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貧しい猫が、ここでの暮らしにすっかり慣れた頃、黄金の猫は言いました。


「すっかり元気になったみたいだね。お前さえ、良ければこのまま此処で暮らせば良いし、好きな時に、新しい場所へ旅立っても良い。」

「ご主人様、私は貴方の傍に置いていただければ、それが一番の幸せです。」


貧しい猫は、ここで生活する事を望みました。

とても立派で、優しい黄金の毛並みの猫のために、一生を捧げたいと思いました。

黄金の猫は、ゆっくりと目を瞑ると、長くて美しい尻尾で、貧しい猫を擦ります。


「優しい子、お前は私に何も思わなくても良いのだよ、好きなだけここで暮らせば良い。それは、私のためでは無い、お前のためだよ。」


まるで春の太陽のような暖かい声で、優しく語りかけられましたが、貧しい猫は、その意味がわかりませんでした。

ただ、目の前の方を、ご主人様だと思って尽くしても良いのだと思いました。


それから、楽しくて、満たされた日々が過ぎていきました。

薄汚れてガリガリと痩せた貧しい猫は、白いふさふさの毛並みを持つ、若々しい猫になっていました。

他の猫との会話もままならなかった猫が、暖かいご主人様の足元で、コロコロと転がったり、他の猫の尻尾に飛びかかったり、小さい子の面倒を見るようになりました。

それはとても幸せで、まるで青い空に浮かんだ白い雲のような、ふわふわとした柔らかい喜びに満たされていました。


しかし、白い猫の幸せは長くは続きませんでした。


それは、春の嵐の過ぎた後に、とても強い風とともに現れました。

あまりの風の強さに、黄金の猫の足元に、みんなで寄せ集まって小さく震えていた時です。


猫達の目の前に、それは大きな影ができました。

その影は、体が揺れるような大きな声で言いました。


「久しぶりだな、守り人よ。」

「おや、久しぶりだね、闇よ。お前の方から、此方に来るとは珍しい。」


どうやら、ご主人様の知り合いのようです。

初めてみるそれは、とても大きな猫のようでした。

ご主人様の黄金色の毛並みと対象的な、夜を集めたような黒い毛は、あたりを照らしている眩い光を吸い込むように、まっくろでした。

あの心細くて寂しい森の中を思い出させるような、そんな黒に、白い猫は心の中で怯えました。


ああ、なんだかとても怖い猫だ。


「近くを通りがかったのだよ。いつの間にか、手下の数を増やしているじゃないか。」

「口の利き方に、気を付けなさい。この子達は、全て私の大事な子供達だ。お前のように、無意味に配下をこさえるような事はしない。」

「お前はそのつもりは無くてもさ。ああ、だけど、随分と弱っちい事だ。風が吹けば飛んでいくんじゃ無いのかね。」


黒い猫は、大きな声出して笑います。

そうして、太くて長い尻尾をびたんびたんと地面に叩きつけるのです。

小さくなって、ご主人様の足元の黄金の毛の中に潜り込んだ猫達は、その振動にびくりびくりと震えるのでした。


「闇よ、私の大事な子供達をからかわないでくれ。用が無いのなら、この森から立ち去りなさい。」


ご主人様の優しい尻尾は、震える猫達を優しく守ってくれました。


ああ、なんて優しいご主人様。


白い猫は、その尻尾の優しさに涙が一粒零れ落ちます。

そして、守られてばかりいる事が恥ずかしくなりました。


もう僕は、惨めで貧しい猫では無いんだ。

ご主人様のおかげで、こんなに毛並みも良くなった。

今こそ、御恩に報いる時だ。


白い猫は、暖かい尻尾から飛び出すと、大きな黒い影に向かって威嚇をしました。


「この森から出て行って下さいっ!」


黒い猫の影の中で、毛を逆立て、唸り声をあげて威嚇をする白い猫。

黄金色の猫も、黒い猫も呆気にとられてしまいました。

二人の会話を邪魔するような存在がいるとは考えた事が無かったのです。


「はっはっ、守り人よ、随分と毛色の変わったものを飼っているんじゃないか。これは、また、滑稽だね。」

「…私の大事な子が、私を守ろうとしてくれたんだ。笑うのはよしなさい。さあ、白い子よ、私の中に戻りなさい。」

「いいえ、僕は、ご主人様をお守りしたいのです!黒いお方!どうか、ここから立ち去ってください!」


目の前の黒い猫は、それが本当に猫なのかはっきりとしませんが、唯一光っている二つの目で、じっとりと白い猫を見つめます。

白い猫は、その視線のあまりの強さと冷たさに、気が遠くなりそうでした。

ですが、ここで倒れてしまったら、ご主人様に更に迷惑が掛かってしまいます。

白い猫は、細くなった意識を辛うじて留め乍ら、細い四つの足を踏みしめて、目の前の黒い猫に向かって頼むのです。


「どうか、黒いお方!私の大事なご主人様の言う通りに、この森から立ち去って下さい!」

「ふむ、よかろう。久方ぶりに守り人をからかおうと思ったのだが、趣向を変えよう。」

「闇よっ!」

「白い子よ、お前の願いを聞き遂げよう。その代わり、お前を貰い受けよう。」


黒い猫が、一際大きく尻尾を地面に叩きつけました。

空気を揺らすその振動に、白い猫は思わず目を閉じてしましました。

目を開けた白い猫は、何が起こったのかわかりません。

ですが、背後にあったご主人様の暖かい温度が感じ取れなくなりました。

そして、自分が一人で薄暗い暗闇の中にいたのです。


「白い子よ。」


僅かに、暗闇が揺らぎます。

いつの間にか、目の前には、先程のあの大きくて黒い猫がいました。


「あ、あの…ここは…?」

「私の棲家だ。白い子よ、お前の願いを叶えたんだ。次は、私の願いを叶えてもらおうか。」


そういうと、三日月を横にしたような、真っ赤な赤が目の前に見えました。


ああ、僕は食べられてしまうんだ。


白い猫は、ゆっくりと瞼を閉じます。


僕は、ご主人様の御恩に報いる事ができたのかしら。


そうして、深い闇の中に、白い猫は落ちてゆきました。




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