其の二十 ドワーフ軍の襲撃
里の中央。
ドワーフ達は、そこに襲撃の拠点となる、自営テントを設置していた。数多くの戦車や兵士達がその場を取り囲み、辺りを見張っている。
しかし、それも杞憂に過ぎない。
周囲の家屋は半壊状態。その圧倒的な力に、エルフ族は怯えきっていた。彼らに立ち向かう戦士はいるはずもなく、傷を負ったものもそうでないものも、ただ身を隠して震えていることしかできないでいた。
そして、テントの中。
ランド=ラフィンが、手足を縛られた状態で椅子に座らされていた。傍の机の上には、虫かごのような小さな鉄格子に入れられたミルファの姿があった。
「ぼ、僕をどうする気だ……?」
ランドは怯えた眼で目の前に座るビンチを見る。
「安心しろ。危害を加えるつもりは無い。ただ僕達に知識を貸してほしい。トロール族との戦争に、勝つための知識をな」
「……なぜ今、そんなことを……コーリッヒが、そんなことをするはずがない……!」
ランドは、困惑と悲しみの混じった表情で呟く。
そこに、彼が現れた。
「わかったような言い方はやめてください。ランド」
「………!!」
ドワーフの王。コーリッヒが姿を現した。
「し、知り合いだったのですか? 王様」
側近のダーヘンが驚いて訊く。
「ええ。少年時代は私とドボデ、ランドの三人でよく遊んだものです。だから、彼が里一番の物知りだということも知っていました。だから……ここを襲った」
「コーリッヒ! なぜだ! なぜこんなことを……!?」
ランドは戸惑いを隠せなかった。悲しい眼で、コーリッヒを睨み付ける。
それに対し
「なぜですって? あの日、私を裏切っておいて、よくそんなことが言えますね………!」
コーリッヒは恨みのこもった眼で睨み返す。
「う、裏切って……? ち、違うんだ。あの日は―――」
「黙りなさい。言い訳はより私を苛つかせるだけです」
コーリッヒが厳しく言うと、ランドはうなだれる。
「………さて。結局どうするんだ。エルフ。僕達に協力するか。嫌ならば……少し痛い目にあわせる必要がある」
ビンチはひどく冷徹に、そう言い放った。
その目は、本気の眼だった。目的のためなら、どんなことでもするような気迫があった。
ランドは唾を飲む。ここで協力すれば、トロールとの戦争は勝敗に関係なく激化したものとなり、死傷者が多く出てしまうだろう。
協力する訳にはいかない。それは、最悪、二人の友を失うことになってしまうのだから。
「……………こ、断る……!」
勇気を振り絞り、ランドははっきりと言い放つ。
力で屈しても、心まで負けるわけにはいかない。この状況で、臆病者でいるわけにはいかない。
体を震えさせながら、しかし、その瞳には強い意思があった。
「……その様子だと、多少痛めつけても効果はなさそうだな。じゃあ、これはどうだ……?」
と、ビンチは傍らにあった一本のナイフを手に取る。
その切っ先を鉄格子の中。ミルファの首元へと近づけた。
「!!……ミ、ミルファ………!!」
ランドが椅子から勢いよく立ち上がり、椅子が横倒しになる。横の兵士二人が槍を交差し、ランドを取り押さえた。
「僕としてはあまり好まない方法なんだがな。目的のためならば仕方ない。それに、彼女には少し肝を冷やされた経験があることだし……このナイフを突くのに、ためらいはない」
ビンチはあくまで冷徹な目をして言う。
「ラ、ランドォ……!」
ミルファは体を震えさせて、懇願するような顔でランドを見る。鱗粉が光輝きながら空中を漂っている。
「………………!!」
ランドは苦渋に顔をゆがませる。
ミルファとは十年以上の付き合い。家族も同然だった。
「彼女でだめならば、他のエルフ族を人質にするまでだがな」
この一言が、ランドの背中を押した。
「……分かった。君たちに協力しよう……」
消えるような声で、ランドは悔しそうに言った。
「それでいい」
ビンチは一言返すと、ナイフを引っ込めて元の位置に置く。
「知りたいことは、このあたりの地理・動植物・環境等、戦争に必要となること全てだ。それから、新たな兵器の開発にも、力を貸してもらうことになる」
「……その前に、ひとつだけ訊きたいことがある。コーリッヒ!」
呼ばれて、音も無く立ち去ろうとしたコーリッヒが立ち止まる。背中を見せて、顔を見ようともしない。
「……コーリッヒ。僕は君を友達だと思っている。ドボデだってそうだ。君は……違うのか?」
訴えかけるような心情で、心で、彼は問いかける。
そして
「ええ。違います。僕達の友情は、もう五年前に壊れました」
コーリッヒは抑揚のない声で言い放ち、そして姿を消した。ダーヘンもその後に続いた。
「………………」
悲しそうに、ランドはうつむいた。
「……さて、あまり時間をかけたくないから、早速始めよう」
彼ら三人で、何か特別な出来事があったことは確かだったが飛羽場にとっては興味の無いことだった。
「こちらの侵略計画をトロール側に知られる前に、事を成したいからな」
そう付け加えて、淡々と話を続ける。
頭脳が劣るからといえ、油断はできない。準備に時間をかけるほど、その計画が敵側に知られる危険性が高まることをビンチは理解していた。
すでに里を半壊にまでした目立った行為をしている。誰かがトロール側に知らせるか、もしくはトロール達が先に気づくかは、時間の問題であると考えていたのだ。
「まず、この領域―――三つの種族間の集落の地理状況についてだが―――」
「君も、ナニワ君達とおなじ、別世界から来た『人間』なんだよね」
ビンチの質問を遮る形で、逆に問うランド。
「……そうだ。何が言いたい?」
ビンチはやや不機嫌そうに返す。
「……とても、同じ『種族』とは思えないね」
ランドは少し悲しげな表情を浮かべて言う。ビンチは「フン」と鼻で笑って言い返した。
「当然だ。僕はやつらとは違う。人間としての『格』が違うからな」
自信を持って、彼はそう断言した。
※ ※
それから、数時間。
兵器を対トロール用に強化するのに必要な時間は、たった4時間に過ぎなかった。
ドワーフ族はとにかく手先が器用だった。必要なモノを必要なだけ、最速の時間で手際よく組み込み、それでいて一切の不備が無い。何かを作るという点において、かれらの右に出るものはいないだろう。まさに職人技である。
思惑通り、ランドは戦争に必要な知識を多く持っていた。臆病で非力な種族なりに考えたのだろう、外敵に対する備えとした武器・兵器の実案は多くあった。ただ、それを形にする技術が無かったのである。
しかし、いかに強力な武器を手に入れようとも、飛羽場に油断や慢心は無かった。
「皆の者! これから、作戦を伝えます!!」
里の中央広場。多くの兵士を前に、コーリッヒが即席の檀上に立ち、言い放つ。
「知っての通り、トロール族を倒すのは容易ではありません。いかに強化しようと、並の武器では歯が立たないでしょう。そこで、私達は『川』を使うことを考えました」
そう言うと、ダーヘンが大きな巻紙を腕に抱えて檀上にあがり、それを広げ、大きなボードにフックで立てかけた。背が低いため、伸び棒を用いている。
それは、この領域の地図だった。
北東にドワーフの国、南にトロールの谷、北西にエルフの里が描かれ、三つの集落の位置関係が明示されている。さらに、それらを通る輪状の帯があった。
「中には知らない者もいると思うので説明しましょう。この森に流れる川は、かつて三つの種族の集落全てに通っていました。つまり、この地図に示すように、輪状に流れているのです」
この事実を知った時、飛羽場は驚きを隠せなかった。
川とは高い所から低い所へ、山から海へと流れるのが常識。しかし、この領域では、まるで流れるプールのように、輪状に形どっているというのだ。
しかも、ドワーフの国を通る川は、小さな山の上を流れる形になっていて、低い所から高い所へ流れている。現実世界の自然現象では考えられないことだった。
「流れの向きは右回り。エルフの里からドワーフの国へ。ドワーフの国からトロールの谷へと続きます。しかし現在、我々ドワーフが川を国へ流しているので、トロールの崖には水が流れていない状況です」
ドワーフの国が建国された数十年前の昔。
地下深くに住むことを決めた彼らは、あろうことか、大規模な工事によって、その川を地下に落とし込み、独占することにしたのである。
つまり、柱の中央を流れる滝。それが国中に分岐し、民を潤しているのだ。それらは地下水となって森の下を流れ、いくつかの小川となって森の中を流れている。それは、森の中心の反対側である、ドワーフの谷とエルフの里の間の川へと戻り、循環するのである。
つまりそれは、ドワーフの谷にほぼ水が流れていない状況を意味していた。十分な水が流れるのはエルフの里とドワーフの国のみとなっている。
飛羽場は、それを利用することにした。
「もし、これを元のあるべき形へと戻したら、どうなりますか?」
コーリッヒが誰とも無く訊ね、そして兵士達は気づく。
一呼吸置いてから
「そう。トロール達は谷の底で生活しています。我々の国に流れる川に『栓』をすれば、膨大な量の水が彼らの元に流れ着くでしょう」
事務的に、淡々とコーリッヒは言う。
その作戦は、つまり水攻め。トロール族を溺れさせるというものだった。
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「そ、そんな……! それはあまりにも……!!」
飛羽場から作戦内容を聞かされた時、コーリッヒは動揺を隠せなかった。
それはほぼ確実に、死人が出るようなものだ。
「今更怖気づくのか? ドワーフの王。これが最も確実に、奴らを侵略できる作戦だ。多少の死人が出たところで関係ないだろう?」
「…………」
コーリッヒは口を堅く結んだ。
手順としてはまず、襲撃隊がトロールの谷へと向かい、武器や兵器で襲いかかり、トロール達と戦い合う。そして決められた時刻に退き、襲撃隊が谷の上へと避難するとほぼ同じ時間帯で、タイミングを計って流した『川』がトロールの谷を襲い、トロール達を溺れさせるというものである。
あらかじめ戦争を起こすことで、トロールの戦士たちを確実に谷の下へと集める。深手を負わせればなお良し。身動きの取れない所へ、膨大な水攻めをすることができるからだ。
「……しかし、もし私達が退いた時、彼らが追ってきたらどうするのですか?」
コーリッヒが素朴に尋ねる。
「確かに、トロールの性格からして、その確率は高いですな」
ダーヘンが推測して言う。
トロールの凶暴な性格上、突然の奇襲を受けた時、徹底的に撃退しようとするだろう。それはつまり、逃げても追いかけられて、彼らを谷の上へあがらせることとなり、意味のない作戦となってしまう
だがそれに対し、飛羽場は答えを用意していた。
「そうだとしても、水攻めによって集落がつぶれるという結果には変わりない。果たしてその状況で、闘志を燃やして反撃できるか……?」
「………!!」
「できないと、僕は断言する。故郷だけじゃない。確実に何人かのドワーフは犠牲になるだろう。仲間や家を失った直後に、かならず隙ができる。僕達はそこを突いて返り討ちにするだけだ」
飛羽場は冷徹に、まるでその場が見えているかのように言う。
彼は場面や状況を想定し、敵の心理状況までも読み、作戦を練っていた。およそ子供の考えることではないと、コーリッヒは鳥肌が立つ思いだった。
「この作戦はタイミングがカギだ。滝の穴に栓をしてから、トロールの崖に川が流れ込むまでの時間は、地図の縮尺から逆算できる。トロールに気づかれないよう、ギリギリのタイミングで退くのがベストだ……おい、時計はあるか?」
飛羽場はダーヘンに対して訊く。ダーヘンは懐から大きな懐中時計を取り出して見せた。
時刻表示は現実世界と同じく、1から12の表記。60秒刻みである。
現在の時刻は丁度六時。飛羽場の時計は午前0時を指していた。この世界に来たのが午前8時頃であるから、16時間経過していることになる。
飛羽場は自分の腕時計をその時計の時刻に合わせながら言う。
「……今から五時間後。午後11時00分に、トロールの崖へ川が流れるよう、作業を行うことにする。穴を埋める工事だ。対トロールに対する戦力は減るが、あのアーマードを動かす必要があるだろう」
「……では、私がその役を担います」
コーリッヒが飛羽場を見据えて言う。
高さ3メートル超の工事用作業機械。アーマード。
ドワーフが手足を動かし、その動きを増幅して、大きな岩も動かせるようにする装備型スーツ。ドワーフ族が誇る最高の兵器であり、戦闘用に特化すれば、その戦力はトロールにも劣らないだろう。
「しかし、それでは襲撃隊の指揮を執る者がいませんぞ。それに、王がそのような裏方の仕事をするのはふさわしくありません」
ダーヘンが異議を唱える。
しかし
「構いません。襲撃の指揮は五人衆頭目のヒットに一任します。それに、アーマードを私よりもうまく使いこなせるのは、そういないでしょう」
と、コーリッヒは言い返す。
そもそも、アーマードを開発したのは、他ならぬコーリッヒだった。工事作業をより効率よく行えるよう、王自ら考案し、製作したことを、ダーヘンは思い返した。
故に、その扱い方も熟知している。アーマードをうまく使いこなせるのがコーリッヒであることは確かである。
しかし、それとは関係なく、彼は現場に行くことにためらいを覚えていた。
目の前でトロールが溺れ死ぬ様子を見たくない。そういう気持ちがあったのは確かだった。
かつての友に情をかけてしまう事を恐れたのだ。
「……分かりました。それでは、このダーヘンもお供します」
ダーヘンはコーリッヒの目を見据えて言った。
「側近として王の元を離れる訳にはいきません。それに、アーマード1台ではまだ不十分でしょう。小生も残りの1台に乗って作業を手伝った方が良い。そうは思いませんか? 飛羽場殿」
と、飛羽場に意見を求める
「……もう一台は戦闘用に使用するつもりだったが、それを抜きでトロール族に立ち向かえる戦力があるのか? 武器や兵器を強化するにも、短時間では限界がある」
「小生達をみくびってもらっては困ります。体は小さくとも、筋力や体力ではエルフ族に劣りませんし。それに、あの五人衆さえいれば、十分戦力として通用するでしょう」
自信満々に、ダーヘンは言う。
飛羽場はその様子を見て
「……分かった。それでいい。僕とおまえら二人で、ドワーフの国の真上-----『滝の根』に向かうとしよう」
そう決定づけたのだ。
□
「私達3人が川を流します。その間、襲撃隊はトロールの足を止めてください! あなた達ならばできるはずです!」
信頼を込めて、喝を入れるように、コーリッヒは大きな声で兵士達に言い放つ。
「ただ体が小さいというだけで、地下でひっそりと暮らすのはもう終わりです! 我々で、民を地上で暮らせる新生活を作り上げましょう!!」
その宣言に、兵士達は「オオオオ!!」と威勢よく叫ぶ。
「その通りだ! 今回、トロールが仕掛けてきたのだって、俺達の国の川を妬んでいたからに決まってる!」
「やられる前にやっちまえ!」
「お望み通り、元の川に戻すのも面白え!!」
各々に、気持ちを口に吐き出す。
戦士として訓練した成果を発揮することができる。民のために役立てることができる。
彼らのボルテージは最高潮だった。
「川が到達する時刻は午前11時00分! それを忘れるな! 全軍進め!!」
五人衆の頭目。ヒットの号令と共に、戦士たちは列に並び、里の外へと進みだした。
各々が支給された新兵器を持ちながらの進軍。新たに強化された戦車で、森の木々をバキバキと倒しながら、力強く進んでいく。その速度は、彼らの短い脚での徒歩と比べてはるかに速い。
コーリッヒはその様子を、しばらく後ろから眺めていた。
「僕達も急ぐぞ。アーマードに乗り込め」
「……はい。分かりました」
飛羽場の声に従い、コーリッヒがアーマードに乗り込む準備を進める。
「……………」
その様子を、すでに装着済みのダーヘンは、透明装甲の中から、眉をひそめながら見ていた。
コーリッヒはアーマードを装着しながらも、その視線は襲撃隊が向かう先からなかなか離せないでいた。
自分でもわかっていた。
迷っていると。