐中電灯はねぇけど、これならあったぞ!」
そう言ってランドセルから取り出したのは、一本の線香花火だった。
「え !? 何々 ?? もしかして想具?」
デコが興味津々に聞くが
「いや。ただの線香花火」
ガクッと肩を落とした。
「いやちゅうか! なんでこの時期に花火?」
「う~ん……去年の夏に使った花火が残ってたらしいなぁ。ナハハハ!」
と、彼は笑い飛ばした。
彼の物品管理はかなり杜撰らしい。怖くてランドセルの中を覗けなかった。
ジュウは持っていたライターで花火に火をつける。パチパチと音を立てて小さな丸い光を作った。
「うわぁ !! なにそれ !?」
真っ先に声をあげたのはボナだった。
さっきまでのおびえた様子と打って変わり、目を爛々と輝かせている。
「ん? そうか。花火しらねぇのか」
ジュウが花火をボナの目の前に近づける。
「うわぁぁ………! きれいだね!」
玉から飛び出す火種にものともせず、その瞳に花火の光を映す。純粋に好奇心旺盛な、子供らしい子のようだ。
やがて、花火の勢いが徐々に弱まると、ポトリと地面に玉が落ちた。ほのかに通路内を照らしていた光も消える。
「消えちゃった………もっとないの !?」
いかにも子供らしい返答。すっかり緊張はほぐされたらしい。
「わりぃな。一本だけだ」
ジュウが申し訳なさそうに答える。それを聞いてボナが悲しそうにうなだれた。本当に情緒豊かである。
「でも花火ってのはこんなんじゃねぇぞ? ブシャーってたくさん出るやつとか、空にヒュゥゥって打ち上げてドカーンって爆発するやつもあるぞ !?」
ジュウも楽しそうに、擬音をまじえて身振り手振りで伝えようとする。
「えぇえええ !? 空に打ち上げる !? バクハツ !?」
ボナが一際高いトーンで驚愕の表情。気持ちいいくらいのそのリアクションにほだされて、ジュウとナニワ、デコも交えて、花火についての講釈が始まった。
線香花火はその通路を明るくすることはなかったが、ボナの気分を明るくすることはできたらしい。