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善意の躍動

作者: UGoui

 全員がそろって、心が躍動し続けていると言わんばかりの目付きをしている。壇上の恰幅の良い、何とも権威ありげな男が「お年寄りに席を譲りましょう」と繰返す度に、涙まで流して人々の瞳孔は可能な限り拡大し続ける。


 一度、そのスローガンを叫ぶ度に繰返される、聞いているだけでも手が痛くなりそうなほどの拍手。人々は世界の真理を前に、正しい決意を繰返す。声だけはバラバラの高さだが、それでいてテンポだけは完全なまでにそろった声を張り上げる。「私たちは老人に席を譲ります、譲ります、譲ります」


 割れんばかりの拍手、一分、二分、人々は無限に続くかのような拍手を行ない続ける。男が再びスローガンを叫ぶ。人々が繰返す。叫ぶ、繰返す、叫ぶ、繰返す。そして、拍手。


 男の次に壇上に上がった女。ヒステリックなまでに何かにとらわれたようなその顔、そしてぎらぎら光るその目は、まさにこれから殉教せんとするかのような雰囲気を放つ。そして、叫ぶ。「素晴らしいスライドを見ましょう」


 「スライドを見ましょう、見ましょう、見ましょう……」 一体『何度見ましょう』と繰返しただろうか、一同の前に巨大な、赤色のスクリーンが、虹色の幕が開くと同時に出現する。拍手、拍手、拍手、一分、二分、限りなく開いた彼らの瞳孔に、光と崇高な精神を流し込み始める。


 若い男と女が三人ずつ、スクリーンに映し出された。彼らは皆、ほとんど空席に近い電車で一列に椅子に座っている。


 視点が切り替わる、電車に幾千、幾万の人々が同時に吸い込まれていく。その人々は何秒も、何十秒も延々と電車の中に吸い込まれ続けていく。 それが、一分、二分、三分、そして、人々の無限にも思える波は、突如として途絶える。 扉が閉まる。


 人々はあまりに壮大なスケールの叙述詩を前に、呆然と画面に食い入り、そして次の結末が果てしなく予想不可能であるように、瞳の輝きを増す。


 そして、再び視点が切り替わる。さっきの六人の男女の周りは、突如として現れたスクリーンを埋め尽くすような老人たちで囲まれている。


 そして、感動のラストシーンが始まると、一様に人々は同じようにして口を開け、息を可能なまでに飲み込み続けながら、その若者たちと画面いっぱいに広がる老人たちを、凝視する。


 若者たちは、全員で、何の迷いもためらいも無く、寸分違わぬ調子で、自らの意志で、素早く一斉に立ち上がる。スクリーンに食い入る膨大な人々が息を飲み込みながら、同時に立ち上がる!


 一斉に同じ声調で『どうぞ』、と彼らは言ったのだ! 人々の目から染み出る大粒の涙が頬をつたう。 拍手が始まる、一分、二分、三分、延々と音階が躍動する効果音が繰り返し流れ続ける。


 視点が切り替わる、ナイアガラの滝だ! ナイアガラの滝が映し出される。 数秒の間隔で視点が変わり続ける、エジプトのピラミッド、アフリカの野生動物たち、海を泳ぐ鯨の群れ、南極のペンギン。 そして、目に最大限の光を注ぎ込む物体が、スクリーン中央に現れる。 「地球だ」


 その地球のシーンと、ビッグバンと磁場のゆがみのシーンが折り重なって同時に映し出される。 いつの間にか人々の拍手は消えて無くなっており、立ちつくしたままスクリーンの行方に全ての神経を注ぎ込む。


 そして、再び電車に視点が戻る、いつの間にかスクリーンを埋め尽くすほどの老人たちは、今はスクリーンを埋めつくほどの若者たちに入れ替わり、椅子に一列に並んだ老人たちが、にこやかに全く同じ笑みをたたえていた。


 拍手が始まる、一分、二分、人々の目から大粒の涙とすすり泣く声が発せられ、全てのこの場に属する人々の共通感情に昇華される。


 疑う物など、誰もいない。全ての人間が笑みをたたえながら、互いが認め会える素直な世界がここにある。


 「老人に、席を、譲りましょう」 「譲りましょう、譲りましょう、譲りましょう、譲りましょう、譲りましょう、譲りましょう……」

独特のムードを持つシーンを描きたいので一度書いてみました。


タイプミス修正: 地場->磁場 の誤りでした、修正いたしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 氏の作品はいつも読ませていただいているが、全体的に暗いイメージがある。もう少し笑いがあってもよいのではないかとおもう。短編としてはなかなか伝えたい意図のあるよい作品だが、もう少しキャラクター…
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