黒いシミー1
灰色の人に灰色の街並み
灰色の空に月なんて浮かばない。
太陽だって昇ることはない。
星の光は儚すぎて
人の目に映ることもない。
毎朝のお決まりの台詞がテレビのブラウン管を通じてこの部屋に響き渡る。
「7時21分、7時21分。皆様、お気をつけて行ってらっしゃい。」
灰色のスーツに身を包んだニュースキャスターが虚ろな目をして告げる言葉は今日も
「おはようございます。今朝方××ストリートの◯◯公園付近で殺傷事件がありました。殺されたのは…」
「唯、そろそろ家を出ないと学校に遅刻してしまうぞ。」
ぼーっと灰色の画面を見つめる私を
読み終えた新聞を畳みながら少し棘のある声で父が咎める。
「わかってるって。」
「ほらほら、唯ちゃんテレビばっかり見てないでさっさとご飯食べちゃいなさい。お母さんはそろそろ和希起こしてこなくちゃならないから。」
「どうせ起きないよ。夜中にトイレ行ったらあいつの部屋、電気ついてたしたぶんまた夜中までテレビゲームして遊んでたんじゃない?」
「でも起こさなくちゃあの子機嫌悪くなっちゃうから…もう、お母さんも毎日大変なのよ…?本当に本当にあの子が学校に行かなくなってから…ぐすっ…」
そう言ってまた泣き出す母を見て今度は父が怒り出す。
「お前はすぐそうやって泣いて俺を責めるのか!また俺のせいであいつが学校に行かなくなったとか言い出すんだろう!」
「誰もそんな事言ってないじゃない!どうしてそんなに被害妄想なの!?自分のことばっかりで…!たまには私を助けてよ!!」
「……っ!なんだと!?」
そしてまた母に手を上げる父を今度は私が叱咤する。
「お父さん!またお母さんに暴力振るうの!?やめてよ!朝から!ほんっと短気なんだから!それにまずお父さんの事なんか誰も話してなかったじゃない!」
「…なんだ!?もう一回言ってみろ!!」
真っ赤な顔をして怒り狂う父が
バンっとテーブルを叩き私の前に立ちふさがる
「なによ!そうやって怒鳴って脅せばすむと思っ…」
バシンッ
父の平手打ちが綺麗に私の頬を打つ。
しかし私もこうなったら止まらない
。真っ赤に腫れ上がる頬を抑え側にあったカッターナイフを片手に迎え撃つ。
力じゃかなうはずも無い相手に立ち向かうにはこうするしかない。
「もうやめて!二人とも!!!!」
母の叫び声が更に父の怒りを倍増させる。
そしてその怒りの矛先はもちろん私。
今度はたぶん平手打ちじゃ済まされない。
カッターを持つ右手にぐっと力を込め、身構える。
「なんだ?その目は!それが親に対する態度か!?」
「……あんたなんか親じゃない…!」
「…なんだと!?」
次にくる衝撃に備えぎゅっと目を瞑る…
…がしかし私の頭にくるはずの痛みはいつになっても襲ってはこない。
恐る恐る目を開けるとそこには
寝ていたはずの弟、和希がいた。
この家の主様の御登場だ。
「うっせえ…黙れよ糞じしいに糞ばばあ」
「あ…和くん、起きてたの…?ごっご飯食べる…?ちょうど今起こしに行こうと思っていたところで…」
「朝から喧嘩してんじゃねーよ!おい、糞じじい、うぜーから早く仕事行けよ。んで、ばばあもいいから早く朝飯。」
「あっああ…そうだな…そろそろ行かないと俺も仕事遅刻してしまうな…」
「あ、ごめんなさいね。うるさくして。すぐにご飯準備するわねっ」
さっきの形相とは一変、
父も母も青ざめた顔をしてさっさと言われた事に取り掛かる。
そんな光景に先程までの怒りは何処へやら、思わず私も苦笑い。
「そんな気持ち悪い顔でにやにや笑ってないでねーちゃんも早く学校行けば?遅刻するよ?」
「はいはい、言われなくてもわかってるわよ!あんたも早く顔洗ってきたら?凄い顔してるよ?」
「うるせー…」
「お姉ちゃんに対してその態度はなによ!あんたもたまには…」
「はいはいはい、いってらっしゃーい。」
「もー!いいわよ!じゃーね、行ってきます。」
そう言いながらソファーの横に散らばっていた宿題のプリントの山を鞄に詰め込みこ立ち上がる。
背中に小さな母の「いってらっしゃい」の声を聞きながら
私はのろのろと玄関に向かった。
灰色のリビングを後にして
ほっとため息。
これが日常、これが毎朝の日課。