三個目 危険人物達その1、ですよ
深夜の森にふくろうの声――
太く息を吐くような調子で、時折休みがちに、夜行性の長老が鳴き続ける。
他に音らしい音もなく、穏やかな、静かな夜だった。
フクロウを除く全てが眠りについたかのような夜の森を、銀色の月が照らしている。
丸く丸く、抉れたクレーターの形まではっきりと見える、幻想的な光に見下ろされ―――
絶賛迷子中です。
はい、絶体絶命タイムは終わっても迷子からは脱出していませんでしたーこんばんは、薬草師のイチコです。
隣にいる危険人物、もとい双剣士&ガンマンさんペアと行動を共にしてからNPCに全く襲われなくなったのですが…中々見慣れた道に出れません。やはり大分端の方まで追いかけられたのでしょうか?
ただいま双剣士さんはともかくガンマンさんのご機嫌がメルトダウン中、流石に掴むのはやりすぎでしたか…ときおり、寒気がするほどキツイ視線が向けられてきます。
「あのー……そろそろ本当に許してくれませんか…?」
「(ぷいっ)」
完全に目をあわせようともしてくれません…家に着いたら誠心誠意もてなして少しでも敵意を抑えてもらえるようにしましょう。私もまだ死にたくはないのですよ・・・!
「しかしお嬢はなにしてて迷子になったんだ?こんな敵だらけの森で」
「見たところロクに喧嘩も出来ないスキルしかないみたいだけど」
「あ、あはは…クリエイトの見本になるハーブとか、毒草とか探してたんですけど…
さっきの狼さんに見つかっちゃいまして、そのまま。迷子に……」
コレだけはリアルラックの問題ですよ…巣穴の位置はコロコロ変わるらしいですし、真正面からぶつかってしまうなんてよっぽどですよね…?
「ふふ、ふふふ…あははははははははははははははは」
「おい、どうした。お嬢ー?」
「…っ失礼しました。少しスイッチが」
「…良い医者紹介しようか?黄色い救急車の方」
「いえいえいえ!
そんなことよりも!そちらこそこんな夜中に何故このワールドへ?」
「ん~……」
「むぅ、僕らとしてもあんまり夜の間に強行したくはなかったんだけどね」
「………解毒剤を精製できるスキルか毒素を消せるような人が居るか、探しに来た。というか来させられたというか」
うわー…とても人様に見せられないようなひどい顔ですよ、双剣士さん?
ガンマンさんも苦笑いで宥めてますし…
「誰かが病気になったんですか?それとも危険な毒物でも使われました?」
「夕方より少し前に僕が一緒にこのワールドで狩りをして育成の手伝いしてたんだけど…」
「こいつの得物、銃器だろ?離れてサポートだけに徹しさせてたら…」
「「連れが返り血を見ていつの間にか気絶してて、さらに運悪く何かの毒が受けて寝込んでた」」
「はい?」
「つまり、何の毒か全く分かんねーってことだよ」
「……僕がサポートが途切れた時にすぐに戻れればこんな事態にはならなかったのに」
「俺らの本拠地―まぁ街のワールドの一角なんだが、そこで寝てたらいきなり叩き起こされたからな
とっとと医者を呼びなさい!!ってよ」
「僕の監督責任だって言っても聞いてくれなかったんだよ、あの人」
「女子一人で夜道を歩かせるな、なんて…俺より弱ぇのにああいう説教のときだけは強いからなぁ」
「……よくわかりませんがお疲れ様ですよ」
二人揃って心底疲れた顔をし出したのでとりあえず慰めておくのです…家であればリラックス効果の望めるハーブティーでも出せますが。あぁ早くおうちに帰りたい!!なのですよ。
「…とにかくだ、俺たちはその毒を何とかする医者と薬草に詳しい学者を連れて行かなきゃならん」
「……それもあの人の眼鏡にかなう人間でなければアキラ…双剣士の妹に会わせもしない」
「………治るまで不眠不休で働かないとあいつのファンクラブの人間に殺される、かもしれないらしい」
「あの、その無茶を言う方は…いったいどんな人です?」
「「弱いのに絶対無敵」」
「なんと言いますか、難儀な人が相手ですね」
「まぁ、今から会わせる人間に言うような評価じゃねぇな」
「そうだね、とりあえず薬草のことを学んでる人はこれで捕獲――いや発見したし」
「はい?」
なんだか二人から悪人オーラが立ち上ってますよ?
これでもう逃がしゃしねぇぜ!みたいな嫌ーな感じが…!
「ハーブとか 毒 草 とか集めてるんだろ?」
「ゲーム内の時間とはいえ3日も起き続けてるから僕らもこれ以上の徹夜は勘弁してほしいんだよ」
「…要は一回俺達の本拠地に連行させてもらう、ってことだがな」
「助けてあげたんだし…少しぐらい、返してもらってもいいよね?」
「はいぃぃぃぃ!!?」
「ちなみに断っても人攫いのごとく担いでいくから諦めな、お嬢」
「わ、私の都合は…」
「そんなもの…知らん!!」
「最悪です!?」
「ついて来てくれるんならさっきぎゅってした事も許してあげるよ?」
「それって暗に、ついて来なきゃ一生許さないってことですよね?」
「当然でしょ?」
「ひぃ!?」
「あ、言っとくがそれでも断るとこのワールドの森が焼け野原に変わることになるぞ、腹いせに」
「二人で5分もあれば滅ぼせるかな、多分」
「俺全力でいくから5分は長くね?」
「僕もたまには適当にばら撒いて撃ってみたいんだ、こっちの半分は残してよ」
「はいはい、オッケー。あと集落はどうする、場所ごとに半分ずつやるか?」
「一箇所ごとに交代でいいんじゃないかな」
「だ、だだだだだめですよーーーー!!?」
「ついて来てくれない場合はお嬢の事情を慮ることもない、俺達の精神の安定のためだからな」
「悲しいけど、僕たちの睡眠時間の代わりだよ。仕方がないさ」
「「あーぁ、ついてきてくれたらそんな事にならなくて済むのに」」
「鬼ですか貴方達は!!」
「鬼ごとき格下と一緒にするな!!」
「外道!悪魔!PK魔!!」
「はっはっは、弱者が何かわめいておるわ! でも別にPKは楽しんでやってるわけじゃないぜ?」
「そうそう、ただ別にいてもいなくてもどっちでもいい経験値の入らない敵だなーってぐらい」
「後は実力も読めないのに挑んでくる自称ツワモノ苛めだよな?」
「神様!居るのならどうか今すぐこの二人に罰を…!」
「あ、この世界の神なら倒したからまたしばらくポップしてこないと思うぜ?」
「罰当たり者ーー!!?」
「いや、この世界を楽しむ1PLとしてはここまで強くなったからには倒せるなら倒すだろ?」
「ちゃんとHPも設定されてたみたいだし元々倒されても問題なかったんじゃないかな」
「いやー、でもそんな相棒の胸をあぁも強く握るとは思わなかったぜ」
「せっかくあの変態のこと忘れようとしてたのにまたこんな子にやられるなんてね…」
「しっかり念入りに処刑してたじゃねぇか、相棒」
「まぁね、でも思い出すだけで腹は立つものだよ」
あ、二人で話してるうちにガンマンさんの殺意がどんどん研ぎ澄まされてきました。
私はいつの間にドラゴンの口の中に飛び込むより危険なフラグを立ててしまっていたのでしょうか!?
ガンマンさ、え、ちょっと!銃口をこっちに向けて顔をゴリゴリするのはやめて、あ、いえやめて下さい、お願いします!
顔を近づけて…何か呟k
「受けなかったら、このまま頬を撃ち抜く」
「……謹んでお誘いを受けさせていただきます」
「おーし言質取った!相棒もう解放してやりな」
「うん、聞き分けのいい子でよかったね…撃たなくて済んだ」
私には申し出を受ける以外の選択肢がありませんでした、そんな被害が出そうな選択肢が選べるわけないんですから。それにこの人、今の脅しじゃなくて本気でしたし。泣いて良いですか?良いですよね?
普通よく知らない他人を生きる価値なしって言わんばかりの絶対零度の瞳で見ますか?
その上で銃口押し付けて返答を迫りますか?
「ぐすっ……でも、どちらにせよ一度家に戻らないと…いろいろ道具が要るのですよ」
「マテリアルからそういうの勝手に出せないの?」
「ハーブそのものは出せますけど、磨り潰したり煎じる為の道具は無理ですよぅ……」
「僕の場合は自動で弾丸の補充とか暗視ゴーグルがつくけど…」
「相棒、この子多分そんなにレベル上げしてないから知らないんだろ」
「したくてもできないんですよ…できることなんて土いじりくらいですし」
「土いじりでも全部マテリアルに任せれば結構経験値溜まるはずだ、レベル上がってるの自覚してないのかもな」
「自覚も何も私のレベルは…低いですよ?」
「んー、一度家に行ってマテリアルについて講義してあげたほうが良いかもしれないね」
「とりあえず道具だけもってもらってギルドに戻ろうぜ?あっちの方が人数もサンプルとして見せられる能力も多い。俺たちみたいな戦闘用じゃなく同じようなスキルを実演して見せたほうが理解も早いだろ」
「了解、まずはこの子の家を目指すところからで。君と同じスキルを持ってる人が集落にいたりする?」
「同じ…皆さんエルフですし。ハーブクリエイトができる人なら居たと思いますけど」
そのマテリアル貸して?といわれて大人しく両手にはめた手袋を手渡します。
あ、ガンマンさんが棺桶の中に手を入れて…あれはドラ●ンレーダー?
とにかく、何か表示しそうなものを取り出しました。
「ちょっとサーチかけるから待ってて」
「外d、双剣士さん…なんですあれ?」
「外道と言いたいなら堂々と言え。あれなぁ、流石に見たことないだろマテリアルを探すための道具だ」
「はぁ~…外ではそんなものも売られてるんですね~、なんで最初から使わなかったんですか?」
「あの機械、うちの仲間が作ったもので試作品だから欠点が多いんだよ。あれ使ってる間はマテリアルで戦えなくなるし」
「意外と不便なものですね…」
「さっきまでなら敵襲でお嬢がはぐれた時以外は使わないはずだったが、今はどうせ無理やりにでもついてきてもらうお客様だし問題ないだろうと判断して見せてる訳だ」
「企業秘密ですか~。ちなみにもし、もしですよ?…うっかり外部に漏らしてしまったら?」
「そんな迷惑な奴は俺が指先からミリ単位でみじん切りにしてやる。いや、卸し金でも良いかもしれないな」
「どんな事があろうと絶対に外に漏らしません、サー!!」
「聞き分けの良い子は本当に助かるなぁ、ちょっとオハナシすればすぐに分かってくれる」
ドンドン逃げられないような状態に追い込まれてる気がします。
狼に食べられるのとどっちがマシだったでしょうか…
「二人とも、反応有ったよ。ここから東に5分くらいの場所に同じマテリアルがいっぱい固まってるみたい」
「もうですか?便利なような不便なような…ですね、その機械」
「二人組みでならとっても便利なんだよ?」
「此処から…だったらエルフごった煮の街か」
「異種族共存とかエルフ系の村って言いなさい」
「ごった煮……」
「色々居る所だからあってるだろ、さっさと行こうぜ? そして早く俺に睡眠時間をよこせ」
「僕も早く眠りたいけど、ギルドでお目通しが終わってからだよ」
「すぐに用意しますけどその間だけは待ってもらいますからね」
「早く人間らしい睡眠がとりてぇ」
「じゃぁ急ごう。今からでも街のワールドに戻るまでは短縮できるから」
「それに私の家の集落に着けばすぐにでも世界観の移動は出来ますから」
「へぇ、ゲートのある所なんだね?」
「エルフの町では一番大きい所のはずだからな。人を受け入れてる場所で、との制限はつくが」
せっかくNPCが減ってるんですし、もうすこしハーブ摘みをしておきたかった所ですけど。
彼らに逆らったら何をされるか分からないのですよ…残念。
「あとで報酬も考えとかないとなぁ」
「報酬ですか?」
「そうだね、彼女の毒が治りさえすれば大抵のものは上げられると思うよ?」
「ふむ…」
「それ以外にもギルドに依頼として出してる仕事だしそれ以外の報酬もしっかりわたしておかないといかんだろ」
「僕らが探しに来てるのに依頼にも出してるって…信用無いの?」
「無いんだろうなぁ」
なにやら落ち込んでるようですが下手に口出しして矛先を変えられても困るので放っておくのですよ。
どんな正義も命在ってこそですし、報酬は魅力的ですが彼らの依頼主のお眼鏡に適わないのが一番安全ですよね?…でないと治せない時、腹いせにきっと拷問されてしまいますよ。
「早く行って早く開放して欲しいのですよ…いつ撃たれるか冷や冷やしますし」
思わずもれた呟きは、ガンマンさんに引きずられながら浮かんだ、心の底からの本音でした。