其の十一 冒険の始まり
「な……なんだありゃぁ……?」
赤髪の少年。管理人は目を皿のように丸くし、呆然と立ち尽くしていた。
彼がバイクを横滑りに急停止すると同時。ジュウはそのスピードのまま跳びあがり、村の中央の大テントまで驚愕の跳躍を見せたからである。
ジュウの着地先である、穴の開いた大テントをただ凝視する。
彼には分かっていた。
ジュウがひとつも想具を持っていなかったことを。つまり、生身の力だけで跳んだことを。
想具を持っていなかった故に、彼はジュウをここまで連れてきたのである。
絶対に敵わない喧嘩を促すために。
「ありえねぇ……現人にこんなこと………! いや、まさか !?」
少年の声の調子が一際高くなる。
そしてニヤリとその口角を押し上げて、笑った。
思い出した。
「そうか。生きていたか…… !! カッカッカ! 面白くなってきやがった……… !!」
高らかな笑い声をあげる少年。
今までの侮蔑でも嘲笑でもなく、その容姿に似合うように、ただ純粋に、行く末を楽しみに笑う。
すると、少年の体が真っ赤な炎に包まれ、赤色の尾を引いて上空10メートルまで上昇。傍の木の中腹に近づくと、瞬時にその炎を消し、太めの枝に腰をかけた。
足を組み、幹にもたれると、右手人差指を立てる。
そして、まるで人を呼ぶように、村の上空に向かって指をチョイチョイと曲げると、蠅程の小さな黒い点が傍に近づいてきた。
次に、少年は人差指の指輪の宝石を軽く押す。すると、指輪側面にある小さな穴から、目の前にある黒い点と同様のものが飛び出した。
もう一度押し、もうひとつ黒点が飛び出す。そうして、少年の目の前に3つの黒点が浮かんだ。
それらに対し、少年はこう命令した。
「モード『追跡トレース』。ターゲット『現人』」
自立型超小型カメラ。通称『フライアイ』
蠅サイズのその極小カメラによって、少年は村の上空から監視していたのだ。
監視はもちろん、特定の人間を追跡することも可能。音声まで拾うことができる、近未来型アイテムである。普段は人差指の指輪に数個内臓されていて、それらの映像は、薬指の指輪から視聴可能である。
フライアイは管理人の命令に従い、周辺の現人-----ジュウ、ナニワ、デコの元へと向かって飛んでいった。
ある大男が、まるでダンプカーに突き飛ばされたようにテントを突き破って飛び出した直後、管理人は微笑み、言い放つ。
「それじゃぁ、高みの見物といくか」
*
突然の出来事に、ラマッカ族どころか、ナニワまでが驚き、腰を抜かしている。
しかし、デコだけは違った。
「とりあえず……逃げるわよ!」
大男が飛び出してぶち抜いた穴を抜けて、デコが走り出した。
ジュウもそれに続く。ナニワも慌てて立ち上がり、走りだした。
外に出たジュウ一同。しかし、異変に気付いた男達は、すでにぶち抜かれた穴の回りを取り囲むように配置していた。
「無駄じゃ。逃げられはせん。いかにおまえが強かろうと、この群衆、抜けられるものか」
背後からヨミとアデム、その他の男達が迫る。
デコとナニワは、必死の形相で辺りを見回す。前にも後ろにも、斧や弓矢を装備した戦士ばかり。逃げ場はどこにもなかった。
三人が額を汗に、戸惑う。
そして、
「かかれ! 者ども!」
ヨミが腕あげて叫ぶ。
その時。
群衆の中から一人の少年が飛び出した。
肩にさげられた布のカバン。無理やり紐でまとめられた後ろ髪。
ボナが姿を現した。
「ボ、ボナ! なぜここに!」
アデムが驚きをあらわに声を張る。
ボナは一瞬、父の声に反応するも、すぐさま肩にかけられた袋から球体の木の実を取り出すと、それを地面におもいきり叩きつけた。
直後。木の実が砕け、中からものすごい量の白い煙が噴出。あたり一面を覆い尽くした。
「うわ! なにも見えん!」
「ゴホッ……ゴホッ……『キボシの実』か!」
群衆が咳をして動揺する。視界はゼロ。目の前数十センチのものしか目にとらえられなかった。
キボシの実。
割ると、大量の煙を発する木の実である。現人に対する目くらましとしてよく使われるアイテムであった。
その煙の中で俊敏な動きを見せる影が一つあった。
「(さぁ、こっちだよ)」
ボナがジュウの手を握り、囁くように言うと、煙の外に向かって走り出した。
すぐ後ろにいたデコとナニワも、突然の煙幕に動揺していたが、ジュウの移動に気付き、後を追って走り出した。
人にぶつかろうがおかまいなしに、煙の外に向かって突進していく。
「うろたえるな! 煙の外に出ろ! 逃げだしているはずだ!」
アデムが鼻や口から侵入する粉末の猛攻に耐え、必死に声を張り上げる。それに応じて、数人の戦士達が、ジュウ達に少し遅れて煙の外へ出た。
アデムも同様に、ヨミを保護しつつ、煙を脱出した。
「アデム!! 先ほど見えたのは、貴様の息子か! 保守派のヤツがなぜここにいる!? なぜ現人の手助けなどをしているのじゃ!?」
「も、申し訳ありません。私にもさっぱり……」
激昂するヨミに対し、アデムは申し訳なく頭を垂れるしかなかった。
彼の心が、再びかき乱される。
(ボナ……なぜ………)
アデムが顔に悲哀の色を浮かべ、モウモウと立ちこめる煙の巨大な塊を見つめていた。
*
「まず、私のパチンコを取り返さなきゃ!」
煙の外へ脱出した後、数人の男に追いかけられながら、デコが言う。
彼女の想具。【金成る軌跡】は彼女の生命線である。
「それなら多分、格納小屋だよ。現人から奪ったものはみんなあそこに保管するんだ」
先頭を走っていたボナが言う。
四人の中で一番背が小さく、幼い歳にもかかわらず、ジュウにも劣らない俊足を見せていた。
「こっちだ!」
ボナが指をさして先導する。三人がその後に続く。
その最中。
「……ちゅうかこの子だれや?」
ナニワが誰ともなく問う。
「見たところ、この村の子供っぽいわね」
「ボナだ! オレの新しい友達!」
ジュウが嬉しそうに、そう答えた。
「ジュウ兄ちゃん!」
先頭を走りながら、ボナは叫ぶ。
「オイラ。決めたよ! 待ってたって何も変わらない! たとえ無茶でも、少しの可能性でもあるなら、オイラやるよ! 何もしないよりはマシだ!」
その言葉には、確かに力強い意思が込められていた。
かつての仲間を敵に回しても。現人と共に行動する事になっても。少年には成し遂げなければならない強い想いがある。
その想いに従い、少年は箱庭から飛び出したのだ。
「ああ! そうこなくっちゃな!」
と、ジュウは笑顔で返す。ナニワとデコはその様子に、首をかしげるしかなかった。
「あれだ! あの中だよ!」
ボナが指差したのは、高床式の小さな木造小屋だった。弥生時代の高床式倉庫に似ていた。
その時すでに、戦士達が後ろ数メートルのところまで迫っていた。
「だめ! このままじゃ追いつかれるわ!」
一番背後を走るデコが注意を促す。すると、ジュウが立ち止り、反転すると、戦士達と向かい合った。遅れて三人も立ち止り、ジュウの背中を見る。
「ここは俺が食いとめる! 今のうちにパチンコとれ!」
ジュウが背中越しに声を張り上げると同時、二人の男が襲いかかる。
しかし、ジュウはものともせずにパンチとキックを一つずつ。食らった男達は、まるでピンボールのように弾き飛ばされた。後に続いて何十人もの男達が迫ってきた。
だが、この分ならば、彼にとって敵ではない。
「OK! ちょっとしのいでて!」
デコもそう理解して、急いで小屋の中へ入る。ナニワも後に続いた。
「あった!」
デコが小屋の隅に無造作に置かれたパチンコを発見。そのすぐ近くに、全員の荷物が隅で固まって置かれているのを見つけた。
二人は各々の荷物を肩に担ぐ。ナニワはそれに加え、ジュウのランドセルを腹にかかえるように持つと、三人はすぐさま小屋の外に出た。
そこには大暴れするジュウの姿があった。
目にもとまらぬ速さで次々と戦士達を殴り飛ばし、あるいは蹴り飛ばす。斧や槍を持っていようが、それごと破壊して吹き飛ばす。
ナニワも、もはや現実として受け止めるしかなかった。
ジュウの信じられない怪力は疑いようのない事実だった。
しかし
「うげっ! 来た!!」
ジュウを越えて進む戦士三人の姿を視界にとられて、ナニワが顔を青ざめる。さすがに一人で何十人もの大人を相手にするにも限度があった。
彼らは槍や斧を携えてナニワ達三人に襲いかかってきた。
その時、
「どいて!」
デコはいつのまにか小屋の背後。ナニワ達の反対側に立ち、パチンコを右手に持って構えていた。
そして、宣言する。
「小屋・ショットガン!」
直後。小屋がミシミシと軋み音を立て始めたかと思うと、なんと、バラバラに解体し始めた。
同時にパチンコが巨大化し、Y時の下部分が地面に突き刺さる。
さらに、Y時の先端や側面からまたY字がニョキッと生え、さらにその先から生え、まるで木の枝が成長する様子を早送りにしているかのごとく、次々とパチンコが形成されていく。無論、全てのY字にゴムが張られていた。
そして、どんどん成長するパチンコツリーに向かって、木片や木の固まり、枝や葉の寄せ集めなど、小屋の部品が吸い寄せられ、全てのパチンコのゴムにセットされた。
結果。パチンコツリーは全長10メートルを超すほどまでの大きさまで成長した。
危険を察知したナニワは、ボナを連れてその射程範囲外に向かって駆ける。ジュウは「うわっ!」と言って驚くと、素早く地面に伏せた。
戦士達も遅れて危険を察知し立ち止まるが、すでに遅く。
「いっけぇぇぇぇぇ !!」
数十もの木の固まりや破片がバレーボール大の弾へと凝縮。勢いよくゴムに押されて、それらが一斉に飛び出し、戦士達にふりそそいだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ !!」
群衆の何人かの男に直撃し、吹き飛ぶ。
それに巻き込まれて倒れる者。砕けて飛び散った木の破片で傷つく者がいた。外れた弾は地面に勢いよくめり込み、大量の砂ほこりや土を巻きあげ、視界をゼロにする。
「ざまぁみなさい!」
デコがパチンコを元に戻すと、満面の笑みを浮かべた。ひどい目にあった分の仕返しをすることができて喜んでいるように見えた。
ナニワとボナが彼女の元へと駆け寄る。
「む、無茶するなぁデコ姉……下手したら死ぬで?」
「そのへんの加減は分かってるわよ。さぁ! 今のうちに逃げるわよ!」
デコが村の外れ。森の方向を指差した。
しかし、その時
「だめだ!」
粉塵の中。ジュウが飛び出てきた。
「このままお宝ゲットするぞ! あの中だ!」
ジュウが10メートルほど離れた先の、石で造られた祠を指差す。さっきの緊迫した表情とうって変わって、活き活きとした表情が戻っていた。
「このバカガキ! 今はそれどころじゃないでしょ! ひとまず退散よ!」
「いや行く! こいつと約束したんだ!」
ジュウがガシッとボナの頭を掴んで身に寄せた。ボナも行く気満々で、真剣な表情でデコを見つめる。
「? ハァ? どういうこ-----」
「いくぞ!」
困惑もそっちのけで、ジュウが強引にデコとナニワの腕を引っ張ると、祠に向かって走り出した。こうなると、彼は止まらないことを、デコは知っていた。
「……ったく。仕方ないわね!」
反論を諦めて積極的に走り出すデコ。ナニワも同様だった。
そして、祠の前に到達。中には直径50センチほどの小さい穴が一つだけ。地下深くと続いているようで、蔓製の梯子が掛けられていた。
その時、集落の向こう側、入り口の方向からワァァァという威勢よい雄たけびが聞こえてきた。
「な、なんだ !?」
すさまじい地響き。祠の天井からパラパラと砂が落ちてくる。ラマッカ族達も異変に気付き、皆が同じ方向を振り向く。
「来たな……!」
ジュウが待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑う。デコとボナが祠から出て村の入り口方面を見た。
そして、目撃する。
五十人あまりの軍勢。元ラマッカ族。イジム一向が、槍や弓を構えて襲いかかっていた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお !!」
体中に巻かれた包帯。生傷だらけの体。にもかかわらず、そのおたけびは活力で満ちていた。
怪我などまるで気にしない様子で真正面から走ってくる人々。男だけでない。女も、老人も、十歳位の子供までもが参加していた。
「こんな時に! 何の用だ貴様らぁ !?」
アデムがおたけびに負けない声を張り上げる。
するとしわがれた老人の声。のどが引き裂けんばかりにアデムに向かって叫び返した。
「わしらは孫をとりかえしにきただけじゃて! ついでに相手になってやるわ !! バカ息子ぉ!」
(!? ボナを、取り返しに………?)
アデムが怪訝な表情を浮べる。
状況から察するに、ボナは誰かに攫われたのだろうか? もしやそれは、先ほどの現人の仕業なのか?
(……いや、考えるのは後だ! 今はとにかく、奴らを止めなければ……!!)
すでにイジム一向は村の中へ侵入している。いかに怪我人相手でも、抵抗しなければ潰されてしまうのは必然である。
アデムら戦士達は迎え撃とうと、武器を構え始めた。
「なめるな『保守派』! 臆病者どもがぁ! またやられにきたのかぁ!」
「だまれ『過激派』! 古くからのしきたりをその手で汚す、愚か者どもぉ!」
各々がぶつけたい言葉をぶつけあう。統率も何もない、ただ怒りがその場の空気を支配していた。
デコの攻撃を受けて額から血を流していた者までも立ちあがり、その顔に激しい怒りを浮かべて走り出す。
村側----『過激派』と呼ばれる者達も、老若男女関係なく、戦える者は皆、武器をもって走る。草原側----『保守派』と呼ばれた者達も、なおいっそう激しさを増し襲いかかった。
両者が衝突する、その直前。
「ちょっとまったあああああ!!」
大地を揺るがす地鳴り。正気を失わせる怒り。大気を震わせる雄たけび。
それら全てを吹き飛ばすほどの大音量が、ジャングル中に響き渡った。
テントの一部が振動で破損するほどだった。その場にいる全員が、脳を直接ハンマーで叩かれたような衝撃を受け、悶絶する。
人々は武器を放し、おもわず両手を耳に当てて、声の主の方へ振り向く。
そいつは、
「オレ達を忘れちゃ困るぜ!」
天元じゆう。両手を腰に当て、ほこらの正面で堂々とした構えをとっていた。
(……! なんちゅうバカ声や……… !!)
ナニワも両手で耳をふさいでいた。耳鳴りがキーンとやかましく鳴り響く。
いや、そのバカ声に感心するより、
「こ……の……バカガキ………!」
静寂の中、初めに口を開いたのは意外にも一番近くにいたデコだった。
最もダメージを受けたらく、涙目を浮かべ、頭を抱えながらも、かすれた声を振り絞る。
その言葉の意味は2つ。『周りを考えずにバカ声出すな』
そしてもうひとつ。
「おまえら仲悪くても、大切なのは同じだろ! ぼやぼやしてると盗っちまうぜ! おまえらのお宝 !!」
-----この危険知らずの、目立ちたがり野郎 !!
ようやく正しい聴覚を人々が取り戻し始めた頃。誰かが言った。
「そ、そうだ。戦ってる場合じゃねぇ………!」
辺りがざわめく。狂気はすでに止んでいた。
「あいつら、すでにあんな所まで………!」
「このままじゃ奪われるぞ !!」
保守派も過激派も関係なく、全員が動揺。
そして、
「い、急げぇぇぇ! 誰でもいい! 絶対に捕まえろぉぉ !!」
アデムがこれ以上ないほどの取り乱し様で、二メートルを超す大斧を振り下ろし、ジュウ達に矛先を向けた。同時に、約二百程の人の塊が雄たけびを上げて、ジュウ達に向かって波のように押し寄せてきた。
「あ……あほぉぉぉ !! 何考えとんねん!?」
ナニワが噴水のように涙を流し、絶望に叫ぶ。
「ナハハハッ! 逃げろお!」
信じられないことに、ジュウはこの状況でもなお笑顔でいられる神経の図太さを持ち合わせていた。地面を跳ねながら、祠の中へと突っ込んでいく。
この時点で、ラマッカ族達までの距離わずか20メートル。彼らはわき目もふらず、向かって来る。
「こ……の……バァカァガァキィィィィィィィ !!」
噴火の爆発の如く。本日一番のデコの怒号。その手にはパチンコが握り締められている。
しかしそれはジュウに向けられたものではない。向かってくる集団に向けて構えられていた。
「回帰!」
鼻息荒く、デコが宣言する。
直後、集団のある範囲から、いくつかの茶色や緑、黒が混ざったようなバレーボール大の弾が浮かび上がった。
それは、先刻デコが放った『小屋・ショットガン』の弾だった。
次の瞬間、濁った色の残像の尾を引いて、それらが集団の中を押しのけるように進んだ。
その弾にぶつかっていくつかの人々が空中を舞う。弾の進路はデコの持つパチンコ【金成る軌跡】である。
その弾はラマッカ族達が到達するよりも先にデコ達の前-----祠の前に躍り出た。
その瞬間。デコはタイミングを見計らって再び宣言する。
「中止!!」
すると、弾は木の破片や葉に戻って分散。その浮遊力を失い、ガラガラと音を立てて積み上がった。
そして、祠の入り口をふさぐように、高さ5メートル程の瓦礫の山ができあがった。小屋の形に戻る前に、回帰の発動を中止したのである。
瓦礫の山に勢い余って突っ込む人々。それでも山はびくともしない。
「く、くそぉ! 現人めぇぇ !!」
「急いで壊せ! こんな木片の集まり!」
「バカ野郎! この小屋は先神様のテントと同じ、カナリ木でできてんだよ! そう簡単に壊せるか!」
瓦礫の前で立ち往生する人々。いたるところからどなり声が聞こえていた。
「落ち着くのじゃて! 皆の者! 協力してどかすしかあるまい!」
人ごみの中をかきわける老人。イジムが叫ぶ。
しかし、
「うるせぇ! 『保守派』のくそじじい! てめぇのいうことなんざもう聞かねぇぞ!」
過激派の男が野次を飛ばす。それに続いて「そうだそうだ!」と騒ぎ立てる人々。
「バカ者! 今見失ってはならぬものはなんじゃて !? 過去のしがらみにとらわれておる場合じゃないじゃて! 早くどかさんかぁ !!」
野次を大声で吹き飛ばす。
一瞬の沈黙。そして、過激派の連中は顔をしかめつつも、はじけ跳ぶように動き、次々と大木をどかし始めた。
「……さすがは元戦士長。いかなる状況でも冷静な判断だ」
イジムの横にひとつ、大きな影。
現戦士長。アデムが居た。
「……元気そうで何よりです。父上」
「軽々しく父などと呼ぶな。一時だけの協力じゃ」
アデムの皮肉に対し、目を合わさずにそれだけを言うと、イジムも瓦礫の撤去作業に参加し始めた。アデムも続いて瓦礫の山へ向かった。
斧を大きく振り回し、自分の背丈以上もある大木をなぎ払う。
それに感嘆する人々の中、彼は瞳に怒りを宿らせた。
(秘宝こそが我ら一族最大の『誇り』! 簡単に奪わせはせんぞ !!)
*
閉じ込まれた祠の中。
暗い穴の中を、三人の少年と一人の大人が梯子を下っていた。
「ホンマあきれたわ !! 底なしのアホやな!」
ナニワの怒りを含んだ声は反響し、こだまを作った。
「そうよ! あのまま黙ってれば、見つからないうちに想具を手に入れられたかもしれないのに! とっさにバリケード作ったけど、時間の問題よ! すぐに追ってくるわ!」
下から、ジュウ、ボナ、ナニワ、デコの順に梯子を下りてゆく。ナニワとデコは不満や文句をとことんジュウにぶつけていた。
それを呆然とした顔で聞くボナ。ジュウは二人に圧倒されるが、
「まぁ待てよ。ちゃんと理由があるんだって」
と、額に汗を流して弁解する。
「どうせ、『面白いから』とか、『楽しいから』とか、そんな理由やろ! ええかげんにせぇ!」
ナニワがすでに見抜いた! といった調子で言う。
少し困った顔をするジュウ。その時、ジュウのつま先に地面が接触する。
「おっ! やっと着いたぜ。暗いから足元気をつけろよ!」
ジュウ達が次々と梯子から降りる。
そこはまさに、一寸先は闇。仲間の位置さえ把握できないほどの、暗闇だった。
デコが降りると、床全体がガコっと音を立てて沈む。
「うわっ !?」
全員が驚きの声をあげた後、左右から赤い光が灯された。
赤く強い光を放つ松明が、3メートルほどの間隔で何本も壁のくぼみに立て掛けられていた。どうやら、人の重さに反応して発火する仕組みらしい。
その光によって、その空間が顕わになる。
そこは、電車一両程の大きさの、直方体の空間だった。大人三人がギリギリ横に並べる幅である。地上と異なり、ひんやりとした冷たい空気で満たされていた。
ナニワは寒気を感じて、ランドセルにしまったパーカーを取り出し、重ね着した。
ジュウ達の3メートル先には、対称的な文様が彫られた、巨大な石の扉があった。
高さ2メートル、厚さ1メートルの大きさから、扉というより、巨大な石の塊と言ったほうが近い。上下に凹凸の溝があり、左右に大きな隙間が存在することから、構造は引き戸のようだった。
その門の手前に、50センチ四方の赤い石畳が2つ。一メートル程の間隔をもって地面に埋め込まれている。
「ここまでは、来た事があるんだ」
ジュウが興奮した面持ちで、話し始めた。
「一週間前の夜、やつらが寝てる間にコッソリ忍びこんでな。つっても、祠の前に門番がいたから、ぶん殴っちまったけど」
「………おまえも大概、暴力的やな」
ナニワは少し呆れる。
先ほどの暴れぶりから、人にパンチやキックをするのにためらいはないらしい。
「そしたらここに男が三人いてよ。たぶんラマッカ族だと思うけど、そいつらの内二人がこの石の上に同時に乗ると、門がガガガッて音を立てて開いたんだ! 急いで後を追ったけど、そいつらが門を抜けた途端、すぐに閉まっちまった」
ジュウが身振り手振りを加え、興奮を増しながら話す。
「なるほどなぁ……そのために俺をこの世界に連れてきたっちゅう訳か」
ナニワが推測する。ジュウがニコッとほほ笑む。
「そうだ! こればかりはオレ一人じゃどうしようもねぇからな!」
「確かにそうね。私も一人で来なくてよかったわ」
つまり、複数人いて初めて入ることができるダンジョンということだった。
扉を開けるだけでなく、松明に火を灯すためにも、複数人必要。子供4人あたりの体重(一人は大人だが)で作動したということは、おそらく必要な体重は成人男性二人ほどと見積もることができる。
「じゃぁナニワ。おまえは左の石を踏んでくれ。俺は右だ。いっせーので同時に踏むんだぞ」
「了解!」
二人が石畳みの前に立つ。そして顔を見合わせると、
「いっせーの!」
掛け声を合わせてジャンプ。両足で同時に石を踏む。
すると、
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
ジュウが表現したように、巨大な石の門が激しい音を立てて左右にずれていく。それが完全に開くと、暗く、細長い道が扉の先に続くのが見えた。
「よっしゃぁぁぁぁ !!」
ジュウが満開の笑顔を浮かべ、両手を高くつきあげる。
「しょうがあらへんなぁ。ここまできたさかい、付きおうてやるわ!」
「乗りかかった船ね。どうせ後ろには戻れないし。言っとくけど、想具をいただくのは私だからね!」
「?……あてらって?」
「あんたが三つも持ってるものよ! バカガキ!」
「ああ、そういやそういう名前だっけ? まぁいいよ。その『あてら』集めは、冒険のついでだしな!」
そこで、ジュウが首に巻かれたスカーフを解き、バンダナのようにして頭にかぶせる。
「さぁ行くぜ。ここからが-----」
そして、後ろでギュッと音を立てて結んだ。
彼の心中にはもう、好奇心しかない。
「冒険の始まりだ!」