第三話
男は考えた。なぜ俺はこんなところにいるのか。
男は記憶をさかのぼる。つい数秒前まで彼は確かに地下室にいたのだ。男が上を見上げても天井はない。見えるのは星と月の光。おかしい。俺はただバーニア使っただけなのに。点火したとたんになんかすごい音がして、なんかすごい光った気がする。彼のミニマム脳みそでは考えてもその程度しかわからないので……そのうち彼は考えるのをやめた。
『何しとるんじゃァクソガキィイ!!』
大和の思考が停止した矢先に、しゃがれた声の怒声が浴びせかけられた。大和が声の方を見ると視界に鬼のような形相をした老人の顔が飛び込んできた。視界を映す画面に猿彦の顔が映っている。
「おー、なんかジジイの顔が映ってんぞ。ところで、なんで俺は外にいるんだ?」
『お前がワシの研究所の天井をぶち破ったからじゃァァ!! 考えなしに飛びおって!!』
「てめーが神力使えとかいうからじゃねーかバーロー」
『加減ちゅうもんがあるじゃろォがァ!!』
『大和もじいちゃんも喧嘩はあと! 早く戻って大和! そんなもの人に見られたら大変なことになるよ!』
タケルが言うことももっともだ。ここは平和大国日本。当然、一般人が兵器を持つことなど認められていない。神力甲冑はデザインといい、いでたちといい、どう見ても作業用のロボットなどには見えない。おまけに本当に兵器として十分なスペックを持っている。見つかれば面倒なことになるのは避けられないだろう。下手をすればテロリスト扱いされ牢屋へ直行だ。
「んなこたァ、いくら俺でもわかってんだよ。ところで、なんかサイレンの音がしやがるぞ。お、家が警察に囲まれてる。ヘリとか来てるぜ。ジジイなんかしたのか?」
さすが大和。状況をわかっていなかった。
「馬頭隊長、犯人のアジトを確認しました」
隊員がリーダーと思わしき人物に報告する。
「ああ、気を引き締めろよ。相手はテロリストだ。何をしてくるかわからん。どうせ底辺のクズ野郎だ。最初からぶっ殺すつもりでいくぞ」
「「「了解!!!」」」
彼らは全員プロテクターを全身にまとい、装甲の厚い、大型のバイクに乗っていた。白い車体が夜の闇に映える。武装二輪神力車『イダテン』。警察が持つ最大の戦力だ。神力によって従来のバイクをはるかにしのぐパフォーマンスを獲得した。通常ではありえないような動き___たとえば壁を走るようなこともできる。特殊兵装も搭載しており、その戦闘力は単騎で戦車にも匹敵する。イダテンに乗ることを許されたのは警察特殊部隊の中でもトップクラスのエリートのみ。その存在は多くの子供たちの憧れでもあった。
ふだん彼らは表舞台に出てくることはない。イダテンを使わなければならないほどの凶悪犯罪が起こることはごくまれだからだ。しかし今回は5台もの出動命令が出た。相手はどれほど大規模な組織なのか。馬頭と呼ばれた男はひそかにほくそ笑んだ。
上等じゃねえか。合法的にクズをつぶせる。クズはクズなりに楽しませてくれよ。
彼は悪に対しての正義の心でも、敵に対しての不安も持たず、ただ相手をいかに打ち負かして楽しむかだけを考えていた。
「隊長。この家の地下です。すでに機動隊も到着しています」
隊員の言葉を聞くや否や、馬頭は落胆の表情を浮かべた。
「こんなしょぼくれたアジトかよ……こりゃ期待できそうにねえなァ……」
その瞬間、少し離れたところで巨大な爆発。その場にいた全員が一瞬硬直し、爆心地に目を向けた。
煙が晴れて中から現れたのは、人型の赤いロボットだった。