其の九 ボナの想い
時を同じくして、ジュウサイド。
黒いドーム状の箱の中に吸い込まれたジュウは、同じく巻き込まれた少年に、棍棒で無茶苦茶に叩かれていた。
「痛! イタタタ! いきなり何すんだよおまえ!」
「うるさい現人! 全部おまえらのせいなんだ!」
ジュウが両腕で頭をかばう。不意打ちの初撃で、すでに巨大なたんこぶができあがっていた。
やがてピタリと少年の動きが止まる。
「……? あれ? ここどこ?」
周りの景色が変わったことにようやく気付き、少年が辺りをキョロキョロと見回した。
そこは一面の野原だった。
少し離れた所にリンゴやミカンらしき果物が実る木や、湧き立つ泉。鹿や猪を足したような生物や、豚のように鳴く巨大な犬らしき生物などが闊歩していた。天井は半球状。現在時刻に反映しているのか、プラネタリウムのように、その表面に青空と太陽の画が映し出されていた。
「うわぁ、なんだここ? 箱の中かこれ!」
ジュウも同様に、目を大きく見開き、首を回転させて見回す。
両者しばらくの沈黙。
しかし、少年がハッと気がついて。
「レ……現人! おまえの仕業だな! 変な道具でも使ったんだろ!」
棍棒をジュウに向けて構える。
「違ぇよ! たぶんおまえが勝手に巻き込まれて……」
「もんどぉむよぉぉ! うりゃぁぁぁ !!」
再び棍棒を振りあげて襲いかかる少年。
「いいかげんにしろ!」
ジュウが怒り心頭で、カウンターぎみに水平チョップを少年の額にぶつけた。
「 !!…… !!……」
少年があまりの痛みに棍棒を手放し、額を両手で押さえ、しりもちをつく。
「とりあえず落ち着けよ。いてて……おめぇ名前なんてンだ?」
ジュウが巨大なたんこぶをさすりながら尋ねる。少年は額を抑えたまま口を尖らせ、しばらく黙っていたが、
「………ボナ」
そっぽを向けてぼそりと言った。
「ボナかぁ。ナハハハ! 変な名前だなぁ!」
「うるさい! とうちゃんがつけてくれた名前だ! 笑うな!」
「ナハハハ。わりぃわりぃ。俺はジュウだ! よろしく! んで? なんで俺を襲ったんだ?」
なおも半笑いで尋ねるジュウ。ボナはうつむき、数秒黙った後、
「……全部、現人のせいなんだ……全部………!!」
と、悲しそうな表情で、彼は語り始めた。
◆
二週間前。
突然、先神様が一族全員を呼び集めて言い放った言葉から、事の発端は始まる。
「皆の者。良く聞けぇ! 我々は古来より、祠に眠る秘宝を守り続けてきた。しかし、その形や、
どのような力を持つのか、謎のままじゃった。だが! これを見よ!」
戦士のひとりが、四辺2メートルほどもある巨大な石板を高くかがけた。文字が記されていることから、何かの石碑であることが分かった。
「これは昨日、我が一族の宝物庫から見つかったものじゃ! これには、秘宝殿内部の罠の詳細や攻略方法など、秘宝に関するあらゆる情報が刻まれておる! その中に、秘宝の能力や形について、こと細かに記されておったのじゃ!」
一族全員がざわつき始める。
続けてヨミが言い放つ。
「内容はこうじゃ! 『その秘宝、長い鼻と輪状の尾をもつ箱。輝くばかりの青き光沢を放ち、クビノスの幼生ほどの大きさ。その蓋を開けしとき、中から巨大な黒雲が開放され天を覆い、我らが敵に神の裁きを降すだろう』」
ざわめきが一層大きくなる。文面からみておそらく、絶大な力を秘めた兵器に違いないだろう。
やがて、いたる所で論争が起こり始めた。
「それがあれば、現人なんて目じゃないわ! すぐに手に入れて活用すべきよ!」
「ふざけるな! 秘宝は神聖なもの。何者も触れてはいけない!」
「そんなこと言ったって、現人に奪われては意味がない! やつらも最近力をつけてきている。負担は増すばかりだ!」
「やつらの前で獲物をさらす結果になるのだぞ! 危険すぎる!」
「しかしこれがあれば、あの生意気なガキも倒せるかもしれねぇ! もういいなりになる必要もなくなるぞ!」
その激しさがしだいに増し始めた頃。
ピュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
甲高い音があたりに響き渡った。ざわめきが極端に小さくなる。
ヨミの傍にいた戦士長、アデムが、木の実の尻に勢いよく息を吹きかけた音だった。
ビビバナの実といい、尻に空気を送ると辺りに良く響く音を出す特性がある。ラマッカ族では、裁判で使う木槌のような役割を果たしていた。
皆が再び注目するのを確認し、再びヨミが話し始める。
「皆の者がどれだけ論じても意味はない。わしの言葉-----すなわち、神の言葉が判断を下す!」
そう言うと、ヨミは固く目をつぶりうつむき、両手を広げて構えると、眉間にしわを寄せて祈り始めた。
シィンと、あたりが静寂に包まれた。
そして、ヨミの瞼がゆっくりと、開き始めた。
「我らの未来が見えた……秘宝は-----」
皆がゴクリと生唾を飲み、耳を傾ける。
先神様の天啓。未来を覗いた、その結果は
「手に入れるべき! 現人を殲滅するために!」
秘法もとい、想具を使った殲滅だった。
半分以上がワァッいう歓声。しかし、残りの人々が黙って顔を見合わせ、不満顔で見合わせる。
そして、さらに彼女は言い放った。
争いのきっかけとなった、その予知を。
「秘宝に触れず、今まで通り守り続けるべきという意見者。危険思想じゃ! 真に一族の事を思うなら、秘宝を使うべき! 現人に加担するものとみなす! 即刻この村から立ち去るのじゃ !!」
瞬間。
あたりがしんと静まりかえる。誰もが耳を疑った。
「そ……そんな。いくらなんでも、ひどすぎます!」
ある女性が叫ぶ。すると、
「そ、そうです! 危険思想だなんて! 昔からしていたことではありませんか!」
「現人に加担することになるって……無茶苦茶です! これは暴論ですよ!」
「皆、秘宝に対する想いは同じはずです! どうか考えなおしを !!」
感染するように広がる批判。
そこで
「黙れぇ !!」
ヨミのすさまじい一喝。広がり始めたざわめきが消えた。
「わしの言葉は神の言葉じゃ! 何者も逆らうことは許さぬ!」
わずかな沈黙。そして
「その通りです。先神様」
アデムが前に一歩踏み出て、断言した。
「先神様の言葉は神の言葉。予知による絶対回避の方法である。現状維持の意見者---『保守派』は今すぐに荷物をまとめ、この村から立ち去れ!」
冷徹を帯びた命令。なんの迷いもなかった。
否。なんの迷いもないように見せかけた。
確かに、無茶苦茶で支離死滅な命令だと思った。
それでも、先神様のいうことは絶対。それを最も信じなくてはいけないのが、他ならぬ自分だった。
戦士長だけは、何があっても先神様に従わねばならない。
しかし、かつての仲間を追い立てる事に気が引けたのも確かだった。
わずかな迷いが確かにあった。
村人は再び沈黙。やがて、
「そ、そうだ。おまえらは異端者だ! 早く出てけ!」
と、アデムに触発されて、肯定する者。
「な、なんだと! ふざけるな! こんな予言、間違っている!」
と、反論。激昂する者。
「ここから出て、どう生きていけばいいのよ!」
と泣き叫ぶ者など。
辺りが激しく混乱し始めた。
そして
「神に逆らうつもりか! てめぇには失望したよ! もう友達でもなんでもねぇ!」
「こっちのセリフだ! とんだイカレ野郎を友人にもったもんだぜ!」
「なんだとぉ !!」
ある男が、保守派の男の体を突き飛ばす。同じように、いたる所で突き飛ばし合い。また、殴り合いが始まった。ただの口論が、内乱に発展しつつあった。
「し……静まれ! 先神様の御前で暴れるな!」
これはさすがにまずいと、アデムが大声を上げるが、誰の耳にも届かなかった。
「もうゆるさねぇ!」
ついにある男が、テントから槍、弓、斧を持ち出し始める。
(!!まずい!!)
そこで、アデムが再びビビバナの実を吹き鳴らすが、すでにその音に反応する者はいなかった。吐き散らされる怒鳴り声と子供の泣き声がその音を遮る。
場は、完全な狂気に満ちていた。
「待て! 落ち着けおまえら! 争ってどうするんだ!」
必死に叫び、説得を試みようとするアデム。
だが、その時。
彼は信じられない言葉を、ヨミの口から聞いた。
「よかろう、従う気がないなら実力行使じゃ! 保守派以外の者! 全員武器をとり、保守派を追いだすのじゃ !!」
「っ………!?」
アデムは初めて、ヨミの命令に絶句した。
耳を疑った。どうか聞き間違いであってくれと、言い間違いであってくれと本気で願った。
だが空しくも、この喧騒の中。彼女の命令は伝わることになる。
その声を聞き取った周囲の男がそれに従い、テントから武器を取り出し始めたのだ。それにならって他の者も手に武器を取る。
そして、戦士全員が武装することになった。
「こっちが『保守派』なら、おまえらは『過激派』だ! 野蛮人共! そっちがその気なら、迎え撃つまでだ!」
と、保守派も同様に武器を揃え、構え始める。アデムは動揺の色を隠せなかった。
「さ、先神様 !!」
何を伝えるでもなく、ただ懇願するように叫ぶが。
「戦士長アデム。貴様も戦わないか!」
鋭い目つきでギラリと睨みつけられた。
アデムは息をつめらせた。
彼女の目は本気だった。アデムの動揺が、さらに激しさを増す。
その時、アデムのもとに女と老人が駆け寄る。
妻ニミナと、父イジムである。
「アデム様! 私達は秘宝をそのままにしておくべきと思っています。先ほどの先神様の肯定発言。虚言と受け取りました。一緒に戦ってくれますよね!」
ニミナが信頼に満ちた顔を向けて言う。
村人の前だけに、否定的な言葉を言うことができなかったのだと考えていた。イジムも当然という面持ちで、返事を待っていた。
しかし、アデムは悩む。
ラマッカ族の誇りを選ぶならば、最大の誇りである秘宝は、触れずに守りぬくべき。
しかし、戦士長としての立場では、先神様の予知は絶対厳守。従わなければならない。しかも、すぐ横に先神様がいる。悩む時間を作ることさえ許されなかった。
一瞬の苦渋の決断。そして、
「………駄目だ」
ぽつりと言い放つ。
「………え?」
ニミナとイジムは耳を疑った。
一瞬、茫然として、訊き返そうとした瞬間。
「俺は先神様のお告げに従う。おまえらの味方をすることはできん」
はっきりと、彼は言いきった。
ニミナとイジムの顔が真っ青になる。
彼らの背後では、すでに武器を携えた人々が、建物、家畜、道具などおかまいなしに破壊しながら、激しい争いを繰り広げていた。
その最中、ニミナの頭の中は真っ白になる。
「ア、アデム様。どうして……?」
目を真っ赤にして絶句するニミナ。それでもアデムは冷徹に、
「俺が戦士長だからだ。先神様のお告げは絶対。身内の意見がどうだろうと、関係ない」
「き、きさまぁぁ !!」
イジムが顔を真っ赤にし、怒りの声を絞り出した。
すると、アデムはそばに立て掛けていた巨大な槍を構えて、先端をニミナ達につきつける。
その顔は、本気そのもので、覚悟を決めたものだった。
「来い。殺さぬ程度に、相手になってやる」
それを聞いたニミナは、しだいにその目に怒りを宿し始める。
夫。アデムの目を見て、到底説得できないものであることを理解し、怒り、そして幻滅した。
「………わかりました。ボナは私が守ります。あなたには頼りません!」
そう言うと、背中に背負っていた弓矢を構える。
「このバカ息子が……恥を知るじゃて !!」
イジムも同様。小さな石斧を二本、両手に構える。
「先神様。ここは危険です。大テントの中へ。私が守ります」
アデムが背中を向けて言うと、ヨミがその場から走り去った。
そして
果たしてそれは本心か。偽りの感情か。
「俺から見れば、父上。あなたの方がどうかしている。あなたもかつて戦士長を務めた男。先神様のお告げが絶対であることが、なぜ分からない! 歴代の戦士長達に対して、恥ずべきことと思わないのか!」
自分が何を言っているのか分からぬまま、言葉が紡がれる。
自分が自分で分からない。
そして、ついに決定的な一言を言い放った。
「あなたこそ、戦士長われらの面汚しだ!」
イジムの頭の中の何かが、ブチリと切れた。
「だ、黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ !!」
激しい激昂。次の瞬間、猛烈な勢いで二対が激突した。
ニミナ、イジム、アデム。やがて彼らは、周りに立ちこめた粉塵によって、その姿を消していった。
※ ※ ※
ラマッカ族の内乱は三日三晩続いた。
村は完全に、保守派と過激派の二つに分断された。お互いに、集落の隅で固まって過ごし、寝ては戦いの繰り返し。その激しさは増し、死人や怪我人が続出した。
そこは狂気に満ちあふれた世界だった。いまの現状に異論を唱えるものはだれもなく、ただその目に殺気を宿らせるばかりだった。
そして三日目の夜。
「長老! これ以上は無理です !!」
若い男がイジムに対して叫びかける。『保守派』では、元戦士長であるイジムが長老として先頭に立ち、指揮をとっていた。
戦士は全員半死状態。動けるものはわずかであった。
「ここまでか………くそぉ !!」
苦渋に顔をゆがめ、砕けるほどに歯を立てるイジム。
彼は過激派の前に躍り出るとビビバナの実を吹いて注目を集める。
そして、苦虫を噛むような表情で、
「………降伏する。おとなしくここから立ち去ろう」
そう、宣言した。
やがて、動ける者や数頭のカラバが、倒れた者やわずかに残った物資を背負い、森へと歩いてゆく。
過激派の者は、黙ってそれを見届けていた。
「だが忘れるな! 必ず復讐してやる! いずれこの地を取り返すぞ !!」
イジムが恨みつらみの叫びを残した。
しかし、その傍ら
「とうちゃん !! とうちゃぁぁぁん !!」
ボナがニミナに手を牽かれながら、悲痛の叫びを何度もあげていた。
必死に父の元へ駆け寄ろうと、周囲の人間と逆方向へ走り出そうと足をばたつかせる。
しかし、ニミナがボナの腕を強引に引っ張り、それを抑えていた。
ボナと同じく、悲痛な表情を浮かべながら。
「とうちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんん !!」
森の中を、少年の幼い声がこだまする。
少年の父。アデムはただ目を固くつぶるのみ。
やがて森の奥深くへと、保守派の人々がその姿を消していった。
◇
「そしておいら達は、草原にテントを立てて暮らし始めたんだ。でも……こんなの間違ってるよ。どうして仲間同士で争わなきゃならないんだ。前みたいに、父ちゃんと母ちゃんと、仲良く暮らしたいよ………!」
一通り説明が終わると、目に涙を浮かべ、顔を足の間にうずめて嗚咽をもらし始めた。
その目の前では、
「ZZZZZZZ………」
鼻ちょうちんをふくらませながら、あぐらをかいて居眠りするジュウの姿があった。
「起きろぉ !!」
ボナが目を真っ赤にし、棍棒でジュウの頭をおもいきり叩いた。
「あ痛ぁ !?」
あまりのショックに跳び上がるジュウ。頭を抱えてその場を転げまわる。
「いっつぅぅぅ !! 俺今日殴られてばっかだぞ!」
通算。4回目である。
「おまえが話せっていうから話したんだぞ! バカかおまえ !!」
とボナが激昂する。ジュウが頭をくらくらさせて、
「ん? 話はちゃんと聞いてたぞ。眠りながら」
と断言。ホントかよと、ボナが怪訝な表情をした。
「ようするに、そのれうでぃすってやつらが宝をねらってるから、喧嘩が始まったってことだろ? だからおまえはれうでぃすがすっげぇ嫌いだと。………んで、れうでぃすって何?」
「おまえらだよ!」
ビシッとボナが、ジュウの顔に向かって人さし指を差す。
「俺? 俺はジュウだ。れうでぃすなんて変な名前じゃねぇよ」
「そういうことじゃない!」
とツッコミをいれるボナ。デコの説明も無駄に終わったらしい。
すると、ジュウが両腕を組み、う~んと唸りながら何かを考え始める。
やがて、あぐらを組んだ状態から、背中から地面に倒れる。
仰向けになった直後。
「よし! ひらめいた!」
跳ね上がるような勢いでガバッと起き上がった。
ボナが目を見開いてあとずさり。めまぐるしい変化に戸惑う。
「ボナ! おまえの父ちゃんと母ちゃん。仲直りさせてやるよ!」
満面の笑顔で言い放つジュウ。ボナはぽかんと口を開けた。
「喧嘩してるどっちも、その宝が大事なわけだろ? だから、オレがその宝を狙っちまえば、二人ともオレを追って、嫌でも父ちゃんと母ちゃんは会うことになるんじゃねぇか? それに、おまえがオレについてくれば、あいつら誘拐されたと勘違いして、おまえを取り戻そうと必死になる。すると、一緒になってるうちに仲直りすんじゃねぇか? どうだ !?」
ジュウが満足げな顔で問う。
『敵の敵は味方』という言葉があるように、共通の敵が現れれば、協力しなければならない状況になり得る可能性がある。少なくとも、会うことのできない今の状況よりは良いと、彼は考えたのだ。
しかし
「そ………そんなうまくいくかなぁ?」
ボナの表情が曇る。成功するためにはかなりの運的要素が必要だった。
「だいじょーぶ。ちょうどこれから村に向かうとこだし。もしかしたらおまえを追って、赤鼻のおっさんたちもついてきてんじゃねぇか? そん中にいんだろ? おまえの母ちゃん」
と、ジュウは都合の良い予想を立てた。
草原に居た保守派の連中が、自分たちを追って村までやってくるんじゃないかという事である。実際、それは的を得ていて、現在進行形で彼らがジュウ達を追っていることを、この時は知る由もなかった。
そこでボナは、眉をひそめる。
その計画自体が不安なこともあるが、なにより今、目の前にいる相手は、現人である。決して信用できない敵。排除すべき敵であると、幼少の頃から教わってきた。
しかし、こうして相対してみると、予想とは違って凶悪なイメージはない。向こうから攻撃を仕掛ける様子はないし、その屈託のない笑顔が彼の敵愾心を緩めていた。
だが、自分はすでに過激派とは相反する敵。かつての仲間といえど、子供といえど、殺されても不思議はない。
その瞬間をイメージして、ボナの顔が青ざめる。
百人の敵の中をたった子供二人が突っ込んだ所で、何ができるわけでもない。そう確信したボナは、バカげた話と叩き返そうとした。
その時、ジュウがボナの目の前に座り、顔を見据える。
そして、にっこりと笑った。
「心配すんな。簡単に捕まりはしねぇよ。家族と仲良く暮らしたいんだろ? 父ちゃんと母ちゃんだって、きっと同じ気持ちだ!」
ボナが怖気づいていると思ったからか。ジュウは勇気付けるようにそう言った。
呆気にとられるボナ。
そして、ジュウは右手に拳を作り、ボナの胸に当てる。
微笑み、言い放つ。
「オレ達で、家族みんなを救おうぜ! ボナ!!」
「…………!!」
その眼は、秘宝を狙う現人の邪悪な眼ではなく、驚くほど純粋に、ボナの顔を見つめていた。
再び、ボナの気持ちが揺らぐ。
彼の言葉に何の根拠もない。
しかし、安心させる何かを-----信頼できる何かを感じたのも確かだった。
目の前にいる敵は、本気で自分の幸せを願っている。
《おい! そろそろ着くぞ! 死ぬ覚悟しとけ!》
透明な半球の向こう側から、エコーのかかった赤髪の少年の声が響いてきた。
「おぉい! 出るにしても、どうすりゃいいんだぁ!!」
ジュウが見上げて声を張り上げる。
《ロックは解除したから、出たいと念じれば普通に出れるぜ!》
「へぇえ。ホント面白ぇな。ここ」
とひょうきんな声を出すと、ボナの方を振り向くジュウ。
「まず俺が先に飛び出すから、そのあとに続いてこいよ。もしピンチだったら援護してくれ。じゃ!」
信頼して、サムズアップを突き出すジュウ。
そして体が青い光に包まれ、上空へと飛んでいった。
それを、不思議な気持ちで見送るボナ。
彼の肩にかけられた袋には、常にいくつかの道具や武器が入っている。いつでも身を守ることができるように準備している。戦う力はあった。
しかし、ボナは悩む。
現人と協力して秘宝を取りに行くなんて、ばかげた話。裏切り者として打ち首にされてもおかしくない。
それでも、何もしないよりはマシ。
一縷の望みにかけるならば。一か八か
「でも……オイラ………!!」
*
「おっと! あぶね!」
半球の箱から飛び出たジュウは、管理人の襟をガシリとつかみ、背後の座席シートに着地。危うくバランスを崩し、落下するところだった。
「バッ、バカ野郎! 襟を……つか、むな…… !!」
管理人ラカスが顔を真っ赤に、震える右手を後ろに回し、ジュウの手をふりほどこうとする。
「あ。わりぃ」
ジュウは悪びれもなく手を離すと、少年の肩に手を置き、バランスを保ちつつ背後に直立する。高速移動の最中であるにもかかわらず、見事なバランス感覚だった。
「ゲホ……まったく、この俺をこんな目に合わせやがって。しかも、汚ぇ手で俺の肩に触れてんじゃねぇよ」
管理人が咳きたててぼやく。
バイクはジャングルの中を走行中である。木々が生い茂り、ほぼ視界ゼロにもかかわらず、バイクは木々を素早く回避しながら高速移動を行っていた。
少年がよどみなく、グローブのようなハンドルを動かしている。左右上下に自由自在に動き、バイクがそれに忠実に従い移動していた。そのたびに少年に掛けられたサングラスの表面に映された半透明の映像が切り替わっていた。
運転予測表示の類だろうか。バイクの安全ルートを表示しているらしい。いずれにせよ、高度な科学技術が搭載された機械のようである。
「さあて、おまえの友達とやらはどこだ?」
と、少年は右手薬指にはめられた指輪のポッチを押した。直後、宝石部分から小さな半透明の映像が飛び出し、彼の目の前に表示された。
その映像は、村を上空から映したもののようだった。
その中央に、見慣れた者の姿があった。
「ナニワ! デコ!」
ジュウが叫ぶ。二人は手首に蔓の手枷をはめられたまま、一人の男に連れられている様子だった。
そして、村中央の大きなテントの中へ姿を消した。
「さぁて。ここがお前の死に場所らしい。もっとも、ここまでたどり着く前に死ぬだろうがな」
少年は憎たらしく言う。しかし、ジュウは屈託な笑顔で返した。
「分かった! 行ってみる! ありがとな! まっか!」
「『まっか』ってなんだ !? 変な呼び名やめろ!」
今にも噛みつきそうな形相で叫ぶ管理人。だが確かに、彼の容姿は頭の先からつま先まで真っ赤に塗りつぶされている。
「俺は管理人だ! 死んでも忘れんな!」
「そうか! おれは天元じゆう! 人よんで、ジュウだ!」
お互いの自己紹介を済ます両者。村はすぐそこまで見えていた。
「さぁ-----]
ハンドルをきり、バイクを強引に横向き。激しい土ぼこりを立てて横滑りにドリフトをかけた。
同時に、管理人は叫ぶ。
愉快そうに、笑いながら。
「死んでこい!」