プロローグ 〈古代魚がみた夢の話〉
僕たちの先祖が、海から陸に上がった時の話、知ってますか?
そうそう。両生類か古代魚か、専門ではないので詳しくは僕も知らないんですけどね、そんな、水の中でしか息が出来ない生物が陸に上がった、っていう話です。
天敵に追われて、水辺の、陸との境目に追い込まれちゃって。でも、水の中にも酸素が少なくて息苦しくて。それで、逃げるように陸に上がった種がいて、それが、僕たちヒトに繋がる祖先、っていう話です。
同じように、敵から逃げるのに波打ち際に追い込まれちゃって、追い込まれては死んでを繰り返すうち、たまたま、陸で息が出来る変異種が生き延びて、という説もありますよね。
動物が陸に上がった説の動機って、今ではなぜか、みんなネガティブな理由なんです。天敵に追われて、助けて! 逃げないと! みたいな。
でもね、僕たち「ヒト」はべつに、種の保存の危機に切迫してなくても、生きていられない「宇宙」というトコロを、多大な興味を持って見つめてる。観測所を作ったり衛星を上げたりして。
でも、それって、危機感から衛星を上げて、SOS信号を出してるワケじゃないですよね。むしろ、知りたい、知りたい、っていう好奇心と探求心から、自分たちが生きられない「宇宙」を見てますよね。
そんな「ヒト」の今を見てると、古代の魚は、本当に「逃げないと逃げないと!」って事しか考えてなかったのかな? って、疑問に思ったりするんです。
例えば……水中から、水面越しに空を眺めてる祖先の生物が、水面に落ちてきた(先に地上に上がったであろう)植物の花びらを見て、「なんて綺麗なんだろう!」って感動して、興味を持ったりするかもしれないじゃないですか。
猛烈に好奇心を持てば、命の危険を顧みず、水面上にジャンプを繰り返し、その、綺麗な花弁がどこから飛んできたのか、知りたいって、思ってしまうかもしれませんよね。
ナンセンスですけどね、「天使が水面に落とした羽」と、例えてもいいです。
こんな綺麗なものが、この水面の上の世界には満ち溢れてるのかもしれない。溢れてるから、風に乗り、水の上に飛んできたのかもしれない。なんだろう? 飛んできた元のところを知りたい!
……なんてね。そんなふうに、興味津々だったかもしれないな、なんて。僕は勝手に妄想したりするんです。「好奇心」は、僕たち「ヒト」だけのものじゃないかもしれないでしょう?
魚に足が生えたのは、危機感だけじゃなくてね、見たことのない空への好奇心もあったのではないかな、なんてね。
……それは、もちろんナンセンスで。もちろん、ただの僕の妄想なんですが。
でもね、僕は密かに思ったりしてるんですよ。
彼女たちは、空から降ってきた「天使の羽」を、見ているのではないか、って。




