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5 seconds before

作者: attoh
掲載日:2012/03/01

○1

NPO団体の小さめの部屋

オフィス用の机と回転椅子がある部屋

そこに女性二人が入る


職員「こちらへどうぞ」

母親「失礼します」


二人が座る


職員「では早速、息子さんが四年近くひきこもりをしているんですね」

母親「はい。中学三年生の時からです」

職員「何か原因と考えられるキッカケに心当たりは?」

母親「多分……親友がバイクの無免許運転をして、その時の心の傷ですね……」

職員「そうでしたか。どれくらいの割合で部屋を出ますか? 例えばリビングまで出られるとか、トイレ風呂以外は一切ダメとか」

母親「本当に出てこないんです」

職員「本当に?」

母親「トイレもお風呂も。一度子供用のおまるを買ってこいと言われたので中でしているものかと。それにお風呂も自分の部屋の中でしています。たらいの上で水を被っているみたいで。ご飯を受け取るだけ一瞬扉を開けるのですが、それも私たちが仕事に出かけたり、夜眠ったあとにだけで」

職員「……正直に言いますが、かなり重症ですね。実例もないくらい。普段から指示されたものを購入するんですか?」

母親「ええ。最初のうちは本当何も要求がなくて、餓死してしまうのではと思っていたくらいでしたが、そのうちメモ帳で」

職員「なるほど……」

母親「そういえば」

職員「なんでしょう?」

母親「一番最初に『全身が映る鏡がほしい』とメモ帳で言われて。その時はもう父が散々部屋の外から文句を言っていたのですが、怒りを通り越して諦めになったときにふいに注文が来たので嬉しくて」

職員「従ってしまったと」

母親「ええ。ずっともうメモ帳だけで」

職員「分かりました……これからどのようにしていくか、方針をお話いたしますね……」


○2

都会の一軒家

息子の部屋の扉の前で座っているNPO職員と母親

職員「こんにちは。私は『ひきこもり関東相談会』っていうNPO団体で働いているものですけど、どう? 元気かな? ちょっと一度お話ししたいんだけどどうかな?」

母親「りょうちゃん。大丈夫? お話しできる?」


物音一つしない

小声で母親に話しかける職員


職員「強制的には出したくないので挨拶程度にしておきましょうか」

母親「すみません……」


声をまた部屋に向ける


職員「また来るからその時にお話しできたら嬉しいな。じゃあ私は帰るからね」


○3

自宅の外


母親「今日は本当ありがとうございました」

職員「いえいえ。そう簡単にいかないものですから。長い時間をかけてゆっくりやっていきましょう。それでは」


車で走り去っていく職員


自宅のリビング

ため息をついた母親がお茶を入れようとする

するとかすかに子どもの泣き声が聞こえる

フェードアウト


○4

田舎の風景。田んぼや山が映し出される

小さな集落の日本家屋

喧嘩の声がかすかに聞こえる

息子の部屋の中で喧嘩する息子と母親


息子「クソババア! どうして友達のお母さんと違って老けてるんだよ!」

母親「だから結婚が遅かったって――」

息子「周りの奴らは田舎暮らしでも若い奴らばっかりだぞ!」

母親「仕方ないじゃない。何がいけないの」

息子「嫌なんだよ! 自分の母親がクソババアなのが! もう知らねえ、出て行けクソババア!」


母親が部屋から飛び出して行く

息子がイライラしながら部屋の隅っこにあった段ボールを蹴る

箱はへこむが予想以上に硬くて、足を痛める


息子「くそっ! 誰がこんなもんを!」


段ボールを持ち上げて床にたたきつける

ばらまかれるプラモデルの破片と一冊のノート

面食らう息子


息子「プラモ……?」


部屋が映し出される

漫画や勉強机はあるが、プラモデルはどこにもない

座り込む息子

プラモデルの山の中、古びたノートを開く

「気付いたのは中学三年生の頃だ」とノートに書かれている

映像が逆再生される


○5

都会の一軒家

床に座り戦闘機のプラモデルを熱心に作っている息子

部屋には戦闘機や戦車のプラモデルが大量に飾られている。またガラス製のケージにはカメレオンがいる


息子独白「気付いたのは中学三年生の頃だ。突然一つのプラモが床に落ちた」


戦車のプラモデルが飾られていた棚の上からフローリングに落ちる

砲塔が折れ、戦車自体が真っ二つになる

座ったまま叫ぶ

カメラが息子の一人称(視界)になる


息子「ああっ! くそっ、戻れ!」


叫んだ瞬間、戦車が逆再生のように部品が元通りになり、棚まで宙に浮き戻る

口をぽかんと開ける息子


息子独白「プラモは一瞬で元に戻ったどころか、物理法則を無視して棚の上まで戻っていった」


両手でほっぺたを叩く


息子「んなバカな……」


作っていたプラモデルを慎重に床に置き、壊れたはずのプラモデルを確かめる

手に持ち、入念に確かめる


息子「傷一つない……」


じっとプラモデルを見つめる

思い切り真上に掲げて落とそうとする

が、落とせない


息子「これは壊したくないな。何か、何か……」


視界に入るケージ。カメレオンと目があう

ゆっくりケージに近づく

蓋を開けて止まり木にエサのコオロギを与える

じっと眺める

カメレオンがコオロギに向かって舌を伸ばし、食べる


息子「戻れ!」


カメレオンがコオロギを吐き出す


息子「マジかよ……」


携帯の着信音がなり、びっくりする

床に置いてあった携帯を取り、電話に出る


息子「もしもし? ああ、翔太か。今? 別にいいけど。分かった。気をつけろよ。じゃあまた」


電話を切る

携帯電話に待ち受け画面が映し出される

時計が一秒ずつ進んでいる


息子「戻れ!」


携帯の時計が5秒だけ戻る


息子「戻れ、戻れ、戻れ、戻れ!」


携帯の時計が二分間戻る

部屋の時計を見る

部屋の時計は戻ってはいない

はっと気づき、着信履歴を見る


息子独白「着信履歴に翔太の名前はなかった。ここで自分は気付く。一度『戻れ』と言うと、時を五秒間だけ戻せると言う事。何度も言うとその度に五秒間戻ること。しかし何故か部屋の時計は戻らないということを」


息子「あっ。履歴が消えたらうちに来ないじゃん」


携帯の連絡帳から翔太の携帯番号に通話する

外からブレーキ音が聞こえる

通話に出た瞬間、物凄い雑音が聞こえる

その後、ぷつりと切れる

しばらく何が起きたのか分からないという表情で電話を見る

はっと気がつき


息子「戻れ! 戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ!」


発信履歴を確認する

翔太に対する発信履歴は消えていた


息子独白「もしかして、という思いがあった。もしかして翔太はあんなに気をつけろと言ったのにも関わらず、無視して原付に乗っていたのではないのか? もしかして事故は戻れ、と言ったことで全てなくなっていたのではないか? そのどちらも、確認しないと意味がない。自分は走った」


部屋を飛び出していく


○6

住宅街を走る

大きな交差点に人が向かっているのを見て、さらに走るスピードをあげる

交差点が見える道

少しへこんだ車が見える


息子独白「車が先に見えた。一瞬立ち止まったとき、足に何かこつんと当たった」


携帯電話が落ちている


息子独白「それは明らかに翔太の携帯電話だった――自分は知る事になる」


手に握り力なく走る

交差点の死角になっていた部分に大破した原付と、血だらけの翔太

翔太に近づく


息子「翔太……」


まぶたを閉じている翔太

血がどくどくと流れている

息子の視界(一人称視点)にカメラが変わる(顔しか映っていない)


息子「戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ――」


小さな声で呟くように翔太に向かって言う


息子「戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ」


戻れと呟き続ける

まぶたが動き、開く

その瞬間、翔太が叫び出す

しばし叫んだ後、また気を失う

叫び声におののき、翔太を見つめるだけしかできない

救急車のサイレン

救急隊員が翔太と引き離し、担架に乗せていく


○7

病院

翔太の家族が泣き崩れる

そこに立ち尽くす息子

医者のかすかな声が聞こえる


医者「――いわゆる心臓発作のような状態です――発作がなければ……」


はっと顔を上げ、また下げる息子


○8

自分の部屋

手には翔太の携帯

力を込めて真っ二つに折る

一人称視点、正面にあるカメレオンが入れられたケージを見つめている


息子「戻れ、戻れ、戻れ!」


カメラが(視点が)下を向く

携帯は壊れたまま

叫びながらプラモデルを壊していく

全て床にたたき落とす

またわざとケージを向く


息子「戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ!」


カメラが下を向くが一切、戻らず、プラモデルは壊れたまま


息子独白「自分はこの時ようやく気付いた。五秒間、時間が戻る能力は自分の視界の中のものしか効果がないと」


回想

翔太に戻れと呟くシーン


息子独白「あの時、戻れと呟いたとき。自分は翔太の顔しか見えていなかった。翔太は顔だけ時間が戻された。その結果、大怪我のまま生き返った。現に顔から下、体からは血がどくどくと流れ続けていたのだ」


息子が大暴れする

プラモデル製作用の道具をまき散らす

カッターナイフが壊れたプラモデルの山の上に目立つように乗る

カッターナイフを手に持ったまま、頬に傷を付ける

ケージを向き、叫ぶ


息子「戻れ!」


視点が三人称カメラになる

血が段々元に戻り、傷が治っていく

思わず頬を触る

ケージにかすかに自分自身の顔が映っていた

フェードアウト


○9

ため息をつきながらご飯を部屋に持っていく母親

手を付けられていない食事と入れ替えようとすると、メモが落ちていることに気付く

メモに「全身が映る鏡が欲しい」と書かれている


母親「りょうちゃん。鏡がほしいの?」


内側からドアに向かって何かが投げつけられる音がする


母親「すぐ準備するから」


一軒家の庭にある倉庫から、鏡を引っ張り出す母親

父親がリビングにいる

父親が何か叫んでいるが聞こえない

母親が部屋の前に鏡を置く


母親「りょうちゃん。鏡持ってきたよ。古い奴だけど使えるからね」


再びドアを叩く音


○10

深夜

部屋の扉の鍵が開く

扉が開くとやつれた息子が出てくる

鏡を部屋に入れる


息子独白「私はもう一つ気付いたのだ。翔太は明らかに我が家へと向かっていた。それは携帯の発信、着信履歴が残っていることから明らかだ。つまり携帯電話にいくら戻れと言っても、話している翔太の記憶は戻らない」


鏡を部屋の中央に置く

鏡の前に立つ

ふと気付いたように、手元にあったノートに何かを書き込む


息子独白「記憶があり続ける限り、自分の意識には翔太を殺したという事実が残る。ならばと思ったのだ。あの時――」


回想

頬をカッターナイフで傷つけるが傷が元通りになる


息子独白「傷は元通りになった。視界にあるものは元通りになる。そこで仮説を立てた。鏡に向かって戻れと言い続ければ、自分自身が若返ると」


鏡に再び向き合う息子

鏡をキッと睨みながらぼそぼそと呟く


息子「戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ……」


息子独白「自分自身の記憶が無くなるまで、戻り続けることを決めた。これは逃げだ。だがそうしなければやってはいけなかった」


回想

プラモデルがまき散らされているのを片付けている

そして片付け終わったあと、計算機で計算を始める


息子独白「現時点で自分は十五歳。自分自身の最後の記憶は三歳の幼稚園の入学式だ。つまり十二年分戻れば、自分自身は記憶を無くす。一言で五秒戻る。十二年戻るためには七千五百万回以上、戻れと呟くしかない。さらに経過する時間を含めれば一億回以上になるだろう」


息子「戻れ、戻れ、戻れ……」


息子独白「覚悟を決めたのだ。自分が自分じゃなくなる瞬間を求めて、ただ戻れと言い続けることを」


○11

「四年後」とテロップ表示

回想


母親「今日は本当ありがとうございました」

職員「いえいえ。そう簡単にいかないものですから。長い時間をかけてゆっくりやっていきましょう。それでは」


車で走り去っていく職員


自宅のリビング

ため息をついた母親がお茶を入れようとする

するとかすかに子どもの泣き声が聞こえる

息子の部屋に近づいていくと泣き声がどんどん大きくなる


母親「どうしたの? 何があったの? 開けて!」


ドアをノックして、ドアノブをひねるが開かない

部屋からリビングに戻り、物置を開ける

大工道具の中からハンマーを持ってくる

部屋に向かう

泣き声が近づいてくる

ドアの前に立った瞬間、鍵が開く

扉が開くと3歳くらいの男の子が立っていた


男の子「ママ! ママ!」


反射的に抱きかかえる母親

顔をみつめる

息子の面影が残っていた


母親「……りょうちゃん?」

男の子「ママ……」


大泣きする男の子


○12


田舎の日本家屋

ノートを読み終わった息子

ノートを閉じ、床に落としてしまう

部屋を見つめる

プラモデルの山

漫画、勉強机

そして自分の部屋になんとなく置かれていた全身が映る鏡


息子「ああ、クソババアなのは……そういうことか……」


リビングに行く

年老いた母親がいる


息子「ねえ」

母親「何?」

息子「俺はあんたの息子なのかな?」


間髪入れずぶっきらぼうに声を上げる母親


母親「息子!」


面食らった後、にやりと笑う息子


自分の部屋に戻る

ふと目の前に漫画が置いてあるのを見つける

漫画を手に取る息子

投げる(スローモーション)


息子「……戻れ!」


部屋の窓が開いている

強い風がふく

部屋にも風が入る

投げられた漫画の表紙がぴくっと動く

その瞬間、ブラックアウト

エンドロール


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