親に捨てられた日、獣人のもふもふのお兄さんに拾われました。
「おなか、すいたぁ…」
どこかわからない森の真ん中で寝そべって、最後の声を漏らした。
ここ、どこだろう。
母ちゃん、どこまで行ってわたしのこと捨てに来たんだろう。
知らない森だなぁ。
食い扶持を減らすために、森に置いていかれた。
でも、なんだかんだわたしに甘かったから、森で済んだんだと思う。
すごく前に、上の兄ちゃんは、奴隷商ってやつに売られていたから、わたしはまだマシな方だ。
…妹にも甘いから、しばらくは誰も捨てられないはず。
だから、わたしで済んでよかったよね。
家に戻っても今度こそ、奴隷商ってやつに売られちゃうから、帰れないなぁ。
おなかすいたな、のどかわいたな。
あれ、目が霞んできた…。
目を閉じて、瞼の裏に太陽を感じながら呼吸するので精一杯だった。
忘れていたけれど、ご飯をまともに食べたの3日前かも。
近くの茂みで音がしたけれど、起き上がるどころかそちらを向くことすらできなかった。
力が、入らない…。
森に来るまでに、疲れちゃったもんなぁ。
何かが近づいてくる。
ああ、クマとかだったら食べられちゃうなぁ。
最後は、餌になって死んじゃうのかな。
だったら、わたしもおなかいっぱいになって死にたかったなぁ。
おなかいっぱいって、どんな感じなんだろう。
近づいてきた何かに上から覗かれているのか、太陽が遮られて、瞼の中も暗くなった。
「おい、人間。大丈夫か?」
野太い声がして、かろうじて声のする方に顔が向いた気がする。
あれ、動物じゃなかった…?
わたし、まだ食べられなくて済む?
でも、もう意識が朦朧として、何も答えられない。
そういえば、眠い気もするなぁ。
「おい」
声と共に抱き抱えられて、あったかくて、もふもふしていた。
もふもふだぁ…。
それを最後に、意識が遠のいた。
「…ん、ん」
「おい、起きたか人間」
霞んだ目を開けると、誰かが覗き込んでいた。
…だれ?
「ほら、水だ。飲め」
口元に水を持ってこられて、なんとか飲み干した。
「お前、生きてるな。だったらいい」
そう言われて、だんだん目の焦点が合っていくと、そこにいた人は、獅子だった。
「獅子、さん…?」
「んあ?」
「もふもふだぁ…、あったかい」
どうやら体がすっぽり腕の中に包まれているようで、あったかかった。
「お前、呼吸と脈が浅すぎる。何したらこうなる」
「ここ、どこぉ?」
「質問に答えろ」
「おなかすいて、森に置いてかれた」
「…人間は、こどもを捨てるのか?」
「んー?売られてないからセーフだよ?」
「…ここは、獣人の森だ」
「じゅうじんさん、って、あの獣人さん?だからお兄さんも、もふもふ?」
「そうだよ」
「わたし、獣人さん、はじめて会う。はじめまして」
「そんだけ喋れれば大丈夫だな」
そう言って、獅子のお兄さんは笑った気がした。
それは、わたしが獣人の森に保護された日のこと。
「おい、ヘーゼル。狩りに行くからついてこい」
「あいあいさー!」
1ヶ月もすれば、わたしは本来の元気を取り戻し、すっかり森の中を走り回れていた。
わたしを助けてくれた獅子のお兄さんは、レオーネさんと言って、あの日以来レオーネさんの家で一緒に暮らすようになっていた。
獣人の森には、他にもたくさんの獣人さんが住んでいてみんなで協力して暮らしている。
この集落に人間が住むのは異例のこと?らしいんだけど、レオーネさんがみんなを説得してくれたんだって。
長老にも「こどもに罪はないからな」と頭を撫でられて、受け入れてもらった。
「ヘーゼル、レオーネの言うこと聞くんだよ」
「はーい!」
「危なかったら、すぐ逃げてくるんだよ」
「レオーネさん強いから、きっと大丈夫だよ!」
「そりゃあまあ、そうなんだけどね」
「人間は弱っちいから、心配されてんだよ」
「なるほど!ちゃんとぶっ倒れずに帰ってくるよ!」
「あらあら、それならいいんだよ。気をつけて行っておいで」
「はい!行ってきまーす!」
集落のうさぎのおばちゃんに手を振って、わたしはレオーネさんの後ろにぴったりついていく。
「レオーネさん、今日は何をとるの?」
「鹿が狩れたらいいな。みんなと分け合える」
「うわっ、最高。干し肉にしよう!」
「お前、すっかり馴染んでるな…」
レオーネさんは苦笑しながら、わたしの頭を撫でた。
ここのみんなは、すぐにわたしの頭を撫でたがる。
わたしが誰よりもチビだからかなぁ?
ここでの暮らしは飢えたりしないから、毎日楽しい。
森の恩恵をみんなで有難くいただきながら、木の実をとったり、きのこをとったり、川の水を汲んだり、時々狩りに出て動物のお肉をもらう。
その代わり、新しい木を育てたり、畑で植物を育てたりしているし、動物は狩りすぎちゃいけない。
必要な分だけもらう。
もらった分は、森にお返しする。
そうすると、森が守ってくれるんだって。
そうやって、獣人の森では、森と暮らしている。
洗濯やご飯づくりも、みんなでするし、わたしにもお手伝いできることがあってうれしい!
わたしはこの生活がすごく楽しいし、みんな優しいし、何よりわたしに合っている気がしている。
レオーネさんに拾ってもらえてほんとうによかった!
「ほんとに鹿を仕留めちゃった!」
「運がよかったな」
「わたし、頭持つ!」
「重いから気をつけろよ」
「うん!鹿さんありがとう。みんなでしっかりいただきます」
「そうだ、命をもらうんだ。…偉いぞ」
レオーネさんはやっぱりわたしの頭を撫でてから、あっという間に鹿を解体して、運びやすいようにしてくれた。
その日は、鹿肉のご馳走を獣人の森のお姉さんたちが作ってくれた。
余ったものは、明日干し肉の作業をするから、わたしも手伝うんだ!
「レオーネさん、美味しいね!」
「そうだな」
「ここに来てから毎日ごはんたべられるの、すごいよ!」
「…ああ、よかったな」
レオーネさんはスープに入っていた肉の塊を、わたしのお皿に移した。
「いっぱい食え」
「レオーネさんも食べなきゃダメだよ?」
「俺もちゃんと食べてる」
「それならいいんだ。おなかすくって悲しいもんね」
「そうだな」
みんなで火を囲って、おなかいっぱい食べたあとは、食材にお礼をする踊りを踊った。
「ほら、ヘーゼル寝るぞ」
「今行くー!」
わたしはレオーネさんのいるベッドに飛び込んで、レオーネさんのもふもふのたてがみに顔を突っ込んだ。
「お前、それ好きな」
「あったかい!あと…」
「あと?」
「安心する」
「…そうか。おやすみヘーゼル。いい夢を」
「おやすみなさい、レオーネさん」
わたしは、あの日助けてくれたこのもふもふの中で眠りにつく。
レオーネさんのもふもふがないと、うまく寝付けないようになっていた。
ここでの暮らしが当たり前になった頃、虎のお兄さんが険しい顔で森の奥の方から帰ってきた。
「森の入り口に、人間がいた」
その報告は、別に変じゃなかった。
たまーに、森の入り口に人間が来るけれど、この獣人の森は外からは見えにくいようになっている。
ここまでやってこれた人間は、わたしが来てからは1人もいない。
なのに、虎のお兄さんは難しい顔をしていた。
「…ヘーゼルによく似た、大人の女だった」
その一言で、みんなの空気が変わったのがわかった。
一斉にみんなの目が集まって、わたしは呟いていた。
「わたし、母ちゃん似なの。わたしを森に連れてきたの、母ちゃんだから…」
「ヘーゼルを迎えに来たってことか…?」
誰かがそう言って、わたしは泣きそうになった。
ここで用意してもらった、新しい洋服の裾を握った。
ここでしてもらったことは、たくさんある。
わたしのために洋服を見繕ってくれた。
毎日、ご飯をくれた。
寝る場所だってくれた。
心配もされた。
ここに住んでいいよって、受け入れてもらった。
レオーネさんがいつもわたしを抱えて寝てくれるから、わたしよく眠れるようになった。
ど、どうしよう…、母ちゃんのところに戻れって言われたら。
わたし、今度こそ売られちゃうのかな。
母ちゃん、食い扶持に困ってるのかな。
妹は手元に残すだろうから、代わりに弟が売られるのかな…、でも、わたし…っ。
「今更、取り返しに来たってか?都合が良すぎるだろ」
レオーネさんの怒った声に、わたしは顔を上げた。
「だいたい何ヶ月経っていると思ってやがる。普通の人間のこどもが、こんな森に1人じゃとっくに死んでるぞ。それなのに、今更迎えに来たところで」
「レオーネ」
「人間のところで暮らしていたヘーゼルはもう死んだんだ。今、この獣人の森で暮らすヘーゼルは、俺たちのヘーゼルだ。母親だろうが、なんだろうが、誰にもやらん!」
レオーネさんの力強い言葉に、わたしはいつものように抱きついていた。
「ヘーゼル…?」
「レオーネさん」
「あ、いやっ、お前の気持ちは尊重するぞ…!?お前がもし、戻りたいならっ…」
珍しく慌てたレオーネさんの声に、わたしは泣き出した。
「わたしの、帰る場所、ここだもんっ…!みんなのところがいい!」
ほとんど叫ぶようにそう言うと、みんなが何も言わなかった。
「…レオーネさんと、一緒がいい。わたし、やっぱり、ここにいちゃだめ…?」
顔を上げると、苦しそうに顔を歪めているレオーネさんと目が合った。
それから、いつもみたいにギュッと抱き締め返してくれた。
「ダメなもんか。お前はうちの子だ、ヘーゼル。お前がいいなら、ここにいろ」
その言葉で、声を出して泣いた。
「そうよ、ヘーゼルは私たちの子よ!」
うさぎのおばちゃんが、レオーネさんの上から抱き締めてくれた。
「そうだ、そのつもりで引き取ったじゃないか」
「ヘーゼルは、獣人の森の子だよ」
「ずっとオレらと暮らせばいいよ!」
「ヘーゼルが帰る場所は、ここだよ」
獣人の大人たちが一斉にそう言って、次々と抱きしめてくれた。
悲しくてじゃなくて、うれしくての涙に変わっていた。
「ヘーゼルが決めたのなら、わしらは尊重するだけじゃ。ヘーゼル、わしらがお前の家族じゃからな」
そう言って、長老は優しく笑って、また頭を撫でてくれたのだった。
その夜、レオーネさんのもふもふに顔を埋めて抱きついた。
「レオーネさん、ずっと一緒にいてね」
「当たり前だ」
「レオーネさん、あの日助けてくれてありがとう」
「ああ。あの時、助けられてよかったよ」
「わたし、みんなのこともっと大好きになったよ」
「ああ。俺らもヘーゼルが大事だ」
「うん」
「それに、お前このもふもふがないと寝れないだろう?だから、ずっとここにいればいいさ」
レオーネさんが照れ笑いを浮かべていたから、うれしくなっていっぱいのもふもふに包まれた。
「うん!レオーネさん大好き!」
了
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